最強の遺伝子を継ぐ者
ここはどこにでもある小村。一体は穏やかな雰囲気に包まれ、事件だなんだのとは程遠い世界だ。
今日もいつものようにトラブルとは無縁で平和な時が流れていた……とはならなかった。
「きゃあー! い、家が!」
あるところでは家が破壊され、
「お、俺の畑が!?」
またあるところでは畑が見るも無残に荒らされている。
魔物の仕業だ。
最近、この世界の征服を企む魔王が本腰をいれて立ち上がって以来、魔物の被害が活発化している。
おかげで平和だったこの村もひどい有様だ。
「……許せねぇ」
俺はこの村が好きだ。
何もないところではあるが、それがいい。
一刻も早く原因の魔物を探し出し、退治しなければ。
俺は剣を取った。
父の形見であり、歴戦を潜り抜けた名剣だ。だいぶボロボロだが、一、二振りすればまだ現役だと分かる。
更に、魔導書を手に取った。
これは母の形見である。長らく本棚から取り出していなかったので埃を被ってはいるが、これに記された魔法術式は膨大な量だ。
戦闘の準備は整った。
「シュウ、行くのか?」
「ああ。みんなの敵討ちだ。俺はこの村が好きだからな」
「いくらお前でも無茶だ! 相手はわずか十数分の間に村をこんなにしたんだぞ! いくらお前が最強の剣士と最強の魔法使いの血を引いているからって……」
「そうだ。俺には最強の血が流れてる。なあに、ほんの少し魔物をぶちのめしにいくだけだ。心配すんな」
俺は村人の制止を聞かず、魔物を探しに村の外へ出た。
父は戦場に出れば全てを吹き飛ばす剣士だった。
母はありとあらゆる魔法を使いこなし、敵地を制圧する魔法使いだった。
二人の功績は数知れない。しかし、二人は強すぎた。
彼らの力を疎んだ人々は、鬼、魔女と揶揄し、差別した。
二人は流浪し、最終的に流れ着いたのがあの小村だ。
村は二人を受け入れた。
当然、世界に名を轟かした二人の名を村人たちも知っていたが、村は二人を温かく迎え入れてくれたのだ。
二人は心から感謝し、魔物に命を奪われるまでの生涯をあの村で過ごした。
両親は俺に言った。
村を守れと。強くなれと。
俺も、両親や俺によくしてくれたあの村に感謝している。
だから行くのだ。
しばらく歩いたが、魔物の手掛かりは得られない。
普通ならそう遠くは行っていないと思うが。
俺の予感はずばり当たっていた。
「お前が例の最強の遺伝子か」
「何者だっ!」
声のした方を向くと、およそ人間とは思えぬ奇形の体に、凶悪な顔。
こいつだろうか。
「村を破壊したらまんまと釣られてくれたな」
こいつだ。間違いない。
言葉を話すところを見ると知性のある魔物みたいだ。
厄介だな。
「お前だな、村を滅茶苦茶にした野郎は」
「クククッ、魔王様からは危険分子を早めに潰すように命令されている。ここで死んでもらうぜ!」
この野郎、村での破壊活動を全く悪びれちゃいない。
知性があるとはいえ所詮は魔物、野蛮には変わりない。潰してやる。
俺は、剣を鞘から引き抜いた。
「おらああっ!」
魔物目がけて剣を振る。
「どこ狙ってやがる!」
魔物は俺の剣を避け、反撃しようと腕を振り上げ、爪を立てた。
見れば鋭利な爪である。直撃すれば重傷は免れない。
しかし、俺は今空振った勢いで体勢を崩していた。
まずい。
「死ねい!」
「くっ、燃えろ! フルブレイズ!」
「なにっ!?」
俺は魔法の呪文を唱えたが、すでに魔物の姿はない。
「……逃げたか」
素早さも一級品だ。これは危なかった。
呪文を唱えたって魔法は発動しない。
何故なら俺には魔法の才能が無いからだ。更にいえば剣の才も無い。
最強の両親の息子は、実は最弱の息子だったのだ。
剣を振っても止まった的にすら空振る。
魔法の呪文を唱えても魔力だけ消費して不発に終わる。
さっきは相手がブラフを信じた上、逃げてくれたから助かったものの、あのレベルの魔物とまともに戦ってたら今頃命は無いだろう。
しかし、魔物をぶちのめすと息巻いて村を出た手前、どんな顔して帰ればいいのか……。
「はあー、どうしよう」
「あんたか、最強の遺伝子を持った男というのは?」
俺が途方に暮れていた最中、声を掛けられた。
声の主は俺の前に立っていたが、考え事をしていて気付かなかった。
その人物は背が高く、がたいもいい。佇まいから只者じゃないオーラも感じる。
しかし、いくら考え事をしていたからといって、こんな男が目の前に立っていて、気付かないものだろうか。それとも……。
「おい、さっきの魔物があんたを最強の遺伝子と言っていたが」
「ああ、すまない。そいつはたぶん俺のことだ。そんな大したもんじゃないけど」
「そいつはよかった。こんな田舎まで来ると標識も無いしあとどれくらい歩かされるのかと思ったが、手間が省けた。国王から招集がかかっている。付いて来い」
俺の住んでいた村はルベン王国の領内である。世間様は俺の両親を嫌っていたみたいだし、然れば俺のことにも興味を示していないと思っていた。
だから、まさか国王直々に呼び出されるとなんて夢にも思わなかった。
しかし、現実は読めないもので、今俺は王城の屋内にいて、別に尊敬してもいない国王の前でひざまずいている。
むしろ、親を迫害した人々の内の一人にひざまずくなんて屈辱以外の何物でもない。
「そなたが例の最強の遺伝子か」
「はい」
「そなたに頼みたいことがあるのじゃ」
「なんでしょう」
「最近、魔物たちの活動が活発化しているのは存じているとは思うが、その諸悪の根源、魔王の討伐を、そなたに流れる最強の血を見込んで依頼したいのじゃ」
本来ならこんな奴の頼みなんて断ってやりたいが、どうせ断ることなんかできやしないのだろう。
国王の望みとあっては、体裁上はお願いという形でも、ほぼ命令に過ぎない。
国王に無礼を働いて彼を取り囲む近衛兵を敵に回すよりは、二つ返事で了承する方が得策だ。
それにさっきの魔物にお礼参りもしなきゃいけない。
「分かりました」
「そなたならそう言ってくれると思っていたぞ。礼を言う」
どうだか。
親の噂で息子の俺も強いと見込み、たとえ死んでも民衆からの支持を得てない俺なら自分の立場が危うくなることは無いとでも考えているのだろう。
まあでも、王も人間の一端。攻めることはできないか。
人の上から偉そうに、いいご身分だとは思うがな。
「して、そなた一人では心細いだろう。護衛をつけてやろう。ジン!」
「はい」
ジン、と呼ばれたのはさっき俺を城まで連れてきた只者じゃない男だ。
「こいつは強いぞ。無愛想な奴じゃが実力はわしが保証しよう。なんたってうちの正規軍の兵士長と互角に戦ったのだからな」
それは言われなくてもひしひしと伝わってくる。
一挙一動、静かで無駄が無い。だから隙も無い。それが素人目にも分かる。
「最強の遺伝子だかなんだか知らないが、あんたが足手まといにならきゃいいがな」
眼光も鋭い。ってか、怖い。
俺は城を出て、城下町をジンと二人で歩き回っている。
王から軍資金を賜ったので装備を整えようとは俺の提案である。
「長旅が予想される割には少ない軍資金だが、装備は俺を優先していいか」
魔王討伐を依頼されたのは俺だし、ジンもいい武器を腰に差しているようなので異議はないはずだ。
俺、本当は強くないし。
「ああ、問題ない。俺はこの剣で十分だし、鎧が必要なまでに後れを取るほどヤワじゃない」
「そうか。俺は念のため鎧を買っとくけど」
「鎧よりもまずはそのボロい剣をなんとかした方がいいんじゃないか?」
「ほっとけ、俺の勝手だろ!」
「ふん、好きにしろ」
こいつ、すかした態度の上、形見を馬鹿にするとは。
確かに傷だらけだが、その輝きは失われてはいないというのに。
「ん、準備は終わったか」
「ああ。行こう」
最強の遺伝子を受け継ぐ俺、シュウと、国王からつけられた護衛、ジンは魔王討伐へと旅立った。