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Chemistry Tears

作者: 賦電 悠灯

 2125年、第三次世界大戦により世界は一度滅びた。

 大地は焼け焦げ空気は汚染され、空には常に暗雲が立ち込めていた。

 そんな絶望的な世界はその後数年の内に復興どころか大きな躍進を遂げた。

 その躍進を可能にしたのは五人の化学者が開発した《しずく》と呼ばれる物質だ。

 雫とは文字通り物質を一滴の雫に変換し持ち歩くことができるようにする代物だ。

 雫は物質だけではなく、燃焼や放電などの現象ですら変換可能となっている。

 世界が躍進を遂げた新時代には雫が生活必需品となっていた。

 この化学の結晶《雫》が生まれた世界で何かが動き始める。



2135年

塔響とうきょう》――戦前の首都、東京の跡地に建造された天を貫く超巨大建造物。

 塔響は文字通り塔のような形状をした建造物で、最上階は雲に覆われており目視することが不可能となっている。その階数約1000。1階から400階までにありとあらゆる施設が集まりその上階からが居住区となっている。現在塔響には関東の八割の人口が集まっており、一つの巨大都市として機能している。

 雫の技術を集結させて作り上げた塔響は旧約聖書になぞられ現代に顕現したバベルの塔とも言われている。



「ふぁ~ぁ……」

 塔響の居住区500階のとある一室に住む赤髪の少年は鏡の前で間抜けな欠伸をした。

 少年の名は禍神カガミ 雷灯ライト。赤のウルフカットにアーモンド形の大きな目、身長は小さいほうだが体格は割とがっちりしている。小さくて目が大きいことから全体的にやんちゃな印象を受ける。

「水……水……」

 雷灯は寝ぼけ眼を擦りながらおもむろに洗面台を探っていた。そして探し物が手に触れたのか一端停止し、それを手に取り自分に引き寄せた。それは水色の液体の入った一本の試験管だった。雷灯はその試験管の蓋を取り、中の液体を栓をした洗面台に数滴垂らした。

 液体が落下するや否や、それは多量の水に姿を変えて洗面台に張った。雷灯はその水で洗顔を済ませ、続いてキッチンへと向かった。

 そこのコンロのようなところに今度は赤色の液体を垂らした。するとその液体は発火し、燃焼を継続させ始めた。

 これが化学の結晶《雫》だ。

 先程雷灯が使用したのは水と火を液体化させた雫である。

 現在2135年において雫はこのように生活において欠かせないものとなっている。

 朝食を終えた雷灯は再びベッドに潜り込んだ。

「今日は早く起きたし、もう少し寝るか~……」

 そして彼の意識は数秒の内に眠りについた。


††


 ピンポーン…… ピンポーン……

「ん……?」

 雷灯は連続して鳴り響くインターホンにより覚醒し、頭上にあるスイッチを押した。それはカメラの映像を映し出すスイッチで、天井にホログラムとして雷灯の玄関先映し出した。

「雷灯! いつまで寝てるの!?」

 そこには焦りを隠せない様子の一人の少女が立っており、インターホンに向けて声を放っていた。

「? ……!!」

 雷灯はホログラムの端に表示されている時刻を見て飛び起きた。彼はそのままの勢いで全ての支度を済ませドアに向かって全力で駆け出した。物凄い勢いだったためそのまま激突するかと思われたがその寸前のところでドアが機械音を伴い左右に開いた。

「! やっと起き……」

「いくぞ森華シンカ!!」

 雷灯が出てきた瞬間驚愕の表情を浮かべた少女は幼馴染の星凜セイリン 森華シンカだ。幼少期から雷灯と共に過ごしており現在も同じクラス、同じ部活で部屋も隣。いわゆる腐れ縁というやつだ。その上面倒見がいいためだらしない雷灯を毎朝迎えに来てくれる。

「えっ! ちょっ!?」

 雷灯はそのままの勢いで森華の手をとり塔響の中央側へと向かい始めた。突然引っ張られたため森華は肩下まである茶髪を振り乱し、何とか雷灯に追いついてきた。

「エレベーターはあっちよ!」

「そんなもん使ってる暇ねぇだろ! こっちのが早ぇ!!」

 雷灯はそう言いながら森華を自身に引き寄せそのまま抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこである。

「ひゃぅ! 何して……」

 森華は抱きかかえられた瞬間変な声を上げてしまった。そして自身の置かれている現状を理解すると頬を林檎のように紅潮させた。しかしその色はすぐさま戻り、逆に血の気が引いて青白くなっていった。

「雷灯…… なにするつもり……?」

 雷灯は部屋を出たときの勢いのまま中央へと爆走している。止まる気配など微塵もない。

 塔響の造りは中央にぽっかりと穴の開いたドーナツ型になっている。縦に長すぎてドーナツといっていいものかは分からないがそのような形状だ。その中央の穴は基本的にガラス張りとなっており入ることは出来ない。というより入ったら落下して即死のため誰も入ろうなどという考えは起こさない。ただ数階に一階、換気のため一定時間そのガラス壁の上部が開く階がある。その一つがここ500階だ。そして今の時間帯、ちょうどガラス壁の上部が換気のために開かれている。

「……いくぞッ!!」

 言葉と同時に森華を抱えたまま雷灯の足が地から離れた。

「ぇ……」

 跳躍。雷灯は自分の身長の数倍はあるガラス壁の開かれた場所まで軽々と、人間一人抱えた状態で跳んでみせた。彼の身体能力は常人のそれとは比べ物にならないほどのものだ。周囲からは野獣の血でも混じっているのではと小馬鹿にされている。

「きゃぁぁぁぁ!!!」

「ひゃっほ―――!!」

 落下の感覚が全身を襲った直後、森華の絶叫と雷灯の歓喜の声が塔響に木霊する。顔面蒼白の森華に対し、雷灯は満面の笑みで落下を楽しんでいた。

「バッカじゃないの! 何してるのよ――!!」

「こんなら間に合うだろ! しっかり掴まってろよ!」

 雷灯は腕の中で喚く森華にそう言った。森華はその言葉通り雷灯の首に回している両腕に力を込めた。

「さぁ、そろそろか?」

 雷灯は景色の激流を横目に呟いて腰の試験管に手をかけた。この落下速度で現在の階数を確認できるなど本当に彼は獣の類なのかもしれない。

 雷灯が数本の中から選んだのは黄緑色の液体が入った試験管であった。彼はそれの栓を右手のみで抜いた。この時雷灯は森華の後頭部から手を離し、半分の支えを任せていた。

「ほらよッ!」

 雷灯は試験管を上から下へと大きく振るった。すると当然の如く中の液体が零れ、辺りに舞い散った。

「雫!?」

 森華は恐怖に耐えつつ瞼を開き雷灯が撒き散らしたものを捉えて言った。

「落ちろッ!」

 直後、雷灯の言葉通り雫は落下している二人よりも更にはやく降下していった。もちろん雷灯が命令したから急速落下を始めたわけではない。これは雫の特性なのだ。

 質量保存。雫へと変換された物質の質量は変動しない。では何故試験管として手軽に持ち歩けているのか。それは試験管内が真空となっているからだ。真空下では雫の質量保存の法則は適応されず、もとの物質に戻ることもない。

 落下していった雫は内壁に触れ、元の姿へと戻り始めた。それは、いやそれらは一瞬にして二人の眼下に広がり行く手を阻んだ。

 階下を見通せないほどの広がりを見せたそれの正体は木々であった。

「樹!?」

 無数の木々が内壁から所狭しと伸びている。二人はその緑の塊に突っ込もうとしているのだ。

「ちょ! わぷ……」

 突入。ガサガサと葉擦れの音を伴って未だ落下を続ける。

「やべ……過ぎちまった……」

 雷灯は苦笑いを浮かべながら小さく呟いた。

「え――!」

「……!」

 雷灯は黙考の後何かを思いついたのか少し目を見開いた。

「森華、オレを信じろよ」

「?」

 森華が雷灯の言葉に不思議そうな表情をした次の瞬間であった。

 浮遊感。

 森華の身体には先程までの強烈な落下感が消えており、辺りの景色も止まって見えた。しかしそれはほんの一、二秒のこと。彼女は放り投げられたのだ。周囲に雷灯の気配はない。どこへ行ったというのだ。

「ぇ……」

 森華は何が起こったのか理解できず、ただただきょとんとしていた。そんな彼女は自身の身体が落下するに連れてようやく恐怖を再知覚し始めた。眼下には鋭く尖った枝が彼女を待ち構えているかのごとく上を向いて伸びていた。このまま落下を続ければ――

「嫌…… 助けて…… 雷灯――!!」

 最悪の未来を想像してしまった森華はその双眸に涙を浮かべて雷灯の名を叫んだ。

「だから信じろって言っただろ?」

 その声と共に森華の身体が再び抱かれ、浮かび上がった。森華の下方から雷灯が現れ、彼女の身体を抱いて上昇したのだ。

 雷灯は森華を放り投げた瞬間、枝を蹴り更に落下して下方の枝を逆上がりの要領で半回転。そこで枝から手を離し森華のところまで上昇したのだ。

「雷灯……」

「泣くことねぇだろ……」

 森華の涙を見た雷灯は彼女から目を逸らし困ったような顔をしていた。

「ほッ!」

 学校のある300階も今の時間帯ならガラスの壁が開いている。雷灯は上昇が足りなかったため最上部の枝を一蹴り。そうすることでガラスの壁を越え、二人の通う学内の廊下へと着地した。

「うぅ…… バカ雷灯……」

 森華は雷灯をじっと睨み付けた。しかし涙目のためか全く迫力が無く、雷灯は睨んでいるとすら認識できなかったらしい。

「よぉ、お二人さん 今日もすげぇ登校だな」

「! 零牙レイガ!!」

 背後からかけられた声に反応し雷灯が顔を上げ振り返った。森華もその声の方に目を向けた。二人の視線の先にはガラス壁に寄りかかっている銀髪の少年が立っていた。

 彼の名は白峰シラミネ 零牙レイガ。雷灯、森華と同じ高校二年生だ。零牙との付き合いは森華よりは短く、中学校からの付き合いだ。現在も部活は同じだがクラスは異なっている。

 がやがやと騒がしくなってきたと感じると雷灯、森華、零牙を取り囲むように人だかりが出来ていた。彼らはお姫様抱っこ状態の二人を見て、

「またあの夫婦は朝からイチャイチャ……」

「でもああいうの憧れるなぁ~」

など、

「ひゅーひゅー 朝からお熱いねぇ~」

「よっ! 学生夫婦!」

などと言ってくる。

雷灯と森華は毎朝一緒に登校、学校でも殆どの時間共に行動しているので周囲から夫婦と呼ばれている。

「うっせーぞお前ら!!」

「雷灯…… そろそろ降ろして……」

 森華は顔全体を真っ赤に染めて小さく呟いた。雷灯は夫婦という単語に無関心だが森華はいつも言われるたびに恥ずかしがり、赤面している。

「ほら、奥さんが降ろしてって言ってるよ 降ろしてあげなよ」

「もうやめてぇぇ……」

 森華は夫婦、奥さんという単語と生徒達の視線に射られどんどん縮こまっていき、ついには両手で顔を覆い隠してしまった。

「お! 悪い森華!」

 雷灯はそんなもの意に介さずに森華を降ろした。何故こんなにも平然としていられるのだろうか。自分に女としての魅力がないのだろうか。そう考え落ち込んでしまう森華であった。

「てかいいのか? そろそろ……」

 キーンコーンカーンコーン

 零牙の言葉の途中、学生ならば誰しも聞いたことのあるスタンダードなチャイムが学内に鳴り響いた。その音を聞くや否や、野次馬の生徒達が各々の教室へと歩を進め始めた。

「やっべ…… いくぞ森華!!」

 雷灯は平然と森華の手をとり駆け出した。

「う、うん」

 二人は手を繋いだまま自分達のクラスへと駆け出した。

「それが夫婦って呼ばれる原因なんじゃねぇの……」

「零牙! お前もちゃんと授業出ろよ!」

 雷灯が振り返ってこちらに手を振りながらそう言い残して教室へと姿を消した。

「あぁ」

 二人が教室に入り見えなくなったのでガラスの外に目をやるとそこにはジャングルを思わせるほど大量の木々が内壁から生茂っていた。

「これ、どうすんだか……」

 零牙はその木々を見て、呆れたように呟いた。


†††


 放課後、雫研究部部室にて

「ぁ~~~~~~ぁぁ……」

 雷灯は大口を開け、部室中央にある机に突っ伏していた。

 雷灯、森華、零牙の三人は雫研究部と呼ばれる文字通り雫について研究する部活に加入している。

「あいつどうしたんだ?」

「ずっとあの木片付けさせられたんだって……」

「くっ…… それで魂抜けてんのか」

 零牙は苦笑しつつ納得した。確かにあの量の木々を撤去するのは骨が折れるだろう。

 キィィィィン !!

「ッ…」

「何!?」

 耳を劈くような不快な機械音に雷灯はびくっとし、森華と零牙は揃って苦悶の表情を浮かべた。その機械音は数秒間続き、突如止まった。

「塔響の全住民に知らせる」

 低く落ち着き払った声は静かに塔響全域に反響した。

「これから雫の適合者の選出を行う 選ばれなかった者は死ぬ……」

 二言。それだけを言い残して、ぷつんと放送は途切れた。

「ッッ!!」

 今の今まで魂が抜けたように口を開いて机に突っ伏していた雷灯は突然飛び起きた。

「誰だこいつ…… ふざけた放送しやがって!!」

「……」

 森華は目付きが豹変した雷灯を見て小さく震えた。今の雷灯はそれほどの迫力を放っているのだ。

「零牙! 放送施設にいくぞッ!!」

「どうせいたずらだろ? ほっとけよ」

「嘘だとしても人が死ぬなんて言ってんだぞ! そんなこと言う奴絶対に許さねぇ!!」

 雷灯がこれほど《死》に対して敏感なのには過去の大きなトラウマが関係している。

 雷灯のトラウマとは肉親たちの死だ。彼は父、母、姉との四人家族であった。両親は共に雷灯が生まれてすぐ事故で亡くなり、姉と二人暮らしをしていた。その姉すらも5年前に亡くしている。しかも姉は雷灯の目の前で死んだのだ。

「……」

 零牙は頭を掻きつつ考えた。雷灯がこうなるともう誰にも止められない。だったらついていくしかないだろう。

「オレは一人でも」  

「分かったよ、俺も行く」

 零牙は雷灯の言葉を切るように一言。

「! 急ぐぞ!」

 雷灯と零牙が走り出そうとした瞬間、森華が口を開いた。 

「待って! 私も行くよ!」

「危ねぇから…… 分かった いくぞ!!」

 危ないから待ってろ、と言おうとした雷灯だったが森華の眼差しを受けその言葉を撤回した。

 三人は放送施設へと向かうため雫研究部部室を後にした。


††††


 放送施設

「誰か来たわ……」

 放送施設の中にはそれぞれ色の異なったローブをその身にまとった三人組がいた。その中の白いローブの(声から察するに)女が放送施設に近づく気配を察知し呟いた。

 直後、ドアが機械音を伴い自動で開いた。

「……」

「ッ! ……」

「誰が来たんすかね」

 黒いローブを纏った男は無言で、白いローブの女は一瞬驚いたような反応をして、赤いローブの男は軽い声を上げながら雷灯達の方に目を向けた。

「あのふざけた放送をしたのはお前らか!」

「あぁ、そうっすよ」

「ッッ!」

 平然と答える赤いローブの男に対し激昂した雷灯は彼に殴りかかろうとしたが、しかし零牙に肩を掴まれ制された。

「落ち着け……」

 零牙の低く氷刃のような冷たさを含んだ声音を聞き、雷灯は冷静さを取り戻したのか声を落ち着かせて再び問う。

「ッ…… なんのためにあんな放送をしたんだ……」

「放送通りだ」

 その問いに黒いローブの男が一言で答える。

「適合者とか選出とか…… お前ら一体何者なんだよ」

 雷灯は放送で聞いた単語を口にし、恐る恐る問うた。それに赤いローブの男が答えようとする。

「オレ達は」

カルマ……」

 彼の言葉を白いローブの女が制する。

「別にいいんじゃないっスか? 聞いたところで一介の学生がどうこうできるもんでもないっスよ」

「……」

「構わない」

 白いローブの女が黒いローブの男の表情を窺うと彼は何の迷いもなく答えた。

「じゃあオーケーっスね オレ達は《災禍パンドラ箱計画ボックス》のメンバーっス」

「パン……ドラ?」

 森華は聞き慣れない単語を不思議そうに呟いた。

「オレは燈竜院トウリュウイン カルマで彼が黒織クラシキ 深影ミカゲ 彼女がカガミ 白愛ハクア

 燈竜院 業を名乗る赤いローブの男は順に他の二人を紹介した。

「その《災禍の箱計画》ってなんなんだよ?」

 零牙はその概要を知るため業に問う。

「これから見せてあげるっすよ……」

「させねぇよ! 何するつもりかしらねぇがお前らをここから外へは行かせねぇ!!」

 不敵な笑みを見せる業に雷灯が立ちはだかる。

「白愛」

 そんな雷灯を横目に深影は白愛の名を呼んだ。

「えぇ……」

 白愛は深影と業の前に出てローブを脱ぎ捨てた。

「「ッ!」」

 白いローブの下の白愛は息を呑むほどの絶世の美女であった。

 ローブよりも眩く、腰まである長い銀髪。完璧といえるほど整った顔、スタイル。このような女性にこそ絶世の美女という言葉が相応しいのだろう。

 しかし雷灯はそれ以前に、何故か白愛に対して湧き上がった親近感を不思議に感じていた。彼はそんな不思議な感覚を振り払い、何かをしようとしている白愛に言葉を投げかけた。

「させねぇって……」

 ピキッという何かにひびが入るような音がした次の瞬間、雷灯達の視界から三人の姿が消え去っていた。雷灯は三人から目を離さず、瞬きすらしていない。それなのにコンマ一秒の間に姿を消したのだ。

「なんッ!?」

「通してもらうわ……」

 直後、地を這うような低い美声が背後から雷灯達の耳に届いた。すぐさま振り向くとそこには三人の背が見て取れた。雷灯は手を伸ばし掴もうとする。しかしピキッという音がした途端、時が飛んだように目の前にいたはずの三人が十メートルほど先のガラス壁ギリギリのところに立っていた。

「ッ……」

「なんなんだ……」

「瞬間移動……?」

 目の前のマジックじみた現象に三人は度肝を抜かれていた。

 業はそんな雷灯達を横目にパチンと指を鳴らした。

 ド ド ド ド ド ドォォォン!!!

 刹那、この階層のガラス壁が目の前の三人を始点として円を描くように爆発、破砕していった。続いて同じ爆音と破砕音が上階、下階からも轟き始めた。きっとこの塔響の全フロアのガラス壁が破壊されているのだろう。

「くッ……」

「うわっ!」

 物凄い爆風に立っていることもままならない。しかし何故これだけの爆発でガラス片が一つも飛んでこないのだろうか。雷灯はなんとか業達の方に目を向け驚愕する。

「竜……巻?」

 そこには黒い竜巻が渦を巻き、内部にいるであろう業達のことをガラス片から守っていた。それの影響でこちら側にもガラス片が飛んでこないのだ。

 だんだんと爆風が止んでいくとその竜巻は静かに崩壊していく。そして雪の結晶のような極小のガラス片が舞い散る中、再び雷灯達と業達が対面した。

「あんたらは生き残れるっスかね?」

 業のその言葉を皮切りに業、深影、白愛の順に塔響の中央の穴に身を投げた。

「待て!」

 雷灯達は三人がそのまま落下していくと確信した。今朝の雷灯のように雫を使い下階で着地するつもりなのかと思っていた。しかしその予測は打ち砕かれた。

「なんだよ…… それは……」

「え……」

「どういうトリックだ……」

 雷灯、森華、零牙は一人残らず戦慄した。何故なら――

 目の前の三人は地球の摂理に反し落下せずに浮き上がり、空中に留まったのだ。

 雷灯達は自身の目を疑った。目の前にいる三人は本当に人間なのか。戦慄している雷灯達の上方で深影が遥か高みの天空を仰ぎ小さく呟いた。

「……超巨大建造物《塔響》 一体何人残る……?」

 そしておもむろに懐から何かを取り出した。それは雫の入っている試験管であった。

「何、あの雫……」

 森華は震える。その理由は深影の取り出した試験管におどろおどろしい赤黒く不気味な雫が内包されていたからだ。あんな雫は今まで目にしたことがない。一体何を変換すればあのような色になるのだろうか。

「あれで何するつもりなんだ……」

 零牙は冷や汗をかきつつ小さく呟いた。

「やめろッ!!」

 あの正体が何なのか知らないがとにかく危険だということは傍目から見ても理解出来る。

 しかし深影は雷灯の言葉に見向きもせずに試験官の栓を外し中身を振りまいた。その雫は空気に触れた瞬間、まるで溶けるように消滅していった。つまりあの雫の元の姿は目に見えないほど極小のものということだ。

「始まるっスよ 選出が……」

 不気味な笑みを浮かべた業は呟いた。その直後――

「ぐあぁぁぁ!!!」

「きゃぁぁぁぁ!!!」

 断末魔のような悲鳴が塔響全域から響き渡り始めた。これが選出。ということはこれは本物の断末魔。選ばれなかった者達が次々と死んでいっているのだ。

「「!?」」

「あ~聞こえてきた 選ばれなかったゴミ共の断末魔が」

「ゴミ、だと……?」

「そうっスよ さっきの雫は《絶晶ぜっしょう》と呼ばれるウイルスを変換したものっス 絶晶は《絶異者パンドラ》の可能生のある者とゴミとを区別するためのウイルス 選ばれなかった人間は即死っす」

 業は淡々と、冷淡に説明した。その時の彼は軽い口調に似合わない、冷えきった鉄のような冷めた表情を浮かべていた。

「見たところあんたら三人は選ばれたみたいっスね 良かったじゃないっスか」

「……ざけんな 選ばれたとか選ばれなかったとか知ったことじゃねぇんだよ! 人をゴミ扱いして殺しやがって…… 絶対に許さねぇ!!!」

 雷灯は激昂して中央の穴へ向かって駆け出した。

「「雷灯!!」」

 激怒している雷灯には森華と零牙の言葉すら届かない。

「ただの人間に何が出来るって……!?」

 跳躍。雷灯は助走の勢いのまま跳躍し業達の留まる位置まで辿り着いた。

「あぁぁぁ!!!」

 鬼の形相の雷灯が足元から迫る。しかし業には焦る様子が微塵も感じられない。

「なんスか、その身体能力は? けどまぁ」

 言いつつ業は赤いローブを脱ぎ捨てた。彼の体格は雷灯と同じぐらいで髪は長めのオレンジ。それが風に靡き、まるで炎のような印象を与えらる。

 業は驚きの表情から一転、不敵な笑みを浮かべて右拳を引いた。その瞬間彼の拳にオレンジ色の炎が灯る。

「!?」

「ただの人間のままじゃオレらには勝てないっスよ」

 業の拳は炎の尾を引き、驚愕の色を隠せずにいる雷灯の顔面に放たれた。雷灯は辛うじて腕を交差させて攻撃を防いだものの、あっさりと吹き飛ばされ森華と零牙が立つフロアへと叩き付けられた。

「くッ……」

「雷灯!」

 森華と零牙が駆け寄ってくる。

「大丈夫だ……」

 雷灯は相当な勢いでフロアに叩き付けられたがすぐさま体勢を立て直したためそれほど大きなダメージを受けた様子はない。しかし業の拳を受け止めた腕には小さな火傷の痕がある。どういう原理かあの炎はホログラムでもなんでもない、れっきとした炎らしい。

「なんだよそれ……」

「ん? この炎のことっスか? これが絶異者の力っスよ」

「絶異者ってのは何だ……?」

 零牙が口を挟む。先程から業が口にしている絶異者という単語。雷灯達はその意味を知ろうと業の次の言葉を待つ。

「簡単に言うと人間を超越した存在っスね」

「業! それ以上は」

「白愛 そいつらは選ばれた 真実を知る権利がある」

 再び業の言葉を止めようとした白愛を深影が制する。そして目線だけで業に次の言葉を促した。

「そっスよね ……オレ達絶異者は雫を飲んでその力を得たんス まぁ雫を飲まずに生まれた時から異能を持ってる《天能者テンペスト》ってのもいるっスけど、それは別の話っス」

「「!?」」

「雫を飲むって……」

「あぁ、絶対禁止用途だ」

 業の言っていることは雫の禁止用途の中でも最も厳しく取り締まられているものだ。

「オレの場合は火の雫を飲んで力を得た炎の絶異者っス」

 雫は空気や物体に触れると元の物質に戻る。火の雫を飲んだとしたら、通常なら口内または体内で発火が起こり大怪我じゃ済まない。

「まぁ普通なら大惨事っスよね けどそうならないのが適合者っス」

「!」

「気付いたっスね そう、あんたら三人には絶異者に成れる可能性がある」

 絶晶によって死ななかった人間。つまり適合者は絶異者パンドラに成れるかもしれない。

「雫を……飲む……」 

 雷灯はその言葉に心が揺らいでいた。今のままでは到底目の前の絶異者達に手も足も出ない。だがもし自分も絶異者となれたならどうだろうか。

「けど可能生があるってだけっス 適合者だからって絶対に絶異者に成れる訳じゃない 飲んだ雫との相性が合わなかったらアウト…… 即死っス」

 雷灯は背筋を凍りつかせた。そして自身の考えがいかに軽率なものだったかを知る。

「死……」

「絶対飲んじゃダメよ!!」

 森華は必死に雷灯を止め、零牙は彼の行動を黙って待っていた。

「オレは……オレはこいつらをぶっ飛ばしてやりてぇ…… でも今のままじゃぶっ飛ばすどころか一発当てることもできない……」

 雷灯は呟きながら腰に掛けてある一本の試験管に手をかけた。今朝所持していた雫は教師に没収された。今手元にあるこの雫は偶然部屋のロッカーにあったもの。この雫との相性が良いかは賭けだ。だが今手元にあるということには運命を感じてならない。

「オレは絶異者になってこいつらをぶっ飛ばす!!」

 叫ぶように言い放った雷灯は試験官の栓を外し、その雫を一気に飲み下した。

「「!!!」」

 この場の全員が雷灯のその行動に驚愕した。普通の心境なら恐怖でそんなことすぐには実行できない。しかし雷灯はやってのけた。

「そうこないとっス……」

「死ぬなよ……」

 そんな雷灯に敬意を表するかのように業は笑みを浮かべ、嬉しそうに口角を釣り上げていた。対し零牙は唇を噛み締め、森華は目を見開いていた。

「ぐッ……ぁ……」

 雷灯は自らの胸を抑え、苦しみながら中央の穴へと歩を進めていた。これは業達絶異者に対する執念だろうか。しかし目測を誤ったのか彼はそのまま穴へと落下する。

「雷灯!!」

 それを見越していた森華が彼の腕を掴む。それに続いて零牙も雷灯の腕を掴んだことにより辛うじて落下を免れている。

 ドクンッ ドクンッ

 雷灯の身体は掴んでいる二人にも知覚できる程脈動していた。

「ぁ…… !!」

 ドクンッッ 

 雷灯は全身が揺れるほどの脈動を最後に動かなくなった。

「ぇ…… 雷」

 バチンッッ 

 すると突然雷灯の身体が小さくスパークした。そのため彼の身体に触れていた二人は咄嗟に手を放してしまった。

「        」

 雷灯は落下の瞬間何かを呟いた。手放してしまった二人にはそれを聞き取ることができなかった。

「雷灯――!!」

 森華は下方に手を伸ばして叫び声を上げた。しかし零牙はその顔に笑みを湛えていた。何故なら彼は雷灯が伝えようとしたこと気が付いたからだ。

 ――ぶっとばしてくる

「森華、あいつは」

 次の瞬間、業の背後でスパークが起きた。

「生きてる」

「!!」

 零牙の言葉と同時、スパークの地点に雷灯が姿を現した。

 彼は死んでいない。つまりは絶異者になったのだ。

「さっきのお返しだッ!!」

 雷灯はオレンジに近い黄色の雷を纏った拳を放った。その拳は雷の如く凄まじい速度で業へと迫った。

「雷か!!」

 業は雷灯の気配を察知し、同時に能力にも気が付いた。

 雷灯の能力。それは雷だ。

「おせぇよッ!!」

 ドッッ 電光石火の拳に辛うじて反応した業は半身になって左腕でそれを受けた。しかしそのまま受けきれるわけも無く、業の身体は大きく吹き飛び壁にぶち当たった。

「速い……」

 白愛が驚きと感嘆の入り混じった声を漏らす。

「へぇ ここだけ下から風が吹き上げているのか だからお前らは浮いてたんだな」

「そうっスよ それが深影さんの能力っス」

 業が壁を蹴り、深影が作り出す浮遊領域へと戻ってきた。外傷は多少あるがダメージは殆ど無いようだ。

「風……か?」

「まぁ純粋に風ってだけじゃないっスけどね そういうあんたは雷っスね」

 業は雷灯の身体から時折放たれる雷を見てそう言った。

「らしいな けどこれでお前らをぶっ飛ばせる」

 雷を纏った右拳を左掌に打ち付け、業と深影を睨みつける。

「頭に乗るな 絶異者に成りたての奴がそう簡単に力を使いこなせると思うなよ」 

 そう言った深影は黒いローブを脱ぎ捨てた。

 黒髪の短髪、灰色の目。高い身長と相まったがっちりとした身体つきだ。

「一撃で沈めてやる……」

深影は口を開くや否や右掌の上に黒い竜巻を出現させた。

「竜巻……」 

「ッ! 雷灯! よけて!!」

 森華は何かを感じ取ったのか雷灯に向かって叫ぶ。

 刹那、深影の手の上の竜巻が槍のように変化して伸び、雷灯を貫いた。

 ピキッ

「雷……灯」

「ッ…… なんだぁ!?」

 しかし雷灯のその間抜けな声が森華と零牙の背後から聞えてきた。振り返るとそこにはそこには無傷の雷灯がきょとんとした顔で立っていた。

「何してんスか 白愛さん?」

 業は冷たい目線を白愛に向け、呟くように問うた。

「違う…… 私の意志じゃない…… 能力が勝手に……」

 白愛は信じられないとばかりに自身の両掌を見つめながらぶつ切りに呟いた。

「勝手に……?」

「!! まさか…… これが能力の強制発動だとすると…… どこかに《災禍エン女王プレス》がいる……!」

「!!!」

「そんなはず……」

 深影はこれまで変えることの無かった表情を驚愕一色に染め上げ、目を見開きながら呟いた。白愛も似たような反応をし、業は冗談だろという反応をしていたが深影の表情を見てそれが真実だと悟り無言になった。

「奴が窮地の時に能力を使ったとすれば…… 彼女が女王だ」

 深影はある一点に視線を注いだ。それは森華であった。

「え…?」

「確かに…… この状況下で力を使用するとすれば彼女しかいない……」

 白愛も納得したように頷いた。

「だったら目的追加っスね 災禍の女王を連れ帰ったとなれば大手柄どこじゃないっスよ!!」

「あぁ 彼女を《未知サウザンド千層フロア》に連れて帰るぞ」

 上空の絶異者三人は揃って森華に目を向けた。

「ちょっと待てよ 災禍の女王ってなんだよ……」

 雷灯は森華を指し示すその単語を彼らに問うた。森華はただの女子高生のはずだ。それは幼少から共に過ごしている雷灯が最も理解している。

「災禍、すなわち絶異者達の異能のこと 女王はそれら全てを支配できる さっきの強制発動が良い例だ」

「まぁ支配って言ってもいつでも使えるって訳じゃなくて目の前で使用された異能を支配できるぐらいっスけどね」

「私が……災禍の……女王?」

 森華は全く持って実感がないのか冷や汗を浮かべつつ不思議そうに自分の両掌を見つめていた。

「てことで、彼女はもらってくっスよ」

 ピキッ 刹那、業と白愛が森華の背後に現れた。高速移動というにはあまりにも速すぎる。先程から鏡にひびが入るような音が聞こえた直後に白愛達の姿が消えている。瞬間移動。それが白愛の能力なのだろうか。

「ごめんなさい……」

「ぇ……」

 白愛は森華の腕を掴み小さな声で謝罪した。そんな白愛に森華は戸惑いを隠せずにいた。何故連れ去ろうとしている彼女が謝ってくるのだろうか。彼女は本来優しい人間なのではないだろうかと思ってしまう。

「させるかよッ!!」

 閃光と共に上空にいた雷灯の姿が消え、一瞬にして森華の元へと移動した。

「それはこっちのセリフっス」

 雷灯の手が森華に届きそうになった時、その間に業が炎を伴い介入してきた。互いが互いを認識した瞬間、二人は全力の拳を放った。

 バチィィッ ゴオォォッ

 雷灯は雷、業は炎。互いの絶異者としての異能を上乗せした拳がぶつかり合う。

「オォォォォ!!!」 

 雷灯は雄叫びを上げながら更に力と異能を込める。業もそれに対抗する。

 数秒間の均衡状態。そして――

 相殺。

 同じ力がぶつかり合ったため二人は作用反作用で後方へと吹き飛んだ。二人は靴が削れてなくなるのではないかと思うほど、フロアに黒い跡を刻みつけて止まった。

「白愛さん コイツの相手はオレがするんで早く行ってください」

「えぇ……」

 業は背後の白愛に目もくれずに一言。今彼の意識は眼前の雷灯にのみ注がれている。

 返事をした白愛が森華と共に消え、深影の元へと姿を現した。

「奴の絶異者としての力はなかなかのものだ 災禍パンドラ箱計画ボックスに組み込めるかもしれない 奴の戦いを見ておこう」

「えぇ…… けど彼がこちら側につくとは思えないのだけれど……」

「それでも見ておいたほうがいい 敵になるとすれば奴は必ず災禍の箱計画の脅威となるはずだ」

「……」

 深影と白愛は空中から雷灯の戦いを見物し始めた。その隣の森華も雷灯を見つめる。

「雷灯…… 本当に絶異者パンドラになったんだね……」


†††††


 目の前の業を早急に倒さなければ森華は未知サウザンド千層フロアとやらに連れて行かれてしまう。それだけは絶対に阻止しなければならない。

 もう大切な人を自分の手の届く範囲で失いたくない。

 今度はこの手で守ってみせる。

 雷灯は姉を失ったときそう誓ったのだ。

 彼のその想いが具現化したのか、彼の身体から発生する雷が増幅した。そして目付きさえも獰猛な獣のそれに近いほど鋭くなった。

「零牙…… 離れてろ」

 雷灯の迫力に零牙は無言で二人から離れた。戦いの被害を受けないように、もとい邪魔をしないようにかなりの距離をとった。

「全力っスか? いいっスね 全力には全力で答えるっスよ」

「一瞬で」

 スパーク。

「終わらせてやるッッ!!」

 業の正面、雷灯の凄まじい速度の拳が急接近してくる。しかし業はそれを極限まで引き付け、往なす。迸る雷にほんの少し頬を切られたがその程度ダメージの内に入らない。

「さすが雷 速いっスね…… けど力ならオレのが上っス」

 拳を往なされた雷灯は隙だらけ。そんな彼を業は炎を纏った右脚で蹴り上げた。

「がッ……」

 腹部を蹴り上げられ、天井に激突した雷灯は少量ではあるが吐血した。だがすぐに天井を蹴り垂直に降下。フロアに着地するや否や直角に業へと向かっていった。

 ドドドドド!!!

 雷灯と業の攻防が目まぐるしく変化していく。互いに一歩も譲らない力と力のぶつかり合い。拳と拳が衝突し、二人が後方へ押しのけられる。

「もっと……もっと速く!!」

 雷灯は叫び、一歩踏み込んだ。天性の運動神経と雷を纏った雷灯の踏み込みは業の予測を遥かに超える速度であった。

「らぁぁぁ!!」

 反応に遅れた業は回避を捨て、防御に徹するため腕を交差させた。雷灯の拳はその中心に命中した。それにより防御に成功した業は反撃の一手を思考した。

 しかし身体の中心を貫かれるような痛みに一瞬思考が停止する。完全にガードは成功したはず。そう考えた業は雷灯の能力の特性を思い出した。彼の能力は雷。先程の痛みは貫かれるような、ではなく本当に雷に貫かれたのだ。

「!?」

 そして業は再び戦慄する。つい先程、数秒前まで目の前にいた雷灯が忽然と姿を消している。

「ッ!? 身体が……!」

 追撃を防ぐため動こうとした業の身体は全く言うことを聞かなかった。その原因は先程の雷だ。業の身体は雷に貫かれ完全に麻痺してしまったのだ。

 そんな業の耳に遥か遠方からの小さなスパーク音が届いた。位置的には業の立つ位置から中央の穴を挟んだ対角の位置だろう。

 ドオォォォォォォン!!!!

 刹那、麻痺した業が背後から凄まじい速度で吹き飛ばされ壁に激突、巨大なクレーターを穿った。

「ぐ……ぁ……」

 完全に無防備な状態に加え予想外の方向からの衝撃。業は一撃で気を失った。

「っ…… やったのか?」

 雷灯は苦々しい表情で頭を抑えて業のほうへ目を向けた。

 彼が頭を抑えている理由は自身の攻撃方法によるものである。

 雷灯は拳が業に命中した瞬間行動を開始した。自身の運動能力、絶異者としての能力を全開にして壁を伝って業の真逆の位置へと移動。そして全力で壁を蹴り、弾丸の如き速度で業の背に頭突きをしたのだ。

「電撃で麻痺させてから死角からの攻撃…… 奴は感情で動いているようで考えている……」

「いいえ、彼は何も考えていないわ 現に自分でも何が起こったのか理解していない 業を麻痺させたことにすら気が付いていないはずよ」

 深影と白愛は空中から雷灯を見下ろして会話をしていた。白愛の言う通り雷灯は何も考えずに直感で動いていた。

「さぁ、次はどっちだ? 森華を返せ……」

「まさか業に勝つなんてな 次は俺が相手になってやる 白愛、彼女を連れていけ……」

 深影は命令するや否や彼女らの方に手をかざした。途端黒い竜巻が二人を包み込んだ。その竜巻は突風を巻き起こしながら急速に上昇していった。

「待て!」

 その様子を見た途端、雷灯は地を蹴り竜巻を追随した。だが――

「お前の相手は俺だ 落ちろ……」

 深影は雷灯の真上に現れ、突風で雷灯を元いたフロアへと吹き飛ばした。しかし雷灯は叩き付けられることなくなんとか着地した。

「くッ……」

 こうしている間にも森華がどんどん手の届かないところへと遠ざかってく。

 このままではまた大切な人を失ってしまう。 

「どけよ……」

 俯き呟いた雷灯の身体に電流が迸った。


†††††


 黒い竜巻内部

 このままでは森華は未知の千層というところへ連れて行かれてしまう。暴れてでも逃げなければ。しかし白愛の表情を見ているとそういう気にもなれない。彼女はずっと目を伏せ、森華に申し訳なさそうにしている。

「……さっきから何故そんな顔をしてるんですか?」

 森華は連れ去られているにもかかわらずそんな質問をした。

「それは……」

 白愛は一度森華の目を見てから再び逸らした。

「ぇ…… 灯花トウカさん……?」

「!!」

 白愛はその名で呼ばれた瞬間びくっと反応した。

「!! やっぱり…… 生きてて、良かったです……」

 森華は言葉の途中、その双眸に涙を浮かべた。灯花という人名、それは雷灯の姉の名である。髪の色も雰囲気も、それに何よりあの時から五年も経っていたため最初は全く分からなかった。しかし近くで見てみれば女子高生だった頃の面影がうっすらと残ってる。

「いえ、違うのよ…… 私は禍神カガミ 灯花トウカではない」

「でも……」

 否定されたが森華のこの確信は本物だ。別人ということはありえない。

「あなた達との記憶はあるのだけれど私は禍神灯花本人ではないの……」

「それってどういう……」

 白愛は申し訳なさそうに俯いてしまった。すると突如として森華の右掌がうっすらと輝き始めた。

「!!」

 白愛は目を見開いて驚愕した。きっとこれは能力発動の前触れだろう。

「ごめんなさい、迎えが来たみたいです」

 森華の掌の輝きが強烈になった瞬間、二人を包む竜巻が消滅した。

 絶異者の異能を打ち消した。

 これが災禍エン女王プレスの力。

「灯花さん……いえ白愛さん またいつか話を聞かせてください」

 森華は白愛に微笑みを向けた後、下方へと向き直りそちらへ右手を伸ばした。


††††††


「雷灯ッ!」 「どけぇぇぇ!!!」

 二人の叫びが重なり合って塔響全域に轟いた。

 刹那、あたりが強烈な青白い閃光に包まれた。

 …………

「「!?」」

 別々の場所にいた深影と白愛が同時に驚愕した。段々と閃光が収まり白の世界が遠退いていく。そして深影は気が付く。いつの間にか雷灯の姿が消えていることに。

「くッ……」

 唖然としていた深影は上空から聞えてきた白愛の呻き声によって我に返った。

「まさか……」

 振り返るとそこには脇腹から血を流している白愛、その遥か上空に森華を抱えた雷灯が上昇の勢いのまま滞空していた。

「ッ……」

 深影はすぐさま落下している白愛の元へと飛行し、彼女を受け止めた。幸い傷は浅いようで大したことはなさそうだ。

 次に深影は先程まで雷灯が立っていた位置に目を向けた。するとそこは大爆発が起こったかのように床、壁、天井が黒く焼け焦げていた。それに加えフロアが電気を帯びている。絶異者に成りたての人間がここまでの大規模被害を生み出せるのは災禍の女王の力があってのことだろう。

「うっ…… 速すぎだろ……」

「自分の速さで酔ったの!?」

「いや、あんなに速いとは思わなくてよ」

 そんな会話が上空で行われる。

「……助けに来たぜ」

「うん…… ありがとう……」

 森華は雷灯の腕の中で小さく呟いた。

「さて…… お前は零牙と一緒にいてくれ」

 言うや否や雷灯は壁を蹴り、一瞬にして零牙の元へと移動した。青白い雷は見間違いだったのだろうか、今発生した雷は通常通りの黄色であった。

「森華を頼む」

「あ、あぁ」

 零牙は圧倒されつつも小さく返事をして森華の手を引いた。

「さてと…… 最後はあいつをぶっ飛ばすだけだな」

「危険因子はここで潰しておく」

 雷灯は見上げ、深影は見下ろして言い放った。

「白愛 業のところにいろ」

「ッ…… えぇ……」

 白愛は傷口を抑えつつ能力を発動して深影の腕の中から消えた。

「……」

「……」 

 バチィッッ 数秒間の沈黙の後、雷灯が動いた。十メートル近くあった間合いが一瞬で消え去った。

 雷灯の全力の拳が雷を伴いながら深影に接近する。対して深影はさほど程驚いた様子も無くそちらに向けて手をかざした。

「吹き荒れろ」

 その命令に従うように深影の掌を中心として黒い突風が吹き荒れた。それにより雷灯の拳ははじかれ、雷は四散して消えた。

「落ちろ」

 深影は体勢を崩した下方の雷灯に向けて手を振り下ろした。すると辺りの空気が渦を巻き始めだんだんと黒く染まっていった。そしてその渦は竜巻と化し雷灯に降り注いだ。形を崩すことなく接近する竜巻はまるで氷柱のようで、その鋭い切っ先は雷灯の腹部に狙いを定めていた。

「やべぇ……」

 雷灯は空中に放り出され完全に無防備の状態だ。深影のように浮遊できないため成す術がない。それでも竜巻は無慈悲に降下してくる。

「ふっ……ざけんじゃねぇ!!」

 目を見開いた雷灯はとんでもない行動に出た。彼は腹部目掛けて落下してきている竜巻の切っ先を掴んだのだ。

「ぐぐぐ……」

 黒い竜巻は本当に氷柱のように物体化しているのか雷灯が掴んだことにより落下の速度が弱まった。だが竜巻を掴む雷灯の両手は切り刻まれ、辺りに鮮血を撒き散らしていた。

「吹っ飛べ!!」

 雷灯の叫びと共に彼の身体から膨大な量の雷が迸った。対象は竜巻なのだろうが規模が大きすぎるためあらゆる方向へ雷が放たれていた。そんな中、巨大な放電を受けた竜巻は形を歪め始めていた。

 ドンッッッ 

 そして暴発。途轍もない烈風が雷灯に襲い掛かり、彼の身体は目にも止まらぬ速さで下層へと急降下していく。

「あぁぁぁ!!!」

「ッ……」

 風の激流に逆らうことができない雷灯は何も出来ずに落下を続ける。対して深影はその流れに乗り雷灯を追随する。

「落ちろと…… 言っている!!」

 深影は落下している雷灯に掌底を放った。

「がはッ……」

 命中。その瞬間風の爆発が起こり雷灯の身体は最下層まで吹き飛んだ。

「森華! 下に行くぞ!」

 零牙はすぐに駆け出していた。森華もそのすぐ後を追う。二人が向かっているのはエレベーターだ。

「動いてる!」

 森華がエレベーターのボタンを押すと正常に作動した。この騒動の中でも電気系統は無事らしい。

「雷灯……」

 森華ははやる気持ちを抑えつつ、雷灯の無事を祈った。


†††††††


「くッ……ぁ……」

 全く抵抗できない。このままでは最下層の地面に激突して即死だ。

「一か八か……!」

 雷灯は自らの拳に全ての力と全開の雷を込めた。そして接地の瞬間に放つ。

 ドォォォォォン!!!

 落雷とも取れる爆音が轟いた直後、塔響全体が大きく揺れた。

「……!」

 雷灯を追う深影はその爆発によって生じた砂煙に突っ込み視界を奪われた。しかし彼は風を巻き起こしその全てを排除する。その先に雷灯は――

「いない……!?」

「オレは、ここだァッ!!」

 いつの間にか深影の背後、上空にまで移動していた雷灯は雷を纏った全力の蹴りを深影に打ち込んだ。次の瞬間には深影の身体は最下層の地面に叩きつけられ砂煙を立てていた。

「……」

 それでも雷灯は臨戦態勢を解かない。何故なら深影はあの一瞬でガードに成功していたからだ。きっとすぐに反撃がやってくるはずだ。しかしその予想に反して雷灯が着地しても反撃は無かった。そのため雷灯は最下層の中心から一瞬にして飛び退いた。

 すると前方の砂煙の中から人影がこちらに近付いてくる。

「認識を改めよう 俺はもうお前を絶異者になりたてのひよっこだとは思わない 計画の脅威として全力で排除する……」

 砂煙の中から姿を現した深影はぼろぼろの外套を羽織り、その手には漆黒の大鎌が握られていた。外套は風が吹いていないにも関わらずなぜか常にはためいている。

「なんだ…… それ」

「奮闘したお前に敬意を表し教えてやる これは《開箱アウェイク》と呼ばれる絶異者の異能を物体として留める技だ このように異能を形にすることにより分散がなくなりより強力な力を発揮できる」

 深影は手中の鎌と纏っている外套に目を向けて説明する。

「開箱……」

 雷灯は目の前の開箱状態である深影の姿を見てぞっとした。彼は先程までとはまるで桁違いの力を秘めている。

「お前は習得することなくここで終わる……」

 深影は大鎌の切っ先を雷灯に向けた。その瞬間途轍もない悪寒が雷灯の背筋を駆ける。気付いたときには彼は深影から距離をとっていた。しかし――

「……」

 深影は間合いでもないその場で大鎌を振るう。その切っ先が地面に刺さろうとした瞬間、雷灯は背後に何かの存在を感知する。しかし今更もう遅い。

「飲み込め」

 ザンッッッ

 背後から鎌で切り裂かれた。深影の方に目をやると大鎌の切っ先が影の中に入り込んでいる。それが雷灯の影と繋がり彼を背から斬る結果となったのだ。

 深影は風の絶異者ではない。彼は風と影、二属性を持つ上位絶異者だ。

「な……」

 雷灯の視界が黒一色に染まる。

 何も見えない、何も聞えない、何も感じない。雷灯は今自分が生きているのかすら分からなくなっていた。

「う、ぁ…… あぁぁぁぁ!!!」

 完全なる無の空間。そんな空間で人間は正気を保てない。雷灯は発狂しかけていた。

「終わったな……」

 深影は目の前で浮遊する漆黒の球体に背を向けた。

「雷灯ッ! 負けないで!!」

 それと同時に二フロアほど上から森華の声が降り注いだ。先程の雷灯の雷で三階より下のフロアへはエレベーターが稼動しなかったのか、それ以上はエレベーターを使うことができないらしい。

「ッ……」

 何も聞えないはずの雷灯の耳に声が届いた。慣れ親しんだ、聞き飽きるほど毎日聞いてきた声。その声が負けないでと叫んでいる。森華が叫んでいる。

「聞こえ……たぞ……」

 小さく、ほんの小さく雷灯の身体から雷が発生した。

「オレは…… 負けねぇ!!」

 バリィィッッ!

 雷灯の全身から膨大な量の雷が発生。壁ともとれる球体の内側にぶち当たりその形を崩壊させる。

「何ッ!?」

 深影は勝利を確信していた中、球体を破壊されたため驚愕を隠せなかった。

「……最終ラウンドといこうぜ」

 振り返るとそこには青白い雷を全身に纏った雷灯が三白眼で深影を睨みつけていた。

「いくぞ……」

 雷灯の姿が掻き消える。先程よりも速い。直後、フロアを囲む壁で連続してスパークが起こり始めた。それは彼が壁を蹴り、反射しているからだ。

 途中まで目で追っていた深影だったが不可能と判断し瞳を閉じた。すると断続的なスパーク音が消えた。それは雷灯が仕掛けてきた合図だ。

「予測しやすい攻撃だな」

 言って瞼を上げ雷灯の攻撃を易々と回避する。そして自分を中心に巨大な竜巻を発生させ雷灯を上空へと吹き飛ばした。

「くッ…… 落ちろ!」

 雷灯は下方に拳を向け、竜巻の真上から深影目掛けて雷を放った。鎌で雷を斬りつけたものの、反応に遅れた深影はほんのすこし掠められた。

「くッ……」

「もう一発!!」

 雷灯は再び、この度は威力を強めた雷を落とした。一発目の雷で多少麻痺したのか直撃を受けた深影は全身が痺れ行動不能となっている。雷灯はその隙に壁を蹴りフロアへと移動。

「オォォォ!!」

 着地と同時に駆け出した雷灯をその双眸に捉えた深影は目を見開いた。すると地面と並行の向きでいくつか竜巻が発生し雷灯に向かって放たれた。

「吹っ……」

 雷灯はギリギリのところで竜巻をかわしながら突き進む。そのため竜巻の切っ先が何度も彼の身体を掠めていく。

 影の絶異者としての力なのか掠っているだけで視界が薄暗くなっていく。しかし雷灯は止まらない。

 ダンッッ 

 一歩。深影の目の前の地面を砕かんばかりの力強い踏み込み。

「飛べ!!」

 雷を纏った雷灯の拳は深影を完全に捉えた。その一撃により深影は大鎌を手放してしまった。次の瞬間、深影が壁に叩きつけられ呻き声を上げた。

「がはッ!」

「らぁッ!!」

 吹き飛ばした間合いを一瞬で詰めた雷灯は壁に磔にされたようになっている深影に最後の一撃を放とうとしていた。

 そんな雷灯の真上から黒い竜巻が降り注いだ。

 最後の最後、深影は勝利を確信した雷灯に生じた一瞬の隙を見逃すことなく突いた。

 勝った。

 しかし――

 確信した矢先、深影の背に衝撃。背後の壁が破壊され深影の身体が上空へ浮き上がる。

「なッッ!!」

 何故奴がそんなところにいるんだ。

 深影は吹き飛ばされながらも完全に砕かれた壁に目を向けた。するとそこには雷灯が立っておりこちらを睨みつけている。竜巻が降り注いだ瞬間、雷灯は一瞬にして深影の背後の壁に回りこみ、壁ごと吹き飛ばしたのだ。

「いくぞ…… これが最後の一発だ」

 パチンッッ

 雷灯は右手を大きく横に振りながら指を鳴らした。すると全身に纏っていた青白い雷が全て右手に収束していく。

「ッッ!!」

 雷灯は地を蹴り空へと飛翔した。

「終わり、だァァッッ!!!」

 雷灯が右拳を上空の深影に向けて放った。

 ドオォォォォォォン!!

 拳から深影、その遥か上空までの全てを貫いた。

 天を昇る雷。

昇雷しょうらい……ってとこか……?」

 その一撃に貫かれ、深影は空中から落下。地面に叩きつけられる。遅れて雷灯が着地。

「勝った…… これで死んだ皆も……」

 彼はついさっき絶異者と成り、燈竜院 業、黒織 深影との連戦に勝利したのだ。

「くッ!!」

 しかし雷灯の身体は慣れない異能の使用と、雷によって更に強化された桁外れな身体能力によりとうに限界を超えていた。そんなボロボロの身体で立っていられるはずもなく、彼は背中から倒れそうになった。

 しかし、そんな彼の背中を二つの何かが支えた。

「無理しすぎだよ……」

 一つはその双眸に涙を浮かべて笑っている森華の掌。

「悪かったな …けど勝ったぞ」

「あぁ、お前は良くやったよ」

 もう一つは微笑を湛えた零牙の掌。

 雷灯は二人の掌により支えられていた。

 その二人は雷灯に肩を貸し、しっかりと立たせてやった。

「いいや、まだだ…… この塔響の上、未知サウザンド千層フロアにこの計画の黒幕がいるはずだ…… オレはそいつらもまとめてぶっ飛ばしてやる……!!」

 雷灯は睨みつけるように塔響の遥か高みを見上げた。

 ここから絶異者パンドラ、禍神 雷灯の闘いが始まるのであった。


――了



 前作と同じく中学時代に構想した一つの物語です。

ご不明な点、誤字脱字などがあれば教えてくださいm(*_ _)m

よよろしければ評価、コメントもくださると嬉しいです。

 

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