フリーライター篇2 オーヤと目無夢に出会う。
なんなんだ。全くわからない。
結論から言えば、俺は一週間の滞在許可を得た。
代償に山ほどの菓子を購入することになったのだが。
ドアから出てきたのは幼女。そいつは俺の顔を見るなり『失礼な人間』だの『殺す』だの中傷の嵐を巻き起こした。しかも俺が快く買ったコーヒーも飲めないとかほざき投げつけてきた。
挙句の果てには自分が魔女だといい始める始末。おいおいやめてくれ。中二病の扱いに手馴れていない俺はスルーという選択肢しかとることができなかった。こうやってちゃんと構ってやらないから某教育委員会の方々から最近の大人は子どもの心をわかってあげられていないなどとお叱りを受けるんだな。
わざわざ一度マンションを出て、数百メートル離れた駄菓子屋に行き散在してきたのに、やつは『許す』とだけ残し部屋に篭った。確かに
領収書は取っているので問題は無いと言えば無いのだが、何か釈然としない。
あのとき、好奇心からちょっと部屋の中を見た。
お菓子しかなかった。
魔女ならもっと魔女らしいグッズがあってもいいだろうに、お菓子のみ。
匂いも甘い匂いが漂ってきて、胸焼けを起こしそうになる。
本当にガキなんだな、と思ったが敢えて口にはしなかった、いやしても良かったんだが、なんか言ったら負けだという不思議な思いがあったのだ。
結局俺はまだ大家の部屋の前にいる。
このマンションのルールとか、住人の特長とか聞きたいことは山ほどあるのだが、それより俺の部屋の場所を教えてほしい。
しょうがないのでもう一度扉を叩く。
「すいませんー」
応答なし。
「大家さんー。あのー」
応答なし。
「クソガキー開けろー」
ちょっとノックが楽しくなってきた。この時の俺はまだ近所迷惑とかそのような類のことは一切考えていなかったたんだ。
そのうちノックが某国民的人気日曜アニメのエンディングテーマになってきた。大きな空を眺めたところで雲は降ってこないアレだ。
「お菓子をくわえた魔女様ー」
ノックがみんなの声がするあたりまで差し掛かったところだった。
「うっっっさいんじゃァァァァァ!!!!」
甲高い声がした。それは大家の部屋の向かいから。
「やーい、怒られたー」
キィ、とドアが開き中からニヤケ顔のクソガキが出てきた。
「あいつを怒らせないほうがいいよ。キレたらこの私でも手がつけられなくなるし」
「……わかりましたよ。んで、俺の部屋はどこだ」
「こらガキ!お前は私より年下なんだぞ!敬語を使え敬語を!」
「きさ」「おおっと、うるさいとまたおこられるじぇ~!」
お前のせいだろ、とこっちも叫びたくなったが、確かに俺の行動はやりすぎた感があるし、騒動を起こしてもこちらにメリットがないためここは素直に拳で怒りを表すことにした。
「いだだだだだだだ!?!?ちょ!?ぎにゃぁぁぁぁ!!!」
アレだ。こめかみグリグリの刑だ。
「お れ の へ や は ど こ だ」
「おおおおおおしえますからやめめめめあばばばばば!!!」バンッ!!
……銃声ではない。扉が勢いよく開いた音だ。
あの、甲高い声の部屋。そこから出てきたのは……
「ヒィッ!?」
始めに声を上げたのはクソガキ。
そいつは多分、女だと思われる。
下半身まで伸びた髪で顔が隠れており、白いワンピースは傷だらけで、手には……包丁っ!?
「ゆ……夢ちゃん……お久しぶり……」
幼女は今にも泣きそうな顔で俺にしがみついている。夢ちゃん?
夢ちゃんと呼ばれた貞子チックな奴は掠れた低音ボイスで
「ウ ル サ イ」
とだけ言い残し、部屋へ戻った。
「……あれは誰なんだ?」
「あの部屋……102号室は目無夢という女がいる……詳しいことはまた今度……」
完全に顔から生気が抜けたのがわかる。俺は職業柄、危険な目には何回も遭っているため刃物という点に注意さえすればどんな人間であっても、人間なら大丈夫なつもりだ。ああいうタイプは初めてだが。
しかし、このガキ。先ほどまでの調子のよさが消え、今にも漏らしそうな顔をしている。漏らしたら盛大に記事にしてやろう。
「そそそそう言えばあんたの名前……」
「以々島隆だ。お前は?」
「オーヤ」いやそれは知ってるんだけど。
「あんたの部屋はははは……501号室だから……」
俺に鍵を渡した後、オーヤは部屋に閉じこもった。
結局名前のオーヤは正しいのかなんなのかわからないが、やはりガキはガキ。魔女とか夢を見てても所詮はそんなもんだ。逆に一般人らしくて少し安心した。
あとでさっきの夢?だとかいう奴にお詫びにいこう。
俺はそう考えながら、中央の階段を上がる。
あんなのが住人か。他の住人が凄く気になるな。
時刻は午後0時28分。まだ夜にもなっていない。楽しみは、これからだ。