フリーライター篇 マンションへ行く。
--某県桜町区桜町。人口30万人。犯罪が多い地区として有名である。
この町には奇妙な伝承や不思議があり、どれも信憑性のないものばかりであり噂として語り継がれた結果、一種の観光地として有名となった。
魔女伝説、食人鬼伝説、悪魔と天使の決闘伝説、能力者伝説など。誰がいつどのような状況を見て噂を創り上げたのか知る者はいない……とされているがそれすらも真偽が不明。
つまり、この町で真偽を問うなど無駄なこと。結局は自分が納得する答えを探し、自己完結で終わるしかないということだ。
だからこそ俺は、真実を伝えたい。
ない を ない で終わる人間の目の前に証拠を叩きつけ、その固執した考えを粉々にしてやりたい。
それができる簡単な方法は、紙とペン。これだけでいい。あとは十分な説明があれば、簡単に考えを変えられる。
今、俺は命を捨てなければならない状況にあるが、ここを乗り切ればきっと良い記事を書くことができるんだ。この一週間のすべて。原稿用紙が千枚あっても足りないかもしれない。楽しみだ。
そのためにもとりあえず生きなければ。
こんなところで、あと一歩のところで死にたくない。
俺はゆっくり息を吐き
最後の逃亡劇を開始した。
--フリーライター 以々島 隆25歳--
某県桜町市の外れにある寂れたフリーナイトマンションには、悪い噂が絶えない。
事前調査として一週間前から情報収集を開始した。
『夜、あのマンションの前を通ると囁き声が聞こえます』
『あのマンションで昔連続殺人事件があったらしいよ……』
『コスプレ好きの集まりかね?あそこは』
『我が右手の疼きが、あそこは危険と示しておる』
個人的に調査をしたところ……
1 フリーナイトマンションは5階建て
2 昔連続殺人事件があったが、犯人は見つかってあない
3 コスプレをした人間が入っていくのを多々見かける
4 よく死体が見つかると有名
5 取り壊し作業を実施しようとした結果、関わった人間が全て行方不明
6 不動産屋の間では禁句とされている
7 住むには大家に直談判すること(お菓子必須)
……なんだこの幽霊マンションは。
俺にとっては、最高のネタだ。
しかし7番目の()に疑問がある。なぜお菓子?
とりあえず、自己紹介から始めたい。
俺は以々島隆というフリーライター。オカルト専門であり、記事は好評価をいただいている。
……いただいているはず。編集長が嘘を言ってない限りは。
俺のモットーは命懸けであり、命を懸けないようなつまらないネタには興味がない。
過去、幾度となくオカルト記事を書くために心霊スポットに向かったのだが、どうも何も起こらない。幽霊に嫌われてるのかと自信をなくす。
知り合いのテレビ局の女子アナウンサーに相談してみたが「幽霊にすら嫌われたらおしまいよ」と一蹴された。鼻の穴にペンを差し込んでやりたい衝動に駆られたが、それこそ頭のおかしい人間だと思われ、あの幽霊マンション行きになってしまうかもしれんと思いやめといた。
ちなみに、まだ幽霊マンションとやらには行ってないが俺の中ではおかしい人間しかいないのではないかという偏見しかない。
いくら家賃がバカに安いからと言って、そんな噂が立つような場所に住みたくはない。ネタには困らないかもしれないが、いくら命懸けとは言え、命がなければ執筆はできないからな。幽霊は信じていないけど。
あとは特に語ることがない。お涙頂戴の過去は作ればいくらでもできるが、何せそういう経験が一切ないためリアリティに欠けてしまう。
女の子にフラれたぐらいの過去しかないのだが、それもあっさりしたもの。
最近のデカイ記事の一つに『桜町病みデレ連続殺人事件』があるけど、俺が解決したわけではなく、ただ話を聞いてまとめただけなので大した自慢にもならん。
……話は戻し、あのマンション前。
確かに今にも幽霊が出そうな、そんなおどろおどろとした雰囲気がある。こんなところに誰が住むのか。
そう言えばなぜこのマンションはこんなにも悪い噂があるのに、マスコミに取り上げられないのかな。くそ、あの女狐に聞いとけば良かった。
聞いたところで「そんなん知らんわ、お化けのせいじゃない?」とかで終わるのが目に見えるけど。
俺のような一般人にはわからないが、霊感とかあるやつにすればこんなところ最高のギャラ稼ぎになると思うんだがなあ。
幽霊を信じない俺にとって霊媒師という職業はないようなもんだ。むしろない。
「てか、昼間なのにここら辺誰もいないな。車もないし、家もねぇ。自販機があるってこた定期的に人間は来てるんだな……多分」
このマンションに来た記念として、あったか~いコーヒーを買う。
金いれる。ボタン押す。出てきた。
つめた~い だった。
しかもコーラじゃねぇかよ。そしてなんで青色なんだよ、ペプシかって。
いよいよこの辺りにまともな人間が来るのか怪しくなってきたぞ。かなりワクワクしてきた。
このライター歴5年の俺は、今かなりワクワクしている。
このマンションは、何かしらの謎がある。俺はそれを文章にして、世の中の全ての人間に知らしめたい。なにより、俺が情報を掴みたい。
男、以々島隆は大きな一歩を踏み出し、マンションの玄関を開けた。
重苦しい音はまさに地獄への入り口のようだ。中はどれほど血に染まっているのかな。
……あれ?至って普通じゃね?むしろキレイだ……
外とは大違いで、内装はシンプルなもののキチンと掃除されており、ゴミは多少のほこりはあるものの目立ったものは見つからない。強いて言えば……
「ラージャン?」モンハンに出てきそうな金色の獅子の像が入って左に置かれている。
ご丁寧に像の前に『ラージャン』と書かれた看板つき。ちょっとは著作権に気を配っていただきたい。
1階は中心に階段があるだけ。中心から北側には出入口。西側と東側にはいくつか部屋があるくらい。例えるなら十字架。
……あれ?こんなんなの?
ちょっと俺の期待は冷めかけた。
これなら余裕だな、ととりあえず大家が住んでいると思われる入り口すぐ右側にある『OOYA』と書かれた(まんまやん)部屋のトビラをノックした。
……ノックしようとしたが、お菓子を忘れたことに気付く。
仕方ないので一度外に出て、あの自販機でジュースを買うことにしよう。
自販機の前に立ちメロンソーダのボタンを押したらあったか~いコーヒーが出てきた。繋がりがわかんねぇよ。
あったか~いコーヒーを持って、今度こそノック。
……返事なし。
まぁ、まだ朝の8時過ぎだし寝ていてもおかしくはない。大体アポ取ってないからな。
もう一度ノック。
すると、だ。
「誰さ!朝からうるさいなぁ!」バンッ!!
ちなみに、今の効果音は扉が開いた音だが、いきなり過ぎて俺の顔面に直撃。
鼻を強打し、あの何とも言えない痛みが身体を駆ける。
中から出てきたのは……魔女のコスプレをした5歳くらいの女。ガキ。
寝起きらしく目が開いていない。
今の俺と同じだな。俺は激痛でだが。