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とある神様の話

神様の話です。

 それは、今よりもずっとずっと昔の話。何百年、何千年も昔の話。

 記憶は朧げで、殆どのことは覚えていない。けれど、自分が何故生まれて、何故力を持ち、何故こうなったのか。何度も思い返し、噛み締めた。

 当時よりも記憶は薄れてしまった。あの時の感情も今ではもう上手に思い出すことが出来ない。でも、それでもいいのだと思った。今の自分には、きっと必要のないことだから。

 長い年月を経て、新しい自分を手に入れた。愉快な友人ができた。それだけで、今は満足だった。






 始まりは何だっただろうか。今よりも人の力が弱くて、しかし奇跡の力も同時に存在していた。そんな時代があった。そんな時代の話だった。

 人は常に神の怒りに怯えながらも日々を懸命に生きていた。

 人間は、罪を犯したらしい。生まれたての自分にはわからなかったが、とても大きな罪を犯してしまった。

 神様はそんな人間に怒って、死ぬこともなく老いることもない奇跡のような楽園から、人間を追い出してしまったらしい。そして、人間が二度と戻ってこれぬようにと、楽園への入り口を隠し、穢れなき炎の番人を置いた、と。

 楽園を追い出されてしまった人間は、老いと、寿命と、死を手にしてしまった。人間はおおいに嘆き悲しんで、罪を犯してしまったことを悔やんだ。そしていつの日か罪が許される日が来ると、それだけを頼りに、厳しい自然の中を生きる決意をした。

 そんな、人間たちの記憶。

 嘆き悲しみ、悲観に暮れた日々もあった。しかし、《《老い》》を手に入れた、と言うことは、同時に《《成長》》も手に入れた、と言うことに気付いた者がいた。

 老い、とは、つまり成長だ。それまで出来なかったことが出来るようになる。その人間は、研究に研究を重ね、研鑽に研鑽を重ねた。自らの成長を実感することが、そして人間が成長していくことがその人間の生き甲斐だった。

 そして、ついに人間は神秘の力を手にしたのだ。世界の現象を捻じ曲げ、自らの思い描いた世界に改編する力。

 『魔法』の力を。

 魔法の力は、人間の世界で急速に広まった。皆が魔法の力を持つものに憧れ、魔法の力を持ちたいと願うようになった。魔法の使えるものは集団の中で次第に力を持ち、人を束ね、村を束ね、街を束ね、そして遂には国を作るまでになった。そうした、魔法使いを頂点に据えた国が、幾つも誕生した。

 魔法王国時代の幕開けだった。

 幾つもあった魔法王国は、それぞれがぞれぞれの独自の魔法を用い、そして隆盛を誇った。魔法は滅びることはない。魔法さえあれば、人間は怯えなくていい。

 様々な魔法が生み出された。炎を灯す魔法。水を操る魔法。風を司る魔法。大地を隆起させる魔法。傷を治す魔法。果ては、神の物とされていた天候を操る魔法までも。

 そして、ついに人間は楽園を追放されたことでその身に宿すことになった『死』までもを魔法によって打ち消した。

 魔法さえあれば。魔法さえ失わなければ。いつしか人間たちはそう思うようになっていった。神の怒りを忘れてしまった。神に許しを請う意義も、意味も、見出せなくなってしまった。

 人間が傲慢になった瞬間だった。

 《《死》》を忘れた人間は、次第に《《老い》》を忘れ、そして最後には《《成長》》さえをも忘れてしまった。

 許しを請うための神への祈りも行われなくなり、新しい魔法の開発もされなくなった。人間の世界は完全に停滞した。

 そして、神の怒りが人間たちを襲った。

 魔法もまた、神の力だった。神の力を振るいながら、神への祈りを忘れる。どこまでも傲慢になり果てた人間に、神は嘆き悲しみ、そしておおいに怒った。

 神の怒りは巨大ないかづちとなって世界を破壊し、膨大な水になって総てを洗い流した。

 神の怒りが収まった後には隆盛を誇った魔法王国は無残にも崩れ果て、世界の半分以上が水に沈んでしまった。神の嘆きを表したかのような、涙のように塩辛い水に。

 魔法使いもその殆どが死に絶えた。魔法も、文明も滅びてしまった。

 総てを失った人間が生きるには、この世界は厳しすぎた。

 その頃、であっただろうか。自分が生まれたのは。

 神の怒りの残滓に、魔法王国の残骸が混じり合い、形作られ、次第に意思を持った。生まれながらにして神の力をその身に宿し、魔法王国の残骸があらゆる魔法の行使を可能にさせる。

 新たな神とも言える力を持った存在に、人々はただ只管願った。両手を組み、膝をつき、ただ何も映らぬ空を見上げ、必死に願った。


「どうか、我らに新たな楽園を。苦しみから解き放たれた、理想郷を」


 そして、生まれたばかりだった自分は、その願いの為に一つの世界を作った。神から魔法の奪われることのない、この世界に似て非なる、新たな世界を。

 力は、願いによって増幅される。世界を一つ作るなど、造作もないことだった。

 空を造り、大地を造り、海を造った。空気を造り、森を造り、平原を造り。様々の物を造り、そして最後に命を造った。新たな世界を願った人々を移住させ、そこで力を使い果たした。

 そして、失った力を取り戻すために、長い長い眠りについた。

 今度は大丈夫だろう。魔法も奪われることもない。神の怒りに触れることもない。自由に、生きて行けばいい。何事にも脅かされることなく、生を全うすればいい。

 そして、目が覚めたら一緒に遊ぼう。それが、自分の願いだった。ささやかな願望だった。

 人間が、傲慢だということを忘れてしまっていた。






 次に目が覚めた時には、もう自分の居場所はなかった。わけもわからぬまま真っ暗な場所に閉じ込められ「ここが貴女の場所です」と言われて、外に出してもらえない。

 力が望まれるだけ。自分と言う存在自体が望まれているわけではない。

 人間は、再び力を失うことを恐れたのだろう。力を失うくらいならば、先に閉じ込め、手を出せなくすればいい。そう考え、実行したのだろう。

 裏切られたと思った。

 許せることではないと思った。

 真っ暗な世界で、力を失うまで暴れ続けた。

 悔しかった。

 自分がやったことは無駄だったのではないかと思わされた。

 どうにかしたいと思った。

 自分一人では、どうにもできなかった。

 けれども、味方はいなかった。

 どうすることもできないまま、時間だけが流れた。

 そうして、また長い長い年月が経った。

 いつしか当初の激情も薄れ、人間たちが自らの手で創造主を閉じ込めてしまったことなど忘れてしまうくらいの時間がたった。ただ只管に流れて行く日々を消化していく。代り映えのない毎日が川の流れのように、留まることなく流れては押し寄せてきた。

 このまま、何もすることなく、できることなく時間だけが過ぎていくのだろうか。この真っ暗な場所に、たった独り。

 けれども、そんな日々は唐突に終わりを告げた。

 異世界から巻き込まれてしまったらしい、人間の姿をした邪神の少年によって、この鬱屈とした日々は終わりを迎えたのだった。






 それは、今よりもずっとずっと昔の話。何百年、何千年も昔の話。

 記憶は朧げで、殆どのことは覚えていない。けれど、わらわが何故生まれて、何故力を持ち、何故こうなったのか。何度も思い返し、噛み締めた。

 当時よりも記憶は薄れてしまった。あの時の激しい感情も今ではもう上手に思い出すことが出来ない。でも、それでもいいのだと思った。今の自分には、きっと必要のないことだから。

 長い年月を経て、新しい自分を手に入れた。自由になって、愉快な友人ができた。それだけで、わらわは満足なのだから。

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