「地味で華がない」と婚約破棄された私、前世は敏腕プロデューサーでした。~貧乏騎士団長(最推し)をアイドル化して国家予算レベルで稼いだら、元婚約者が借金まみれで泣きついてきましたがもう手遅れです~
「リゼット・アークライト! 貴様のような地味で華のない女、もはや我慢ならん! 婚約は破棄だ!」
王城の舞踏会場。王太子エドワード殿下の高らかな宣言が、音楽をかき消した。
彼の隣には、派手なドレスを着た男爵令嬢が、勝ち誇った顔でしなだれかかっている。
衆人環視の中、婚約破棄を突きつけられた私、リゼット・アークライトは――
(きたあああああああっ!!)
内心で、祭りのような歓声を上げていた。
もちろん、表面上はショックを受けたように震えてみせる。これは淑女のたしなみだ。
「……殿下、それは本気でございますか?」
「本気だとも! 私は真実の愛を見つけたのだ。この愛らしいミナこそが、私の隣にふさわしい! 貴様のような、いつも分厚い眼鏡をかけて、本ばかり読んでいる根暗な女ではない!」
エドワード殿下が私を指差して罵る。
はいはい、そうです。私は地味です。根暗です。だって、そう見えるように必死に偽装していましたから!
私の前世は、日本でアイドルプロデューサーをしていたアラサー女子。そして、給料の全てを推しに貢ぐ重度のオタクだった。過労死してこの世界に転生してから18年。王太子の婚約者という立場上、目立たず、騒がず、オタク趣味を隠して生きてきた。だが、それも今日で終わりだ。
「わかりました。……謹んで、お受けいたします」
「ふん、意外とあっさり認めるのだな。泣いてすがるかと思ったが、やはり感情の薄い女だ」
「ご期待に添えず申し訳ありません。では、これにて失礼いたします」
私は完璧なカーテシーを披露し、くるりと背を向けた。会場の出口へ向かう足取りは、羽が生えたように軽い。
自由だ。
これからは、夜会のために時間を費やす必要もない。王妃教育という名の苦行もない。
何より――
(これでやっと、シリウス様の『追っかけ』ができる……!)
私の脳裏に浮かぶのは、この国の近衛騎士団長、シリウス・フォン・ベルガード様。
銀髪に蒼い瞳、彫刻のような美貌と、魔物を一撃で葬る圧倒的な強さ。
通称「氷の騎士団長」。私にとっての、現世における至高の推しである。
王太子の婚約者という立場では、彼に近づくことも、遠くから熱い視線を送ることさえ許されなかった。不貞を疑われるからだ。
だが、今なら!フリーになった今なら、合法的に推し活ができる!
「待っていてください、シリウス様! 貴方をこの国一番のスターにしてみせますわ!」
私は眼鏡の位置を直し(伊達メガネだ)、野望に燃える瞳で王城を後にした。
***
翌日。
私は早速行動を開始した。向かった先は、王城の敷地内にある騎士団の詰め所だ。
本来なら令嬢が立ち入る場所ではないが、私は実家のコネと実家からの差し入れ(賄賂)を駆使して、団長室への面会を取り付けた。
コンコン。
「入れ」
低く、よく響くバリトンボイス。
ああ、この声だけでご飯3杯はいける。録音魔石が欲しい。
私は深呼吸して、ドアを開けた。
「失礼いたします。アークライト伯爵家のリゼットです」
「……リゼット嬢?」
執務机の向こうで、シリウス様が顔を上げた。
銀髪が窓からの光を受けて輝いている。眉間に刻まれた皺さえも尊い。
彼は怪訝そうな顔をした。
「君は昨日、王太子殿下と婚約破棄になったはずでは……。今は謹慎中ではないのか?」
「いいえ。謹慎を命じられるような不手際はしておりませんので。今日は、団長にご提案があって参りました」
「提案?」
私は持参した分厚い企画書を、彼の机の上にドン! と置いた。
表紙には『近衛騎士団・財政再建計画書 ~アイドル化プロジェクト~』と書かれている。
「単刀直入に申し上げます。騎士団の予算、足りていませんよね?」
シリウス様の眉がピクリと動いた。図星だ。
この国は平和ボケしており、騎士団への予算は年々削減されている。装備の更新もままならず、給金も安いと噂されていた。
「……なぜそれを」
「調べさせていただきました。そこで、私がその資金不足を解消してみせます。この企画書通りに進めれば、一年で予算は倍増。装備も最新鋭のものを揃えられるでしょう」
「馬鹿な。そんな魔法みたいな話が……」
「あります。貴方自身が『商品』になるのです」
私は一歩踏み出し、熱弁を振るった。
「シリウス様。貴方はご自分の価値を分かっていらっしゃらない! その美貌、その強さ、そして時折見せる憂いを帯びた表情……! 世の女性たちは、貴方のような『推し』を求めているのです!」
「オシ……?」
「つまり、貴方を広告塔にして、グッズを売るのです! 肖像画、人形、貴方の声が入った目覚まし魔道具! これらを販売し、その収益を騎士団の運営費に充てるのです!」
シリウス様は呆気にとられていた。
無理もない。この世界にはまだ「アイドル」という概念がないのだから。
「……私が、見世物になれと言うのか?」
「いいえ! 希望になるのです! 人々に夢を与え、その対価として支援(お金)をいただく。これは立派な等価交換です!」
私は畳み掛けた。
「もちろん、プロデュースは全て私が請け負います。撮影の手配、商品の企画、販売ルートの確保……全てお任せください。シリウス様は、ただそこにいて、時々微笑んでくださればいいのです!」
「……」
彼は長い沈黙の後、溜息をついた。
「……金がないのは事実だ。部下たちにボロボロの鎧を着せるわけにはいかん。……本当に、騎士団のためになるのだな?」
「もちろんです!(そして私の眼福のためにも!)」
「わかった。……やってみよう」
契約成立。
私は心の中でガッツポーズをした。
これで、至近距離で推しを拝める! しかも仕事として!
***
それからの日々は、怒涛の忙しさだった。私は前世の知識を総動員した。
まずは『宣材写真』の撮影だ。
王都で一番の絵師を雇い、シリウス様の様々なアングルを描かせた。
「剣を構えるキメ顔」「執務中のアンニュイな顔」「訓練後の汗ばんだ横顔(これ重要)」……。
それらを魔法印刷機で大量に刷り、『公式ブロマイド』として販売した。
結果は――即日完売。
「きゃあああ! シリウス様かっこいいいい!」
「こっちの『水も滴るいい男』バージョン、3枚ください! 保存用と観賞用と布教用です!」
王都中の令嬢、いや、奥様方から平民の娘までが騎士団の購買部に殺到した。
今まで潜在的に存在していた「シリウスファン」が、供給を得て爆発したのだ。
次に仕掛けたのは『騎士団カフェ』だ。
訓練場の横にカフェを併設し、訓練中の騎士たちを眺めながらお茶ができるようにした。
入場料は取るが、その代わり「推し騎士への差し入れドリンク」を購入できるシステムを導入。
「第三部隊の副隊長にエールを!」
「私は新人のあの子に回復薬ジュースを!」
自分の送ったドリンクを騎士が飲み、こちらに向かって「ありがとう!」と手を振る。
そのファンサービスに、女性たちは次々と財布の紐を緩めた。
そして極めつけは、『握手券付き寄付金』だ。
一口1万ゴールドの寄付で、シリウス様と10秒間握手ができる権利。
これが、まさかの国家予算レベルの売上を叩き出した。
「ちょ、リゼット嬢!? 寄付金の額が、昨年度の税収を超えているのだが!?」
「想定内です、団長。オタクの愛(課金力)を舐めてはいけません」
山積みになった金貨の前で、シリウス様が震えている。
騎士団の装備は全て最新鋭のミスリル製に変わり、宿舎は改築され、食堂のご飯は豪華になった。
騎士たちは「リゼット様万歳!」と私を女神のように崇めている。
私は私で、プロデューサー特権として、常にシリウス様の側に侍り、最高の角度で彼を眺める権利(役得)を満喫していた。
仕事中、ふと目が合うと、彼は少し困ったように、でも優しく微笑んでくれる。
「リゼット。……無理をしていないか? 少し休め」
「だ、大丈夫です! 団長のお顔を見ればHPが全回復しますので!」
「……そうか。君は不思議な人だ」
彼はそう言って、私の頭をポンと撫でた。
(ぎゃああああ! 推しに撫でられたああああ! 今日はもう髪洗わない!!)
私は昇天しそうになるのを必死で堪えた。
***
そんな我が世の春を謳歌していたある日。私の商会(騎士団グッズの販売元)に、招かれざる客が現れた。
元婚約者のエドワード殿下だ。
以前の煌びやかな姿はどこへやら、服は薄汚れ、目の下には隈ができている。
「リ、リゼット……! 会いたかったぞ!」
彼は私の執務室に入ってくるなり、机に縋り付いた。
「何の用ですか、殿下。私は今、次回の『アクリルスタンド(夏服ver)』の入稿で忙しいのですが」
「そ、そんなことはどうでもいい! 金を貸してくれ!」
「は?」
「借金があるんだ! ミナが……あの女が、宝石だのドレスだのを買いまくって、王家の予算を使い果たしてしまった!」
聞けば、新しい婚約者のミナはとんでもない浪費家だったらしい。
しかも、今まで王太子の浪費をカバーしていたのは、私の実家からの支援金だった。
婚約破棄によってそれが打ち切られた今、彼らの生活が破綻するのは火を見るよりも明らかだった。
「国庫からも借りられない! このままでは王位継承権を剥奪されてしまう! リゼット、君なら金を持っているだろう!? 騎士団であんなに儲けているんだから!」
「……お断りします」
私は冷ややかに告げた。
「この収益は、全てファンの皆様の『愛』です。騎士様たちの命を守るための装備費です。貴方の浪費の穴埋めに使うなど、言語道断」
「ぐっ……! だ、だが、元婚約者だろう! 少しぐらい情けをかけてくれても……」
「情け? 貴方は私を『つまらない女』と捨てましたよね?」
「あ、あれは間違いだった! 君がこんなに有能だとは思わなかったんだ! やり直そう、リゼット! 今ならミナを捨てて、君を正妃にしてやってもいいぞ!」
なんて上から目線。呆れて言葉も出ない。
その時だった。
「……私の大切なビジネスパートナーに、何か用か?」
執務室の空気が、一瞬で凍りついた。入り口に、シリウス様が立っていた。
手には、私への差し入れ(城下町の有名店のクレープ)を持っているが、その目は笑っていない。
まさに『氷の騎士団長』の顔だ。
「シ、シリウス……!?」
「殿下。リゼット嬢は今、この国で最も重要な人物の一人です。彼女の機嫌を損ねることは、騎士団全員、ひいてはこの国の防衛力を敵に回すことと同義ですが……覚悟はおありで?」
チャキ、と鯉口を切る音がした。
シリウス様だけではない。後ろに控えていた騎士たちも、殺気立っている。彼らにとってリゼットは、給料を上げてくれた女神様なのだ。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
エドワード殿下は腰を抜かした。
「お引き取りください。……二度と、彼女に近づくな」
最後の一言は、ドスの効いた低音だった。
殿下は這うようにして逃げていった。その後ろ姿は、あまりにも惨めだった。
おそらく、もう再起不能だろう。借金取りに追われ、王位も剥奪される未来しか見えない。
「……大丈夫か、リゼット」
シリウス様が、いつもの優しい顔に戻って駆け寄ってくる。
「はい、ありがとうございます。……助かりました」
「礼には及ばない。君を守るのは、騎士団長の役目だ」
彼はそう言って、買ってきたクレープを差し出した。
「疲れた時は甘いものがいいと聞いた。……一緒に、食べるか?」
「は、はいっ!」
二人でソファに座り、クレープを食べる。
推しと並んでスイーツを食べる。前世の私が知ったら、尊死しているに違いない。
「……リゼット」
「はい?」
「君には感謝している。騎士団を救ってくれたこともそうだが……俺自身、君のおかげで、毎日が楽しいんだ」
シリウス様が、私の手を取った。その手は熱くて、大きくて。
「最初は、金のためだと思っていた。だが、君が俺を見る目は……その、とても熱っぽくて、俺のことを本当に大切に思ってくれているのが伝わってくる」
バレてた!?
オタク特有の熱視線、隠しきれていなかった!?
「俺も、君のことが気になっている。……地味だなんてとんでもない。君は、誰よりも輝いているよ」
「えっ……えええっ!?」
シリウス様が、私の眼鏡をそっと外す。
そして、素顔の私を真っ直ぐに見つめ、顔を近づけてきた。
「プロデュース契約ではなく……婚約者として、俺の隣にいてくれないか?」
――思考停止。
推しからの、プロポーズ。
これは夢? 幻覚? それともVR?
いいえ、唇に触れた感触は、確かに温かくて、甘いクレープの味がした。
***
その後。
エドワード元王太子は廃嫡され、辺境の修道院へ送られた。借金返済のために畑仕事の日々だという。
一方、私はシリウス様と結婚した。
結婚式は、まさかの「騎士団スタジアム(新設)」で行われ、数万人のファンに見守られる公開挙式となった。
「団長ー! おめでとうー!」
「リゼット様ー! 私達の推しを幸せにしてー!」
色とりどりのペンライト(魔法の光)が揺れる中、私は世界で一番かっこいい旦那様とキスをした。
今でも私は、彼のプロデューサーであり、一番のファンだ。
でも、家に帰れば、彼は団長でもアイドルでもなく、私だけの旦那様になる。
「リゼット、今日の君も可愛いな」
「もう、シリウス様ったら!」
推しが尊すぎて、心臓が持ちません。
地味な令嬢の逆転劇は、これ以上ないハッピーエンドを迎えたのだった。
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