夢のごとき現実
一旦最後まで書きあげたんですが、ミスで消えてしまったんで、途中からちょっと適当になってます。
慎也の口下手は優佳の積極的なコミュニケーションによって徐々に改善されていた。とはいっても、無駄に敬語を使ったり、どもったり詰まったりしなくなった、といったレベルの話であったが。ただそれでも優佳はこの進歩をまるで我が事かのように喜んでいた。
そして二人で住むようになって初めての休日がやってきた。この日になってようやく優佳は慎也の昼夜逆転生活を目の当たりにしたのだった。軽いカルチャーショックを受けた優佳であったが、その後は何事もなかったかのように、大きな右目すらほぼ開いていない慎也とともに昼食を味わった。
慎也の会話能力が前進するのにつれて、優佳も日を追うごとに料理の腕をメキメキと鍛えあげていた。生まれ持った味付けのセンスがあるだけに、無難に料理さえできれば、問題はないのだ。
二人での食後の恒例となった、リビングでのんびりと過ごす時間。優佳が話題を切り出しても慎也は気の利いた返しもできず、会話はいつもすぐに終わるのだが、それでも二人とも満足であった。さて今日は何の話をしようかしらと優佳が思った矢先のことだった。
「相談だけど」
会話を切り出したのはなんと慎也の方であった。優佳の記憶の中で慎也の方から会話を始めるなどは初めて―同居してからであるが―であった。
「え?」
慎也の素早い呟きを聞き取れなかった優佳は、責めるでもなく優しく聞き返した。
「敬語で話して」
ぶっきらぼうに言った慎也は下を向いており、優佳の顔を見ようとしなかった。見れなかったのだ。この生活が始まってからというもの、慎也は以前抱いていた妄想を実現したいという欲求がふつふつと再沸していたのであった。その欲求を押さえつけていたのは言うまでもなく滝川氏との契りである。そして、優佳の整った顔を見ると、同じく整った顔の父親が浮かび上がり、なんとか本能が暴走することはなかった。しかし、である。今日の慎也は冒険家であった。いや、そんな結構なものではない。母親に叱られるか否かの基準を確かめる小童のようであった。
「べ、別にいいけど…?」
慎ちゃんの方から話すなんて何か重大なことかしらと思っていた優佳にとっては拍子抜けもいいところであった。一方で優佳の返事は小童を舞いあがらせた。今度は堂々と優佳の顔を見つめて、もうひとつ注文をつけた。
「これからは慎也様って呼んで」
この呼称の変更については優佳も多少乗り気であった。“慎ちゃん”という呼び方も何か子供っぽく―かといって嫌だった訳ではないが―、“慎也様”はなんとなく大人っぽい。優佳はそう思ったのであった。彼女も案外子供っぽいところもあるのだ。
「慎也様、他には何かございませんか?」
メイドの言葉は慎也を赤くさせた。慎也はこれは白昼夢なのではないかとさえ思った。そこで古風ながらも頬を抓ろうと右手を上げかけたが、そうだ、とメイドに早速命令した。
「頬を抓ってくれ」
優佳は一瞬ポカンとしたのだが、すぐに笑顔で汚らわしい顔の両頬を優しく両手で摘まんだ。
「痛くない」
それでも夢ではない、と慎也は判断できた。なぜなら優佳の柔らかい手の温もりが汚い顔の皮越しに伝わってきたからだ。これは確かに夢ではない。しかし慎也にとっては夢と言っても違わぬものであった。生を授かってからこの醜い顔に優しく触れてくれた人なぞおらず、初めての人間が女性、しかも同年代の娘となればこの男の興奮も仕方のないことであった。もしかしたら幼少の頃の記憶を手繰っていけば、初めてではないのかもしれないが、今の慎也にとってそんなことは関係のないことであった。今はただただ優佳の手の温もりを気味が悪いほど堪能していたのだった。
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