優佳の本心は?
緊張とか不安が胸一杯に広がっていた昨日と違い、今日の慎也はいつもの調子に戻っていたのであった。あれから2階にある10畳ほどの散らかった自室に戻った彼は、昼過ぎにゆったりと起き上がり、パソコンの前に何時間も座っていたかと思うと、今度はTVの前で飽きずに数時間も汚らしい笑みを浮かべながらゲームで遊んでいたのであった。そしてそれに満足した後には再びのそのそと移動してパソコンの前に居座り、画面と向き合っていると、誰かがインターホンも鳴らさずにドアを開けたのに気付いた。彼は一瞬跳ね上がり、何事かと思ったが何のこともない。新米メイドの帰宅である。少々の時間を要してそのことを理解すると、彼はようやく麗しき女性との同棲への実感が湧いてきたのであった。
「ただいま、慎ちゃん」
優佳は疲れなど全く見せずにモデル顔負けの笑顔で”ご主人様”に挨拶したのだが、ノックもせずに慎也の部屋のドアを開けたのが不味かったのか、主人はそれに気付かずニヤニヤと一人気持ち悪い笑顔であった。
「…どうしたの?」
並大抵の人間ならばここで一瞬間は軽蔑の感情でも起きるものであるが、優佳はどうもそういうところには疎いらしい。美しい怪訝な表情には純粋な疑問の感情しか表れていなかった。
「え?あ、い、いや、な、なんでもない…です」
慎也は透き通った2つの目から発せられる視線とその意味に気付くのに十数秒を要した。そして彼は先ほどの表情にヘンな意味はないと、何度も詰まりながらも釈明するのであった。
「別にそんなの気にしてないよ。それよりさ、夜御飯どうしたらいいかな?」
慎也は自分の好物であるハンバーグをやっとの思いで注文した。だが、優佳はコンマ数秒呆気にとられた顔をして、すぐにもじもじと恥ずかしそうに言い直した。
「いや、あの、私料理下手だから…。もし、もし嫌なら何でも買ってくるよ?」
言葉の選択を間違えたのかと思った慎也であったが、この健気な女性の仕草には思わずグッと来たのであった。滝川氏の言葉も脳内でフッと横切り、
「君の料理が食べたい」
と何か聞くのもためらわれるような台詞を吐いていたのであった。この台詞を聞いた優佳は嬉しそうに頷き、
「どんなにマズくても文句はナシだよ」
と爽やかに告げて1階の台所へと向かうのであった。
さて、悲しきかな、あまり異性と関わらない人間は話しかけられただけで、その人は自分に気があるものだと思ってしまうものである。現に慎也もその症状が表れていた。もちろん優佳は彼を恋愛対象としては見ていないのだが、慎也はそうではない。しかも彼の場合は多少の根拠があるだけに思い込みも激しかった。
そもそも不思議な話ではないか。醜悪な顔面を持つ人間なんて普通は接したくないはずだ。しかし彼女は慎也の顔に不満を持つどころか積極的に接してこようとしている。これは優佳が慎也に対してホの字であるということに結び付かないであろうか。これが彼の根拠であった。
だがそうなると、何故一旦慎也から離れていったというのか。離れてみて愛しさがわかったとでも言うのか。いや違う。もしかすると高い賃金当てではなかろうか。そのために女優顔負けの芝居と笑顔で醜い男を欺いているのではないだろうか。
それらはおいおい語られていくだろう。ここからは再びこの後の牧田慎也の狂った人生を追っていく。
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