親離れ
リビングに置かれたソファに慎也と滝川氏は座り、大型のTVで大迫力の野球中継を見ていた。優佳はというとお茶を入れようと台所で悪戦苦闘していた。お茶入れぐらいは慎也でもできるのだが、滝川氏が「優佳、初仕事だよ。初仕事」と言って慎也の言い分も聞かずに優佳にやらせていたのであった。
「今更なんだが、あの娘はあんまり家事は得意ではないんだ。多めに見てやってくれ」
小声で囁きながらウインクをする滝川氏の姿はさながら英国風紳士のようであった。
優佳が初仕事を終えたところで、滝川氏はようやく本題を切り出した。
「さて。今回のようなことは普通ならば検討にすら値しない話であるが、慎也君となれば話は特別だ」
今までの和やかな様子とは一変し、真剣な滝川氏であった。慎也の緊張は一気に高まっていた。
「ただ、いくら牧田の息子だとは言え、何か不埒なことをしでかせば私もさすがに黙っていないよ。君はもう18歳だ。警察も黙っていない」
「は、はい…わ、わかって…ます…」
慎也は脳内で思い馳せていた生活だけはしてはならないと諦めたのであった。この時は。一方で滝川氏は頼りない慎也の決意を満足そうに頷きながら聞いた。そして優佳が入れた薄すぎる緑茶を味わった。
「実は家に入ってきたときから安心してたんだよ。あのダンボールの箱。開けた様子がないからね」
慎也は開けなくて本当に良かったとほっと溜息をついてしまった。しまった、と思ったが遅し、音はしっかりと滝川氏に耳にも届いていた。だが滝川氏には違ったニュアンスで伝わっていた。
「俺を疑うなって?はは、ごめんね。疑ったわけではないんだ。君もいい年頃だからねぇ。ちょっとしたテストだよ。君は“雇い主”だからね」
今度は安心して心の中でため息をついた慎也も緊張は次第にほぐれお湯に近い緑茶を口に含んだ。
「とはいっても安心し給え。中身はちゃんと本物だよ。優佳の派手なパンティもしっかり入ってるぞ」
慎也はブッと口に含んだお茶を噴き出して、命がけですいませんと連呼しているその横で「もう、お父さん!」と優佳は照れたような恥じているような声で父を窘めた。慎也も控えめに笑ったが、もしかするとこれが彼の人生にとっての重要な転換点であったのかもしれない。
滝川氏はしばらくの間慎也に対して他愛もないことを一方的に―慎也が上手く返せなかっただけだが―喋り続けて、ふと腕時計をチラと見て「これは失敬。長居しすぎてしまったかな」とそそくさと帰り支度を始め、最後に薄抹茶色のお湯を飲み干し、暇を告げることとなった。
「それじゃあ、慎也君、くれぐれもいかがわしいことはしてはいけないよ。あと、優佳。お客様が帰るときに突っ立ってるようじゃ駄目じゃないか。ちゃんとそれも勉強しないといけないよ」
滝川氏は玄関で慎也とうっすら目に涙を浮かべている優佳の二人へ爽やかな笑顔とメッセージを残し、紳士らしくサッと立ち去るのであった。ただその笑顔は、最愛の娘としばらく別居してしまうことへの寂しさ・若干の未練を隠すためのものであったことには二人は気付かなかった。
ちょっとつまらない展開ですね・・・。
感想・アドバイス待ってます。