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優佳来る

 しどろもどろの問答の後、なんとか約束をとりつけた慎也は、言葉では言い表せない高揚感を感じるとともにここにきて夕立ちのごとく突然に不安が慎也の心の中に広がっていた。


 慎也が交渉したのはあくまで父親であって娘の優佳本人に了承をとったわけではない。性格からして親の勧めを断るはずはない。しかし本人はどう思っているだろうか。俺の顔を見るのが嫌じゃないだろうか。俺に親しくしているなんて噂を広められたくないのではないだろうか。


 慎也の顔は生まれたときから醜かった。右目はピンポン球並みに大きいというのに左目は眠っているのかと思わせるほどの薄目で、鼻は極端に小さく、大きな口は閉めてもノの字に傾いていたし、左耳は長い耳たぶを備えて寝ているのに小さな右耳はその存在を知らしめんと立っていた。ただ、人と違うのは顔だけであった。首から下は至って健康体である。慎也がそのことを自覚し始めたのと優佳が徐々に距離をとり始めたのは同時期で、彼も“事実”を受け入れざるを得なかった。また人と会うことに拒否反応を起こし始めたのもこの頃であった。



 感情の板挟みに悶々と苦しみながら待つこと数日。ようやく滝川氏からの電話が入り、今日、遅くとも明日に荷物が到着するはずだから、到着したらこちらへ連絡してくれとのことであった。


 慎也は緊張と不安と恐怖とで頭がおかしくなりそうであった。それをなんとか落ち着けたのは野卑な妄想であった。優佳という人物に一方では恐れ、一方ではあらぬことを考えては興奮している。もしや慎也はこの時既に頭がおかしかったのかもしれない。


 慎也が無機質なチャイム音で目を覚ましたのは翌日の昼であった。どうかしていた慎也は来るはずもない真夜中の訪問を待ち続け、いつの間にか眠っていたのであった。いつもなら目ざましがいくら努力したところで起きようともしない慎也であったが、今日に限ってすぐに目覚めたのは脳が不安定な感情を抑えつけようと必死に働いていたからであろう。


 玄関に積み上げられたダンボールは十箱に至った。いくらこちらに住むとはいえ、何をこんなに持ってきたのかと純粋な疑問が湧いたのは束の間。この男の頭の中はなんと汚らわしいのだろうか。確かにこの茶色い箱の中には女性の衣服が詰まっている。衣服なんて生易しい物でなく、下着だって入っているだろう。頭のよく回る慎也はゴキブリのような速さでダンボールに手を掛けた。だがしかし、慎也はふと思いとどまった。これはあまりにも無防備すぎではないか。もしかしてこの中には小型カメラでも仕掛けられているのではないか。そもそもこんな荷物、滝川氏が自ら優佳とともに運べばいい話ではないか。そこまで考えると慎也は送りつけられたものがパンドラの箱に思えてくるのであった。


 慎也が下手な口をなんとか駆使して滝川夫人―慎也は滝川家の電話番号しか知らなかった―に連絡してから数時間後。

 とうとう待ちに待った恐怖のチャイムが鳴った。インターホンのカメラは整った滝川氏の顔と微かに優佳のものと思われる黒い長髪を捉えていた。

 慎也は受話器を取り、おどおどしながら口を動かした。

「あの、ちょ、ちょっとだけ、待って・・・下さい」

 滝川氏の口が動くと同時に性格が浮き出る優しい声が慎也の耳に届いた。

「はは、急がなくてもいいよ」

 慎也は急いで玄関まで走った。家に籠る彼にとってこの運動も大変な労力を使うものであった。


「ど、どうも。お、お久しぶり…ですね」

 慎也はドアを開けるなり視界に入ってきた滝川氏に必死の思いで挨拶を交わした。

「そうかい?君の両親の葬式であったじゃないか」

 視線をはは、と爽やかに笑う滝川氏から横の美女に移して、慎也は自分の目を疑った。読者こそ今の彼女の姿は知っているが、彼にとっては何年かぶりで今まで頭に思い浮かべていた優佳とは違う目の前の女性に戸惑いを隠せなかった。昔の優佳もダイヤの原石的なかわいらしさを持っていたが、それはもはや完全に磨き上げられていた。

 慎也は確認のために眼前の女性に人指し指を向けそうになるのを急いで残り四本の指も添えて滝川氏に尋ねた。

「あ、あの、こ…この方はもしかして…?」

「驚いたかね?私の自慢の娘はこんなに綺麗になったのだよ」

 娘の肩をポンポンと叩く滝川氏の顔はまさに誇りの固まりであった。後に起こることを知っていれば彼もこんな顔はできなかったであろう。

「た、滝川、ゆ、優佳……さん…ですか?」

 優佳に向けた慎也の汚い顔はますますひどくなっていた。口は緊張のせいか余計にきついカーブを描き、顔に似合わず頬を染めていた。

「なんか堅いよ、慎ちゃん」

 優佳は父親譲りの爽やかな笑い声で慎也を茶化すのであった。慎也はその自然な振る舞いを見てここ数日の不安が一気に吹き飛んだのであった。

 慎也は優佳の美しさにただただ驚嘆するばかりであった。この時ばかりは慎也も昔に戻ったように純粋な目で優佳の顔を見つめていた。優佳は父親に負けんばかりに非常に整った顔立ちで、大人びていながらもどこか素朴さが見え隠れしていた。

「じゃあ、ちょっと家に上がってもいいかな?」

 半ば放心状態の慎也は滝川氏の質問にぜんまい仕掛けのおもちゃのようにゆっくりと頭を一回下げた。

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