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重大犯罪

 優佳の毅然とした態度は、慎也の手を借りずとも立派な芸術作品であった。覚悟を決めて一糸まとわぬ姿を曝け出す女の姿は、まさしく高名な彫刻家の渾身の裸体像のようであった。そこに恥などという些細な感情は一切なかった。


 だが、それは慎也の意図していたものとは全くの別物で、男は激怒した。慎也は突然優佳に歩み寄り、頬に平手を喰らわせた。これは慎也にとって思わぬ好結果を招いた。優佳は暴力的な慎也に困惑したのだ。途端にそれをきっかけに、不安の色も浮かび上がってきた。慎也は途端に上機嫌になり、ふと名案を思いついたらしく、気持ち悪くニヤニヤと醜悪な笑顔を浮かべると共に、台所へと歩を進めた。そして光を受けてキラリと光る包丁を手に取ると、再び優佳の元へとフラフラと歩いて行った。ここまで来ると優佳の顔は引きつらざるを得なかった。

「慎ちゃん、どうするつもりなの?」

 優佳は目を覚まさせるために敢えて親しげに話しかけた。だが、効果はなかった。慎也はもう何も聞こえていないようであった。彼はじっくりと優佳に近づくと、蛙のようにしゃがみこみ、白くて細い、ツヤツヤとした脚をまるで奇妙な生き物がいるかのように丹念に観察したかと思うと、刃を柔らかな肉をに押し当て、不器用に切り傷をつけた。光に照らされ美しく輝く肌に、一筋の赤い糸が垂れる。彼は苦悶の表情を浮かべているであろう顔を見るのを我慢した。心理的苦痛だけでなく、肉体的苦痛も加味されれば、きっと素晴らしい表情になるであろう。彼の頭の中ではもう本能しか働いていなかった。そしてその後も視界を上げていき、とうとう胸へと到達した。豊満であるのに綺麗に形を保った胸をじっくりと舐めまわすように、しゃぶりつくすように見た後は、綺麗なお椀に汚い傷をつけるのであった。そして次は待望の瞬間だ。きっと痛みに苦しみながらもメイドとして笑顔でいるだろう。だがそこには困惑、不安、軽蔑、恐怖、恥じらいが表れているだろう、さらにはこんなに見られているのだから興奮もしているだろう。慎也はそんな作品を思い描いていた。


「慎ちゃん、もう止めよ、ね?」

 確かに優佳は痛みに耐えながら、それを感じさせないほどの笑顔だ。しかし、その顔に浮かぶのは懺悔の色であった

「え・・・」

 慎也は今まで、優佳の顔に浮かぶ数色の色の中で、唯一正体のつかめぬ色があった。それが今になってようやくわかったのだった。

「今までは慎ちゃんのためと思ってたけど、私間違ってた。このままじゃ慎ちゃんはダメになっちゃう」

 不思議なことに、今の慎也には優佳の声が届いていた。頭の中で響いていた。そして次第に理性が働くと共に落ち着いてきた慎也は、恐怖のあまり包丁を握りながらも、急に脚の力がなくなったかのように尻もちをついた。

「あ…え…」

 優佳は何故かは知らないが、今まで我慢してくれていた。だがもう限界らしい。このままでは、もしや、いや、もしやどころじゃない。確実に滝川氏に連絡されてしまう。そうなれば、もう俺は…。だったら…!

「あ、違うよ、別に」

 お父さんには言わないよ、と慌てて言いかけたところだった。それを遮ったのは、慎也が握る震えた包丁であった。慎也は心臓があるであろう左胸に包丁を何回も何回も突き刺したのだ。包丁を抜くたびに白き御椀から勢いよく鮮血が吹き出る。全人類も認めるであろう美しく白い豊満な肉体のおかげで、タラタラと流れる真っ赤な液体もよりよく映えるのだった。山頂から流れる水は山を降り、森を越え、その後も流れて流れて床へと流れ着くのであった。


 優佳の良くできた脳もこの事態には対応できなかった。慎ちゃんがそんなことするわけがない。そんなことするわけない。だが、優佳の脳がいかに否定しようとも、現実が身体を襲った。ガックリと膝から崩れ、うつ伏せに倒れ込んてしまったのだった。それでも力を振り絞って痛々し笑顔を慎也に向けた。

「私…、慎ちゃん…見捨てないから……」

 それが優佳の最期の言葉であった。


 慎也はしばらく茫然と立ち尽くしていた。はぁはぁという乱れた呼吸の音も、TVの馬鹿でかい笑い声に飲み込まれた。彼は何を思うでもなく、ひたすらに血まみれの優佳の亡骸を見つめていた。彼にはこれは夢なのではないかと思われた。そうだ、夢だ。夢に違いない。夢なんだ。優佳、俺の頬をつねってくれ。…。ああ、そうだ。優佳があの温かい手を俺の頬に添えてくれることはもう二度とないんだ。もう優佳は死んだんだ。殺されたんだ。いや、俺が優佳が殺したんだ。ああ、なんてことだ。俺は人の命を奪ってしまったのだ。あの優しかった優佳を、全ての面で優秀で将来性豊かな女性の命を奪ってしまったのだ。どうすれば、ああ、どうすればいいのだ。


 彼は今度も悩みに悩みぬいて、とても単純な、楽な方法をとった。彼は血のついた包丁の刃先を自分の心臓に向けたのだった。

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