本物の狂人
人間は考えすぎた時ほど結局下らない答えしか思い浮かばないものだが、当の本人はそれですっかり満足してしまう。慎也も例に漏れず、至極単純な解答にご満悦のようであった。
慎也が紛れもなく頭がおかしくなった近頃は、食後のゆったりとした時間もなくなっていたのだった。だがどうしたことか、今日は久しぶりに一緒にTVを見ようと優佳に誘いかけた。優しい優佳は断るはずもなく、久しぶりの和やかな空気を楽しんでいた。これが優佳にとって最後の心休まる時であった。
「脱いでよ」
TVが騒がしい番組から訳のわからない広告に変わったその時であった。慎也は機械のような一定の調子で命令した。彼は緊張や不安を下手なりに隠しているのであろう。これには優佳も顔が真っ赤になった。そしてまるで聞こえなかったかのように聞き返したが、カクカクと動かす口から発せられた言葉は、なんの間違いもなく優佳の耳、優佳の脳にたどり着いた。確実にその意味を理解した瞬間。
「ど、どうして?」
止めるよりも早く口が動いてしまっていた。急いで「すみません」と付け加えてご主人様の顔をチラリと見たが、無機質な人間に怒っている様子はなかった。
「脱いで」
申し訳なさそうにしている優佳の顔をよそに、機械はもう一度呟いた。それでようやく―1分ほどの躊躇はあったが―優佳は決心したのか、白く美しい肌を覆い隠す布を捲り上げていくのだった。ここでようやく人間へと戻った慎也は、早くもたまらなく興奮していた。今までもこのような場面はカメラで見れていたのだが、その優佳は所詮偽物。コンピューターがデータを基に描き出した絵にすぎない。目の前の優佳は“本物”だ。何物も再現することなんてできない、温かみがあって、ハリがあって、美しくて艶やかな肉体を、慎也は今まさに汚い大小二つの目で捉えているのだ。小さな目を精一杯見開いて、脳に焼き付けようとしている男の姿は醜いのはもちろん、哀れでもあった。
優佳はよっぽど堅い決心をしたのだろう。脱ぎ始めると早かった。しかし、純白の白い下着姿になるとその手は止まった。父親と共に風呂に入らなくなってから男の前で脱いだことなんて一度もない優佳にとって、この仕打ちは酷すぎた。メイドとして追従すべきであるという建前と、どうしても見せることはできないという本音が脳髄の中で激しくぶつかり合っている様子が、顔に表れていた。どうしっようかと悩むうちに、彼女は迷っている自分に、口だけの自分に嫌悪感がわき、今まで彼女を支えていたものが崩壊したのか、突然力の抜けたように座り込み、泣き崩れるのだった。
慎也は延々と泣き続ける優佳に対して、恐ろしいことに前言を撤回するでもなく、黙ってショーの続きを待っていた。今もいい表情だ、しかしまだ物足りない。全てを曝け出したとき、俺の望むものは完成するはずだ。そうだ。俺は作品を創っているのだ。色白の綺麗な顔をキャンバスに、複雑に混ぜ合わせた色を使って素晴らしき画を作っているのだ。ははは、どうして芸術的欲求を止めることができようか。さぁ、お前自身の手で作品を完成させるのだ。早く!早く!早く脱ぐんだ!
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