たまごの願いは、かなったの?
小学校中学年から大人までを対象に書いた作品です。
なるべく子供に合わせた言葉と漢字を使っています。
どうやらここは、浅い池の底。
ふっと気づいたら、丸いとう明なまくの中から たくさんの、とう明なたまごを見ていました。
ま上には、小えだに付いたまま落ちた木の葉が一まい、池底の土に半分にうまるようにして かぶさっていました。
その葉と茶色い土の間には、ほんのちょっとすきまが空いていて、そこから辺りがうかがえたのです。
とても明るい浅せで、陽の光を受けた水草たちが キラキラとかがやいていました。
すぐ上の水面には、大きくはり出した『ハンノキ』が、葉かげといっしょに あわいむらさき色を一面に落としていました。
『フジ』のえだが、からまっていたのです。
水面は時おり風にさざめいて、えだをすかした やわらかな日差しが、やさしくゆれ動きました。
池の中は、エビやタニシやミジンコなど、小さな生き物たちで にぎやかでしたが、水はキレイにすんでいました。
とう明なたまごは まん丸で、本当にたくさんありました。
とう明なゼリーのようなチューブの中にぎっしりつまって、それはまるで とぐろをまいた長いヘビのように見えました。
そんなかたまりが、辺りに四つか五つ ぷかぷかと ただよっていたのです。
同じように とう明の丸いまくに包まれていましたから 自分も、たまごなんだって分かったのです。
たまごの中には、黒い小さなかたまりがあって、じっとしているものや、落ち着きなく動いているものもありました。
始めは、『それが何なのか、自分が何なのか?』ちっとも分かりませんでした。
それでも間もなくすると だんだんとわかって来たのです。
とう明なまくに包まれた 黒いかたまりはみんな、ドンドン元気に動き始め、二、三日もすると次々に まくをやぶって外にとびだし、泳ぎ始めたのです。
そうです、みんなカエルの子どもだったのです!
たまごからかえったオタマジャクシたちは、とても楽しそうに見えました。
だから早くまくをやぶって、自分も広い世界に泳ぎ出したいと思ったのです。
それなのに、いくらたっても なかなか外に出られませんでした。
本当にうすい 今にもやぶれそうなまくなのに、どうにもすることが出来ないのです。
気が付けばもう、たまごのままでいるのは 自分ただ一人だけになっていました。
早く外に出て遊びたくて、うずうずした気持ちがおさまりません。
みんながあまりにも楽しそうなので、うらやましくて泣きそうになりました。
そうこうしているうちに、水面の『フジ』のうすむらさき色のかげは、こい緑の色にのみこまれ、代わって青むらさき色のかげが すずしげに水面をいろどり始めました。
水辺でいっせいに咲きだした、『カキツバタ』の花たちです。
ドンドンと水はあたたかくなり、周りのオタマジャクシたちはみんな、気持ちよさそうに泳いでいました。
もう足が生え、中には手の生えてきた子たちもいました。
それなのに、このたまごは たまごのままでした。
いつまでも まくをやぶれないものですから、今ではもう、
『自分はきっと、どこかおかしいんだ』
って思いだして、悲しくなっていました。
それでもたまごは、あきらめていませんでした。
『早く、みんなといっしょに遊びたいな……』
たまごは、外の世界にあこがれ続けました。
それなのに、周りのオタマジャクシたちはもう、一ぴき残らず手足が生えそろい、だいぶ大きくなって、気付けば おっぽも短くなっていました。
知らず知らずのうちに数もへり、今では初めの半分も いなくなってしまっていました。
大人になって、みんな好きなところに泳いで行ったり、陸の上にはい出して行ってしまったのです。
どんどんと みんなに取り残されて、たまごは、じっとしてはいられない気持ちになりました。
でも、周りをおおう じゃまなまくが、やぶけないかぎりどうしようもありません。
『こんな うすいまくなのに!』
たまごは、じれてなげきました。
やがてカキツバタの青むらさきが、ほとんど夏草の緑に飲みこまれるころになると、辺りにはもう 一ぴきも泳いでいるオタマジャクシは、いなくなってしまいました。
たまに 大人になったカエルたちが遊びにもどってきましたが、今、まくをやぶって外に飛び出せても、きっと遊んでなんてくれません。
一人ぼっちで取り残されたカエルのたまごは、仲間のいない景色を、ただただ ながめてすごしました。
『もう、きっと外には出られないんだ……』
何百回も、何千回もそう思って悲しんでいました。
けれども その時です。
池の上にはり出していたハンノキのえだが、折れて落ちてきたのです。
そのひょうしに、たまごの上にかぶさっていた大きな葉っぱが、少し動きました。
あっという間の出来事でした。
たまごの体がふっと うき上がり、水面をめがけて上り始めたのです。
いっしゅんで まぶしくかがやく水面が近づき、パチンとはじけました。
そして そのしゅん間、たまごは広い世界にとけこみました。
自由になれたのです。
じゃまだった とう明なまくが、 とうとう やぶけてくれたのです。
けれどもたまごは、オタマジャクシにはなれませんでした。
『なぜって?』
なぜなら、この子は、空気のあわだったからです……。
その時 強い風が水面をふき渡り、ハンノキと そこにからみついたフジの緑、辺りに生いしげるたくさんの草花たちが、いっせいにサラサラと心地の良い音を鳴らしました。
それは、池の周りのみんなからのお別れと、自由になれた小さなたましいへの ささやかな祝福だったのかもしれません。