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最強公女は微笑まない 〜伝説の黒竜は公爵令嬢に生まれ変わった〜  作者: 翠蓮
ヴァイオレット=ホルシュタイン、10歳。
9/17

9.いとこよ、こんにちは


ギルベルト=ホルシュタインは緊張していた。


彼は今、兄と父親とともに、公爵城の応接室に通されていた。

革張りの長いソファで、ギルベルトは兄と並んで腰掛けている。

そして、2人の叔父であり、現在のリエン領主・ヴィンセント=ホルシュタインを待っているのであった。


応接室は暖炉が効いていて、温かな紅茶が用意されていたけれど、ギルベルトの手先は微かに震えていた。


たとえ身内であろうと、知らない人に会うのは、神経が尖るものだ。

ましてや相手は冷血漢だの、視線で人を殺すだの、散々な評判の相手である。


「礼儀知らずの小僧め!」なんて思われて、睨まれたら怖いな。


ヴィンセントが来るのを待つ間、ギルベルトは必死に、マナーの授業内容を思い出していた。

すると、隣に座る兄のアシュリーが、固く握りしめたギルベルトの手を、優しく包んだ。


「緊張しないで」


どこまでも優しく、出来た兄だ。


手を握られて恥ずかしいよりも、ホッとしたという感覚が強く、ギルベルトはおとなしく手を繋いでもらったままにしておいた。


コンコン、と応接室の扉が外側からノックされる。


扉の付近に立つ侍女が、領主様が来られました、と言ってお辞儀をし、扉を開く。


扉の向こうから人が入ってくるのと同時に、ベネディクトとアシュリーはサッと立ち上がった。

繋がれた手に引っ張られて、やや遅れてギルベルトも立ち上がる。


「お久しぶりです。兄上」


ベネディクトに兄上と呼ばれたその人、すなわちリアン領主のヴィンセント=ホルシュタインは、非常に端正な顔つきの男であった。


ベネディクト父子は銀髪であったが、ヴィンセントは白銀と呼ぶのが相応しく、上品な色をしていた。

それを1つに束ね、肩から銀糸のように、サラリと垂らしている。


そして、ベネディクトと同じアイスブルーの瞳は、切れ長で、長い睫毛の下で鋭く輝いていた。

温度の下がる、冷ややかな眼光。


ベネディクトは、常に笑みを浮かべているような柔和な顔つきであったから、所々の顔のパーツは似ているというのに、ギルベルトからすれば、冷淡さの滲み出る目の前の人物・ヴィンセントは、端的に言って「父さんに全然似ていない」。


はっきり言って、あまりに顔立ちが整いすぎて、恐ろしいまでもあった。


「うむ」


言葉少なに返事をするヴィンセントの静かなる気迫に、ギルベルトは息を呑んだ。


ギルベルトは自身の兄・アシュリーにかなり懐いていて——現に今も手を繋いでいて——、だから、ヴィンセントのようなこんな、一見して震えてしまうような人物を兄に持つ父さんは、どんな気持ちなんだろう、とギルベルトは考えてしまった。



…と、いう疑問は一瞬で、ごく短な返事を聞くや否や、我らが父ベネディクトは、子供のようにガバッと飛んでヴィンセントに抱きついた。



「兄上!今年もやっと会えました!!」


は?とギルベルトは、口をあんぐりと開けた。

思わずはらりと、手の力抜けて、繋いでいた手が解ける。

アシュリーは離れたその手で、ギルベルトの肩をポン、と叩いた。


「父さんは…叔父さんが大好きなんだ」


目尻を下げて破顔し、大の男に抱きつく様は、見たこともない父親の姿である。

公爵家次期当主と呼ばれ、恭しく周囲の貴族が接する時のベネディクトの顔とは、全く異なるのであった。


正直見ていて恥ずかしくなるほどである。


抱きつかれる側のヴィンセントも、しらーっとした顔をしていた。


「暑苦しい」


入ってきた時と寸分違わぬ無感情な目で、ベネディクトを引き剥がすように肩を押す。

ベネディクトはすぐに手を離したが、ヴィンセントとは対照的ににこやかな笑顔であった。


「1年元気だった?去年の冬は少し寒さが厳しかったようだけれど、問題はなかった?そうだ、ヴァイオレット嬢は元気かい?」


矢継ぎ早の質問と、わかったから座れ、という素っ気ない返事。


はぁい、とすごすご座るベネディクトを見ていると、完璧な兄とその弟の確執、といった舞台演目に観るような関係はないことが、ありありとわかった。

変に自分の父親と叔父の関係を疑ったことを、少し恥じ入る気持ちで、ギルベルトも再びソファに着いた。


そこから、ベネディクトの10の質問にヴィンセントが1返す、といった会話の応酬が続いた後、ヴィンセントは不意にギルベルトとアシュリーに目をやった。


鋭い目つきだったが、それまでのやり取りを見ていれば、ヴィンセントは怒っていたり不機嫌なわけではなく、この目つきが常態であることがわかる。


だからギルベルトも、緊張こそしたが、怯えることはなかった。


すぐに目線に気づいたベネディクトが、にこりと微笑んで、話し始める。


「ごめん、すっかり紹介を忘れていたよ。次男のギルベルトだ。11歳になる」


紹介されて、ギルベルトは不器用にぺこりと頭を下げた。


「よろしくお願いします、ヴィンセント叔父上」


ヴィンセントは堅いギルベルトを、同じ表情でじっと見ていた。

何度か目を、瞬かせる。


少し続く沈黙に、ギルベルトはぎゅっと拳を握った。


やがて、ヴィンセントは口を開く。


「叔父さんで、構わない」


えっ?あぁ…はい。

拍子抜けするほど、言葉は柔らかだった。顔も声も、怖いけれど。


そしてヴィンセントは、ギルベルトとアシュリーを交互に目線を向けた。


「兄弟というのは…面白いな。よく似ている」


険しい顔つきのままに、素朴なことを言うので、ギルベルトはいっそ、混乱の域だった。

アシュリーも口をまごつかせていたし、さらにベネディクトはあっはっはっと笑い出す。


「私と兄上は似てませんけどね!私はそんなに怖い顔をしていません」


ふと、ヴィンセントの顔が和らいだ気がした。


「ああ。こんな顔が似なくてよかったよ、お前にも…ヴァイオレットにも」



そこで、ベネディクトとアシュリーが同時に、えっ!と素っ頓狂な声を上げたが、2人はチラリと顔を見合わせた後、一瞬で何事もなかったかのようにニコニコと笑顔を装い始めた。


ギルベルトにはその一瞬の動揺が、よくわからなかった。


一方でベネディクトとアシュリー親子は、2人揃って同じことを考えていた。


(どう考えても、ヴァイオレット嬢は父親似なんだよな…)


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