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最強公女は微笑まない 〜伝説の黒竜は公爵令嬢に生まれ変わった〜  作者: 翠蓮
ヴァイオレット=ホルシュタイン、0歳。
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5.父娘の時間②


別に、寒いわけではなかった。

ヴァイオレットを抱えるヴィンセントの腕は鍛え上げられていて、分厚い胸板はまさに風除けであった。

彼はあたたかいわけではないが、ちゃんと人間としての温もり分ぐらいはある。


それで十分なのに、こんな大きな精霊石を暖炉がわりによこすとは。

大げさすぎる、これが親子の情というものなのか。


試しにこの石、叩き落としてみようか。この男は怒るだろうか?


ヴァイオレットがそう考えたところで、


『ちょっとー!?お嬢様!?あんたほんと何考えてるんですか!?鬼!割れちゃうでしょ!!』


と、例のやかましいフェリックスの声が、ヴァイオレットの脳内に響いた。


まさか。落としたぐらいで割れるわけないだろ、精霊石が。


ヴァイオレットも、心の中だけでそう返事をした。

精霊であればどんな位であっても、精霊王たる黒竜のヴァイオレットには、その声を脳内に届けることができるのであった。


『うっわ怖。そりゃ私も最上位精霊ですから?どんな衝撃でも魔法でも精霊石は割れませんけど?

あんたに落とされちゃ割れるでしょ、あんたに落とされちゃ。

わかって言ってるんじゃないんですか、ねぇ、こ・く・りゅ・う・さ・ま?』


脳内に語りかけているくせにやたら声量たっぷりのフェリックスを、ヴァイオレットは無視した。


そう、ヴァイオレットが黒竜の生まれ変わりであることについて、気づいている人間は未だいないが、精霊はそうもいかないらしい。

例えばこのフェリックスは、生まれたばかりのヴァイオレットを見るやいなや、


「うっっっっっっわ!?黒竜様!?はぁ!?えっ、ま…はぁ!?

あんた…死んだって、ちょっと前に…えっ何、どゆこと!?」


と散々喚いたわけである。即バレであった。


きっとヴァイオレットの姿を見た地上の精霊はすべて、その正体に気づいているわけであるが、その大半がフェリックスのように喋ることができるわけではないので、ヴァイオレットは今のところ人間に正体がバレることはなく、この精霊を除いて静かな日々を送っている。



『どうせ寒くても自分でなんとかなるでしょ?ヴィンスの魔法なんていらないくせに』


それはそうなんだが。


相槌を心の中で打ちつつも、ヴァイオレットは無表情なヴィンセントの顔を見上げた。

雪のようなホワイトシルバーの髪が、風に吹かれてさらりとなびいている。


ヴィンセントもこちらの顔を覗き込み、ほんのわずかに目尻を下げた。


「あたたかいか、その石は」


と、ヴァイオレットの頬を撫でる。


石いうな!と、フェリックスは全力でつっこんでいたが、父娘はともにその声が聞こえない。


「今日は、見せたかったものがあるんだ」


その温もりのある素肌が頬に触れる、ざらりとした感覚は、分厚い鱗を持っていた黒竜の時代には、決して知り得ないものであった。


そうだ、ヴィンセントの魔法などなくても、ヴァイオレットは暖をとることぐらい容易いことである。

けれど、ヴィンセントがヴァイオレットにおくる眼差しは、温もりは、体だけではない、心臓の真ん中の部分にじわりと熱を与えるのだ。


それがどんな魔法なのかが、全能のはずのヴァイオレットに、わからない。

わからないけれど、その魔法は拒絶すべきでないし、できないと思った。


ヴィンセントが歩いて地を踏み締めるたびに感じる揺れは、ゆりかごのように穏やかなものであった。


「ほら」


ヴィンセントは徐に立ち止まり、見せたいものが見えるようにヴァイオレットを抱え直した。


ヴィンセントがやって来たのは屋敷の中庭で、指差すのは、土からぴょこっと小さく芽吹いた双葉であった。

艶々と青くみずみずしい葉は、冬と春の間の弱いけれど鋭い風に吹かれながら、それでもしかし根を張って生きている。


「これは、アマリアが…お前の母親が、生前に蒔いた種なんだ。

きれいな木になると、生まれてくる子どもを助ける木になると、言っていた」


ヴィンセントはヴァイオレットを抱えたままふわりとしゃがみ、青い葉を撫でた。


ヴァイオレットの母アマリアは、出産後すぐに息を引き取ったため、生前に蒔いたということは、この子葉は少なくとも8ヶ月以上かけて発芽したということになる。


「どんな木になるだろう」


ヴィンセントはいよいよ、小さく口角を綻ばせた。


なんでも、アマリアは田舎の領地出身で、土いじりが好きだったらしい。

彼女の姿でも思い出したのだろうか。


ヴァイオレットは、アマリアの姿を生まれたてのぼやけた視界でしか見ていないので、顔をよく知らない。

どんな人だったのかも、使用人の話を通じてでしか知りえない。


ただ、この屋敷に住まうすべての人間に慕われていたであろうことは、彼らの態度を見ていれば、ヴァイオレットでさえもわかった。



「ご主人、この芽…かなり濃いマナを感じます」


ヴァイオレットの手の中の精霊石がぽつりと言った。



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