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最強公女は微笑まない 〜伝説の黒竜は公爵令嬢に生まれ変わった〜  作者: 翠蓮
ヴァイオレット=ホルシュタイン、10歳。
16/17

16.ティータイム

ベネディクト親子がリエンの公爵城にやって来てから、はやくも数日が経った。


ヴィンセントやベネディクトが、王室の来訪の準備に追われる一方で、アシュリー兄弟およびヴァイオレットは、暇を持て余していた。

例年であれば、ベネディクト親子がやって来た時は、子供たちも引き連れて領地の視察に出たりするものだが、黒竜参りの影響で、そんな余裕すらなかったのである。


そういうわけで3人は、読書会を開いたり、例の丘に行ったりして、それなりに親交を深めていた。

ここ数日で、ギルベルトはほんの少し、ヴァイオレットの人となりを理解していった。


わかったことは、ヴァイオレットがかなり、浮世離れしているということだ。

まず、何をするにしても能力が高い。

先日の絵画も、10歳が描いたにしてはあまりに荘厳で美しい絵であったが、彼女の能力は、それだけでなかった。

応接室やティールームのソファに乗せられたクッションに施された刺繍は、王宮にあるものと同じぐらい緻密で、聞けばやはり、ヴァイオレットの作品だと言う。

暇つぶしにピアノを弾かせれば、細かな旋律も正確に刻むのであった。


令嬢に必要とされる素養を全て身につけ、その上でどうやら、一通りの学問にも秀でているらしい。

3人で書斎に集まった時は、哲学書の解釈をめぐって、ヴァイオレットは4つも年上のアシュリーと対等に議論していた。


「なあ、ヴァイオレット、おまえ本当に10歳?」


今、積雪状態で見事に馬を乗りこなすヴァイオレットを目の当たりにして、ギルベルトはもはや、苦笑するしかなかった。

馬を乗りこなしても、小柄ゆえに自力で降りられないヴァイオレットは、アシュリーに抱えられて、馬を降りる。

雪の積もった白い地面に、ぽすんと足跡をつけてから、ヴァイオレットはアシュリーの腕の中で、きょとんとギルベルトを見上げる。


あどけないその仕草は、聞くまでもなく10歳であった。

冗談混じりの質問に対して、どうやらヴァイオレットは真剣に考えているようだった。


「10歳に見えないのか?」


小首を傾げ、答えを求めてギルベルトとアシュリーを交互に見やった。

アシュリーはニコニコ笑う。


「10歳だよ。何でも完璧にできるけどね、たまに赤ちゃんみたい」


善良な少年・アシュリーはどうにも、年下に弱いらしかった。

自分より頭1つ分小さいヴァイオレットの頭を、よしよしと撫でる。


「赤ちゃん…?」


ヴァイオレットはさらに、傾ける首の角度が大きくなる。


「まあ、それも確かに、わかるかも」


ギルベルトがそう言うと、ヴァイオレットは、はて、と小さく呟いた。

アシュリーに預けていた体を起こし、手際良く革の手袋や防具を外しながら、金眼をぱちぱちと瞬かせる。


「私は身体も随分成長しましたし、発話もあの頃のように不自由ではありません。何故、赤子のようだと形容されるのでしょうか」


…つまり、そういうところだよ。

ギルベルトは内心でそう突っ込みを入れた。


ヴァイオレットは、受け取った言葉を、そのまま受け入れる節がある。

純朴というより、世間知らずなのだ。


返事はいつもどこか斜め上で、その何にも染まらない感じが、赤子のように思えなくもない。

もちろん、父親譲りの堅い口調と無表情には、どこにも子供らしい愛嬌など、ないのだけれど。



「お嬢様ー!中にお戻りください。お嬢様宛てに、贈り物がたくさん届いておりますよー!」


城の方向から、ヴァイオレットの専属侍女マーシャが、ぶんぶんこちらに手を振りながら、走ってやってくる。


「贈り物?」


他貴族との交流が少ないヴィンセントであるから、その娘のヴァイオレットに、誕生日でもないのに贈り物など、ほとんどあり得ない。

誰だろう、とヴァイオレットは思いながら、馬や馬具を使用人に託し、マーシャの後についていくのであった。



ヴァイオレットが、マーシャに付いて自分の部屋に戻ると、そこには部屋の床を覆わんかぎりの贈り物の箱が置いてあった。

どんな様子だろう、と気になったらしいアシュリー、ギルベルトも、賑やかな部屋を前に立ち尽くすヴァイオレットの背後から、ひょっこり顔を出す。


「うわっ、なに、この量」


ギルベルトは目を見開いた。

ふぅ、とため息をつきながら、ヴァイオレットは1番近くにある、両手に収まるサイズの包みを持ち上げた。

ガサガサと包み紙をはがし、中から出てきたのは、色とりどりの刺繍糸。

次に、その隣にあった大きな箱の前にしゃがみ込み、蓋を開ける。

そこには、真っ白なキャンバスが幾重に重なっており、一緒に新品の絵筆が数本入っていた。


そのほかにも、シリーズものの歴史書や小説、異国の笛などがあって、どれもこれも、室内で嗜むものばかりであることが明らかになった。


「…病弱で、引き篭もりがちなお姫様には、ピッタリの贈り物だね」


アシュリーが、目を細めて言う。

送り主の名前も、メッセージもない贈り物だったけれど、誰からのものなのか、どんな意図があるのか、すっかりわかっているような、アシュリーなのであった。


「…何故?」


ヴァイオレットは、ぽつりと呟いた。

こんなふうに規格外の量を、何の前触れもなく贈ってくる相手など、ヴィンセント以外いない。

中身がどう考えても、室内に引き篭もる人間が、退屈を感じないように揃えられたものである、としか見えないのも、贈り主を推理する手がかりの一つであった。


しかしヴァイオレットには、こんなものを贈られる意味が、わからない。


「ごめんなさいの気持ちを、伝えたいんじゃない?」


ギルベルトの返答に、ぴくりと、ヴァイオレットは自分の眉根が動くのを感じる。


「どうして、ごめんなさいなんだ?」


「そりゃ、黒竜参りの間、言ったらお前は部屋に閉じ込められるわけだしさ。叔父さんも、申し訳なく思って普通じゃないか?」


「別に、外に出られないのは、父上のせいじゃない。仕方のないことだろう」



ヴァイオレットがそう言ったところで、チクリと視線を感じた。

ハッとして振り返ると、開きっぱなしの扉の付近で、腕を組んで壁に寄りかかり、こちらを見ているヴィンセントがいた。

きゅっと口を横一文字に結び、眉頭が寄っている。

その様は、相変わらずの威圧感があった。

ヴィンセントに気がついた侍女は、すぐに手を止め頭を下げる。

それをヴィンセントは、「よい」と短く言って軽く手を挙げ、やめさせた。


突然の来訪に侍女たちは皆、恐れをなした顔をしていて、それに気がついたのか、ヴィンセントは寄ってしまっていた眉間をつまみ、ふぅ、と息を吐き出した。

そして、すぐに今度は息を短く吸って、躊躇いがちに切り出す。


「…ヴァイオレット。少し、話さないか」


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