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最強公女は微笑まない 〜伝説の黒竜は公爵令嬢に生まれ変わった〜  作者: 翠蓮
ヴァイオレット=ホルシュタイン、10歳。
15/17

15.病弱の少女


「…という話でまとまっておりましたよ、ヴァイオレット様」


ヴィンセントの胸の内ポケットに収まっていた精霊石の住人、フェリックスは、先のティールームの会話を、仔細ヴァイオレットに報告した。


「成程」と呟きながら、ヴァイオレットは、1本の若木の幹に手を添えた。

ここは公爵城の、夜の庭園。弱く優しい雪が、ふわりふわりと舞う。

ヴァイオレットが寄り添うこの木は、10年前ヴィンセントが植えた、かの樹木である。

子葉だった幼い木も、10年で立派に成長し、城の2階の窓にさしかかるほど背の高い樹木になった。

幹もいまや、人間の腕で抱え込むとしたら、2人分の腕を必要とするような太さだ。


——土と水の精霊よ、彼女に力を与えておくれ。

——光の精霊よ、彼女の飽くなき欲求に、癒しを与えておくれ。


ヴァイオレットがそう唱えると、幹に添えた手のひらがふわりと温かくなり、闇夜の中で無数の光の粒が、チラチラと瞬き始める。

オレンジ、水色、黄色。

淡く発光する粒子は、樹木に集まって、吸収されていく。


光が収まると、ヴァイオレットはそっと、手を離した。

そして、首を上に向け、秋の終わりの細い雪に負けず、落ちずに枝に残って生い茂る葉を見つめる。


ふぅ、と小さな溜息をついた。

10年前の約束通り、ヴァイオレットは定期的にこうして、精霊の力を借り、この木に宿る強力なマナを、コントロールしている。


「黒竜の祝福、か。父上はそんなこと、気にしていたのか」


ふわっと吹いた風で、なびく自分の長く黒い髪が、視界に入った。


ヴァイオレットは自由に歩けるようになってすぐ、つまり1歳頃には、城の書庫にある本を片っ端から読み漁ったので、もちろん「黒竜の祝福」についても知っていた。

自分がその特徴を兼ね揃えていることも、自覚していた。

歴史や政治学はひと通り、本から学んでいたので、ヴァイオレット自身が何かしらの波乱を呼び起こすだろうことも、予想ぐらいはついていた。


しかし、父親であるヴィンセントが、自分の将来をそこまで懸念しているとは、思い至らなかった。

ヴァイオレットは誰と結婚することになろうと、政治闘争に巻き込まれようと、どうでもよかったのである。

その過程でたとえ命を狙われようと、ヴァイオレットには黒竜の権能が健在であったから、返り討ちにすることぐらい動作のないことであったし。

つまりは何の恐れも抱いておらず、父親も同じであろうと踏んでいた。

何と言っても、ヴァイオレットもヴィンセントも、無口が基本であったから。

言ってくれないことを理解することなんて、ヴァイオレットにはできなかった。


「人間とは相変わらず、不可解だな」


いとこ家族を巻きこみ、一家総出で「病弱」などと、雑なことこの上ない隠蔽行動を王家に働くとは、滑稽もいいところだ。

そうまでして、黒髪・金眼を隠そうとする意味がわからぬ。

いや、ヴァイオレットの身を守るため、ということは理解しているが、そこまでする必要性が、彼女にはわからないのであった。


「あなた様であれば、御身の外見を変えることなど容易いくせに」


フェリックスが、呆れたように笑う。


10年前、精霊石に収まるか、竜として実体化するか、どちらかしかできなかったフェリックスは、進化を遂げ、今や自在に姿形を変えて、実体化することができるようになった。

だから今は、ヴィンセントの胸ポケットから離れ、ウサギの姿になって、ヴァイオレットの肩に乗っている。

こんなふうに姿を変えられるのも、精霊の中では竜だけである。


ヴァイオレットは肩に乗るウサギに左手を添えながら、確かにな、と頷き返す。


「光精霊と水精霊の力を借りれば、彼らが見た目ぐらいどうにでもしてくれる。

でも、普通の人間は、そんなことできない。だろう?」


「仰る通りです。人間は普通、ひとつの属性の精霊しか操れませんからね。

それに、どういった術式で外見変化をさせるかも、自分で考えなくてはなりませんし」


だったら、病弱のフリして自室に篭る以外、方法はないな。

ヴァイオレットは肩をすくめた。


そう、この国では皆、魔法が使えるが、その原理はこうだ。

人間が内に持つ魔力を、実体もなく彷徨う粒子のような精霊・マナに明け渡す。

マナは、与えられた魔力を糧に、エネルギーを放出する。

そのエネルギーこそが、人間にとって「魔法」と呼ばれるものなのだ。


精霊は、5つの属性に分かれる。

火・水・風・土・光。

人間が持つ魔力には個性があって、どれか1つの属性にしか、魔力を渡すことができない。

使える魔法は、1つの属性に限られていた。


けれどしかし、ヴァイオレットが使う魔法は、この原理から大きく外れる。

精霊王たるヴァイオレットは、魔力を明け渡さなくても、マナの方からエネルギーが提供されるのだ。

つまりヴァイオレットは、無限に、そして全ての属性の魔法を使うことができる。


そんな原則破りで魔法を人前で使えば、ヴァイオレットが明らかに人間でないと、一瞬でバレてしまうことは、明白であった。


「ご主人には打ち明けてしまえばいいじゃないですか。黒竜の生まれ変わりであると」


「冗談を。私でさえ、竜から人間になった理由がわからないのに、どうしてそんな、あり得ない話を信じるだろうか」


「ご主人なら、無条件にあなたの事、信じそうですけどね」


「…」


ヒュウっと、寒空の夜らしい、冷たい風が吹いたけれど、ヴァイオレットは寝間着のワンピース1枚のまま、さして寒いとも思わず、しばらくじっと立っていた。






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