12.黒竜の祝福
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ホルシュタイン家の騎士・マシューは困惑していた。
マシューは、公爵令息のアシュリーとギルベルトの護衛として、今回の領地視察に同行を命じられた騎士であったが、彼が護衛の役を仰せつかるのは、彼の気配察知能力が優れているからであった。
背後からの気配にも、異常なほど素早く気がつく男であったから、マシューは背中にも眼があると噂され、ついには「第三の眼を持つ男」などという異名がつけられるほどであった。
しかしそんな彼は、昼間にバルコニーで遭遇したかの令嬢の気配に、気がつかなかった。
マシューは、彼女にあっという間に背中を取られた事実を思い出すだけで、いまだにブルリと震えてしまう。
これまでどんな人間でも…たとえ暗殺者であっても、気がつかなかったことなどなかったのに。
一度目にすれば、あれだけ人の目を惹く美しい容姿と、圧倒的なオーラを持ちながら、なぜ、察知できなかった?
たかが10歳の小さな少女を前に、マシューは恐ろしさを覚えずにはいられなかった。
自らの第六感とも言うべき感覚の鋭さを、過信するべきではないとマシューは自戒していたつもりだった。
しかし、騎士としての人生の中で初めて、その能力を看破され、愕然とさせられたことで、自分の中にどこかで驕りがあったことを、自覚せざるを得なかった。
今一度気を引き締めよう。
ベネディクト親子が晩餐後に集まっているティールームの外で、マシューは静かに胸の内で決意を固めていた。
中から、ベネディクトに呼ばれたのはちょうど、その時である。
話があるからと中に招かれ、何事だろうと思いつつ、マシューはティールームの中に入った。
テーブルを囲うようにソファが設置されており、上座の1人掛けソファにヴィンセントが、対になるよう配置された長いソファにベネディクトと、アシュリー・ギルベルト兄弟が向かい合って座っていた。
ご苦労、マシュー。ベネディクトが入ってきたマシューにそう声を掛け、そのまま口火を切った。
「ギルとマシューは、昼間ヴァイオレットに会ったそうだね」
「はい」
ギルベルトが姿勢を正して答え、マシューも後ろに手を組んだまま、無言で頷く。
「ギル、どう思った。…黒い髪と、黄金色の瞳に」
神妙な面持ちで問うベネディクトの真意が、マシューにはわからなかった。
確かに、ホルシュタイン家らしからぬ容姿だとは思う。
今目の前にいる一族はみな、彩度に違いはあれど、シルバーの髪と青い瞳を持っている。
けれど、そうは言っても、それがそんなに深刻になることだろうか。
ヴァイオレットがたまたま母親の形質をよく受け継いだとか、そんな事情で、この場にいるホルシュタイン一家と容姿が異なることぐらい、よくある話であろう。
まあ、黒い髪など特に、この国では見かけない色だから、とても珍しいことぐらいはわかるが。
しかし一方でギルベルトは、やっぱり、とどこか腑に落ちたような顔をして、ごくりと唾を飲んだ。
そして、やや緊張した声で言う。
「黒竜の、祝福…」




