10.いとこよ、こんにちは②
城を案内してもらうといい。
ヴィンセントの提案により、ギルベルトは護衛のマシューと共に、執事長の案内を受けることになった。
緊張しているだろうから、とそこにアシュリーが同行することになる。
応接室の外では、白髪に白い髭を蓄えた、いかにも年季の入った執事長が待っていた。
「ようこそ、アシュリー坊っちゃま、ギルベルト坊っちゃま」
そう言って、恭しく頭を下げる。
初老の痩せ細った体躯だけれど、その所作は主人に仕える者として美しいものだった。
「それでは、僭越ながら、私が城をご案内します」
サッと身を引き、こちらへどうぞ、と歩き出した。
そうして、長い廊下を歩き始めて、晩餐室、執務室などを、順番に案内してもらうのであった。
「あ…」
と、息をこぼしてアシュリーが立ち止まったのは、ホワイエに飾られている、1枚の巨大な絵。
星空を背景とした公爵城が、天井に届くほどの大きなキャンバスに描かれていた。
横幅は、大人の足で歩いて5歩分ぐらいだろうか。
まずその大きさに目を奪われ、次に印象的なのは、城の2階あたりを舞う、1匹の竜。
大きな赤い翼を広げ、月光にその姿を照らしていた。
星々の鈍く発光する輝きの色、躍動する翼。
竜の身体は闇夜に飲み込まれて暗い色をしていたが、月光に照らされた翼の輪郭は、その竜本来の真紅の輝きでふちどられている。
竜の瞳は夜の中で琥珀色に煌めき、ただ公爵城を見つめているようだった。
この絵に最初に立ち止まったのはアシュリーであったが、なるほど確かに、とギルベルトも気がつけば、食い入るように絵を眺めていた。
「荘厳でございましょう」
執事長が、魅入るアシュリーとギルベルトにそっと、声を掛ける。
「ヴァイオレットお嬢さまの作品にございます」
ここまで淡々と案内してくれた執事長の、どこか誇らしげな声。
アシュリーが、へぇ、と感嘆の声をあげた。
「ヴァイオレットは、すごいね。絵も上手なんだ」
その時、何故だかわからないけれど、ギルベルトの胸が、とくりと鳴った。
「ヴィンセント様がたいそう気に入られて、こちらの一番目立つところに飾っているのです」
「ああ、もしかして、この竜はおじさんの契約精霊?」
「左様にございます。お嬢さまは、ヴィンセント様の契約精霊フェリックスさまと、非常に仲がよろしいのです」
「そうなんだ。他人の精霊…それもあの竜と仲がいいって、本当に、ヴァイオレットって、不思議な子だね」
なぜ、胸がざわざわとするのだろう。
それは、先ほどから、ギルベルトだけが知らない話題、ヴァイオレットの話が出てくるからであった。
ギルベルトがまだ会っていない、いとこのヴァイオレット。
みんなが彼女の姿を知っているのに、自分だけが知らないことが、妙にもどかしく感じられたのである。
絵「も」上手なのであれば、それ以外の何か素晴らしい才能もあるのだろう。
不思議と言われる神秘さが、彼女にあるのだろう。
ギルベルトだけが、それを知らない。
「はやく、会ってみたいな」
絵画を見つめたまま、ぽつりとギルベルトは呟いた。
それは思わずこぼれた心の声で、すぐに、ハッと意識を取り戻す。
「いや、だって、さっきから、すごく話題になってるから!
さすがに気になるし、でも全然、うつつを抜かしてるとかじゃないから、おれ!」
ワタワタと、誰かに何かに向けた弁明をしていると、ギルベルトの背後から、澄んだ少女の声が響いた。
「会いたいんですか?」




