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双子は畜生腹だ、女は捨ててこい

「双子は畜生腹だ。男と女の双子は心中者の生まれ変わりと言って、尚更縁起が悪い。

 跡取りの男だけ残して女は捨ててこい」


 一八九八年(明治三十一年)十一月五日。


 私と兄さんが生まれた時、お祖父さんはそう言ったそうです。

 石に金具をつけた様な堅物で、昔気質の人でした。


 子煩悩な父さんでしたので、言われたからと言って、可愛い我が子を捨てるなんて出来るはずも有りません。


 お祖母さんが知恵をつけてくれて、父さんは私を抱いて、神社に弟の継男叔父さんと出かけていき、私を置いて隠れます。


「おおこんな所に捨て子が」

と叔父さんが拾い上げ、その足で役所に養女の届を出し、その日のうちに私は我が家に戻ってきました。


「継男が捨て子拾ったんじゃが、もう娘がおるし、女は二人もいらんて言うが。

 ワシの家には女の子はおらんしな」猿芝居もいいところです。


 なので私は、戸籍上は養女となっています。

 でも、そんな大人のゲン担ぎのごまかしなど関係なく、私たち兄妹は母のお腹から出た後も、離れる事なく一緒に育っていきました。 





「堅雪かんこ、凍雪しんこ」私と兄さんは小さな雪靴を履いて雪原にでました。

雪が凍って、いつもは歩けないススキでいっぱいの野原の上でも、好きな方へどこまででも行けるのです。

雪原は、たくさんの小さな小さな鏡のように、キラキラキラキラ光っていました。  


 二月の終わり、春の最初の仏花は猫柳。

取りに行くのは子供の仕事。今年初めて、二人だけで川辺にさがしにきたのです。


「かんかん寛治、しんしんしーのぶ。蹴って蹴ってトントントン」


「猫柳、この辺に大きいのがあったはずだ」

「みて、こっちの丸くて小さいの、赤猫柳だ。可愛い。」


「こっちの大きいぞ、くそ、高くて届かない」

「登るの? 危ないよ」


「隣の松も、一枝お供えしよう」

「お正月は終わっちゃったよ」


「良いじゃないか、松の枝すきなんだ。いつも青くてツヤツヤしてて。

お祖父さんの名前は松蔵だよ、松蔵様へのお供えだ」


お祖父さんは相変わらずの頑固もので、何かにつけて父さんを叱り、特に私にはキツかったのです。


 それで、夫婦で離れに新しい小屋を立てて住むことにしたのです。

 古着のお店のある母屋で一緒の食事の時以外は、怖いお祖父さんの顔をみないで済むのです。


「うさぎの足跡がある。こっちは狐だ。ばかされる前に帰ろ。雪が柔らかくなるといけない」

「狐コンコン狐の子、狐の団子は兎のウンコ。蹴って蹴ってトントントン」


帰ると、父さんが古着の行商の仕事から帰っていました。


「どこに行っても戦争の話ばかりだ」

と言いました。




一九○四年二月に、日本は大国ロシアと、戦争を始めたのです。冬でも海面が凍らない港、不凍港獲得を求めてロシアは南下政策を始め、ついに日露交渉は決裂。日本はロシアに宣戦布告をしたのです。

百万人を超える兵隊が大陸に送り込まれ、負傷兵の数は十五万人にも達した激しい戦いでした。



「お土産があるぞお」


 父さんのお土産はかりん糖と、黒と赤の鯉のぼりでした。


 鯉のぼりは、昔は和紙で作っていたのですが、漁船の大漁旗を作っている店が、今年から布製の鯉のぼりを作ることになり、試作品を安く譲ってもらったのだそうです。

 長さだけで二間(三・六メートル)近くある大きいものでした。広げると二匹並んで六畳間の部屋がいっぱいになったのです。


「すごーい大きい。鯨みたーい」と私。

「しのぶ、中に入れるよ」と兄さん。

「こら、破れるやめんか」と父さん。


「あらら二人とも鯉に食われちゃったよぉ」

 大きな鯉の口から頭だけ出したのを見て、母さんが笑います。


「でもさ、お父さん。こんな大きな物どうやって飾るのス?」

 田舎育ちで、鯉のぼりを初めて見た母さんが、不思議そうに言いました。


「あ、しまった。そこまで考えてなかった」

うちには鯉のぼりを立てる竿がないのでした。父さんは慌てて杉棹を注文しました。




 鯉は、私達には馴染み深いものでした。

 お祖母さんが嫁入りの時、本家が買ってくれた田んぼの横のため池で、父さんは鯉を育てていたのです。

 じきに私たちの弟か妹を産む、母の滋養のためでした。鯉コクは、体にとてもいいのだそうです。


「弟かな、妹かな」

 兄さんが言うと、


「男なら清六、女ならシゲ」 

 かりん糖を食べながら父さんが言いました。


 父さんは、仕事で他所に行くたび、必ずかりん糖をお土産に買ってきます。

 母さんが、かりん糖が大好きだからです。


「おいしい。胡桃の味がする」

 母さんが嬉しそうに言います。


「え? かりん糖に胡桃入ってないよ」

 私はびっくりしてそう言いました。


「母さんの生まれた地方では、美味しいもののことを『胡桃の味がする』と言うのス。

 母さんの家は山奥で何もないから、くるみが一番のご馳走だったのス。


 母さん、宮沢の本家に奉公にでてくるまで、お砂糖一度も食べたことなかったんだス。

だから、おやつにもらったかりん糖初めて食べた時、この世にこんなおいしいものがあるのかって、驚いたのぉ」





 父さんの下には継男叔父さんという弟がいました(私を拾う芝居をしてくれた叔父さんです)。


 父さんはお祖母さんが産んだのですが、お祖父さんと血は繋がっていません。

お祖父さんは実の子でない父さんに辛く当たり、弟の継男叔父さんばかり可愛がって、父さんは働くばかりで、ろくに学校に行かせてもらえませんでした。


 でも二人はとても仲のいい兄弟で、叔父さんは、自分の教科書をいつも父さんに貸してあげていたそうです。


 継男叔父さんが大変優秀だったので、本家では叔父さんを養子にもらい、跡取りの娘と一緒にすると言い出しました。 その代わり、叔父さんを大学に行かせてやるというのです。


 その従姉妹の跡取り娘と父さんは好きあっていたのでしたが、家同士で勝手に話は決まってしまいました。


「本家で継男の結納すました帰り、とぼとぼと帰る父さんに、従姉妹のお嬢さんの小間使いをしていた、母さんがよびとめてよ。泣きそうな顔して『元気だしてくらっせ』って、かりん糖くれたのよ。

 

 新聞紙に包んだ、しょうもないもんだったが、多分今日のお祝いで貰ったおやつを取っといてくれたんだわ。

 俺とあの人の手紙のやりとりも内緒で手伝ってくれてたから、お嬢さんも俺もどうしようもないの分かって、可哀そがってくれたんだ。


 雪の降る寒い日で心も凍り付きそうだったけど、なんか、受け取ったかりん糖のとこだけ、母さんの握りしめてた手で暖かくてよ。それで父さん、母さんに惚れちゃったのさ」


「それでかりん糖。二人の思い出の味なんだ」


「しのぶ。男と女はな、生まれた時に結婚する相手の人と、小指と小指が見えない赤い糸で繋がってるんだ。初めは、父さんの赤い糸は、本家のお嬢さんと繋がってると思ってた。でも、本当は母さんと繋がってたんだ。


 その証拠に父さんと母さんはこうして結婚して、お前たちが生まれて父さん幸せだ。

赤い糸の先は見えなくて、絡まったり途切れそうになったりするが、必ず、運命の相手に繋がってるんだぞ」


 そう言って父さんは母さんに膝枕をして笑います。大きなお腹に顔を引っ付けて。


「いい子産めよ」

「お父さんったら子供の前でェ」


 母さんは赤くなって、父さんの頭をペチンと叩きました。


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