26. 闇 (1)
……椅子に座った、半透明のおっさんがいる。その両側には、フルフェイスの角付き兜をかぶった頭を小脇に抱えている、鎧姿の男女。闇の女神の闇って、そういう意味か。
部屋は四方が黒いのは分かるが、壁そのものは近いような気もするし、遠くにあるような気もする。距離感がおかしい。
「その人が、例の?」
おっさん、眠そうだ。アンデッドも寝るのか?
「鵜川さまです。お通ししてもよろしいですか?」
「もちろんもちろん」
おっさんが俺の方を見てきた。挨拶でもしとくか。
「お邪魔してます」
「あー、なんか、悪いね。うちの姫さま、あれだから」
「隊長どの。言葉を慎みなさい」
「ごめんごめん。まぁ、なんだ、な?」
侍女長さんの方が、立場が上か? フランクな感じではあるが、この手の距離感は分かるようになっておかないと、社会に出た時、苦労する。ということを、社会人一年目で俺は学んだ。
「鵜川くん、申し訳ないんだが、この書類に署名をお願いしてもいいかね?」
「署名っすか」
鵜川くん、と呼ばれたので、思わず社会人にあるまじき語尾になっちまった。
「うんうん。誰が来たかとか、そういうのを記録しておかないといけないんで」
「あー、いいっすよ」
侍女長の方を見たら、頷いた。そういうもんらしい。
「フルネームですか?」
「いや、名字だけでいいよ」
「分かりました」
おっさんが差し出してきた羽ペンみたいなやつを借りて、名簿みたいなデザインの用紙の一番上の空白に、鵜川、と書いた。日本語でいいよな。
「ありがとう。さて、と」
――あのー、私のこと、あれって言いました?
ヤミコの声が響いた。ここでは通話できるのか。
「いや。言ってない。鵜川くんに通行証は出すの?」
――本当に言ってません?
「言ってないよ。団長と副団長に聞いてよ」
団長と副団長? この後ろの奴ら、そんな立場なのか?
――その二人、基本、しゃべらないですよね。
「そんなことないよ。しゃべるよ。たまに」
……なんなんだ、こいつら。この世界、大丈夫か。神の領域にいる奴らがこんなで。
「そんなことより、姫ちゃん、通行証は?」
ごまかしたな。
――んー、そうですねー。出しちゃいま
おい。出そうとするな。
「いらんぞ。何度もここに来る予定はないからな」
――……えーー。
えー、じゃねぇ。
「ま、そりゃそうだよね」
なんか、食えない人だな。このおっさん。
「鵜川くんを、姫ちゃんのところに連れていってあげて」
おっさんが、副団長の方を向いてそう言った。副団長、女、でいいんだよな。鎧のデザイン的に。
「わかりました」
しゃべった。
「行きましょう、鵜川さま」
おっさんが、机と椅子ごと、横にスライドした。やはり、部屋の広さがおかしい。空間が広がったような気がする。おっさんがいた場所に、異様に入り組んだ魔法陣が現れている。
「鵜川どの、こちらへ」
副団長が剣を抜き、魔法陣の中心に向けた。血みたいな色で内側に描かれている文字が、光り始めている。
「……さすがに不気味だな」
「我々は、闇を司っているからね。こんなもんだよ、鵜川くん」
「そうなんすか」




