1. 夜に思うこと (1)
今日の夜風は、悪くない。
春先を抜けた頃の空気は、気温がほど良く、夜になっても過ごしやすい。生温いが、嫌な生温さじゃない。
二十三時なんざ、まだ昼だ、なんて言いながら、この生温さの中を仲間とぶらついていた、大学の頃を思い出す。あの時もたいてい、こんな夜だった。
コンビニで飯を買い込んで、戻ったゲームサークルの部室で始まるのは、TRPGのキャラ作りだ。思いつきのテキトウなシナリオをその場で回しながら、馬鹿話の延長でやるTRPGは、ただただ、楽しかった。
月で空が明るく、星明かりが遠い。空を刺す街の光が、夜空の黒さを青く薄めている。この空の下のどこかに、十代の頃からのTRPG仲間もいて、何かをしているはずだ。最後に連中とTRPGをやったのは、いつのことだったか。
院卒の社会人三年目。いつのまにか、働くことにも慣れ、TRPGのない生活にも慣れてしまった。
塾通いが始まった小学五年の時から、飽きるほど歩いてきた駅からのこの帰り道を、ただ歩く。夜道を、電柱を数えながら急ぎ足で行くあの時のまま、俺は大人になった。
そんなことを考えながら歩いていたら、家の門の前まで辿り着いていた。こじんまりとしたその鉄製の門は、年季が入っていて、開く時に大きな音を立てる。
「油でも差したほうがいいか、これ」
近所迷惑にならないよう、音ができるだけ鳴らないように門の開閉をして、玄関灯の点いていない、真っ暗な家を見上げた。父親は海外に赴任していて、母親は父親について行っているから、この家に住んでいるのは、俺ひとりだけだ。
「いちおう、見ておくか」
言わなくてもいいひとりごとを言いながら、郵便受けを漁ると、出てきたのは、ピザ屋の広告だけだった。
月の明るさを頼りに眺めた広告には、クーポンという文字が躍っている。この広告の端にあるクーポンを使うと、最大で500円安くなるらしい。
「……ひとりでピザ頼んでもな」
学生の頃ならともかく、仕事で疲れている今のこの身体では、Mサイズのピザ一枚でも、いけるかどうかは怪しい。
「ただいま」