Ep.1 ハミルトン・ヴァレーの客人令嬢
「ルカ、早く来ぬか!」
一人の少女が、そう声を上げた。
どこか古風で古臭い口調に反し、未だ10歳にもなっていないであろう小柄な少女。しかし、その顔は肩にかけているケープのフードで隠されていた。
身に纏うワンピースもケープも、庶民が着るものと大差ない代物で、一見すればどこにでもいる平民の少女といった出で立ちである。
だが、フードの奥のその顔は幼いながらも気品に満ち、ガーネットにも似た真っ赤な瞳は、フードの下で強い輝きを秘めていた。
何か興味を引かれるものでもあったのか、少女はぱたぱたと駆け出す。
しかし、後ろから飛んできた声に、彼女は不満そうに足を止めた。
「おいおい…そんなにはしゃぐんじゃねえよ、姫さん」
少女が振り向いた先で苦笑を浮かべていたのは、うねった銀の髪と緑の瞳の男だった。口には火のついた煙草を咥えており、灰色の煙が辺りに漂っている。
その目つきは鋭く、どことなく近寄り難い印象すら抱かせる男であるが、苦笑を湛えた口元には、どことなく呆れと疲れが見える。
腰元のベルトには二本のナイフや懐中時計などが下げられており、彼が歩みを進める度にじゃらじゃらと音を立てていた。
「別にはしゃいでなどおらぬ!」
「それをはしゃいでると言わずして何と言う」
どうやらこの男はこの街ではそれなりの立場にあるらしく、住民はすれ違う度に声をかけ、時には手を振った。そんな彼らに、彼は無愛想ながらも手を挙げて応える。
しかし、その目線は常に目の前の少女へと注がれていた。
少女とは親子といっても遜色ないほどの年頃にも見える男だが、一歩引いた位置から目を光らせるその姿は、まるで少女に付き従う従者のようでもあった。