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ハミルトン・ヴァレーの客人令嬢  作者: 駒野沙月


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10/25

2-4

 ふくれる彼女を横目に、いつの間にか彼女の腕からするりと抜け出していた白猫の目前に、ルーカスはしゃがみ込んでいた。


「ようシリル、元気にしてたか」


 すました顔で彼を見上げる真っ赤な瞳と目を合わせて、一体何をする気なのだろうか。

 少女が見守っていれば、彼が胸元のポケットから一枚の写真を取り出した。真っ白な毛と首に巻かれたリボンを見るまでもなく、それは眼前の子猫を映したものだ。


 手に持った写真を白猫の目の前にやる気なさげに掲げた彼は、それを顎でしゃくってみせた。


「一応聞くけど、これってお前だよな?」


 その思わぬ行動に、彼女はふくれていたことも忘れて目を瞬かせた。

 しゃがんだことによりほとんど同じ高さにあるその顔を、ジトッとした目で見て、ロッテは呟く。


「…ルカ、この子に聞いても分からぬのではないか」

「一応だよ、一応」

「何が一応なのだ」

「ほら、人違い…じゃなくて猫違いだったら意味ねえし」

「理解できていなければ意味がないではないか」


 二人がそんな会話を交わしている間、白猫は目の前に突き出された写真をじっと眺めていた。

 しばらくそうしていたかと思うと、白猫は不意に、みゃあ、と一声鳴いた。


 ─いかにも。

 そう答えているようにも見えるその様は、どことなく誇らしげであった。


「な…!?」

「ん、なら良かった」


 言った通りだろ?、と自慢げに振り返られるのもそれはそれで憎たらしいが、さも当然のことであるかのように平然としているのもそれはそれで何となく気に食わないものだ。

 平然とした様子で写真をポケットに仕舞うルーカスを後目に、ロッテは白猫の目の前にへたり込むように座った。


「そ、そなた、人間の言葉が分かるのか!?」


 慌てたように放たれた少女の言葉は、理解しているのかいないのか。

 白猫は、こてんと首を傾げるばかりだった。


 ◇◇◇


「…お前ら、いつまでそうしてるつもりだ?そろそろ帰るぞ」


 ルーカスは少女の目の前で首を傾げる白猫に手を差し伸べる。しかし、当のシリルは彼の手には見向きもしない。そして、ロッテの腕の中へと滑り込むように収まった。

 小さな腕の中にぽすっと収まった猫は、彼女を見上げては、甘えるようにごろごろと声を上げる。


「お前、そこがいいのか」


 不満そうなルーカスに尋ねられ、白猫はまた、みゃう、と声を上げる。

「…しゃあねえなあ」と頭を掻きながら、彼はその場で立ち上がった。


「悪いんだが、そいつ連れて来てくれるか」

「ああ!」


 腕の中にシリルを抱えて、彼女はそっと立ち上がった。

 いくら子猫とはいえ、腕の中の小さな生命は想像以上に温かく、ずっしり重たい。彼女の足取りは普段以上に遅くなっていた。



 そんな彼女にさりげなく歩幅を合わせながら、ルーカスはこの白猫について話してくれた。


 曰く、この白猫はシリルという名前のオス猫で、ルーカスの知り合いが営む喫茶店によく出入りしている猫なのだという。

 元は飼い猫ではなかったらしいが、あまりにも頻繁に店に居着くようになったことから店主が世話をするようになり、今ではすっかり店の看板猫として可愛がられるようになった。

 しかし近頃はめっきり顔を出さなくなり、店主もひどく心配していたそうだ。


「それでその店主がうちに捜索願出しやがったってわけ。こいつがいないなんざよくある事だし、心配しなくてもいいのになあ」


 煙草の煙をふかしつつ、彼はそうぼやいた。

 二度寝(彼女はやらせてもらったことはあまり無いからよく分からないが)を邪魔されたのなら、そう言いたくなるのも分からなくはない。でもそれがお前の仕事だろう、とも言いたくなる。


 そんな彼女の内心はいざ知らず。

 自分の斜め後ろをついてくる一人と一匹を眺めて、彼は口元に笑みを浮かべた。


「なんかお前ら似てると思ってたんだが。なるほどなあ、目が似てる」

「…!そなたもそう思うか!私もそう思ってたんだ!」

「色合いとか似てるよな」


 思わぬ所で同意が得られて、彼女は先程までの不満も忘れ、目を輝かせる。


「では、この毛はルカ似だな!」

「…俺はこんな猫っ毛じゃねえよ」


 彼女が次に発した言葉に、彼はすぐに顔を顰めた。


 ロッテの言う通り、ルーカスの髪は癖っ毛である。ふわふわした手触りとは裏腹にひどく頑固なその髪は、本人曰く生まれつきらしい。

 実際どう足掻いても直らないらしく、櫛を通そうが水で濡らそうが、しばらくすれば元に戻ってしまう。

 当人は『とっくの昔に諦めた』とは言っているが、今でもそれなりに気にしてはいるらしく、この話題になるとこうして年甲斐もなく拗ねるのである。


「まあそう言うな。私は良いと思うぞ、その髪も」

「…そりゃどーも」


 目の横に伸びる銀の髪を鬱陶しそうに弄る彼に、彼女はそう告げた。


 どことなくひねくれているように見えて、頑固で意思は固い。

 そんな彼の性質をそのまま映し出したようで、この上ないくらいに彼らしい髪だと、彼女は思うのだ。

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