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僕は逆さてるてる坊主

作者: 仲乃 斉希

 やあ、しとしと。僕は逆さてるてる坊主。


 泣き虫坊ちゃんの小さなおててから、生まれてきてまだ半日。

 

 しとしと、しとしと、空は泣く。


 坊ちゃんの喚き声にはかなわないけど。


 しとん、しとん、軒先から雫をたんまり浴びる。


 生まれて半日で、ボロ雑巾みたくしょぼんでいる僕の後ろで、広い一人部屋で寝そべっては泣きじゃくる坊ちゃん。


 わあわあ、やあやあ、空と一緒に大合唱。


 床に突っ伏して、捨て犬みたいにうずくまって、坊ちゃんは抱きかかえている。


 古いヘルメットと作業着をまとった、土まみれの顔で笑うパパの写真を。


 僕の滲んでしまったお顔は、やつあたりみたいに殴り書かれたのに。


 パパの写真を抱きしめる手は、赤ちゃんを触れるみたいに優しいんだ。


 ざあざあ、ざあざあ、風も吹いて空はどんどん荒れてゆく。


 ゴロゴロ、ゴロゴロ、怒気のこもった低い声で、空はうなり始めて。


 ふと、高いブレーキの音が鳴り響く。


 坊ちゃんはぱっと顔を上げて、喚き声を止めた。


 ドアを乱暴に開けて、ぶわん! と風で揺れ落ちそうになる僕なんか無視して、


 坊ちゃんは駆けた。空の涙を浴びてびしょ濡れになりながらも、水たまりを踏んで泥まみれになりながらも、車から降りた大好きなパパの元へと、まっしぐらに。


 パパは笑って手を広げた。


 坊ちゃんは泣きながら、その広い胸に抱きついた。


 おう! 今日は雨だから休みだぞぉ! ん? はははっ! 犯人はお前かぁ!


 逆さまの僕を見上げて、パパはしめしめと笑った。


 そうだよ。犯人は坊ちゃんと、僕だ。


 何だ何だそんなに泣いて! よしよし、パパも会いたかったぞ! はっはっはっ! 一緒に遊ぼうな!


 まぁその前に………お風呂だな!


 パパの深く優しい声に、うん、うん、と坊ちゃんは頷いて、ずぶ濡れで泥だらけの二人は、にっこり、にこにこ晴れやかに笑ったんだ。


 やあ、しとしと。僕は逆さてるてる坊主。


 きっと明日には、ふやけたごみくずになって消えてしまうけど。それでいいんだ。


 泣き虫坊ちゃんの、僕を生んだご主人さまの、初めての笑顔が見れたから。


 それだけで僕は、幸せなんだ。


 だからお願い。最後のお願い。


 雨よ降れ降れ。


 もっと降れ降れ。


 坊ちゃんの涙も流すくらいに。


 パパの汗も落とすくらいに。


 降って、降って、降って、降って、


 素敵な二人に、たくさんの幸せを降り注いで。


 でもね、またさびしくなったら、


 その小さなおててから、僕は生まれ変わりたいな。


 逆さまでいい。逆さまがいいんだ。


 涙のあとに、きみはきっと笑えるから。

お読みいただきありがとうございます。


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