この美しい世界に幸あれ
女帝 アイオライト・エーデルシュタイン
ピエトラ国最後の皇帝にして史上最悪の女帝。長い皇帝史において彼女の治世は最悪であったとされている。彼女の失政は現在も語り継がれており、悪辣な行為と冷徹な性格から人々は彼女のことを“稀代の悪帝 アイオライト“と呼んでいる。尚彼女の墓標は発見されず研究者達によって研究、探索が続けられている。
(ピエトラ国皇帝史より)
これは、誰よりも国を愛し民を愛した不器用なある女の生涯である。
低く唸る声がする。何かを倒す音がする。悲鳴が、嘆き声があちらこちらから聞こえて来る。いくつもの音が轟く城内は微かに揺れており、暗い。
耳に入ってくる音を聴きながら彼女は目をふと閉じた。何も聞こえない。音に支配された静謐な場でないのに微かな音も己からは聞こえてこない。聴こえない。
血潮を漲らせる心臓の音も、恐怖にわなめく心の音も。
何も聴こえない。何も感じない。
伏せていた目を上げた彼女は眼前に聳え立つ扉を見つめた。
重厚で、豪奢な扉はちょっとやそっとでは開かない。
それが揺れている。
知らず、彼女は己の口角が上がっていくのを感じた。
音を立てて今にも倒れそうな扉を見つめる。
己からは何の音も聞こえてこないが、重厚なその扉が立てる音がちぐはぐな感じがして、なんだかおかしかった。
恐れもない、後悔もない。あるのは期待であった。
国の傀儡と成り果てた己には最早何もない。
一瞬激しく揺れていた扉が動きを止めた。
そしてゆっくりと前へと傾いだ。
現れたのは多くの民衆たち。
誰もが皆憎しみを孕んだ目でこちらを睨みつけてくる。
彼女はさらに口角が上がるのを感じた。
それと比例して民衆たちの視線は鋭くなり、憎しみで濁る。
「アイオライト・エーデルシュタイン。お前を討つ!」
民衆の先頭にいた男が憎しみの表情を浮かべ剣を振りかぶる。鮮烈な衝撃が己に降りかかり己の体があたたかいものに包まれた瞬間、彼女はこっそりと眦を緩めた。
ーああ、やっと私はただの女になれるのだ。




