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遥かに待ち望んだ言葉

魔法使いのお話。これにて完結です。


数日前誤って書きかけのこのお話をあげてしまいました。混乱させてしまった方、申し訳ありませんでした。

 



 出会ったその場で結婚を申し込んでくるなんて、物凄い女がいるものだ。


 と、友人はひきつった笑みを浮かべていた。



 けれど、僕がそんな彼女をずっと待っていたと知ったら、このちょっと無愛想な友人はどんな反応をするのだろうか。


 面白いことになりそうだなと思いはしたが、僕は、秘密は全部呑みこんでそっと胸にしまいこんだ。


 魔術の理に捧げた秘密を明かすつもりはない。それは、友人にも、すこし惜しいけれど彼女にも、誰にも言えない僕だけの秘密だ。






 僕には前世の記憶があった。


 というよりも、前世の僕が死んだとき、前世でも優秀で、優秀すぎた僕が編み上げた魔法は、僕という存在を次へ引き継がせることに成功していた。


 母親の腹のなかにいるときから意識を持ち、産み出されて新しい名前を与えられても、僕という存在は僕のままだった。


 大人の意識があるわけだから、泣かないし、滅多に笑わない赤子だった僕は、さぞかし不気味だっただろう。もて余した両親には悪いことをしたと思っている。本来この身体に宿る筈であった少年の、無垢な魂が何処へいったのかは僕には想像もつかない。



 それでも、僕は生まれ変わらねばならなかった。

 

 何をしても手に入れたいものが、僕にはあった。




「  」


 名前を呼んだ記憶があったのに、どれだけ思い返してもその名前は思い出せない。


 呼ばれた君が、振り返って、僕に微笑み返す表情も、翻る髪の美しいことも覚えているのに、なのに、名前だけが記憶から抜け落ちている。


 僕の名前もそうだった。君の声で、優しさのにじむ声で呼ばれたことを覚えているのに、名前そのものの記憶が何処にもない。


 きっと生まれ変わるときに、天の国で、魂を漂白するという忘却の川に落としてきてしまったのだろう。


 僕の魔術もまだまだだったということだ。


 せめて、君の名前だけは覚えておきたかった。


 あるいはわざと忘れてきたのかもしれない。


 新しく授かった君の名前を、躊躇うことなく呼べるように。なんの憂いもなく、僕の名前を呼んでもらえるように。




 記憶のなかの君はいつも笑っていたけれど、僕のほうはどうだっただろう。泣いてばかりだったような気もするし、泣かないように、馬鹿みたいに明るく振舞っていたような苦しい気持ちもあった気がする。


 どれだけ魔術を極めても、どうにもならない病に蝕まれて、それでも君は明るく笑っていた。明るく笑うのに、けれどどこかに諦めの色がにじむような気がして、僕はそれが悲しかった。


 花を好きだと笑う君が。本が面白いと笑う君が。

 お見舞いのお菓子が好きだと笑う君が。僕は好きだった。大好きだった。愛していた。



 けれど、どれだけ想いを言葉にしても、愛を伝えても、彼女は受け入れてはくれなかった。


 ごめんなさい、と、困ったように微笑む彼女のことも、嫌いになれるはずも諦めることも出来るわけがなかった。


 何度も、何度も、何度でも。


 僕は彼女に好きだと伝えたが。


 やがて彼女が、もの言えない存在になるまで伝え続けて。

それでも彼女が応えてくれることは、なかった。





 彼女が焼かれて灰となり、その立ち上る煙が、空へと還ったその日。見上げた空は美しかった。腹が立つほど美しかった。


 毎日空ばかり眺めて、彼女の好きだった花を眺めて、面白いと言っていた本を読もうとして何故だか読めなくて、やっぱり空ばかり眺めて。


 君が死んだのに、美しいままの世界が嫌だった。吐き気さえして、けれど、どうにもならなかった。

世界はいつも通りだ。僕だけを置き去りにして時間は過ぎていく。


もういいかもしれないと何度も思ったけれど、彼女のことを思えばどうして自死を選べるだろうと、それだけは選べないことが自分のなかで決まっていた。



 そうして過ごす僕のもとへ、ある日荷物が届いた。


 差出人は彼女の母親だった。


 形見のひとつでももらえるのだろうかと、期待して包みを開いたそこには一冊の本が入っていた。


 頁を開いてみると、並んでいたのは忘れようもない彼女の字だ。

 それは、彼女の綴った日記帳だった。日記を書いていたことさえ知らなかったけれど。


 最後の最期まで、この想いに応えてもらえることのなかった僕には過分な贈り物だと思ったが、彼女の過ごした日々がそこにあると思えば、返す気にはならなかった。


 彼女の日記であるならば、そこにはきっと、彼女の心が込められている。


 彼女が、何を思い、何を見て、最期を迎えたのか。


 そこに込められているであろう心を、僕は知りたいと思った。たとえ、僕のことをなんとも思っていなくても構わない。例えば好きな男のことが書いてあったとしても、それが彼女の本心なら知りたいと思ったし、もしそんな相手がいるなら、僕はそいつに会いに行くだろうとさえ思った。


 けれどほんのすこし、ひとかけらでも僕に対する気持ちがないだろうか、と、微かな期待があった。友人扱いでもいいし恨みでもいい、彼女の気持ちならばなんだって構わなかった僕は、逸る気持ちを胸に、震える指で頁を開いた。






『ごめんなさい』


 なかには、そんな言葉がたくさん綴られていた。

 思いを告げる度に、言われた言葉でもある。

 何度も何度も言われた言葉だ。


 だというのに。



『ごめんなさい。私では駄目。貴方を幸せに出来ない私では』



『私のことは忘れて、どうか、どうか幸せになってね』



『ごめんなさい。私のことは忘れてって貴方に言ってしまったのに。なのに、それでも貴方が私に好きだと言ってくれる度、嬉しいと思うずるい私がいる。本当にごめんなさい。好きになってごめん。好きなのに、応えられなくてごめんなさい』




 何度も言われた言葉だ。言われすぎた、毎日のように交わして慣れ切った言葉だ。




 なのに僕は涙がとまらなくなってしまった。


 僕の涙が、彼女の字を損なわないように、何度も顔を拭いながら頁をめくる。


その日にあったこと。些細な会話や天気のこと、読んだ本のこと、食べたもののこと。


そのほとんどに、僕が登場してばかりいる。


どうして、と僕は胸がいっぱいでそれ以外の言葉が出てこなかった。



 やがて日記は、半分ほどの頁を残して呆気なく終わっていた。


 最後の頁には、それまで丁寧に記されていた日付が記入されておらず、僕は心して、震える指先で、彼女の綴った文字をなぞりながら読んだ。



『最期まで断ってばかりでごめんね。


 もしも私が生まれ変わって、もう一度貴方と出会えたら、今度は私から言うからね。


 断られても、何度も伝えるからね。


 貴方が私に伝えてくれたみたいに。


 好きだって言うからね。


 どうか、あなたを見つけられますように。


 どうか今度は、あなたを幸せに出来る私になれますように』







 日記を胸に抱き締めて。声にならない叫びをあげた。


 彼女の心は、確かに此処にあった。


 僕への思いがあったことが嬉しくてたまらない。


 なのに、それをくれた彼女は、もう何処にもいないのだ。


 いない。いないのだ彼女は。








 けれど僕は、彼女の望むもう一度を信じた。どこにもいない彼女を、それでも、もう一度と、僕の心が勝手に魔術を紡いで魔法を編んでいく。



「断ったりするものか」


 たった一度だけでいい。


 君が、その心を僕にくれる日が来たとしたら、僕は、その一度きりで、君の心の全てをもらってしまうこと。


 僕は、遥かの昔に決めていたのだ。












 ……まさか、告白を通り越して、結婚を申し込まれるとは思わなかったけどね。


 けれど、受け入れる以外の選択肢はない。あるわけがない。





「そっちも早く結婚しちゃえば?僕の奥さんになる人の親友さんなんておすすめだよ」



 伴侶となる彼女の期待に応えるべく、僕は友人へと彼女の親友の女性を推薦した。


「あそこの、笑っているのに目が怖い女性か……」と呟く友人の隣で、あの運命の祝祭の日に、親友さんの魔王の如き眼光にビビらされていた同僚がビクッと肩を震わせると、赤い髪が一緒に揺れた。


「お前も……僕のことは忘れてくれ、次の恋はうまくいくといいね」


「まだ言うかっ!お前たちのせいでどんな目にあったと思ってるんだ?!毎日毎日、女性職員から兄だの弟だの紹介してあげようかとか言われるんだぞ?だいたいお前は分かってておちょくってるだけだろ!」


「まあ僕の奥さんになる人は本気で君を警戒してるから、早く恋人見つけてよ。僕も紹介するよ、どういう人が好み?僕みたいな美少年系?」


「やめてくれ頼むから!」 


「悪いが俺には紹介できる奴はいないな……」


「お前もか!……まて、お前はどっちだ?本気か?冗談か?おちょくってるだけだよな?!そうだと言ってくれ!!」


「……おちょくられたい人になってるけどそれはいいの?」



 ぼそりと呟いてみたが、同僚はそれどころではないらしく、友人の肩を掴んで必死に訴えている。いい加減面倒で、うるさくなってきた同僚を友人に押し付けて、僕はその場を立ち去った。


 あちらこちらから声をかけられるが、僕は軽く応えるだけにして彼女の元へと足を進める。婚礼衣装が眩いばかりの彼女は、今までもこれからもずっと、ずっと大好きな人で、今日から僕の愛する奥さんだ。



 名前を呼ぶと、その声にはどうしたって隠し切れない喜びが満ちていた。遠い昔に、君が呼んでくれたかつての僕の名前と、よく似た気持ちがそこにはあった。きっと僕の呼ぶ声にも同じ響きがあるのだろうと確信できる。


 呼ばれた君の振り返る、微笑み返す姿の美しいこと。僕はきっと、いつまでも覚えているだろう。



 そして、宝物のように大事そうに名前を呼ばれた僕は、切なく疼く胸をおさえて、幸せを噛みしめた。君が隣にいるだけで、世界は優しくて明るくて、素敵で素晴らしいものになる。


 今までも、今も、これからもずっと、僕は君を愛しているけれど、ごめんなさいが返ってくることはもうないのだ。








読んで頂いてありがとうございました!


後日、活動報告にて、このお話にまつわる制作時の設定などをお話の裏側としてあげる予定です。


興味を持ってくださる方がいましたら、よろしくお願いします。



追記


活動報告に裏側のお話を投稿しました!蛇足にしかならないかもしれない内容ですが、良かったら読んでやってください。


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