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平凡娘の求婚は、魔術師様のお気に召した模様

お話の主題ではありませんが、同性同士の恋愛に言及するシーンがあります。


苦手な方や違和感を感じる方は、ご注意ください。

― 


 一目惚れをした。


 結婚を申し込んだ。


 

 返事は「はい」だった。













 祝祭を夜に控えた街は大変賑やかで、誰も彼もが浮かれているように見えた。


 独り身の僻みがそう見せるのかもしれないが、幸せそうに手に手をとって歩く恋人たちを見ていると、なんとなく荒んだ気持ちになってくる。



「爆発してくれないかしら」


 隣を歩く友人がぼそっと呟いた内容に適当に相槌を打ちながら、屋台を冷やかして歩く。


 なかなか物騒なことを言うが無理もない。彼女は恋人と別れたばかりで、大変心が荒れているのだ。


 さっきから仲睦まじい恋人達を見る度にこんな調子なのである。


 長い付き合いを経て結婚の約束をしていたのに、若い女に言い寄られてあっさり乗り換えただけでは飽きたらず、別れ際に手酷く罵ってくるような男こそ、派手に爆発すべきだと私は思う。


 しかし彼女としては「とりあえず全部爆発してほしい」とのことなので、本当は家から出るべきではない。美味しいものでもたらふく食べて、昼寝して、心に栄養と休暇を与えるべきだ。すみやかに。


 ただでさえ今夜の祝祭は、結婚を誓った恋人達が主役となるお祭りなのだ。結婚の予定のある二人が、将来の幸せとか、健康とか、経済的な安定とか、なんかその他諸々を祈るためのものである。昼のうちは参加者以外の子供から大人まで色んな人が出歩いているが、夜になると祝祭の参加者でいっぱいになり、彼らは真夜中の鐘が鳴るまで広場で踊り続けるのである。どう考えても爆発を切に願う人間の来ていいところではない。


「あっちもこっちも祝祭衣装……祝祭衣装!いいわねえ幸せな人たちは」

「そりゃあ祝祭なんだから着るよね、衣装」



 今日の祝祭に参加する恋人たちは、一目でそうだとわかる衣装を身につけている。


 女性は白い衣装に身を包み、頭に花の冠を飾る。

 男性は黒い衣装に、胸元に一輪の花をつける。



 身を飾る花はお揃いの花をつけることが多く、そしてお相手につけてもらうのがお作法らしい。服の形や種類は特に決まっていないので、それぞれが好きな服を着ているのが見ていて面白い。親から子に受け継ぐ家もあれば、幼い時から自分で刺繡などして準備した布を使う気合の入った者もいる。私の隣で物凄い目つきをしている友人のように。



 なかには男性同士、女性同士の恋人たちもいて、どちらも同じ色の衣装を身に付ける者もいれば、どちらかが反対の色の衣装を纏う恋人たちもいる。女性は白で男性は黒というのが多いだけで、それは絶対ではない。


 この国は様々な愛に寛容である。それは昔、ある事情から自身は男性の衣装を、伴侶に女性の衣装を着せたつわものな王女さまがいたとか、三人の男性からの求愛を受けた王の話があるとかないとか、色々な逸話があり、国民にも尊い愛に対する理解が浸透しているのだ。どんな組み合わせでも素直に祝福される。


 ……先程から友人が爆発を願っているのは、そういう今日の主役たちであるので、祝福されない場合もあるようだが。



 今私達が歩いている通りは、祝祭の為に屋台の並ぶ賑やかな通りなので、当然ながら幸せいっぱいの恋人同士がたくさんいる。正直に言って独身者には目に毒だ。しかし、友人が言うには、結婚適齢期も後半のすでに後がない人間は、このような大変心に刺さる場所だとしても好機ととらえて釣り場にするべき。らしい。


 まあ確かに、親しい友人たちのなかで独身なのは私と、別れたばかりのこの友人くらいだ。友人は私よりひとつ歳上なので更に必死なのかもしれない。


 獲物を狙う肉食獣のような……下手すればそれ以上の……目つきで周囲を見ている友人に、見てしまった周囲の人間がびくっとなって道を開けたりしている。一体いつの間に、このような圧の出せる女になったのか。なかなかやりおる。


「ね、いったん落ち着こう?ちょっと飲み物でも飲んで休憩しよ」


 このまますさみ続けるのは良くないと、私はなけなしの優しさでそう声をかけたが、友人は私の提案をあっさり切り捨てた。


「そんな余裕はないのよ。私はねえ、あの馬鹿男よりも素敵なひとを見つけて、とびきり幸せな結婚をするの!そうでもなきゃ、あいつの結婚式でひと暴れしなきゃ気がすまなくなるのよ!わかる?!」


「じゃあ、せめてその目つきを止めようよ。さっきから、素敵な殿方候補が軒並み踵を返してるじゃん」


「このくらいで怯むような男とは先々やっていけないわ!」


「そ、そうですか………」



 カッと目を見開いて言う友人の圧は凄まじく、バッサリやられた私は黙った。


 とはいえこのままでは今にもひと暴れしそうだったので、私は恐る恐る、屋台で売っていたフルーツジュースを差し出してみた。荒ぶる神に供物を捧げる心境だ。静まりたまえである。


 私のおごりであることが効いたのか、喉が乾いていたのか、とにかく友人は大人しく飲み始めたので、私はほっと胸を撫で下ろした。


 大人しくしていると見た目はとても可愛い友人なので、どうかこのまま静まっていて欲しい。美人な友人は、怒ると迫力がありすぎるのだ。生半可な覚悟では近づけない、声を掛けられない存在になってしまうのである。それでは今日の目的とは正反対の生き物だ。

 

 通りに設置された木製の長椅子がちょうどよく空いたので、座って一緒に飲んでいると、通りの先にある広場の方がやけに騒がしいことに気付いた。時々きゃあっと歓声があがるのだが、何か面白いものでもあるのだろうか。


 私がそちらを見ていると、ジュースを飲み終わった友人がぷはっと息を吐いてから言った。



「ああ、たぶん魔術師団が来てるのよ」



 魔術師団といえば、この国の王宮付き魔術師たちで構成された魔術師の精鋭組織である。入団条件に顔の良し悪しがあるんじゃないかと噂されるくらいに美形揃いだそうだが、普段は一般人が立ち入れない魔術師の塔や王宮内にいるので、下町で見掛けることはほとんどない。彼等に近付きたい一心でそのために王宮勤めを目指す娘もいるそうだ。


 そんな彼らが、お祭りとはいえ下町に?と頭に疑問符を浮かべていると、友人が教えてくれる。


「今年は祝祭の演出に魔法を使うって噂だったけど、どうやら本当みたいね。広場に居るなら一回くらい噂の美形面を拝んでおきましょう。むかつくぐらい綺麗だそうよ」


 …この友人のお口がよろしくないのは、あの男にふられてからなのか、それともそれも理由のひとつとしてふられたのか………いや考えるのはよそう。どっちにしても悲しいことに変わりはないではないか。


 不毛な考えを放棄して人混みをかき分けて広場まで行くと、そこにはお揃いの濃紺のローブを纏う男性が数人ほど見られた。杖らしきものをふるったり、祝祭会場の警備担当であろう兵士と話したり、忙しそうに働いている。


 赤や緑など、とても鮮やかな髪の色をしている彼らは人混みのなかでもとても目立つ。髪や瞳の色が特徴的な色をしているのは魔術師にはよくあることで、それらは魔力をその身に宿す証だという。国民の大半が茶や亜麻色の髪をしているこの国では、ことさら目立つようである。


 一人いるだけでも町中の女性の視線をかっさらっていきそうな見目麗しい男性が何人かいらっしゃるせいだろうか、かなりの数の女性に囲まれているが彼らは平然と仕事をしている。注目を集めることには普段から慣れっこなのかもしれない。


 そんな魔術師を囲んできゃあきゃあやってる集団のなかには、ちらほらと頭に花冠を飾った祝祭衣装の人間も見かけるのだが、はて、一体恋人はどこへ置いてきたのか。



「なかなかの美形揃いね、目の保養だわ。あれだけの美形が相手なら、あの馬鹿男なんか吹き飛ぶと思うんだけど……まあ、ちょっと難易度が高いわね」


「魔術師って貴族の血筋とかじゃないの?美形云々の前に、庶民と貴族で結婚なんてちょっと非現実的じゃない?身分違いに思えるよね」


「でも魔術師には身分よりも実力という考えが浸透しているそうだから、恋愛面でも身分を気にしないかもしれないわよ。なかには平民出身の方もいらっしゃるし…例えばあちらの金髪の魔術師様がそうだったんじゃないかしら」




 友人の言葉はそれ以上頭に入ってこなかった。


 その人を見た瞬間、私の心臓はどくんと大きな音をたて、指先がびりりとしびれたみたいになる。


「…どうしたの?」


 様子のおかしな私に気がついた友人が名前を呼ぶが、私は喉がつっかえたように言葉が出てこない。


 なんだろう。

 なんと言えばいいのかわからないけれど、それは、私の胸のなかにいきなり芽生えて、あっという間に私をいっぱいにしていく。



 震える指先を握りしめることしか出来ず、ただ呆然とその人の姿を見つめていた私だったが、その人がこちらに背を向けて、どこかへ歩いていこうとしたその瞬間、気がついたら体が動いていた。人混みをすり抜けて、必死に、その人のもとまで。


 






「好きです。結婚してください!」


 そして次に気づいたら、結婚のお申込みをしていた。


 いきなり飛び出してきた私に周囲の人間が訝しむような声をあげ、警備の兵士らがこちらに寄ってくるのが横目に見えていたがそんなことは気にならず、考えるより先に体が動いていた。


 美しい金色の瞳をまんまるにしてこちらを見ているその人に、私は何故か、指輪でも差し出すかのような動作で紙コップのフルーツジュースを差し出していた。しかも飲みさし。


 ビシッと空気が、周囲の人間全員が固まったところで私はようやく我にかえった。やらかした!なにやってんだ自分。と思ったときには手遅れだった。


 いきなりとんでもないことをやらかした私は、どこからどう見ても不審者あるいは変質者だった。警備の兵士に捕まるか、目の前の魔術師さまに気持ち悪がられても文句は言えない状況に、自分がやらかしたくせに焦りがじわじわ湧いてくる。


しかし彼は気にした様子もなく、普通に私に近付いて来た。数歩分の距離をゆっくりと目の前まで歩いて来た彼が、花のように、にこっと笑った。




 その笑顔に見惚れて、瞬きすら忘れた私の手から彼がジュースを取り上げたかと思うと、なんとグイっと一気に飲み干した。そして一言。




「はい。よろこんで」


 


 


 


 


 その後、広場は大変な騒ぎになった。らしい。


 きゃああ、と悲鳴か歓声かわからない叫びがいくつも上がったかと思えば、便乗して求婚やら告白をする者、反対に求婚してよと迫る者、求婚が成功したのはジュースのおかげだと無茶苦茶なことを言って売り出す屋台のオヤジ、そして面白がってものは試しと購入する人々……と、一瞬でえらいことになった。らしい。


 特に美形の魔術師様が目の前で売れてしまったことを嘆く声が多かったという。成功したからよかったものの、よく取り囲んでいた乙女たちにたこ殴りにされなかったものである。



 私はといえば、そんな周りを気にする余裕はなく、やらかした自分と衝撃の返事に加え、微笑んだ彼の笑顔にやられていたので、広場の騒ぎは気にならなかった。気にする余裕はどこにもなかった。このあたりはすべて後日友人から聞いたことだ。




 

「じゃあ早速準備をしよう。大丈夫、僕は優秀な魔術師だから。ちょっと急だけど、最高の祝祭にしようね、うん、そうしよう」

 


 いきなり求婚をかますようなやらかした人間が言える文句などどこにも無いのだが、そこからの流れといったら当人の私にもよくわからない。


 にこにこと笑いながら言った彼が、いつのまにか手にしていた杖の先をちょんと私の服に当てると、着古したワンピースは美しい真っ白な衣装に変わっていた。シンプルな形のドレスだが、恐ろしく手が込んでいる。手触りも刺繍も下町では見たこともないほどの衣装に突然着替えさせられ、呆けるしかできない自分に彼は次々と魔法をかけていった。くたびれたブーツは履き心地の良い舞踏靴に変わり、ため息が出るほど繊細なレースの手袋までつけていた。


 まるでおとぎ話の魔法使いのよう、と思ったが、彼は正真正銘の魔法使いだった。着飾らせてほかの男の元へ送り出すのではなく、花嫁にしてくれるらしいけど。


 ほとんどの準備を魔法であっという間に用意した彼は、いつのまにか自身の姿も一瞬で祝祭衣装に着替えていた。今の一瞬で用意したとは信じられないほど誰よりも麗しく黒の衣装を着こなしているように見える彼は、事も無げに「あとは花だね。なんの花がいいかな?一緒に摘みに行く?」と言って私を見た。



「好きな花を森に摘みに行ってもいいし、僕の育ててる庭園で選んでもいいよ。すぐに見に行…ああ、一応仕事中だった。でも、婚約者のほうが大事だし今日はもういいよね?後のことは僕の同僚がやってくれるから、まあいっか」



 何も言えずにされるがままになっている私の手をとり「どうしよっか?」と首を傾げている彼に、横から声がかかる。


「よくないだろ!そもそも仕事中だろう!仕事しろ!なんだ急に、こ、婚約って…」


 大きな声で言いつつこちらにやってきた男性は、彼と同じ…否、さっきまで同じだった濃紺のローブを着ているので魔術師様のようだ。深紅の髪に緑色の瞳をしていて、眉根を寄せていても整った顔立ちをしていることがよくわかる。儚く繊細に感じる顔立ちの彼とは系統の違う、凛々しい系の美形だ。


「もうほとんど終わってるだろう?僕が抜けても構わないはずだし上には報告しとくから、後は後輩に任せてお前だって祝祭を楽しめばいいよ。あいつ相手いないし。ん?お前もいないんだっけ?」


「お前だって相手が出来たのは今さっきだろう!馬鹿にするな。というか、ほんとに結婚するのか?!そんな地味な女と「お前口悪いね。縫いつけられたい?」………いや、そちらの、そ、素朴な感じの女性と!」


「素朴って褒めてるのかよく分かんないな……まいっか。結婚、するけど?当たり前だろ、求婚されたんだし」


「当たり前……?!今朝は結婚する相手もいない、予定もないって言ってたじゃないか!初対面じゃないのかそちらの女性はっ」


「初対面で結婚してなにか不都合ある?」


「大有りだっ!!」


 言い合う二人に、周囲の人間が何とも言えない顔で私たちを、というか、二人を見ている。彼と見知らぬ女との結婚に不服のあるらしい男性の登場に、さっきまでとは違う種類の歓声があがっている。やや控えめなのは、二人の世界を壊さないようにという尊い愛を見守りたい人々の気遣いかもしれない。たぶんそう。


 喧嘩のような掛け合いはけれど息がピッタリにも見える。どこからともなく「これはなかなか」「お似合いかも」なんて声が聞こえてきて、平凡な私は二人の真横にいても背景にしかならない地味さであることに慄いた。自分の地味さはよく理解しているが、このままでは私の告白は踏み台になるやも知れない。などと考えているその最中も、赤髪の彼は真剣に抗議の言葉を重ねていく。


 私は意を決して二人の会話に割り込んだ。


「あの、私と彼は初対面でしたが、私はさっき求婚しました!」


 そこまで言うと、赤髪の彼が勢いよくこちらを見た。邪魔な女のことは意識になく、目の前の彼のことしか目に入っていなかったことがよくわかる動作である。


 周囲の視線も集めつつ、私は地味なりに主張せねばと気合を入れて声をはる。無意味に手など挙げつつ語る。


「ですから、あなた様が彼に……その、想いを寄せていても、私が先に告白して、受け入れられました!早いもの勝ちです!!」


「なっ?はあ?!」


 秘めたる思いを言い当てられたことに驚いたのか、赤髪の彼が目を見開く。私の隣に立っていた出来立ての婚約者が、こちらも驚いた様子で恐る恐ると声を出す。


「え……お前、まさか僕のこと……でもごめん、僕には彼女がいるから……」


「はい!赤髪さんには悪いですがね、きっぱりと諦めてもらわないと!」


 せっかく出来た婚約者をここで奪われるわけにはいかないので、私は立ち向かうように声をあげた。彼のことは諦めてもらわなければ、地味で平凡な容姿で特筆すべきところのない私では、あっさり奪われかねない。


「せっかく不審者から婚約者に進化したんだし、ここで負けるわけにはいかないので」


 決意を新たに拳をつくったそのとき、私は背後に嫌な気配を感じた。




「……なによ不審者から婚約者に進化って。それは進化なの?進化というなら一瞬で独り身彼氏いたことナシから婚約中に進化したことのほうが大問題ですけどもなにか私に言うことある?身分違いがどうとか言っておいて、友人に抜け駆けされておいてけぼり食らった別れたばっかの独身相手ナシの私に、なにか、言っておくことある?」


「あ……」



 背後からかけられた声は魔物も逃げ出すくらいに怨念のこもったもので、私の戦意は一瞬で霧散した。戦っていた相手は友人ではなく赤髪さんだったはずだが、人間同士の戦いに突然魔王が乱入してきてはどうしようもない。


 周囲でまるで見世物のようにこちらを見ていた人々も、何処となく視線を反らしているような気がする。今の友人こそ、目を合わせてはいけない何かに進化しつつあるらしい。


 私は平身低頭とにかく謝り、謝り倒して友人を鎮めようと頑張ることになった。


 ほんとに謝る必要あるのかな?とかは、考えてはいけない。とにかく、血の涙を流さんばかりの彼女をどうにかするのが先決だった。








 結果として、私は出来たてほやほやの婚約者のお陰で命拾いした。


 彼が「彼女の親友さんになら、僕の友人や同僚を紹介するよ」と言った途端、魔王は何処かに仕舞われて、淑やかな聖女の如き微笑みの彼女が何処からともなくあらわれた。


「どうか私の大事な親友をよろしくお願いしますわね」なんて、さっきまでの圧はどこにやったのやら、きちんと紹介してもらう日を約束までしてから、ようやく彼女は帰ることにしたようだ。


 聖女の微笑みを浮かべていても、やっぱり一人で歩く祝祭の街はしんどいのかも知れないと勝手に考えていると、去り際の彼女にじろっと睨まれた。一緒に睨まれたような位置にいた赤髪の彼まで、ビクッとなっているのを見てしまった。






「ところで、ひとつ聞いてもいい?」


 帰っていく友人の姿が見えなくなったところで、彼がそう言って私を見る。


「はい?」


「君の名前は?」


 そこでようやく、私は名乗ってもいないし相手の名前も知らないことに気が付いた。どう考えても、むしろ考えずとも求婚よりそっちが先である。


 慌てて名乗った私に、彼がくすりと笑って名乗り返してくれる。



「本当に初対面でいきなり結婚するのか?!」


「そうだよ。なにか悪いことでもある?」


「いや、そりゃあ色々あると思うが……逆になんで受け入れた?」


 赤髪さんはなんだか疲れたようにため息をついて、額をおさえながら彼に尋ねた。


 あ、それは気になるな、と思ったので会話に割り込まずに続きを待っていると、彼の方は楽しそうに、あははっとまるで子供のように笑って言った。


「いい加減恋人を見つけないとって思ってたんだよ。次に告白されたら、受け入れようと思ってたしね」


「…あああ、良かった私の判断正解だった!勝手に身体が動いただけだけど!大正解!私えらい!」


 どうやら私のやからしは、人生で最も素晴らしい行動だったようだ。私は自分の行動を自画自賛しつつ、胸を撫で下ろす。


「いやいやいや、それを暴露する方も喜ぶ方も可笑しいからな?!」



 赤髪さんの突っ込みは冷静な時に思い返せばとても正論であったが、このときの私にはただの雑音でしかなかった。


 ただの偶然だろうと、彼が受け入れてくれたことは事実であり、紛れもない幸運である。それを、愛してくれていない相手とは結婚出来ないわ。などという乙女チックな思考で不意にするなど愚の骨頂。夢見る乙女は自分の中にはいなかった。とにかく私は、掴み取った幸運に全力で感謝した。



「まあ、これからゆっくり教えてくれたらいいし、ゆっくり知ってくれたら良いよ。結婚すると決めたからには、結婚するし。これから、時間はあるからね」


 彼がそう言って笑うのだから、私に悩む隙はない。結婚さえしてしまえば簡単には逃げられないし、時間をかけて攻略したって構わないのだ。



 こうして私は、勢いばかりの告白をものにして、大事な大事な伴侶を手に入れた。その日の祝祭は、色々あったけれど、やっぱり人生で一番幸運な日の思い出として、記憶に刻まれることとなった。


 彼の庭園で花を選ばせてもらってドキドキしながら花を飾った二人の時間も束の間、私の実家に突撃かまして目を白黒させた私の両親に婚約を報告した。なんなら結婚式の日取りまでもその場で決まった。ここまで初対面から数時間のことである。勢いってすごい。


「返品不可でお願いします」と父が言い、母は結婚どころか恋のひとつも聞かなかった娘がいきなり魔術師様と結婚?!と驚愕しつつも、「絶対逃がすな!」と激励してくるんだから、親子揃って残念な思考だったようだ。「ところで、どんな弱みを握ったの?」なんてのは流石に酷いと思われる。


 そして二人で祝祭を楽しんだ。真夜中の鐘が鳴るまで踊り続けた、最初で最後の祝祭の夜を。





 その後世間では勢い強めの求婚とフルーツジュースが流行ったらしいが、相手の出来た私には他人の恋愛への興味が薄くなっていたので、あんまり感知しなかった。あんなに荒んだ目で見ていた筈の他所の恋人たちを見てもなんとも思わなくなるのだから、恋愛とは不思議である。


 なお、他人の恋愛に興味の無くなった私であるが、友人に関しては、新しい恋人が出来ますようにと何度も祈るはめになった。早く良い人見つかれば良いね、そしたら私が楽。などと、友人が聞けば怒り狂いそうな言葉を胸に秘めつつ、私は伴侶に紹介をお願いし続けた。


 嫌な顔もせずお願いを聞いてくれる彼に、私は感謝した。せっかく旦那様が手助けしてくれるんだから上手く行きますように。という私の祈りが天に届いたのは、それから一年後のことである。


 攻撃魔法が得意だというとある魔術師とくっつき、幸せそうに今度こそ聖女のように微笑む彼女を見て、私は思った。よくも元彼を爆発させるのにぴったりな相手を見つけたものだな、と。


 私のように他人の恋愛に興味を失えば良いけれど、さて友人の性格を考えると、なかなか怖い想像がつく。今度は、友人が元彼を爆発させないように祈るべきかもしれないな、とも思った。









お話を投稿するとフリーメモが見られなくなるとは思わなかったので、以前投稿したお話の裏設定とか細かい部分のあれこれが消えてしまいました。(もしこうすれば見れるよ!って方法があれば、ご存知の方、教えてください!)


私は物語の構想段階のエピソードや、初期設定を見るのが好きなので、今後お話の投稿後に活動報告に裏側の話を載せようと思います。


本来の使い方とは違うかもしれませんが、興味のある方は読んでやってください。




魔法使い視点は、一週間後に投稿予定です。どうぞよろしくお願いします。

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