一話 ④
騎士が去るのを確認して、レベッカは彼がいるであろう部屋の隣の部屋に入る。暗い部屋の中に、月の明かりが差し込んでくる。その差し込んでくる位置から窓の位置を把握して、バルコニーに出る。そしてバルコニーからセオドアのいる部屋のバルコニーへと移動する。
スカートをまくり上げるなど、淑女にあるまじき行動だが、彼女にとっては関係ない。そんなことよりも、重要な秘密をゲットできそうであった。
バルコニーから部屋の中を盗み見る。置き型のランプにだけ明かりがともっており、それに照らされた顔は、セオドアのもので間違いなかった。
「はぁ」
グラスを片手に、ため息を吐いている。とても疲れている様子だ。
そういえば、と思い出す。彼は舞踏会に出たときに、いつも女性に囲まれていた。深い青色の髪に、サンゴ礁を溶かしたような赤みがかったピンク色の瞳。日に焼けた肌は健康的で、程よくついた筋肉が彼の美をさらに引き立てていた。まぁいわゆる、女性にモテるタイプの見た目をしている。そんな彼だが、女性に囲まれたところで饒舌なわけではなかった。相手の話に相槌を打っているタイプ。
そんな彼が、ここまで疲れている様子を見るのは初めてかもしれない。
サンゴショー家。この領地を視察したことは、一回ほどしかない。景色がきれいなところで、特に悪い噂もない。
植木鉢の横に座りこみ、ふむと考える。次の視察先は、サンゴショー家の領地にしようか。
彼の様子を確認するも、ずっとベッドに座り込んだまま、微動だにしない。
観察するのも飽きたところで、騎士が戻ってきた。騎士の名前は、ハロルドだっただろうか。平民出身で、騎士になる前は傭兵まがいのことをしていたとか。
「準備が整いました」
「ありがとう」
騎士にエスコートされてベッドから立ち上がるも、酔いが回っているのか、倒れそうになる。そんな彼を支え、ハロルドが心配そうな顔をする。
「ごめんなさい……」
弱弱しい声で謝り、体勢を立て直す。噂でも聞いたことがないが、彼は虚弱体質なのだろうか。
「どうぞ、おつかまりください」
「いえ、大丈夫よ。この部屋を出たら、誰にみられるものかわかったものじゃないわ」
ハロルドの優しさを断り、何度か深呼吸をしてから、しっかりとした足取りで部屋を出て行った。
二人がいなくなり、レベッカも視線を外した。
「うーん、まさかセオドア・サンゴショーにあんな一面があるとは……」
女性のような口調で、騎士と話していた。しかも、人の目を気にしていたということは、これは彼が胸に抱いている、大きい秘密に違いない。
髪をいじりながら、考える。
皇室に伝えるほどの情報ではない。彼がどんな人であれ、国に不利益をもたらさないのであれば、留意するほどではない。
ただ純粋に、セオドア・サンゴショーという人となりが気になった。