一話 ③
ある日の舞踏会でのことだった。レベッカは黄色いドレスに身を包んで、深い緑の髪の毛をいじっていた。
コルセットがきつくて、お酒しか飲めない。おいしいごはんも食べれない舞踏会で、多くの貴族から白い目で見られる。エスコートはいつも父親。普通の令嬢なら、この状況で頻繁に舞踏会に行くものはではない。しかし、レベッカはあらゆる舞踏会に出ていた。
レベッカが舞踏会に出るのは、ただ一つの目的のためだった。
柱の陰に隠れながら、女性たちの会話を盗み聞きする。
お酒をあおりながら、聞いた会話を頭の中で反芻して、記憶にとどめる。とりとめのない会話から、政治的に必要な部分のみを取り上げるために、どのような報告書を出そうか考える。
ナンセンス家は、多くの貴族から軽んじられている。表向きは何もしていない家門であり、伯爵の地位にいるのも本来なら、烏滸がましいほどであった。しかし、彼女の家門には裏の仕事があった。庶民から貴族まで幅広くの情報を集め、皇室へと提出する。諜報員としての仕事だ。
レベッカも諜報員として活動しており、それがこの、舞踏会への出席に繋がる。父親は男性の交流を主に務め、レベッカは令嬢からの情報収集を生業とする。社交界ほどに情報が飛び交う場所はない。だからこそ、彼女はどれほど他者から冷たい目で見られようと、社交界のあらゆる行事へと参加していた。
今日も舞踏会に参加して、令嬢の会話を盗み聞いていた。ある程度の情報は仕入れたものの、これといった収穫物はないに等しい。
この会場で得られるものはもうないと判断し、人影の薄い場所へと移動する。
情報収集というのは、何も明るい場所でばかりされるものではない。庭園や休憩室の近くなど、人がいないところでこそ、行われるものだ。
あてどころなく歩きまわり、何かないかと探す。そんな彼女の耳が、ある小さい声を拾った。
『もう、疲れたわ』
『帰りの馬車の支度をしてきます』
『ええ』
その声は、ある部屋から聞こえてきていた。休憩室としてあてがわれたところではない。
密談というよりは、疲れた令嬢が休んでいただけだろう。しかし、この声は……。
「男性かな」
頭の中で貴族名鑑を開き、該当する声が誰か導き出そうとするも、思い当たる人がいない。
誰だろう。
自分の知らない貴族がいるはずないと思うも、だれかわかるものでもない。
ドアが開き、中から騎士が現れた。
「あ、サンゴショー家の人か」
騎士を覗き見て、それが誰かわかった。
その騎士は、体躯が二メートル近くありそうな筋骨隆々な人だ。常に表情を崩さず、獲物を狙うかのように相手を見下す姿は、そりゃあ迫力がある。
そして彼が仕えている主人は、サンゴショー家の三男、セオドアだ。いい見目をしているものの、付き合った女性はいないと噂がある。
その理由がわかった気がした。