一話 ②
レベッカ・ナンセンス。
彼女は、この国で伯爵の地位についている、ナンセンス家の一人娘だ。あちこちフラフラと出歩いて、淑女らしさもない。おまけにナンセンス家の娘だ。何も成していない、落ちぶれた伯爵家。下からも上からもよく思われていない貴族の恥。
セオドア・サンゴショー。
彼は正反対に、地位こそ子爵と少し低いが、彼の領地で採れるサンゴ礁は王妃が好まれる高い品質のものである。海をバックに構えた屋敷からの景色は素晴らしいもので、観光地として有名である。セオドアはサンゴショー家の三男として、海の仕事をしている好青年である。
そんな彼らが結婚をするとなったとき、セオドアに恋していた令嬢は涙して、レベッカのことを嘲笑っていた貴族は、サンゴショー家のことも蔑ろにしようとした。
しかし、社交界において、そんな大事件でもない。少しの噂とともに、彼らの結婚については、静かなものとなっていった。
ナンセンス家の領地は小さいものだった。皇帝から下賜された、ほんの少しの恩恵。民は自給自足をして、交流も盛んではない。ナンセンス家の屋敷は二棟あるものの、どちらも大きいものではない。成り上がりの男爵のほうが、いい家に住んでいるだろう。
そんな彼女の家に、セオドアはいた。レベッカが長女ということで、セオドアは婿入りという形で結婚していた。
「いやぁ、噂が落ち着くのも早いものねー」
ソファに足を投げ出して、淑女のかけらもないレベッカがそういった。彼女のその態度を注意するメイドは、現在部屋にはいない。
「そうね」
彼女の前に座って、お茶を飲んでいたセオドアが静かにうなずいた。
「そんなに、電撃的なものではないものね。子爵と伯爵の結婚といっても、あなたの家は、その……」
「ナーンセンス家! だもんね~」
ナーンの部分に力を込めてそういう。レベッカは笑いながら言ったが、セオドアにとっては笑うことができない。皮肉たっぷりに言って許されるのは、彼女と当主だけだろう。
セオドアは頷かないで、そっとカップを置いた。
「でも、驚いたわ。カモフラージュ婚なんて、提案されたときには」
「そーかな」
テーブルに広がったお菓子を口に放り込んで、レベッカが首をかしげる。
「双方に利益があるんだし、利用しない手はないと思っただけだけど」
「貴族の結婚は政略結婚が多いのも事実だけど、あなたの場合は、ただの私利私欲だったもの」
「むぅ、いやならすぐにでも離婚するよー。助かったのは、あたしだけじゃなくてセオもなんだからね」
セオドアは困った顔で、ごめんなさいと謝った。
セオドアにとっても利益のある結婚。そう、彼のこの女性らしい口調を見ても明らかなものであった。