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特殊な事情で昔の彼女を思い出して泣いた夜

作者: 武正幸

 私はアダルトビデオが好きだ。


 今は、ネットで無料でも有料でも膨大な動画を簡単に手に入れる事が出来る。だけど、私はレンタルビデオ店が大好きだ。それはDVDのパッケージを物色するのが好きだから。最近はめっきり店舗数が減ってしまったが、最寄りの駅前にポツンと1件だけ残るレンタルビデオ店に週末会社帰りに立ち寄るのを密かな楽しみにしている。

 

 今週はどんな新作が出ているか。お気に入りの女優さんの作品はあるかと、宝探しのような感覚で楽しむ。一昔前は、週末ともなればアダルトコーナーには多くの男たちがひしめき合っていたが、現在は週末でさえ、人がまばらなので、私はゆっくりとパッケージを楽しむ事が出来る。もちろん、表面だけでなく、裏面のストーリー部分も読んで味わう。スーパーで主婦が、食品パッケージの裏の成分表を見ているのと同じだ。(違うか。)


 私くらいの猛者になると、パッケージを見ただけで、DVDの内容が手に取るようにわかる。特にパッケージの裏側にはヒントが溢れている。ストーリーの記述もヒントになるが、特に注目したいのが様々な場面を捉えた画像だ。パッケージ表面は、完全にパッケージ用に撮影されたものなので、これに惑わされてはいけない。酷いときは、顔に修正が加えられていて、動画に出てきた女優さんの顔がパッケージと別人のようになっている時がある。そんなDVDを選んでしまった苦い経験から、私はパッケージ裏を隅々まで観察する。


 しかし、ここにも落とし穴があり、裏面にもパッケージ用に撮影された画像が使われている場合があるのだ。パッケージにある場面が動画の中身に全然登場しない場合があるのだ。そんなDVDを選んでしまった日は、酒でも飲んでふて寝するしかない。


 アダルトビデオに初めて出会ったのは、たぶん高校時代だ。その頃はまだ各家庭にビデオデッキが普及しておらず、私の周りでビデオデッキを所有していたのは、部活の1年先輩のNさんだけだった。家がお金持ちでボンボンだったN先輩は、アダルトビデオもたくさん持っているらしく、よく僕ら後輩に、

「ビデオデッキを買ったら、エッチなビデオ貸してあげるからね。」と言ってくれていた。


 高校時代の私は、早くそのエッチなビデオを観たくて観たくてしようがなかったが、家にビデオデッキが導入される兆しは全くなく、これは自分が動かなければと、変な使命感を抱いていた。私は来る日も来る日も親を説得し、ビデオデッキの導入を勧めた。見たい番組が重なっても録画すれば両方の番組が見られること。レンタルビデオで借りてくれば家で映画が見られること、などなどビデオデッキの利点をまるで営業マンのように必死でプレゼンする日々が続いた。その努力の末に、ビデオデッキが我が家にやってくることになった。でも、よく考えると、ビデオデッキは、家族が集まるリビングにあるわけで、エッチなビデオをゆっくり見られる生活は、もっと後になってからだ。


 今日は、金曜日。残業をしてしまったので、少し遅くなってしまったが、レンタルビデオ店は深夜まで開いているので、焦ることはない。電車を降り、ガード下のラーメン屋の前を通り過ぎた先に、その店はある。最近はTVゲームのエリアが拡大し、DVDコーナーが縮小傾向にあるが、この店は割と敷地面積もあるので、今でも多くのDVDが入荷してくる。いつものようにアダルトコーナーの暖簾をくぐると、新作の棚に気になるパッケージのDVDが目に入った。

 

 女優さんは知らない方だったが、彼女がこれから入ろうとしている建物に既視感を覚えた。女優さんの後ろに見えるアパート。場所が特定できないように周りの風景にはモザイクが掛けてあったが、入り口付近は私がかつて住んでいたアパートにとても良く似ていたのだ。似たようなアパートなど全国にたくさんあるだろうから、まさか自分が住んでいたアパートではないだろうとは思ったが、気になってそのDVDを借りてしまった。


 DVDの内容は、アパートに押し掛けてきた女性とアパートに住む男との話だったが、私はそのアダルトファンタジーに全く、のめりこむ事が出来なかった。その部屋はやはり、かつて私が住んでいたアパートに間違いなかったのだ。家具などはもちろん変わっていたが、間取りや壁紙、時折窓から見える景色で確信してしまった。

 この部屋は私が20代の頃、彼女と同居していた部屋だ。彼女と語り合った部屋、けんかした部屋、一緒に料理を作って食べた部屋、抱き合った部屋。その思い出溢れる部屋で、この人たちは、あんなことやこんなことをしてくれている。彼女との様々な思い出が溢れては消えていき、気付けば私は号泣していた。

 アダルトDVDを観て泣いたのは、それが初めてだったが、この感情はちょっと一言では語りつくせないだろう。


 





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