第三話 王妃会議
新しい「勇者の国」に新しい「勇者の国の城」が出来たその日。
最初に同行した女性たちによる「王妃会議」なるものが開かれた。
場所は先程作らされた城の執務室(仮)である。
「最初の議題としては、この何もない『国』をどうやって『国』として成立させるかという事でいかがでしょうか?」
議事進行役はエマが担っている。書記はユエが務めるようだ。
俺が作った黒板にチョークで「この国の課題」と書き記している。この黒板とチョークも魔法で俺が作ったものだ。
「まず、この国には『人』『物』『金』が全くと言っていいほどありません。王族しかいない国家など、国家とは呼べません。幸か不幸か、軍事力だけは勇者様がおられる事で、どの国も真っ向から攻めて来ることはないでしょう。また、国民が居ない現状では、守る国民も居なければ、税金を納める国民も居ません。地理的状況から、王国や帝国から人が流れてくる可能性は有りますが、現状王国・帝国・法王国としか接していないわが国では、態々この国に来るメリットは殆どない状況です。また、城に仕える者もいない現状、食事・洗濯・掃除といった家事全般を勇者様と我々で行わなければならないという事になります。勿論、その内、我々と違い侍従を伴った女性たちがこの城に集まってくるでしょう。しかしながら、その侍従たちは仕える主に付き従っているだけですから、我々の身の回りの世話を期待するわけにはいきませんし、また、それぞれの思惑もあるでしょうから、危険も伴います。その為、先ずは勇者様にこの城に仕える侍従を選別して雇っていただく必要があります。いかがでしょうか?」
長い話の後に、周りにそろった女性たちを見回しながら、エマは問いかけたが、答える者はいなかった。
「俺は平民出身だから、そういったことには疎いのだけど、どうしたらいい?」
「勇者様は商業ギルドともつながりを持っていますから、そこから雇うのが良いと思います。ただ、その者たちが信用できるものかどうかも判断しなければいけませんし、またこの国が置かれている現状を鑑みると、どこの国のどのような人物で有っても、簡単に信用するわけにはいきません。また、雇入れた時点では何もなかったとしても、雇われた後に買収されて良からぬことをするものが居ないとも限りません。勇者様におかれましては、その点もよく注意してご判断をお願いいたします」
なんだろう…1をいうと10倍くらいの言葉が返ってきている気がする。
とは言え、彼女たちの心配も分かる。帝国からきたエマ達にしても、王国から来たフラウにしても、この国には殆ど亡命のような形で来たようなものとも言える。
彼女たちが自分たちの国において、常に命の危機に晒されていた事は疑いようがない。
それを考えれば、彼女たちが警戒するのも当たり前だし、仮にも第一王妃や第二王妃といった立場に置かれる人物が、身の回りのことを全て自分たちでするという事になれば、対外的にも面子が立たないことも分かる。
「侍従たちは『人』じゃないといけないのか?」
「それはどういう…。いえ、勇者様で有れば可能なのでしょうね。お考えをお聞かせください」
「簡単に言えば、魔法で作ったゴーレムに身の回りの世話を行ってもらおうと思う。警備の意味でもそれなりの強さを持ったゴーレムが動き回る城では、悪さを出来る人も殆どいないだろうし、人を雇い入れるよりは簡単だし、俺が作ったゴーレムだから信用も出来る」
俺の言葉に、しばらく沈黙していたエマだったが、やがて口を開いた。
「申し訳ございませんが、勇者様は一度席を外していただけますでしょうか?」
少し女性陣だけで話し合いたいと言われ、いったん俺は話し合いをしていた「執務室(仮)」から出た。
とりあえず、することもないので先ほど話したゴーレムを試しに作ってみることにする。
「!」
ゴツゴツした岩人形ではなく、マネキンに近いような形で一体目のゴーレムを作り出した。
あまり人間に近すぎても気味が悪いので、顔は〇と□で作ってみた。俺の絵心がないわけではない。
次に、このマネキン人形に、家事を行うための「プログラミング的な動作を命令する魔法」を作りだして、それを結晶化してマネキンの内部に設置する。
続いて、その結晶に入力された命令をスムーズに実行するために、マネキンの可動部分に魔方陣を組み込み、また結晶と魔方陣の間に魔力が流れる導線を組み込む。
要するに、結晶は脳と内臓(心臓)のような役割。魔方陣は関節部の駆動を制御し、導線は神経系統のような役割を果たすイメージだ。
目の部分には、ガラスレンズのような結晶を埋め込み、それを中心の結晶へとつないで、とりあえず完成。このガラスレンズから、マネキンゴーレムは視覚情報を得られる筈だ。
これで、このマネキンに家事や警備を行わせることが出来ると思う。
そうこうしているうちに、ソフィアが俺を呼びに来て、俺は作ったばかりのゴーレムと共に執務室に戻る。
俺が作ったゴーレムに、女性たちは少し驚いた様子だったが、直ぐに平静を取り戻した。
「それが、先ほどお話になられたゴーレムですね。このゴーレムに危険は有りませんか?」
「無いと思うが、まだ作ったばかりだから何とも言えない。とりあえず、作ったこのゴーレムに当面俺の身の回りの世話をさせようと思う」
エマの問いにそう俺が答えると
「いえ、その役目は私にさせて下さい」
そう言ったのは、以外にもフラウだった。
「私は、おそらく今いるこのメンバーの中では、一番無力です。ですが、対外的な立場は一番高いものになります。その為には、義務と責任が有ると私は思います」
「所謂ノブレス・オブリージュの精神ですね」
「はい。勇者様が作られたものですから、勇者様に危害を加える事はないと思います。しかし、私たちに対してもそうとは限りません。ですから、例え勇者様がお使いになっても、他の方々も安心してそのゴーレムを傍に置くことは出来ないでしょう。ですが、私が試しに使ってみて、そして私に危害を加えなければ、他の人たちも安心してそのゴーレムを使うことが出来ると思いますが、どうでしょうか?」
「私は反対です」
そう言ったのはユエだった。
「フラウ様でなくても、私でもその役割は果たせると思います。勇者様が作られたゴーレムですから、万一の事はないとは思いますが、少しでも危険があるなら、フラウ様にさせるわけにはいきません。幸い、私はこの場にいる者の中では第10位以下の唯一の王妃になります。私に何かあったとしても、代わりはいます」
実際には、ユエの代わりになる頭脳の持ち主が居るかは疑問が残るものの、黙っておく。
「ですから、ここは私に任せてはいただけませんでしょうか?」
ユエの言葉に、その場にいた全員が沈思黙考し、静けさが部屋を包み込んでいた。
「俺…信用されてないのかな…」
「そうではありません。未知のものに対する警戒は自然なことです。私も大丈夫だとは思いますが、念のためです」
俺の愚痴に答えたのはユエだった。
幸か不幸か、その言葉で部屋を包み込んでいた重い空気は少し和らいだ気がした。
「それでは、ユエ様には他の王妃たちが来るまでの間、勇者様が作られたゴーレムと過ごして様子を見て頂こうかと思います。皆様、それでよろしいでしょうか?」
エマはその場にいる全員の顔を一人ずつ見ながら確認しているようだった。
「それでは、最初の議題に戻りたいと思います。一先ず家事や警護については勇者様が作られたゴーレムに任せるとしましても、国民も皆ゴーレムというわけにはいきません。勿論、勇者様のことですから、農作業を行うゴーレムや、家畜の世話をするゴーレム。服飾や武器防具…については、勇者様自身が魔法で簡単につくれてしまうとは思いますが、この国に住む人々の為の食糧や衣服・住居迄すべて勇者様が魔法で用意するというわけにはいかないでしょうし、それでは、勇者様が国民の生活も平安も守り、国民がすることがなくなってしまいます。勿論、税金として金銭を納めることで勇者様に全てを委ねるという事も出来るかもしれませんが、後の未来の事も考えるならば、勇者様が居なくなった後も国を維持することが出来るようなシステム作りが必要になります。全てを勇者様に依存するというわけにはいかないのです」
エマがそう言うと、他の女性陣を大きく頷いていた。まぁ、自分がチート能力により常識がなくなってしまっていることは自覚しているから、特に言う事はない。
それに、彼女たちが全てを俺のチート能力に依存していないのも好感が持てる。
正直、この能力目当てに彼女たちは俺に従っていると思っていた節もあるため、少し安心したという側面もあった。
(嗚呼、俺はやっぱり「あの魔法」は作っていないし、使っていないのだろう)
そして、如何にしてこの国に「人」を呼び込むのか、その為にはこの国に「何」が必要なのか、そしてその為に自分たちが出来ることは何なのかという事を、彼女たちは話し合っている。
中には、俺が魔法で介在した方が早く済むこともあるのだろうが、この際彼女たちに任せることにした。
(人間が治める国では、人間がその国を作るべきだ)
既に人間を辞めて『勇者』という異常な能力の持ち主になった俺が、あまり深くかかわらない方がいいような気がした。
だいぶ後になって、サーラから言われたことであるが「あなたは『勇者』という国の象徴でありさえすればいい」という台詞がずっと頭の奥に残っている。
その後も彼女たちの話し合いというか、会議は続き俺は可能な限り口を挟まないようにした。
ただ、彼女たちに任せて大丈夫だろうという安心感があった。
そうして、この国の最初の日が終わろうとしていた。
続きは来週9月26日0時予定です。
読者も殆ど居ないようですし、ある程度書きたいことを書いたら終わる予定です。
あと10話くらいで終わらせられたらと思っています。