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崩剣史~四大皇王記~  作者: 導関医蓮
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一刀目 化け物少年

そよそよとゆったりとした風が辺りに吹く。今、この目に映る風景、陽の光を浴びた青葉が影を伸ばし、小川の水面がキラキラと光る、そんな自然の摂理がカイルにとってはなんとなく心地好かった。

 だからか、すぐにでも原っぱの中央で小川のせせらぎを聞き、昼寝したい気持ちになってしまう。

 カイルが暮らすイルトモ村はコーストニア王国王都、バルヘルムからだいぶ東に位置する都市、サグーンにある小さな村だ。人口はわずか三百人ほどの小さな村であり、人口七百万を誇るバルヘルムとその違いがよくわかる。

 そんなバルヘルムにかつて住んでいたカイルにとっては都の窮屈さよりもイルトモのような自然と調和する、少し間抜けさが残るくらいの雰囲気の方が性にあっていた。

 ここに移り住んで早六年、最初は無理して嫌悪していたこの雰囲気も今では至福のものであり、良い友人もできた。カイルはここで一生過ごしてもいいと思えるくらいこの場所が好きである。

「カイル、つっ立って風に吹かれてないで。」

 自然を堪能していたカイルを夢からたたき起こすように遠くから友人の一人、マイミがカイルを呼ぶ。ハッとしてカイルもすぐにそちらへ向くと、すでにマイミは森の手前まで来ており、カイルから見て小粒ほどの大きさにしか見えなかった。

 現在カイル達は薬草を近くの森、別名、『黒霧森』で採るために夜明け前に村から出発していた。

 黒霧森はその名の通り、入ると、高い樹木に天が覆われ、森の中は全く光が通らず、とても暗い。特に夜になると四方八方全て見えなくなるという。しかし、容易に蝋燭やら松明を使ってしまうと大量に生えている樹木に火が燃え移る可能性もあるため誰も近づけないでいた。百五十年前まではこの森を抜けないと隣都市、イントーアに行けなかったが、今では別の道があるためにますます近づく者はいなくなったのである。

 もちろん、奥地に行かなくとも入る人間はいる。カイルやマイミのように森に生えている大量の薬草を採るために。しかし、こんな物好きはほとんどおらず、常識ある人間は近づきすらしない。昨日の夕方、カイル達が行くことを知らせると、村民の老若男女全ての者が腫れ物を見たような顔をしたものだ。

 そんな場所に行く理由は一つである。マイミの母、ユカサは体全身に発疹ができる「ジャベリスカ病」に罹っており、今は軽症であるが、カイルとその母、リィーネのみがこの事実を知っており未だ村には知らせていない。もし村でこれが知られればユカサ及び、マイミとその妹二人と弟も間違いなく殺されるだろう。ジャベリスカ病の感染方法は原因不明だが、伝染病という噂があるためだ。

 カイルが黒霧森の目の前まで行くと、膨れっ面の顔をした長く美しいブロンド色の紙を風になびかせた少女がいた。カイルはいつも髪を結べと言っているが、痛いからと決してしない頑固者の彼女はカイルが村へ越してきた時、初めて出来た友人である、マイミだ。

 カールした睫毛にもえぎ色の少し垂れ目、整った穏やかな顔立ちに見つめられると思わず頬を赤らめカイルは目を逸らした。もし、彼女がバルヘルムに生まれたならば、貴族に生まれていてもスラムに生まれていても、たとえ、奴隷や日雇い労働の娘として下賤の者と呼ばれる身分に生まれたとしても必ず金持ちと結婚できた上に寵愛を貰えただろう。あわよくば王家の公式愛妾になり、次期国王の母とななりかねない。この村にはもったいなくらいの美貌を持っている少女だ。しかし、同時にカイルはマイミがバルヘルムに生まれていないことに安堵している。理由は簡単であだ。マイミが知っている同年代の少年は二人しかない、さらにもう一人は既に婚約者がいるためにこのまま上手くいけば誰にも取られることがないのだから。しかし、カイルもいつかは自分からマイミに別れを告げなけれなければいけない。

「ごめん、ごめん、マイミ。ついボーッとしちまって。」

 そんな負の感情を抱きつつ、彼女の前でカイルは弁明する。

「はいはい、いつもの言い訳はもう聞き飽きたから。早く、採って帰ろう。」

「ああ。」

 マイミは膨れっ面のままカイルがもう遅れないようにするためかカイルの手首を掴んだ。思わずドキリとしたカイルだったがそんなことは気にしないマイミはどんどん奥へ進んでいく。辺りを見ると、入った場所の光はもうだいぶ遠くなっており、周りはすでに薄暗くなっていた。

「マイミ、俺にむかつくのはいいけど、行き過ぎだ。戻るぞ。」

「えっ?」

 マイミはカイルが声をかけて、ようやくその場で動きを止めた。幸い、まだ入ってきた場所の光は何とか見えている。

「戻って、ひとまず薬草があるかどうかを調べるぞ。無ければまた少し奥にいけばいい。」

「うん…。そうだね。私、お母さんのこと考えちゃって少し混乱しちゃってた。ごめん…。」

 木漏れ日一つないために目を凝らしてよく見ると、マイミの額には冷や汗が浮かんでいる。

 マイミの母親は毎月半分ほどは少し大きめの村に行っては娼婦として体を売り、金を稼いでいるが、飲んだくれの母親は生活費の殆どを自身の酒に使い、客の男との間に出来た子供のことなんて愛情の欠片さえも持っていない。それを示すかのように毎日のように意味もなく子供達に暴力を振るっている。

 それでも、マイミにとっては大切な母親であることに変わりはないらしい。もし、自分がマイミを引き取ることができる身分であったらと、そして、そうだったらマイミに会えなかったと何度思ったことか。

 今度は混乱するマイミを引っ張るかのようにカイルは彼女の手を握り、最初の場所へ歩き出す。

「マイミのことはきっと誰かが幸せにしてくれるから。だから…今だけは…。」

「今だけは、何?」

「えっ?」

「何かぶつぶつ言っていたから…。もちろん、聞こえたのはそこだけだからね。」

 マイミは振り向いたカイルに怯えるように後ずさりしながら目を逸らしつつ言った。

 きっと、カイルは今とんでもなく歪つな顔をしていたのだろう。どうして、一番似たくない目つきだけは父親に似てしまったのだろう。

 マイミにも聞こえないように呟いたはずだったが、彼女はどうやら耳が良いらしい。

 カイルは罪悪感を感じ、入口までマイミを振り返ることも話しかけることもせずに戻った。

「さっ、採ろう。」

「う、うん。」

 カイルは目を合わせることが出来ずにどことなくマイミとの間に流れるギクシャクとした雰囲気にわざと気付かないふりをして薬草を探し出す。

 そのためか本来のカイルなら気づけたこと、二人の近くの木の影から短弓を持った人影がこちらを除いていることに気づかなかった。

「ねぇ、ジャベリスカ病に効く薬草ってどんなものがあるの?」

「マイミ…それも知らずに森に来たのかよ…。」

 薬草探してざっと五分、重い雰囲気に堪えかねかのか、マイミが下を向きつつ、話しかけてきた。カイルも助かったと思いつつもため息をつきながら呆れたように答えた。

「そもそもどうしてこの森に薬草があるなんて知ったんだよ?」

「教えてもらったの。旅人さんから。」

 やはり多少改善されたものの、空気は重い。

「へぇー、珍しい。」

「お母さんのお客さんで…。うちの村を通るからって泊めてあげたの。」

 イルトモ村及び、辺境の小さな村には旅人おろか、人っ子一人村以外の者が現れることなどない。もし、来るとしたら罪人かそれに次ぐ行為をした者だけだ。没落された貴族や流罪にされた貴族でさえこんな所には来ない。

「ん?俺、そんな話聞いてないぞ!それに、マイミ、村長にそんなこと言ってないよな?」

 カイルは思わず顔をあげて、マイミの横顔を覗き込む。

 イルトモ村の掟で、村民以外の客には村をあげて出迎え、最大のおもてなしをするということになっている。めったに来ない外の人間に心地好く過ごしてもらうためだ。村長曰く、一期一会というものらしい。もしこの掟を破った者は「のけ者」という扱いになり、村から社会的に抹殺されてしまう。

「アハハ…。お母さんの病気知られちゃうと思っちゃったんだよね。」

「ああ、そういうこと…。」

 カイルも察して口ごもる。せっかく改善した空気は元通りになってしまった。

 客はマイミの母と寝ているのだ。当然、発疹は見ているはずだ。うっかり口を滑らす可能性も少なくない。

「それで、ジャベリスカ病に効く薬草は?」

「ここにないな。もう少し奥に行かなくちゃな。」

「もう!答になってないよ。」

「あっ、ごめん。ジャベリスカ病に効くのはハルガ草って言って、赤黒いの葉に紫の茎のちょっと不気味な薬草だ。葉の部分は被れるから絶対に触るなよ。掬うように茎部分をもって引っこ抜け。」

「やっぱり知っているよねぇー。さすが都会育ち、持っている知識は全然違うよねぇ。」

 マイミは一つ息を吐いた。そのマイミの言葉に明らかにカイルへの嫉妬と羨望が混じっていることにカイルはわざと気付かないふりをした。マイミはカイルのことだけを見て、バルヘルムに興味があるようだが、良いものではないのはカイルがよく知っている。

「まあ、な…。さっ、行こうぜ。」

「うん!」

 誤魔化すように話題を変えると、カイルはマイミの手を取ると、入口からはさほど離れていない場所に腰を下ろす。

 すると隣を見ると、暗闇を血で照らすようにハルガ草が大量に生えていた。発光性もあるハルガ草はとてもじゃないが人間を時に癒す植物と同類に見えない。どこかグロテスクで近づきがたい。

「マイミ、あった。あれ。」

 カイルはマイミをつつくと、そちらへ指をさす。

「本当!…………うっ…。」

 マイミは最初こそ満面の笑みを浮かべてカイルの方を見たが、ハルガ草の毒々しい光景に一歩引いてしまった。

「あれだけあれば軽症のジャベリスカ病に効きそうだな。ただ…俺がハサミで切るからここで待っていてくれないか?ハサミもっているなら一緒にやれるけど…。」

「生憎…、ごめん。」

「まぁ、仕方ないか…。絶対に奥には行くなよ。」

 マイミは何度も頷いた。カイルはいつの間にかなくなっていた重い雰囲気にフッと笑うと、そちらへ行く。

 無数に生えているハルガ草の葉は手前から採っていってもいつか触れてしまうだろう。

「不気味なくらい生えているな…。」

 カイルは腰に挿していたハサミをケースから取り出し、ポケットから布手袋を出し、つけると、慎重にハルガ草を切っていく。

 気付けば籠いっぱいなっており、ハルガ草は未だ大量に生えており、量を増やすためにわざと残す必要も無かった。籠を背負い、マイミの方へ振り向こうとしたその時だった。

「きゃあああああああああああああ!」

 鼓膜を破るほどのマイミの悲鳴があがった。体全身に悪寒がはしる。

 急いでそちらへ行くと、薄暗い森の中に擬態するようにグレーのローブを着て、フードを目深にかぶり、顔をわからなくしている数人の人間がマイミを取り囲んでいる。

 さすがにカイルに気づいたのかフード集団はマイミから注意を逸らす。

 しかし、マイミは怯えてその場から動けていない。さらによく見ると、マイミの手の甲からは血が垂れている。

 カイルの何かが切れた気がした。昔の自分に戻るとしても今はどうでもよくなった。大事な人が傷つけられていること、それを守れなかった自分に腹が立った。

「はぁ…。」

 カイルは一息入れると、まずは挨拶程度に目の前のフード男の溝落ちに一発蹴りこんだ。脅すだけのために力を入れていないはずだが、相手は吹っ飛ばされてしまった。

「チッ、まずい…。」

 相手から一切感じられなかった殺気がいきなりカイルに向けられる。しかし、まずいのはそうでない。マイミがこれで相手に人質にされ、身動きを封じられることだ。

 カイルは瞬時にマイミの背後に回ると、

「ごめん。」

「あうっ!」

 マイミの首を手刀で気絶させると、彼女を肩に担ぐ。そのまま相手を気にせずに走り、跳躍すると、木の枝を掴み、そのまま宙返りしてその枝に着地する。意外と枝は太く足場もしっかりしている。

 木の中央を背もたれにしてマイミを座らせると、カイルはハサミを取り出すと、木から下りた。

 既に目の前にはフード集団がいる。カイルはさらに目を鋭くし、相手を睨む。しかし、フード集団は殺気を放っているものの、フードの下はわずかに微笑んでいるようにも思える。

 不思議に思う暇もなく、森の奥から矢が飛んできた。矢の速度は早く、気づいた時にはカイルの眼前まで迫っていた。

 しかし、そんなものカイルにとっては赤子の手をひねるようなもの、瞬間、カイルはその矢をハサミたたき落とした。

 さすがにこれは予想外だったのかフード集団もうめき声をあげると、後ずさりした。

「じゃあ、こっちの番だな。」

 カイルはニヤリと笑うと、身を低くして相手の膝めがけてハサミを突き刺した。もちろん、フードのせいでどこに膝があるのかはわからなかったが。

「ぐぎゃあ!」

 すぐにハサミを引き抜くと同時にこんな状況にも関わらず、棒立ちだった隣の者の足を蹴り、転ばせる。今度は怯んでその場を動けない別の者の膝にハサミを突き刺し、その後、転んだ者のふくらはぎを突き刺した。この者だけは指した場所が場所だったせいか声にならない悲鳴をあげた。もう一人いたが、どうやら逃げてしまったらしい。深追いすると、今のマイミから目を逸らすのは危険だ。フード集団も傷を負わせたが、命にかかわるほどでもなく、立って歩くことくらいはできる。

 カイルがマイミに一瞬気を取られているうちに片足しか刺していないため、刺されたフード集団三人はふくらはぎを刺された者に肩を貸して、足を引きずりながらも撤退していく。その後ろ姿が見えなくなるまでカイルは三人を見送ると、籠の側に戻った。

 弓使いが木の後ろに隠れている可能性はあるが、もう逃げているはずだろう。カイルは返り血がこびりついた手袋をはめたまま地面に散らばったハルガ草を籠に入れていく。カイルはハァと一つため息をつけるほどにハルガ草の葉が赤グロくて助かったと皮肉にも感じてしまう。

「化け物…。」

「マイミ?どうした?………………………!」

 声に反応して木の枝の方を見ると、マイミがガタガタと体を震わせていた。カイルはすぐに察して血の気が引いた。

 おそらく見られていたのであろう。フード集団との戦闘を。人を刺すことへの抵抗感の無さや、相手の痛みを考えないカイルの行動を見たらそんな反応は平和な村に住む普通の少女からしてみれば当たり前だ。それをふまえてカイルが返り血がこびりついたままの手袋でハルガ草を掴んでいると思えば気色が悪く思えて当然だ。

 思わず自分が起こしてしまった失態にカイルは目が虚ろとなった。同時に絶望感が襲ってきて、何も考えられなくなる。

「化け物…。に、逃げなきゃ…。化け物、から…。」

 マイミはカイルに怯え、震えた体で木から下りようとする。しかし、あまりの恐怖から上手く体をコントロールできないのか、木の幹でさえ掴めていない。

「あっ…。」

 すると、マイミは体のバランスを崩し、そのまま落下した。

「マイ…マイミ!」

 すぐにカイルは正気を取り戻し、マイミの落下地点へ体を滑りこました。すぐにドスンという音とともにカイルの背中と腹に衝撃が来る。痛すぎて、一瞬、意識が飛びそうだったが、何とか持ちこたえたが、マイミはカイルを見るや否やお礼を言うどころか、嫌悪感を示す、キャアという軽い悲鳴をあげた後、飛び上がった。その際、腕を踏み付けられ、激痛が走る。。

「化け物…。」

「はぁ…。」

 これでは帰れない。もう一度気絶させるしかないのか。しかし、そこから起きてもまたカイルを化け物呼びし、村中に迷惑をかけるだろう。

 マイミに見れられたことは確かに個人的にはとてつもなくショックではあったものの、村のことを考えると落ち込んでいる余裕もない。また、もしかしたらフード集団が闇商人だった場合、ここにたむろっている可能性が高く、仲間がまだいるかも知れず、いつこちらにくるかわからない。早めに森を脱出し、マイミを正気に戻さなくては。

「マイミ、帰ろう?」

「化け物と一緒に帰られるわけ…。それに、い、言うことを聞くほど…。」

「わかった。先に森を出てくれ。」

「だ、だから、い、言うことを…。」

 その時だった。

「グハァ!」

 腕に激痛が走り、思わずカイルはその場に膝をついた。

 よく見ると、腕には矢が突き刺さっており、カイルは激痛を抑えつつも、軽い悲鳴とともに矢を引き抜いた。幸い、毒矢ではないらしく、助かったが、今のマイミと二人きりとなると、とてもじゃないが戦えない。

 いくらなんでも仲間を連れて来るとしたら早すぎる。弓使いがまだ残っているとは思わなかった。

 ひとまず服の裂いて切れ端を破くと、止血のために腕に巻いた。一人でやったためか結び目は緩く、戦闘となると簡単に取れてしまうだろう。

 ダラリと、冷や汗がカイルの背中をつたたった。自分は死んでも逆に喜ぶ人間は大勢いるが、マイミが死んだらマイミの母親のことがばれてしまう可能性もある。それだけは避けたい、マイミのためにも、カイルためにも。せめて森からマイミだけでも脱出させなければ。

「マイミ、頼む。俺の言うことを聞くというのが無理なら、実力行使に出るしかないんだ!それに俺はお前は殺さない!」

「そんなの嘘よ!だってあなたはあの人たちを笑いながら刺していたじゃない!」

 その瞬間、カイルは背筋が凍った。いくら過去の自分が戻っていたとはいえ、そこまで荒んでいたままだったというのか。

「でも、ここにいても殺されることくらいわかるだろう!」

「うっ…!」

「まだマイミは無傷だ!全速力で走ってこの森を抜けろ!」

 カイルは本意ではないが強くマイミを睨むと彼女は恐怖からか何度も頷いた後、ふらふらと立ち上がり、走り去っていく。当然、矢は待ってましたというばかりに飛んで来る。やはり、狙いは上玉のマイミか。相手は無能の闇商人で間違いない。

 カイルは瞬時に移動して、矢を振り落とした。

「ヒィ!」

 マイミの足がすくみ、その場に立ち尽くしてしまう。

「行け!逃げろ!矢は俺が…!」

 痛みから思わず、カイルはその場にしゃがみ込んだ。ふと腕を見ると、止血どころか傷口が広がっている。無理しすぎた結果だ。しかし、そんなことを気にする時間はくれない。矢がまた飛んできた。

 カイルは膝をつきながらも何とか振り落とすと、先程よりも目つきを鋭くして、顎で森の出口をさし、マイミを促す。マイミはまた立ち上がると、走っていく。

 カイルも何とか立ち上がり矢が飛んで来ないか見ていく。

 しかし、矢がなくなったのか相手の影はその場から動かない。そして、そのまま消えてしまった。フゥと一息つくと、マイミは既に森を出ている。カイルも最後の力を振り絞って森から何とか出たのであった。

 残念ながら籠に入っていたハルガ草はほとんど残っていなかった。ゼロでなかったことに感謝するしかない。

 外はもう何時間経ったのかわからないが、日は傾いており、原っぱに広がるオレンジ色が綺麗だ。カイルは血が染み込んだ布切れを取ると、取り替え、結び直す。

「カイル…?」

 マイミがそこには立っており、村には帰っていなかったようだ。

「おいおい、化け物じゃなかったのかよ…。」

 カイルは少しマイミの行動に理解もしていたがいらついていたためか尖った言い方をしてしまった。

「何言ってるの…?化け物はどこか消えたの…。カイルと一緒に逃げたでしょ?」

「はぁ?」

 何を言っているのか。

 マイミは震える口角を無理にあげて不気味に思えるくらい乾いた笑みを浮かべる。

 マイミは頭が混乱しているのであろうが、フード集団を返り討ちにしたカイルは化け物として別物と無理に思い込もうとしている。所謂ショッキングな出来事をできるだけ緩和させよう記憶をすり替えることだ。あまり良くないことだが、今無理矢理現実を教えるとマイミは、ますます混乱してもう一度森に返りかねない。ここはマイミに合わせるしかないようだ。

「マイミ、戻ろうか。俺も枝が刺さって痛いし、ほら、ハルガ草ももって返らないとな。」

 カイルは無理矢理状況を変え、マイミに作り笑いを浮かべた。

「もう!枝が刺さったってまたぼーっとしてたんでしょ?」

 マイミはその嘘が本当だと思い込むためなのかおちゃらけたようにカイルに答えた。マイミは上手く信じてくれたことはどことなく複雑な気持ちになる。いずれ、残酷な事実は伝えるべきだろうが、しばらくはこうしておこう。

「カイル…?ほら行こう!早く治療しなくちゃ!」

 マイミが手を握ってくれるが、行きほど嬉しくない。むしろ虚無感さえ覚えてしまう。マイミに過去の自分がしられてしまったことなのか、それともマイミに嘘をついた罪悪感なのからかわからないが、今は何も考えたくない。いずれにせよもう自分はマイミの手を握ることさえ許されない、と静かに思ったのだった。何故今まで自分は時間がある限りマイミの隣にいようと思ったのか、それすらも悪いことだとどうして気付かなかったのだろうか。

「あれ…?何が近づいて来る…。」

 マイミがふと動きを止めた。カイルも遠くの方に目を凝らすマイミと同様にすると、カイル、いやシェイルは絶句した。

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