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(作品名を入力してください)  作者: 雪だるまロケット
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4・「ここはどこ」

瞼の隙間から光が雪崩れ込んでくる。

照明のそれとは強さの度合いが異なる光。

僕は太陽の光を真正面から浴びていた。


「…ん」


首筋をくすぐるチクチクとした感触。

目線を向ければそこには青々とした草が茂っている。

シロツメクサだろうか、ふさふさとした花弁が風に揺らいでいる。

なるほど、どうやらまだ夢の中らしい。

僕は重い体を両腕を使ってどうにか持ち上げる。

あたりを見まわすとそこは広大な草原、まばらに葉の大きい木が生える牧歌的な光景が広がっていた。

手に触れる草の感触、青臭い緑の香りは現実のそれと変わらない。


「…夢、だよな…こんな」


そして僕は見まわす視線の先に見慣れたものを見つけた。

それは見慣れた引越し業者のダンボールと、その側に倒れる妻の姿だった。


「き、キリコ!?」


僕は慌てて立ち上がって妻の元へと駆け寄り、顔色や呼吸の有無を確かめる。

すやすやと寝息を立てる妻を見て、思わず安心と呆れの混じった息を吐き出すと、妻を揺さぶる。


「キリコ、おいキリコ」


「…ん…あなた?」


普段通りの寝起き顔、しょぼくれた瞳で僕を捉えると妻はあたりを見回した。


「…なに…どこ、ここ…?」


「…わからない」


妻は寝ぼけた表情で「ふぅん …」と答えたが、我に返ったように目を見開いた。


「…子供達は!?」


「…!?

そうだ!あの子たちは…!?」


僕は立ち上がり、周囲を見まわす。

しかし、あたりには引越し業者の段ボールが散らばるのみ。


「シノーッ!ソウタァーッ!」


叫んでみるものの、あたりは起伏のない草。

見渡す限りで小さな2人の姿を見つけることはできない。

焦燥と恐怖感が胸を締め付ける。


「2人とも…どこに」


「あなた、あれ!」


妻が僕の袖を引っ張って指を指す。

指の先には段ボール、そう遠くない距離。


「どうした!?」


「いま、あの段ボール動いたの!」


「っ!?」


僕達はあわててダンボールの元へと向かった。

そこには横倒しとなった段ボールがあり、近く間もごそごそとうごめいている。

段ボールの元へたどり着いた僕の目には、可愛らしい二つの尻が横に揺れていた。


「ん〜、ない〜」


「…あ、ポン太」


「ポン太!?」


「はい、しーちゃん」


「わ〜ポン太ぁ!ソウちゃんありがとぉ!」


そこにはまぎれもない、僕たちの子供達がいた。


「…っ!

シノ…ソウタ!」


「あ、パパ!」


「ぱぱだ」


「…ッ!シノ、ソウタッ!」


妻が2人を勢いよく抱きかかえる。


「よかった、2人ともいたぁ…」


「ままぁ、くるしいよう」


「まま、ないてる」


「…ほんとによかったよぉ…」


僕は妻に抱きかかえられる2人の頭を撫でる。

間違いなく、我が子の頭、我が子の髪だ。


「2人とも、何してたの…?」


妻が2人に問いかける。


「えーとねぇ、ポン太探してたの!」


「ポン太…?」


「ほら、ポン太いた!」


シノの腕の中にはデフォルメのきつい狸のぬいぐるみが抱えられていた。


「しーちゃんといっしょにおきたの」


ソウタが妻の腕から抜け出してあたりを見まわす。


「ここどこ?」


「…うーん、それがね…パパにもわからないんだよ」


「ふーん、ねえパパ、すごいねえ…!」


草原を前にソウタは目を輝かせている。

無理もない、都会で暮らしていたソウタには想像もできないような光景だろう。


「あなた…いったいなにが起こったのかしら」


「…本が光り出して、目をつぶったところまでは覚えてるんだけど」


あの時、本に文字が浮かび上がったことも、もちろん覚えている。


「あの時、本が…本が光ってる以外で何か変わったものを見た?」


「…ううん、わたし眩しくて目を開けてられなかったから」


「あたしも、お目目開けられなかったよ!


「そーちゃんも」


「そうか…そうだよね」


どうやら僕だけが、あの文字を見ることができたらしい。


「ここ、夢の中…ってわけじゃなさそう、よね」


妻が草原を見て呟く。


「…」


「ここ、どこなのかしらね」


「…とりあえず、だれかに連絡ができそうなものを…スマホ持ってる?」


「そうね…あ、あれ?

…スマホがない!

ポケットに入れておいたはずなのに…」


「…僕は机の上に置いておいたんだけど」


ないと知りつつもポケットの中に手を突っ込んでみる。

すると、後ろポケットに何か硬いものの感触があった。


「ん?」


取り出してみると、それは四角い石でできた小さな板だった。

サイズ的にはスマホとそんなに変わらない、青い透き通った石でできた石版。


「なんだ、これ」


「…うん!

とりあえず、私は周りに散らばってる荷物を集めてくるわ!」


急に鼻息荒く立ち上がった妻。

僕は驚いて石版を落としそうになる。


「え、わ、わかった…。

…ど、どしたの急に」


「ん?

ふふ、こういう時は慌てずできることからやるの!

ほら、あなたもあっちの段ボールを持ってきて!

そうね…あの木の下に集めましょ!

ほら、シノとソウタも手伝って!」


「「はーい!」」


「わ、わかった!」


「カトウ一家、行動開始よ!

ハリー!ハリーアップ!」


「「おー!」」「お、おー!」


妻と子供達がものすごい勢いで段ボールに向かってかけていくのを眺めながら、僕も手近な段ボールへと向かう。

石版はひとまず後ろポケットに入れておくことにした。


「本当、どうなってるんだ…」


そうは口で言いながらも、妻のあの元気な様子に当てられたのか、僕は内心は興奮していた。

なんだか異世界転生モノの主人公になったみたいじゃないか。



妻と子ども達、僕が段ボールを集め始めて30分ほどたち、それぞれが段ボールを木下に集め終えた。

本来の数より、ずいぶん数が少ない。

自分の会社関係の荷物や、雑貨、家具などの類はこのあたりにはなかった。

どこかにあるのか、なくなってしまったのか。


「じゃあ、各自どんなものがあったか報告し合おう、2人はなにを見つけてきてくれたのかな」


「「はーい」」


シノとソウタは2人で元気に段ボールをこちらに押してくる。


「…シノとソウタのおもちゃ箱、だね」


「あたしのたからものですので!」


「ぼくのきょうりゅうくんだよ」


僕は苦笑いを浮かべつつ2人の頭を撫でる…まあ、2人はこれでいいだろう。


「キリコは…」


「私は台所用品と洋服、それと毛布ね。

引越し間近でここ数日外食続きだったからしまっておいたのよね、台所用品」


さすがキリコである。


「僕が見つけたのは懐中電灯とか、インスタント食品とか…まあ、災害対策で準備してたものだね。

他は…あまり役に立ちそうにないかな、僕のビジネス書とかだし…」


「そうねえ、普段使い用の道具はまだ家の中に置いてあったし」


「まあ、普段使わないものとかいらないものを詰めたからねえ」


「ポン太はいらなくないよ!」


「ご、ごめんて…」


「さあて、どうしたものかしらね」


「そうだな…」


見渡す限りの緑の平原、ここがどこかもわからない。

そもそも、ここは日本なのか、そうではないのか…それすらもしれない。

周りに民家なんてものはないし、それに…。


「場所が悪いのかもしれないけど、送電線も見当たらないね」


「ほんと、よっぽど田舎なのかしらね」


「ぱぱー見てみてー!」


「ん、どうした?」


シノが手に何かを握ってこちらに向かってくる。


「きれーな石だよ!」


その手には陽の光を反射し、シノの掌を鮮やかな虹色に照らす、青い宝石のようなものが握られていた。


「…おわぁ、すごいな」


「これあたしのたからものにする!」


「あらほんと、綺麗な石ねぇ。

水晶か何かかしら」


『それ、魔石の結晶』


「へー、そうなんだ…魔石の…」


シノの手を覗き込む僕の背後から、声が投げかけられる。

透き通った、若い、少年のような声。

僕の背後を見る妻の表情が凍っている。

僕はゆっくりと背後に向かって首を向ける。


『人の子、珍しい』


そこには苔むした岩が立っていた。

正確には苔むした岩で象られた人…のような形をしたなにか、だ。

頭はなくずんぐりとした丸い体に赤い宝石のような目がはめ込まれ、キラリと輝いている。

手足は不揃いな長さの岩を、どういう原理なのか水のようにうごめく土でつないで関節のように動かしているようだ。

先ほどまではそこに確実にいなかったもの。

僕はとっさに家族を腕を広げて庇い、下がらせる


『怖がるな、おで、やさしい』


それは腕を大きく腕を広げる。

敵意はないというのを表しているのだろうが、僕の頭は完全にパニック状態で、言葉を発しようにも声が出てこない。


「…おっきいねえ」


シノが小さく僕に耳打ちする。


『大きい、こわい』


シノの声が聞こえたのか、それは体についた石や土を振り落とすように身震いをした。

すると瞬く間に、それはシノやソウタと同じくらいの大きさに変わる。


『これで、怖い、ない』


「き、きみは…な、なんだ?」


小さくなってようやく余裕ができたのか、音の出るようになった喉を震わせ、声を絞り出して問いかけた。


『おで、スルーシャ、苔岩の息子』


「す、スル…?こけ…?」


妻が声を震わせながら声を発した。

スルーシャは地面を指差す。


『苔岩』


「…?」


いまいち言ってることがよくわからないが、どうやら敵意は、本当にないのかもしれない。


『人の子、なにしてる?』


「あのねー、あたしたちねー」


「シノっ!?」


妻が慌ててシノの口をふさごうとする。

シノは妻の手を小さな手で指差すと、(どかして?)とジェスチャーで伝える。

妻はゆっくりとシノの口を塞ぐ手をどかす。


「…まま、へいきだよ」


シノは妻にそっと耳打ちをする。


「だって、ご本で読んだやさしいお岩にそっくりだよ」


「シノ…」


「かっこいい…」


ソウタもいつのまにか僕の背中からスルーシャをのぞいていた。

妻は困ったように僕を見る。


「…スルーシャ、さん」


『なに』


「僕たちは、その…家で気を失って、気づいたらこの場所にいて…その、ここがどこなのか、教えてくれないか?」


『人の子、どこから来た』


「に、日本の東京…」


『…おで、しらない』


「…そ、そうか…」


『人の子』


「な、なんでしょう?」


『もうすぐ、雨、降る』


「雨…?」


僕は空を見上げる。

たしかに、遠くの空に真っ黒な雲が風に流されてこちらに向かっているのが見えた。


『こっち、くる』


「え…あ、ちょっ!?」


僕が何かいう前に、スルーシャは小柄になった体をぴょんぴょんと飛び跳ねさせて行ってしまう。

背後を振り向くと、妻が不安そうな顔をしてこちらを見ていた。


「あなた、あれ…なにかしら」


「…わからないけど、たぶん…ゴーレム、じゃないかな」


「ゴーレム…って、あの…ファンタジーででてくる?」


妻は信じられないといった表情で跳ねていくスルーシャを見つめる。


「ロボットさん、かも…!」


ソウタが背中で僕の服を握り締めながら興奮した様子で僕を見る。


「…ぱぱ、すごいね!」


「あ、ああ…本当に、すごいな…!」


正直に言えば、胸を突き破って心臓が出てきてしまいそうなほど怖かった。

でも、それも実際に信じられない光景を目の当たりにして、会話までかわしてしまった。

今はその興奮が恐怖をどこかにやってしまっていた。


「本当に、すごいもの見ちまった…!」


「ね、ねえ…」


「ん?」


「…どうするの?

ついてこいって、いってたわよね?」


「…」


正直、ついていきたいのは山々だ。

さっきまで目の間に起こっていた出来事をもっと、もっと体験したいという気持ちはある。

伊達にファンタジーばかりを食い漁ってきたわけではない。

しかし、今は家族が一緒にいる。

得体の知れないゴーレムの誘いにほいほいついていってしまっていいものか。


「いこうよ!」


シノが大きな声を上げる。


「きっといいひとだよ、あのひと!

あたしにはわかるもん!」


「シノ…」


「ぱぱ…」


ソウタもおもちゃをねだる時のような潤んだ瞳を向けてくる。


「…うん、そうだね…ついて、いってみるか」


「あなた…」


「なにかあったら、みんなで死に物狂いで逃げような、全力ダッシュで


「だっしゅだっしゅ!」


「だっしゅ…!」


「…でも」


「だいじょうぶだよ」


「…」


「今はひとまず、話が通じる人に会えたってのは大きいよ。

まあ、人ではないけどさ…それに雨が降ってくるって言ってたし。

すこしでも、今のこの状況を知らないと」


「…うん、そうよね。

…そうよ、うん…そう!女は、度胸っ!」


妻は自分の両頬を両手で叩くと立ち上がる。


「いたい!夢じゃない!

なら、私はあなたに、コウジさんについていく!

それはどこに行こうが変わらないって、そう私は言ったしね!」


「キリコ…」


「…でも、いざって時は…まもってよね、コウジさん。

なにかあったら、みんなですぐに逃げるからね!」


「そ、そりゃあもちろん!」


『早く、くる』


「どわあっ!?」


いつの間に戻ってきたのか、スルーシャは僕の背後に立ち、見上げていた。


『おでの、いえ、すぐそこ』


「は、はい」


「あ、スルーシャちゃ…じゃなくてスルーシャさん!

私たち、荷物が散らばっちゃってて、置いていくのはちょっと…」


『そうか、なら、おで、もっていく』


スルーシャはそういうと再び身震いし始める。

すると、磁力で砂鉄が吸い寄せられるように、スルーシャの周りに岩が寄り集まり、ひとまわりもふた回りも大きくなる。


『どこ』


「あ、あそこ…」


スルーシャは妻の指差した木の下の段ボールを器用にひとつひとつ積み上げると、軽々ともちあげてしまった。


『はやく、いく、雨、ふる、人の子、さむい、だめ』


「あ、ありがとう」


『いい』


スルーシャはそういうと今度はゆっくりと歩き出した。

僕たち家族はその後ろを数歩離れた位置からついていく。

遠い空の向こうでは、黒い雲の中に青紫色の稲妻が光るのが見えた。









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