1・「ネットゲームと僕」
小さい頃、僕の中に物語に満ち溢れていた。
みんなも一度は経験があるのではないだろうか。
それは自分が恐れ知らずの勇者になる物語、亡国のお姫様となって白馬の王子様に救われる物語、あるいは誰かの物語の中で「俺TUEE!」を演じるものだったり、世界を滅ぼさんとする魔王に与してより良い世界を目指したり、そんな物語を文字に起こしたりはしなくとも、そんな想像を頭の中で繰り広げたことはないだろうか。
脳内を駆け巡る様々な閃きとトキメキを感じたことはないだろうか。
それは自分を主人公にしたものでも、自らの持ち得ないものを全て備えた理想像が主役でも構わない。
なんだったら日頃の鬱憤を晴らすために意図的に登場人物を酷い目に遭わせたり、それを救うことで満足感を得る、そんなものでも良いのだ。
発想の源はそれぞれだ、僕たち皆それぞれに人生、物語があるように、僕たちから産まれる物語にもまるで枝分かれの様に物語が広がっていく。
僕たちの想像する世界も枝分かれの世界の一つなのだ。
世界は物語に満ちている。
だけど…想像するもの…創造主に忘れ去られた世界は、枝の広がりが終わってしまった世界は一体どうなってしまうのだろうか。
僕たちは自らの創り出した世界に、責任を持つべきなのだろうか。
これは、名すら持たずに泡の様に消えていく物語の責任を、僕なりに取ろうとし、それに付き合ってくれた家族の物語である。
「なるほどな、まさかここで魔将軍ゾグラスが主人公の双子の弟だったってことを開示するなんて…いささか強引だけど…いや、これが製作陣の今後の展開に対する意気込みととれば…うーん、それでもこれじゃ幼な馴染みポジションのクレアの立場がないぞ…今までの更新ペースを考えればこの伏線回収の仕方じゃ3章のエンディングまであと3年はかかるぞこれ運営大丈夫なのか…」
クリックを押し、メッセージウィンドウ内に表示される主人公の首を絞めるゾグラスの台詞を見つめる。
「…あー…なるほどな、ここで2章の伏線を全回収するつもりなのか。でもなー、それじゃ3章で解決するはずだった木漏れ日谷の焼き討ちの犯人もうやむやに…っていうか本当に3年かかっちまう、トップランカーたちはレイドボスが増えりゃ良いんだろうけどさ、いい加減クレアが不憫だぞー…いや、制作のミチタリさんもそんな強硬策じゃ俺たちが納得しないってわかってるだろうし…」
画面内では幼馴染のクレアが首を絞められる主人公を前に泣き叫んでいる。
「あ。やばい、やな予感がする。勘弁してくれよ、それだけはダメだぞクレア。ミチタリさんそれは勘弁してくれ…!あ、あー…アーッ!」
主人公を貫かんとするゾグラスの剣、それはいかなる復活薬も通じず、女神の加護すらも貫いてしまう。
それを突き刺されるということは完全なる死、ストーリーからの完全なる離脱を意味する。
しかし、都合上これに主人公が貫かれるのは考えにくい。
しかしこの展開である仲間が都合よく現れるとはかんがえにくい。
頼れる仲間、ヴォルフラム一行は今頃ゾグラスの腹心に足止めを食らっているからだ。
「あー…やっぱりか…」
次の瞬間イベントスチルが切り替わり、幼馴染ポシジョンのクレアはゾグラスの刃に胸を貫かれていた。
「ここでそうくるかアーッ!?あーあ!
もう今までの展開が、ぎりぎりで保ってた均衡が台無しだよ!」
僕はモニターの前で頭を抱えた。
そして画面右下には小さく「To Be Continued」の文字。
「どうすんだよー!これじゃ前章で滅んだ星晶の民の伏線回収がおじゃん…!いやそれ以前にイベント生放送で言ってた展開にたどり着けないじゃないかミチタリィーッ!」
画面はゲームのメインメニューに戻り、ウィンドウにはストーリー読破報酬の魔鉱石がプレゼントされている。
「生放送の宣言は嘘だったのか…?これじゃどうあっても主人公聖戦士化の目処が少なくとも4年後だ!
今の更新ペースじゃ4年…!4年後に存在するのかあんたの会社!…うう…!」
僕は苛立ちを紛らわすためにガチャページへと飛び、魔鉱石を使って一回召喚をする。
「…まあ、たしかに斬新な展開だよ、度肝を抜かれたよ、次回が気になって仕方ないよ。
これがあんたの狙いなら大成功だよミチタリさん」
画面ではSSR確定演出の女神が現れ、魔鉱石が虹色に輝いている。
「…あ、レア確。スクショしとくか」
『ゾグラスだ、お前の覇者への道、ともに歩もう』
「…今はお前の加入を素直に喜べないよゾグラス」
ガチャのSSR排出ログに僕のアカウント名と排出キャラが表示される。
ポンと軽い音とともにチャットが飛んでくる。
『ゾグラスおめです!カテューさん!』
『あー…どうもネコンさん、来ちゃいましたねゾグラス』
『人権キャラっすよ裏山です!』
『いやー、それより見ました?今回のストーリー更新』
「ネコンさんのことだから、聞かなくてもわかるけど」
キャラの編成画面へと移動し、くるくると回転するゾグラスの顔を高速クリックする。
『いやー、今新しいレイドの周回で忙しくて、スキップ安定ですね』
「やっぱり」
『クレア、タヒんじゃいました』
『ええ!クレアたそやられちゃったんですか!』
『ある意味超展開でしたよ、ミチタリさんの手の上で踊らされました』
『いやー、かなしいなあ!
僕あのキャラ好きだったんですけど』
「うそだー…いっつもストーリー拾ってないのに」
『ちっぱい可愛いし!
あ、これからうちのギルドと周回しません?』
「ストーリー見たらもっと愛着も湧くのになあ」
僕はネコンさんに涙目の絵文字を送り、ゲーム内アバターに「バイバイ」のジェスチャーをさせる。
『いえ、今日はこれからアビコンのストーリーも回収するので、失礼します』
『あー、さすが「生き字引」、今何作掛け持ちしてるんです?』
『5作ですね、ではこれで』
僕はログアウトをタップしてデビルズエタニティの画面を閉じた。
背もたれに大きくもたれかかってため息をつく。
「はあ…、次の更新までまた1ヶ月かあ、ながいなあ」
そう言って僕は今度はパソコンからスマホゲームへと移り、アビコンのアイコンをタップする。
(さて、この世界はどこまですすんでいたっけか)
そんな時、後ろの扉が開かれ、奥から1人の女性が顔を見せる。
「あらあなた、まだゲームやってたの?」
「ん、ああ」
「もう11時よ?
わたし、もう寝たいんだけど」
「ああ、ごめん!
明かり消していいから」
「目、悪くなるわよ」
「…ちょっとだけ、ちょっとだけすすめていい?」
「…もう、それで?
どうだったの、愛しのミチタリさんはお望みの展開を与えてくれた?」
「うーん、まあ驚いたは驚いたんだけど、相変わらず予想だにしない超展開がすきらしい」
「ふーん、あなた好み?」
「好みかどうかは別として、やっぱりプロはすごいよ。
次回が楽しみだ」
「…ふーん」
妻は僕のスマホ画面を肩越しから覗き込む。
もう5年の夫婦の付き合いになるが、たまのこうした動作にはドキッとする。
「…もう創作活動はやめちゃったの?」
「…はは、また随分、昔の事を覚えてるね」
「私、好きだったのよ?
あなたの書いた物語」
「うーん、今は読む専門かな」
「ふーん…気が向いたらまた読ませてねセンセ」
「センセって…その呼び方はやめてよ」
「ふふ、じゃあおやすみ」
妻はそういうと僕のデスクの後ろにあるベットに入って布団に包まった。
「おやすみ」
僕は部屋の明かりを消し、手元でアビコンのメイン画面を表示するスマホの電気を落とした。
(ストーリー回収はまた今度でいいか)
そして自分のベットに腰掛けると、本棚に詰め込まれている小説に目を向ける。
世界中の誰もが知る絵本、映画化したファンタジー超大作、マニア向けのディープな創作集、どれも僕が小さい頃から大事にしてきた物語、世界たちだ。
「創作、か」
そう呟くと、僕は自らの幼少期に思いを馳せる。
自分の思い描く世界にドキドキする毎日、偉大なる先人作家たちに影響を受けつつも自分だけの世界を作り出すことに夢中だった毎日。
そして、僕が物語に対して、創作者の責任を持っていなかった毎日を。




