scene:9 屠龍機動アーマー
バウトルーイスが船の整備用ロボットだと判明。モウやんが略して『バウ』と呼び始めるとそれが定着した。
卵型ポッドは『屠龍ポッド』と呼ばれ、屠龍機動アーマーの使用者に、その部品を装着するための装置らしい。使用する前に、バウに屠龍ポッドと練習用屠龍機動アーマーの部品をチェックしてもらう。
但し、簡単なチェックを行っただけなので、故障を見逃している可能性があるそうだ。
「ソウヤ、心の準備はいいか?」
イチが尋ねた。下着姿のソウヤは頷き、屠龍ポッドの入り口を開けるスイッチを押す。半透明の磨りガラスのような扉がスルスルと開く。ソウヤは下着も脱いで中に入った。専用のアンダーウェアがあるようなのだが、そんなものをソウヤたちが持っているはずもなく全裸である。ソウヤが中に入ると扉が閉まった。
中は巨大な白い卵の内側のようで、白色光で満たされている。壁に開けられている無数の小さな穴から、何かが噴き出てソウヤの身体に張り付く。
教授から聞いた話では、マイクロマシンを吹き付けているらしい。ソウヤの皮膚に吹き付けられたマイクロマシンは全身を覆い層を形成していく。
一番内側は保護・圧力調整皮膜層、その外側は衝撃・宇宙線防護膜層、一番外側は装甲である。背中には空気循環装置と天震力ボトル、制御機構が一つに纏められた統合制御パックが組込まれていた。
次に何かの装置が組込まれたベルトが腰に装着される。子供向けの番組でヒーローが腰に巻いているような奴だ。
最後に頭部を覆うフルフェイスのヘルメットが形成された。全体的な色は灰色と青を混ぜたような色である。あまり特徴のないアーマーだが、ヘルメットだけは猫耳になっている。
元の所有者が猫耳だったのかもしれない。
ソウヤの視界が暗転し、次の瞬間、視界に光が戻った。手足は普通に動くようだ。息苦しくもない。
視界も良好であり、見えているのは船の連絡艇格納庫だ。
ソウヤは移動しようとしたが、宇宙空間で練習用屠龍機動アーマーをどうやって移動させるのか分からない。
「これ、どうやって動かすんや?」
独り言を呟いたつもりだった。それが練習用屠龍機動アーマーの通信システムにつながり、船の通信回線を経由してコクピットに移動した教授たちに伝わる。
通信回線を開いたのはバウだ。
「ソウヤ、聞こえたなら返事をしてくれ」
イチが呼びかける声が聞こえた。
「おう、聞こえるでぇ」
続けて教授の声も聞こえる。
「アーマーの動かし方だけど、まずは動力源を確保しなければならないの」
「動力源? ……空気もちゃんと循環しているみたいやし、動力源はあるんやないの?」
「たぶん、それはバッテリーみたいなものに蓄えられているものを、動力源にしているだけ。すぐに枯渇するから」
「げっ! それじゃあ、どうしたらええんや」
教授はボソル制御能力の使い方について説明する。
ソウヤは教えられた通り、自分の精神に向き合う。ソウヤは仮想ボディの経験から世界が物質だけで構成されているのではなく、物質でない精神が存在すると信じるようになっていた。
もちろん、明確な思考により形成された考えではない。そう感じているだけだ。
教授の声に導かれ己の精神の奥に意識を突進させる。その感覚は仮想ボディで特殊ガス雲の中を泳いでいるかのような感じに近い。
一瞬でも気を抜くと精神の表層に押し戻されそうになる。魂が擦り切れるほどの集中力を発揮し、表層を抜けると深層部に到達。ソウヤの精神力だけで、意識を深層部まで突き進められた訳ではない。屠龍機動アーマーに、アシスト機能が存在したからこそ、初めての試みで到達可能だったのだ。
自分の力だけで到達するには、才能がある者でも年単位の修業が必要らしい。
今まで見えていた外の景色が消え、精神の内部が見え始める。
ソウヤの精神深層部は混沌としていた。そこには幼少期からの記憶の断片や強い感情が渦巻き、それらが絡み合い層を成している。
深層部の厚みのある部分を探る。アバター具現化装置を使用した者は、精神の深層部に高次元空間への通路が開くと言われている。
アバター具現化装置は強制的に使用者の精神を高次元空間を経由して仮想ボディへ移動させる。この時、知的生命体の精神は天震力をほんの少しだが吸収し、高次元空間へ己の意識を投射する能力を得る。
『高次元空間へ己の意識を投射する能力』というのは、知的生命体が天震力を手に入れることと同じだと一般的には認識されている。
(天震力とは何やろ。魔力やフォースみたいなもんやろか?)
ソウヤの脳裏に疑問が浮かぶ。だが、答える者はいない。
ソウヤは精神の深層部で真っ黒な壁を見付け出す。それに意識が触れた時、ソウヤの意識が高次元とつながる。高次元空間は無限に広がる大海のような空間だった。
真っ白い霧のような大気の下にボソル粒子に満たされた海が在り、そこには力が溢れている。
ソウヤはバウから教えられた点滴に使う導管をイメージしたものを作り出し、その先端をボソル粒子に満たされた海に押し込んだ後、導管の逆側の先端を保持したまま己の精神内に戻る。
その導管から天震力を含んだボソル粒子が精神内に流れ込み、それが身体から溢れ出す。
ソウヤは己の中に巨大な力が発生したのを感じ、精神が大きく高揚する。自分は何でもできるというような万能感が生まれた。ただ、それは幻想だと教授から教えられた。
天震力が身体を経由し練習用屠龍機動アーマーの天震力ボトルに流れ込んだ。練習用屠龍機動アーマーが本格的に起動する。
意識を精神の表層に戻すと、再び練習用屠龍機動アーマーの周囲が見えるようになった。
「ソウヤ……ソウヤ……どうしたんだ。返事しろ」
モウやんの声が聞こえる。意識が精神の深層部に移動した以降、外界との通信が途絶えていたらしい。
「大丈夫や。天震力を手に入れた」
ソウヤが答えると。
「やった―」「おおお―っ」という声が聞こえてくる。
練習用屠龍機動アーマーには、天震力を使った加速力場ジェネレーターが推進装置として組込まれている。
加速力場ジェネレーターは、天震力を直接的に運動エネルギーに転換する装置である。但し、転換効率が悪いので出力は小さく低速移動時に使用する。
ソウヤは加速力場ジェネレーターを操作可能だと感じた。
屠龍機動アーマーの制御系は、ボソル粒子によって制御される思考制御型である。ソウヤがイメージするだけで制御可能だ。加速力場ジェネレーターを起動させ、屠龍機動アーマーを浮上させる。
ジェネレーターはアーマーを包み込むような加速力場を作り出す。その加速力場内では、自由に加速力を発生させられるので、屠龍機動アーマーは任意の方向に滑るように移動可能となる。
力場内でも慣性の法則は有効なので、必要な速度に達したら加速力場を解除すればいい。連絡艇格納庫の中を自由自在に移動する。
すぐにソウヤは夢中になった。ゲームの中でスポーツカーを操作しているのに似ている。
「ソウヤ、連絡艇格納庫のハッチを開けるから、外に出て」
宇宙空間に出ろと教授に言われ、ちょっと怖くなる。
「大丈夫なん? 帰ってこれんとかなったら、洒落にならんで」
「大丈夫よ。心配しなくていいから外へ出なさい」
連絡艇格納庫から空気が吸い出され真空となり、ハッチのロックが外れたというサインが明滅する。
ソウヤは屠龍機動アーマーを操作し、教授が開いたハッチから宇宙空間に出た。
暗いと思っていた宇宙空間で思いのほか多くの光を発見する。この星系の太陽、遠くで輝く星や太陽光を反射する小惑星などである。
背後に在る屠龍戦闘艦も太陽光を反射し輝いていた。
その時、頭の中にイチの声が響く。
「ソウヤ、船首の方に小さな岩が、浮かんでいるのが見えるか?」
すぐに発見した。ラグビーボール状の戦闘艦の船首の先に小型冷蔵庫ほどの岩が漂っている。
「おう、見付けたぞ」
「それに向かって、ボソル粒子を飛ばせって教授が言ってるよ」
モウやんの声が聞こえる。教授はバウと情報交換をしているらしい。
「どうやって飛ばすんや?」
モウやんと教授が話しているようで、ちょっと時間が空く。
「えーっとね。気合だって」
「そんなアホな……ほんまに?」
「教授もやったことがないから詳しくは知らないって」
ソウヤは試しにアニメで見た○め○め波みたいなものをイメージし、気合を入れてみる。何も起きない。イメージはできるのだが、気合を入れてもボソル粒子が出る気配もない。
色々試行錯誤してみて、高次元空間から流れ込んでくるボソル粒子を何かに貯めようと考えた。
今まで導管を通って体内に流れ込んだボソル粒子は、どこかに消えている。
屠龍機動アーマーを動かすのに天震力を利用するが、ボソル粒子自体は必要としていない。
ボソル粒子を溜め込むタンクのようなものはないか、モウやんたちに訊いてみる。
「バウからだけど、屠龍機動アーマーにはボソル粒子を蓄積するタンクがあるんだって」
それを早く言って欲しかった。探してみると小さな丸型蛍光灯のようなタンクがベルト部分の内部にあり、その注入口にボソル粒子が流れ込んでいる。
タンクにボソル粒子が貯まるとタンクからベルトの中央にある射出口の方へと流れ出す。タンクにある程度ボソル粒子が貯まらないと発射しない仕組みらしい。
ソウヤは屠龍機動アーマーの姿勢を制御し射出口を船首の方の小さな岩に向ける。
射出口の部分にはボソル粒子を弾き出す装置が組込まれている。これらのことはバウが知っていた。
「どこが気合なんや。ちゃんとした仕組みがあるんやないか」
いい加減なことを言うモウやんに文句を返す。
思考制御が可能な装置なので、『発射』と念じてみると三センチほどの小さな射出口からボソル粒子の塊が弾き出される。弾き出される瞬間、ほんの僅かだが天震力も加わり加速。
ボソル粒子は不思議な性質を持つ粒子で思考に反応する。その大きさは素粒子などに比べると大きいが、普通の状態だと通常物質を透過する。
それが天震力を取り込むことで粒子の周囲に力場を発生させる。その状態で通常物質と接触すると衝撃波が発生するようだ。その衝撃波が武器になるらしい。
天震力を使って射出されたボソル粒子は霧状の塊となって飛び出し小さな岩に命中した。
小型冷蔵庫ほどの大きさの岩が音もなく砕け散る。
「おっ、岩が砕けてもうた」
ソウヤの呟きを聞いて、イチとモウやんが祝福する。
「やったな、ソウヤ」「凄いじゃん」
その後、宇宙空間を漂う岩を見付けては『粒子弾』を放つ練習をする。『粒子弾』は屠龍機動アーマーに備わっている基本的な武器で、この武器だけで仕留められる星害龍は最弱の部類だけのようだ。
それにベルトから発射されるので滅茶苦茶使い難い。本当は銃に導管を付けたような付属部品があり、導管をベルトの中央に接続して使う武器のなのだが、ソウヤたちは知らなかった。
バウに教えてもらいボロボロの屠龍戦闘艦の名前が『レ・ミナス号』であると知る。
練習用屠龍機動アーマーを操作し船の連絡艇格納庫に戻ると、屠龍ポッドに入りアーマーを解除する。ソウヤが屠龍ポッドに入っている間に、連絡艇格納庫内に空気が入れられる。
這うようにしてポッドから出ると、ソウヤは床の上に横になったまま気絶するように眠ってしまう。
教授やモフィツ、イチたちが連絡艇格納庫に入ってきた。
「きゃあああ」
裸で倒れているソウヤを見て、アリアーヌが盛大な悲鳴を上げた。
「うわっ、ソウヤが倒れてる」
モウやんが騒ぎながら横になっているソウヤに近付き安否を確かめる。
「何だ……寝てるだけだよ」
イチはモウやんの話を聞いて安堵する。
「疲れたんだろ。船室に連れて行って寝かせよう」
「僕に任せてくれ」
イチの提案にモウやんは賛成し、ソウヤを抱えると船室に運んで行く。ソウヤのことはモウやんに任せ、教授とイチ、アリアーヌはコクピットへ向かう。
残ったモフィツは、屠龍ポッドを胡散臭いもののように見て呟いた。
「こんなもので本当に星害龍が倒せるのか。もしダメだった時に備え、おいらだけでも生き残るよう考えなきゃな」
モフィツは二つしかない船室の一つを占居し、勝手に自分の部屋と決めた。そして、救命カプセルから水と食料を運び込んだ。
「ゲロール船長は、おいらに食料と水の管理を任せると仰った。ちゃんと管理しないと」
豚人間が目に狂信的な光を浮かべ、ブツブツと言いながら食料と水を数え始める。モフィツたちオーケル星人は、ロドレス種族により魂の奥底まで支配されている。数百年にも渡る洗脳は、オーケル星人の種としての本能まで捻じ曲げていた。
モフィツは本能にまで刻まれた洗脳により、ロドレス種族の船長から命じられたことを忠実に守ろうとしていた。それに加え、自分だけでも助かろうとする生存本能も働いているようだ。
教授とイチは操縦席に座った。操縦法をバウに習いながら、慎重に船を操船する。
航宙船のコクピットは、ほとんど宇宙空間を映し出すモニターで占められている。前面にある大きなモニターには前方の景色とスピード・空間座標・船内情報などの様々な情報が映し出されていた。
もちろん、上下左右、後方の宇宙空間を映し出しているモニターも存在する。
操縦桿やスイッチ、レバー等も存在するが、普通は余り使われない。操縦は音声とナビゲートシステムによるコース選択で終わる。
もちろん、ナビゲートシステムを使用するには星系内が調査済みで、情報が航宙用制御脳に入力されていなければならない。
レ・ミナス号の航宙用制御脳には、最新のミクナイル星系の情報など入っていない。そのため、イチが操縦桿を握って自分で船を操る。初めは教授に任せようとしたが、目が良く反射神経が良いイチの方が相応しいと教授が言い出したのだ。
難しいことはできない。レーダーが捉えた障害物をチェックし衝突しそうなら進路を変え、通過後進路を戻す。その繰り返しならできた。
現在地からアステロイドベルトまで、サブエンジンだけだと二〇時間ほどかかる。
ソウヤは三時間ほど寝てから目を覚ました。コクピットへ行き、教授やイチたちと予定について相談する。
「まずは、氷塊を探さないと」
教授が言うと、アリアーヌが、
「私、観測装置なら扱えます」
「そう、なら観測装置で氷塊を探して。後は分光分析装置でも探したいのよね。モフィツなら使えるはず」
観測装置と分光分析装置はバウが修理を完了している。
それを聞いてソウヤが声を上げる。
「せやったら、モフィツを呼んでくる」
モフィツに氷塊探しを手伝ってもらおうと部屋に呼びに行く。部屋の扉には鍵がかかっていた。
「モフィツ、中にいるんやろ。仕事を頼みたいんや」
ソウヤがドア越しに声をかけると、部屋の中から不機嫌な声が聞こえる。
「五月蝿い、おいらは忙しいんだ」
ソウヤは何も手伝おうとしない豚人間に腹が立った。
「忙しいって……何しとるんや?」
「一番大事な物の管理だ」
ソウヤはモフィツが何を言っているのか、最初理解できなかった。
(一番大切なものだって? ……あっ、もしかして)
救命カプセルのところへ行き中を調べる。
「やっぱりや、食料も水も失くなっとる」
急いでコクピットへ行き、そのことを教授たちに知らせた。
「何ですって……モフィツの奴」
教授は急いでモフィツが立て篭もる部屋まで行き、水と食料を公平に分けるようにモフィツを説得する。だが、無駄だった。モフィツは籠城する気のようだ。