scene:8 屠龍戦闘艦
救難カプセルを叩いていたのは、屠龍戦闘艦の中で起動させたロボットだった。よく見るとロボットの背後から、特殊ガス雲の中に在った屠龍戦闘艦がゆっくりと近付いている。
特殊ガス雲はほとんどのエネルギーを吸収し機械の類は動かないはずだ。例外は天震力なので、目の前にある屠龍戦闘艦は天震力を使った推進機関を備えていることになる。
ロボットは救難カプセルを牽引し、屠龍戦闘艦の貨物倉庫に押し込んだ。
「ちょっと教えてもらえる。あのロボットと船は何なの?」
アリアーヌが疑問の声を上げた。ソウヤの代わりに教授が、ガス雲の中で屠龍戦闘艦に遭遇しロボットを起動させた出来事を説明する。
「そんな……仮想ボディで物理的な接触は……あっ……休眠中のロボットなら」
ソウヤたちと同じような作業着を着た少女は、深く考え込んでしまう。
その間に真空だった貨物倉庫に空気が注入され、救命カプセルの外に出られるようになる。外の空気が呼吸可能なことは、救難カプセルの分析装置が確認している。
突然、トートが話しかけてくる。
「マスター、『バウトルーイス』ガ外ニ出テモ大丈夫ダト言ッテイマス」
「『バウトルーイス』? ああロボットのことか……ん……何で外にいるロボットと通信ができるんだ?」
「有機記憶素子デバイスノ接続端子ヲ改良シ、短距離ナラ送受信ガ可能トシマシタ」
ソウヤがムッとした顔になる。
「勝手に改造するな。する前に許可を取れ」
「了解デス」
ソウヤは救命カプセルのハッチを開け外に出る。モウやんたちがそれに続く。船の空気はちょっと薄かった。元の乗組員の生態に合わせているのだろう。
ロボットは仮想ボディで見た時より劣化が激しいようだ。二つある電子眼のうち一つが破損し穴が開いている。
ソウヤはトート経由で船の状態を報告するようにバウトルーイスに頼む。バウトルーイスは優秀だ。ほんの数秒ですべての情報をトート経由でソウヤに送る。
貨物倉庫を出たソウヤたちはリクライニングルームへ行く。ここなら皆で話し合えると考えたのだ。中にはセラミック製らしいテーブルと金属製の椅子が残っていた。各人が椅子に座りベルトで固定する。
船の中は無重力状態なので、ちょっとした衝撃でふらふらと漂い出してしまうのを防ぐためだ。
最初に教授が口を開く。
「ソウヤ、トートが船に問題があると報告したそうだな。詳しく話して頂戴」
実際に報告したのはバウトルーイスなのだが、取り敢えず話し始める。
「この船には足りない物が幾つかあるそうなんや」
「足りない物って何だ?」
「まずは空気や。今ある空気は二日で無くなる。正確には四二時間やが、どうにかせんと死ぬ」
「何だって!」
モウやんの顔から血の気が引き、両手で空気を掻き集めようとする。イチが背後からモウやんの頭をパシッと叩く。
「あでっ!」
「何をパニクっているんです。今は充分に空気はあります」
イチの冷静な声で正気に戻ったモウやんが安心したように深呼吸する。
モフィツが舌打ちする。
「チッ、この船には空気循環システムくらいないのか?」
「それなんやが……装置には水が必要なんや。救命カプセルに積んであった水を今は使ってるんやけど、飲水としても必要やからな」
モフィツが教授の方をチラリと見て。
「水か……アステロイドベルトになら氷の塊があるだろ。教授とお前らで調べろよ」
イチが偉そうに指示するモフィツを一瞬睨んでから口を開く。
「それがいいな。無かった時は、宇宙ステーションまで行けばなんとかなるんじゃないか」
教授が首を横に振る。不思議なことに肯定と否定の仕草は、日本と同じで首を縦と横に振る動きだ。
「ダメ。宇宙ステーションを利用するにはクレビットが必要なの。無一文のあたしらでは利用できないわ」
「ええーっ、そんな死んじゃうんだよ」
モウやんが文句を言うと教授は弱々しく首を振る。
「それでもよ。宇宙に無料の物は存在しないの」
それまで黙っていたアリアーヌが発言する。
「確認してもいいですか。この船はちゃんと動くの?」
ソウヤは『ちゃんと』という言葉に返事をためらう。
「補助動力炉は動いてるんやけど、いつまで動き続けるか……ただ、推進剤は特殊ガス雲から抽出可能だったんで充分あるそうや。せやけど、動かせるんはサブエンジンだけなんやて」
「あの特殊ガス雲の中を移動してこれたのだから、天震力も使えるのじゃないの?」
アリアーヌが鋭い質問をする。ソウヤがバウトルーイスから聞いた情報を伝える。
「いや、船に蓄えてあった天震力は、ガス雲を抜け出すのに全部使ったそうや」
この船が大破してから、どれほどの年数が経過したのかは分からないが、最低でも数十年は経っているだろう。少しでも動くものが残っている方が奇跡に近いのだ。
「屠龍戦闘艦は特別頑丈に造られているからね。その御蔭で何とか動くんだわ」
この手の戦闘艦はメンテナンスさえきちんと行えば数百年は使えると、教授は言う。地球人三人はそうなんだと感心した。
この船のメイン動力炉とメインエンジンは故障しているが、サブの二つはなんとか動いていた。
「氷を採取するためにアステロイドベルトまでは行けるのね……問題は何か危険なものが存在しているかどうかか」
アリアーヌの『危険なもの』という言葉に、イチは反応する。
「まさか、宇宙怪獣とかがいると言うんじゃないでしょうね?」
「ロボットからの情報だと軟体星害龍1型がいるそうや。それも何千という数らしい」
「げっ!」
モウやんは数の多さに驚いたようだ。
「軟体星害龍1型って何?」
イチの質問には教授がタブレット端末に入っていた画像で応えた。それは宇宙に浮かぶクリオネだった。地球のクリオネは巻貝の仲間で成長すると貝殻を捨て翼のような翼足を使って海中を遊泳する。その姿から『流氷の天使』とも呼ばれる体長三センチ未満の生物である。
だが、軟体星害龍1型の大きさは一メートルから十数メートルで、ザトウクジラ並みに巨大だ。流線型の半透明な胴体に翼足を持つ星害龍は、体内に紅い核を持ち、その核の中に重要な器官がほとんど入っている。
「宇宙クリオネか……こいつはどうやって宇宙を移動するんだ?」
モウやんが宇宙クリオネの移動手段に興味を持ったようだ。
「宇宙クリオネ? ……まあいいわ。そいつの体内では大量のガスが発生していて、下半身の噴射口からガスを噴射し移動するの」
ソウヤは宇宙クリオネが移動している姿を想像し、笑いが込み上げてくる。
「ぷぷっ、オナラロケットだ」
モウやんも同じような想像をしたようで笑い始めた。その笑いはイチやソウヤにも伝染し三人が腹を抱えて笑い出す。
アリアーヌが理解できない、というように眉をひそめ三人を睨む。
笑いの発作が治まった後。
「宇宙クリオネは危険な奴なのか?」
イチが教授に問うとタブレット端末に別の画像を表示する。宇宙クリオネが小型連絡艇を大きな翼足で抱え込みサバ折りの要領でへし折っている映像だ。
「クリオネやと思ったら、中身はキングコングやないか」
ソウヤは宇宙クリオネの示す怪力に星害龍の非常識な戦闘力を理解する。その上、宇宙クリオネが星害龍の中では最弱だと教授に教えられ、溜息しか出なかった。
「どうすんのさ。そんな怪獣がいるんじゃ、近付けないよ」
モウやんがこの世の終わりがきたかのように頭を抱えて嘆く。大きな身体を持ちながらチキンハートの持ち主でもあるモウやん。様子を見ていたイチが溜息を吐いてから。
「この船には武器はないの?」
「この船に搭載されている武器は、全部部品が劣化してあかんようになってしもとる」
それを聞いたモフィツが、
「クソッ、ボロ船が」
そう言って項垂れる。
イチが一つのアイデアを出した。
「破壊されたサリュビス号から、何かサルベージできるんじゃないか」
教授は深く考え込んでから、危険性を指摘する。
「宇宙海賊が戻ってくるかもしれないわ。二日ほどは近付かない方が良さそう」
船の皆を皆殺しにしようとした海賊には、近寄らない方がいいだろう。全員の意見が一致した。
「一度、船の中を調査した方が、いいんじゃない」
アリアーヌの提案を聞いて、他の皆が『何で思いつかなかったんだ』という顔をする。一番に思い付いてもいいアイデアだったからだ。
時間がないので、すぐに調査を開始。だが、役に立ちそうな物はほとんどない。ただ、中央部の連絡艇格納庫の中に全長二五〇センチほどの卵型ポッドがあった。それを見た教授が驚きの表情を浮かべ、バウトルーイスに何なのか確認する。
「コレハ、練習用ノ屠龍機動アーマーヲ装着スル装置デス」
「やはり、そうなのね」
珍しく教授が興奮している。話を聞くと屠龍機動アーマーというのは、星害龍を狩る屠龍猟兵が使う装備の一つで、驚異的な威力を持つ攻撃武器となるらしい。但し、練習用ではなく本物の屠龍機動アーマーならだ。
「動くのかな。他の武器は部品が劣化して動かないんだろ」
モウやんが不安そうに言った。それに応えるようにソウヤが提案する。
「試してみよう」
ソウヤたちは武器の知識がありそうな教授に試してもらうつもりだった。だが、教授は自分は動かせないと言う。
「屠龍機動アーマーは、ボソル感応力を持つ者にしか動かせないのよ」
「アバター具現化装置みたいですね」
イチが言うと教授が大きく頷き。
「こいつを動かす方法が、同じ思考制御なの」
モウやんが首を捻る。理解できないらしい。
「つまり、考えるだけで動かせるということですか?」
「その通り」
練習用の屠龍機動アーマーを試すことになったが、誰が試すかという話になり、アバター具現化装置の仮想ボディで一番活躍したソウヤが試すことになった。