scene:7 救難カプセル
ソウヤは迷わずストレージ筐体に近付き手を伸ばし触れる。トートが早速解析を開始。暗号化のレベルは高くなく、どんどん解析した結果を知らせてくる。
中身はこの船の航宙ログや乗組員との会話などの記録が多かった。この船は『屠龍戦闘艦』だったようだ。
屠龍戦闘艦というのは、宇宙怪獣である星害龍を倒すために作られた戦闘艦である。どうやら古い船らしく建造から数百年は経過していると、トートが報告する。
「目ぼしい情報ブロックはないんかい?」
トートが情報ブロックのリストをソウヤの頭に送ってくる。この屠龍戦闘艦の構造図や搭載武器・動力炉・エンジン・環境維持装置・重力制御装置等の情報ブロックがあるようだ。
航宙船は修理のために搭載さている装置の基本的な設計情報を持っている。基本設計情報だけでは同じものを一から製造することはできないが、その情報を元に簡単な修理は可能なのだ。
星害龍との戦闘記録も見付かった。他に乗組員用の閲覧ライブラリーがあり、大量の娯楽映像と航宙学・星害龍生態学・航宙船工学・救命治療医学等の情報ブロックが入っている。
ソウヤは屠龍戦闘艦に関する情報ブロックをバック記憶領域に転送し、閲覧ライブラリーの中身を適当にフロント記憶領域へ転送する。但し、閲覧ライブラリーの中でも使えそうな情報ブロックは、バック記憶領域へもコピーした。
残り時間は三〇分ほどになっている。
「トート、この船は故障してんのか?」
『一部ガ損壊シテイマスガ、中枢部ニ被害ナシ。但シ、メイン動力炉ガ停止シテマス』
「なんや、動かんのか」
『制御脳ヲ起動デキレバ動クカモシレマセン』
「仮想ボディじゃスイッチ一つ押せんのやで、無理や」
『コクピット ノ ロボットナラ起動サセラレル可能性ガアリマス』
ソウヤは半信半疑だったがコクピットへ行き、座席に座っているロボットに触れる。トートはロボットが完全に停止している訳ではなく休眠状態なのに気付く。どのくらい長く休眠していたのかは不明だが、そのロボットに使われている科学技術は相当高度なもののようだ。
トートはロボットの人工知能に刺激を与え覚醒させる。ロボットの体表を覆っていたシリコンのような物は劣化しボロボロになっていたが、駆動装置は生きていたようで、すぐに自己診断プログラムがスタートする。
結果、左腕と首が完全に作動せず、腰と右足も作動不良だった。トートはロボットの人工知能に干渉し、命令権をトートとソウヤに設定。トートはロボットに船を起動させるように命令した。ロボットは覚束ない動きで操作パネルを操り補助動力炉を起動する。
遺棄されていた船だ。動かない可能性の方が高かったが、幸運なことに補助動力炉は起動する。コクピットのモニターや操作パネルに光が灯り、長年無音だった空間に微かな機械の作動音が響く。
次はメイン動力炉である中型核融合炉を起動させようとロボットが操作する。だが、ダメだった。中型核融合炉は故障しているようだ。
「メイン動力が起動せんと、船が動かへんのやろ」
もしかしたら、この船で逃げられるんじゃないかとソウヤは考えたが無駄だったようだ。その後もトートがロボットに色々指示を与えていたが、時間切れとなった。───―ブラックアウト。
意識を取り戻したソウヤは、例の如く船長にドナドナされフロント記憶領域にある情報ブロックを奪われた。苦労して手に入れた情報ブロックを簡単に取り上げられるのは、何だか鵜飼の鵜になった気分だ。
サリュビス号の部屋に戻るとモウやんとイチが待っていた。
「どうだった?」
イチが訊いてきたので、屠龍戦闘艦を発見したことを告げる。
「何だよ。ソウヤばっかしずるいぞ」
モウやんが文句を言う。今回モウやんが辿り着いた淀みには、三個のストレージ筐体だけ、目ぼしい情報ブロックはなかったらしい。しかも、コピーは三〇分ほどで終わり残りの時間情報ブロックを眺めて時間を潰していたようだ。
イチも同じようで、第二階梯種族のロボット工学に関する情報ブロックを発見した以外は、何もなかったようだ。
翌日、ゲロール船長は機嫌よく出航の合図を告げた。ソウヤたちが持ち帰った情報ブロックの中に貴重な科学技術が収められたものがあったからだ。ソウヤが見付けた医学関係の情報ブロックと合わせるとサリュビス号がもう一隻買えるほどのクレビットが手に入りそうだった。
「ムハッド星系へ向かう。あそこのテクノオークションで情報ブロックを売って、久々にロドレス星系へ戻るぞ」
「船長、その時は俺らにもたんまりと報酬をくれるんでしょうね」
ゲコジブが船長に問いかける。ゲロール船長はもちろんだと頷き特別報酬を約束した。
サリュビス号が跳躍リングに向け半分ほどの距離を進んだ時、左舷後方から一隻の航宙船が現れ急速に接近してきた。それに気付いた一等航宙士が船長に報告する。
「ゲロール船長、不審な船が近付いてきます」
巨額のクレビットが手に入った後を夢想していた船長は、一瞬で正気に戻り三次元レーダーを確認する。
「相手の船種が分かるか?」
一等航宙士が不審船の画像を解析し答えを出す。
「ゲイロス帝国の強襲接舷艦を改造した航宙艦のようです」
強襲接舷艦は主砲の荷電粒子砲で敵航宙艦にダメージを与えてから接舷し、敵航宙艦を拿捕する目的で開発された戦闘艦である。
「クソッ、宇宙海賊か!」
船内に警報が鳴り響き、乗組員に戦闘配置に着くように命令するゲロール船長の声が聞こえる。
「どうしたんだろ?」
自分たちの部屋で休んでいたモウやんが騒ぎを聞き不安そうに声を上げた。
「戦闘配置とか言ってますね」
イチが割りと冷静な声を返す。だが、イチの心臓もバクバクと音を立て始めている。
「非常事態や、教授たちと合流するでぇ」
ソウヤは嫌な予感を覚え、教授と合流しようと決めた。イチとモウやんはすぐに従う。ソウヤが今のような顔をして言い出した時は、必ず何かがあり従わないと後で後悔するのだ。
通路に出て回収品保管倉庫の方へ進む。途中で船が加速するのを感じた。それもフル加速。
「やっぱり、何か起きてるぞ」
イチの声に緊張感が感じられ、モウやんとソウヤは移動スピードを上げる。もう少しで回収品保管倉庫というところで大きな衝撃と爆音が起きた。三人は身体を通路の壁に叩き付けられる。
「わっ!」「うきゃっ!」「何や!」
三人は痛みを堪えて立ち上がり周囲を見回す。後ろの方から変な臭がしてくる。
「焦げ臭いな、火事か」
「まずい、急ぐんや」
三人は通路の角を曲がり、回収品保管倉庫に入ろうとしたところで誰かが倒れているのに気付く。あの綺麗な少女である。
「大丈夫ですか?」
イチが揺すってみたが気絶しているようで目を覚まさない。壁に頭をぶつけたらしくブロンドの髪に赤い血が付いている。
三人はアリアーヌを抱えて回収品保管倉庫に運び込んだ。
そこには教授とモフィツがいて、部屋の隅で固まっていた。
「教授、何が起きているんや?」
ソウヤが叫ぶように尋ねると、教授がこちらに顔を向け、モニターの方を指差す。
「最悪、宇宙海賊に襲われたのよ」
三人は急いでモニターの前に集まり表示されている映像を見る。全長一八〇メートルほどのサリュビス号より一回り小さいが、大きな主砲二門を備えた戦闘艦がサリュビス号を攻撃していた。
また、大きな衝撃があり船が揺れる。敵の荷電粒子砲の攻撃がサリュビス号の船体を掠めたようだ。
「ううっ」
呻き声を上げアリアーヌが目を覚ます。キョロキョロと周りを見たアリアーヌは、自分と同年齢ほどのソウヤたちを見て、何故かホッとしたような顔をする。
「あなたたちですか。何が起きたのです?」
アリアーヌの質問にモフィツが応える。
「宇宙海賊の襲撃だよ。それより……どうしたら良いんだ。このままじゃ海賊に殺されちまうぞ」
教授は薬箱を持ってきて、アリアーヌの傷を手当てした。
「正規船員たちはどうしてるんや?」
ソウヤが尋ねるとモフィツが端末を操作し船内カメラが撮らえた映像を映し出す。ゲロール船長を始めとする正規船員たちは、脱出用の小型艇に集まっている。自分たちだけ逃げ出そうとしているのだ。
「あいつら……」
モウやんが怒りの籠もった声を上げる。
「教授、他に脱出用の船はないの?」
イチが尋ねると、教授が力なく「ない」と否定する。それを聞いたモフィツがちょっと考えるような顔をする。ソウヤたちはモフィツと付き合っているうちに豚人間の表情が分かるようになっていた。
「何かあるんか、モフィツ」
皆の視線がモフィツに集まる。モフィツが慌てたように話し始めた。それによるとサルベージした部品の中に救難カプセルがあったらしい。救難カプセルというのは航宙船が事故にあった場合、それに乗って船を脱出し救助が来るまで生き残るための救難装置で、中にいる者を三日間生き残らせるだけの設備や水、食料などが組み込まれているのが普通だった。
「その救難カプセルは、どこにあるの?」
きつい口調で教授が尋ねると、モフィツが渋々答える。
「処分していなければ、まだ作業区画にあるはずだ」
救難カプセルのようなものは、量産品が多くサルベージしても部品としてみれば金にならない。ただ完全な形で残っていれば、整備して売ることが可能なので回収する。
ゲロール船長が回収しようと判断したのなら、その救難カプセルは完全に近い形で発見されたはずだ。
ソウヤたちは一縷の望みを救難カプセルに託そうと決断する。船体の中央に穴が開けば宇宙服を所有していないソウヤたちは一巻の終わりだ。
六人は一緒に作業区画へ向かう。下級民の中で頭の回る者は小型艇のある格納庫へ向かい、他の者は部屋に引き籠っている。通路にはソウヤたち以外は誰もおらず、警報音だけが鳴り響いていた。
作業区画に来たソウヤたちは中に入り、救難カプセルを探す。直径四メートルほどの救難カプセルは区画の端にワイヤーで固定されていた。
「早く乗るんや!」
モフィツがハッチを開け、一番最初に乗り込む。続いて教授、アリアーヌ、最後にソウヤたちが乗り込みハッチを閉じた。警報の音が小さくなり皆の息遣いが聞こえる。カプセルの中の照明を点けようとしてバッテリーの電気が無くなっているのに気付く。
「ブヒーッ、バッテリーが切れてる。どうすりゃいいんだ」
モフィツの叫びを聞いて、ソウヤはすぐに行動を起こす。バッテリー切れなら充電すればいい。ソウヤはハッチを開け飛び出すと電源ケーブルを救難カプセルのバッテリーにつなげる。
救難カプセルに戻る途中、激しい振動が起こり船が揺れた。
「ソウヤ、早くしろ。外は危ないぞ!」
モウやんの叫び声が聞こえる。必死で床を蹴りハッチに飛び付いた。イチとモウやんはハッチにぶら下がっているソウヤをカプセルの中に引き摺り込む。
「おおきに、助かった」
モウやんがハッチを閉めた途端、船の揺れが激しくなる。
次の瞬間、船体に大きな亀裂が走り、内部の空気が外に漏れ出し始めた。救難カプセルには幾つか小さな窓が存在した。拳ほどの大きさで外を覗ける。モフィツとイチ、アリアーヌが齧り付くように外の様子を覗いている。
「作業区画の空気は、全て失くなってしまったようです」
アリアーヌが声を上げた。
「割れ目から外が見える……小型艇が逃げ出した」
船体に一メートルの亀裂が生じ、そこから宇宙空間の様子が見える。ちょうど格納庫から小型艇が発進したのをイチが目撃。
「逃げ出した小型艇を海賊船が追いかけ始めたぞ。奴らの狙いは自分らが獲得した情報ブロックに違いないよ」
イチの言葉に、ソウヤは首を傾げる。海賊が情報ブロックのことを知っているはずがない。ソウヤが疑問を皆に告げる。すると教授が、
「イチの言うことは正しいかもしれないわ。船長たちはソウヤたちが手に入れた情報ブロックのことを、宇宙ステーションの酒場で漏らした可能性があるわ」
「何故そんなことを?」
アリアーヌの疑問に教授が答える。
「不運続きだった船長たちが、久し振りに凄い幸運を手に入れたのよ。浮かれて宇宙ステーションの酒場で騒ぐのはありそうなこと。不思議に思うことではないわ」
「船長たちが騒げば、宇宙樹で相当貴重な知識を獲得したと分かるか。それを海賊たちに知られたんだな」
イチが怒りと侮蔑が混じった複雑な表情で言うと、モフィツが怒り出す。
「ロドレス種族の方々は、そんな愚かな方ではない」
モフィツたちオーケル星人は、ロドレス種族との戦争に負け、ロドレス種族に従属するようになって数百年が経過していた。そのため、ロドレス種族を神のように崇めるように洗脳されている。
その間にも船長たちの小型艇と海賊船の鬼ごっこは続いていた。小型艇は宇宙ステーションの近くまで戻っている。宇宙ステーションに逃げ込むつもりなのだ。
宇宙ステーションには防御用の兵器が配備されており、その防御兵器の射程内に逃げ込めば安全となる。
だが、寸前で海賊船に拿捕された。海賊船が小型艇に接舷し内部で白兵戦が起きたようだ。結果は海賊側の勝利に終わり、海賊どもが引き上げた後、小型艇は爆破された。その中には船長たちがいたはずだ。
海賊船は目当ての情報ブロックを手に入れたようで、サリュビス号の方へは戻ってこない。
救難カプセルの中を静寂が支配していた。モフィツは船長たちが死んで呆然としている。教授やソウヤたちも黙って口を開こうとはしなかった。その状態で三〇分ほど過ぎただろうか。
いきなり船体が爆発した。推進剤を保管している燃料庫に火が回ったのだろう。救難カプセルは船体の外に放り出され、かなりのスピードで宇宙樹の方へと流されて行く。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
サリュビス号が海賊船に襲われている頃、宇宙ステーションの管理者であるベルザオールは、大型モニターで海賊船の襲撃を見ていた。キシェル星人のベルザオールは、狸人間である。
「サリュビス号の船長も馬鹿な奴だ。あれだけ騒げば、お宝情報を手に入れたと誰でも気付くのに」
ベルザオールの部下であり、ここの防衛担当部長であるコウベルが頷いた。コウベルもキシェル星人である。
「ですが、あの海賊どもは何とかしないといけません」
「分かっている。腕利きの屠龍猟兵でも居れば、依頼するのだが……」
この星系には、一人前の屠龍猟兵は居ない。他の星系から屠龍猟兵や傭兵を呼ぶという方法もあるが、費用が高くなるので、ベルザオールは躊躇していた。
サリュビス号が海賊船に襲われた責任は、ベルザオールにもあった。だが、一番の原因はサリュビス号の船員が馬鹿騒ぎをして海賊の注意を惹いたからだとベルザオールは考えていた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
サリュビス号の爆発後、救難カプセルで脱出した六人は、今後どうすればいいか相談していた。カプセルには食料と水、空気が貯蔵されているだけで推進器もなく、通信機は壊れたままだ。
ただ充電は完了し、電力は十分にある。
半日が経過した頃、宇宙樹の近くまで来ていた。
「救助は来るんやろか?」
ソウヤが声を出すと、モフィツが馬鹿にするような声で否定する。
「馬鹿か、近くに宇宙海賊がいるかもしれないんだぞ。捜索は早くても二、三日経過した後だろ」
皆の顔に諦めの表情と恐怖が浮かんだ。その場を沈黙が支配する。
「ブヒッ……何でこんな目に。……あのクソ海賊どもが……」
モフィツが鼻息を荒くして、口汚く海賊たちを罵る。
イチが救難カプセルに積んである食料と水、空気を調べようと提案。教授も賛成したので、ソウヤたちは調べ始めた。
モフィツはソウヤたちを冷めた目で見ながらブツブツと恨み言を言っている。アリアーヌは気分が悪くなったらしく青褪めた顔でジッとしていた。
調べてみると食料は、あの不味いチューブ入り保存食が六〇本で五日分、水は頑丈そうなプラスチック製? のボトルに一五本で三日分、空気も三日分あった。
結果を聞いてモフィツが苛々し始めた。狭い救難カプセルの中をうろうろする。それに刺激されモウやんも歩き始める。
「うろうろするな。空気が減る」
自分のことは棚に上げ、モフィツが怒鳴り声を上げた。
「何だと……お前だってうろうろしてただろ」
「おいらは考えことをしていたんだ」
「そうかい……なら、いい考えが浮かんだんだろうな。言ってみろ」
「そ、それは……」
救難カプセルの中が不穏な雰囲気へと変わる。
その時、救難カプセルをコツコツと叩く音がした。ゴミが当たったのかと思ったが、再度コツコツと規則正しい音が聞こえる。ソウヤたちは一斉に小さな窓に飛び付いて外を見る。
「誰もいないぞ」「こちらにもいません」
ソウヤは窓の外で何か宇宙を漂っているのを見付ける。よく見るとロボットのようだ。
「お前は、あの時の……」