scene:55 再出発
ソウヤたちは崩星ドラゴンを倒したことを地球に知らせた。
その情報を得た地球の各国政府は安堵するとともに、戻ってくるユピテル号に対してどう動くか検討を始めた。その中でアメリカは、ユピテル号と条約を結び直すことを考えていた。
方針が固まったポーカー大統領は、ホワイトハウスに駐米大使の片山を呼び出した。
「我が国は、リュリアス号との条約を破棄し、ユピテル号と新たな条約を締結するつもりでいる。そうなった暁には、マレポートなどの利用に便宜を図ってもらいたい」
日本とインドなど十三ヶ国が研究し蓄積した技術情報は、マレポートの研究施設に蓄積されている。アメリカはその技術情報が欲しいのだ。
片山大使はアメリカの意図が分かり、舌打ちしたい気分になる。
「小寺総理にお伝えします」
その言葉を聞くと、ポーカー大統領は笑顔を見せた。
「よろしく頼むよ。これで太陽系の開発は進むだろう。めでたいことだ」
崩星ドラゴンが倒されてから二ヶ月、ようやくユピテル号が地球に戻ってきた。地球近くまで来たユピテル号は、日本の上空には戻らずラグランジュポイントに向かった。
そこには金属小惑星プシケから送られた金属資源が集団となって漂っていた。カーゴキャッチ装置を回収してから、ソウヤたちは金属資源を材料に小型攻撃機の出撃基地ステーションを建造した。
直径一二〇メートルの二重円盤型で、下部の円盤は高速回転をしている。これは人工重力を発生させるためである。ただ一Gの重力は難しいので、低重力を発生させる程度の回転に抑えていた。
かたや上部は小型攻撃機の格納エリアであり回転しない。この格納エリアから小型攻撃機が出撃し宇宙クラゲを駆除することになる。
円盤の中心部には、宇宙往還機とのドッキング装置が設置されている。ここから出撃基地ステーションに入り、低重力が発生する居住区画で宇宙の監視を行なうことになる。
「完成しましたね」
イチが教授に声をかけた。
「ええ、これで宇宙クラゲ対策は一段落したことになるわ」
小型攻撃機の開発は地球側に任せることになっているので、ソウヤたちの役目はほとんど終わったことになる。後は宇宙クラゲの数を減らす仕事が残っているだけだ。
ソウヤたちは出撃基地ステーションに仮設の推進機を取り付け、地球に向けて飛ばした。ユピテル号も地球に向かう。誰もいなくなったラグランジュポイントには、大量の金属資源だけが残された。
この金属資源を使えば、スペースコロニーも作れるほどの量である。
ソウヤたちが向かった地球では、マレポートで行われている宇宙往還機の開発が最終段階に入っていた。
アメリカで開発されたスペースホークに似ている宇宙往還機になったようだ。ただ似ているとは言っても、外見だけで中身は一三ヶ国の科学者や技術者が研究開発したものが搭載されている。
操縦システムや射撃統制システム、探知システムなどはアメリカのものと同等以上の性能になっていた。
ユピテル陣営が開発した宇宙往還機は、火の神である『カグツチ』の名前が与えられた。宇宙往還機カグツチはマレポートに結合された滑走路から宇宙に飛び出し、地球を一周してから帰還するテスト飛行に成功していた。
そのカグツチが最終テストで宇宙に飛び出した時、その操縦士が地球に近づいてくるユピテル号に気づいた。
「機長、ユピテル号が帰ってきたようです」
インド人のラクマンが日本語で声を上げた。機長の香川はユピテル号を確認し頷いた。ユピテル号が地球に近づいていることは出発前に聞いていたので驚いてはいない。
だが、ユピテル号の後ろから地球に向かって来る奇妙なものに気づいた。
「あれは何でしょう?」
「新たな宇宙船か? いや、宇宙ステーションのようなものかも……マレポートに連絡しよう」
出撃基地ステーションは、すぐに世界各国の知るところとなった。
地球の衛星軌道に出撃基地ステーションを乗せたソウヤたちは、日本と連絡を取った。
通信を切った教授は溜息を吐いた。
「どうしたんや?」
ソウヤが教授の不機嫌そうな顔を見て尋ねた。
「各国政府の代表を国連に集めて会議を開くから、出席してくれと言われたわ」
アリアーヌも眉をひそめる。
「何か面倒臭そうなことを相談されそう」
「アリアーヌもそう思う。あたしもそんな気がするわ」
ソウヤは面倒臭そうなこととは何だろうと考えた。宇宙クラゲから地球を守る目処は立っているので、頼まれそうなことはないはずだ。
「宇宙クラゲの騒動も終わりそうずら。ソウヤたちはどうするずら?」
チェルバが今後の予定を尋ねた。ソウヤは屠龍猟兵を続けるつもりでいたので、一度自分たちの会社ラグズ造船があるボニアント星系に戻るつもりだと答えた。
「そうなのか。もう少し地球にいたいのかと思っていたずら」
「家族にも再会したし、これから学校に通うなんて嫌だよ」
モウやんが言った。ソウヤとイチも同調する。
イチは教授の方を見て、
「今度は教授の故郷スクリル星系を、バルゾック種族から取り戻す手伝いをします」
と真剣な顔で告げた。それを聞いた教授は複雑な顔をする。イチの気持ちは嬉しいが、バルゾック種族はいくつもの星系を支配する第二階梯種族。
生半可な戦力では、スクリル星系を解放することは難しい。ユピテル号一隻でどうにかなるものでもない、と教授は思っていた。
国連での会議の日、教授とチェルバたちが地球に降下した。チェルバたちは教授の護衛である。
プラネットシャトルでアメリカに向かった教授たちは、国際連合本部ビルの横を流れるイースト川に着水した。
「凄い警備ね」
川岸が警官により固められていた。しかも送迎車が用意されている。教授たちがイースト川に着水すると伝えていたからだろう。
「反重力バイクで乗り付けようと思っていたけど、あれに乗った方がいいようね」
教授がリモコンを操作すると、プラネットシャトルから川岸まで橋が架かった。シャトルに積まれていたマイクロマシンが橋に変化したのだ。
遠くから見物している人々がざわめく。
教授たちはアタッシュケースのようなものを持って橋を渡って川岸に移動。そこにはアシュリー補佐官が待っていた。
「アメリカを代表して、心から歓迎いたします」
教授たちは、アシュリー補佐官に促されて送迎車に乗り込んだ。厳重な警備を敷いた道を国連本部へ向かう。
「少し大袈裟ではないですか?」
教授がそう指摘した。というのは、何万人という警官たちが国連本部を取り囲んでいたからだ。
「いえ、これくらいは当然です」
アシュリー補佐官が真面目な顔で答える。外国の国家元首を迎えるのと同等の警備体制が組まれたらしい。
国連本部に到着し、教授たちは会議場へと案内された。会議場に入ると、教授たちを注目している各国代表の姿が目に入る。
拍手が湧き起こり、教授は用意された席に座った。チェルバたちの席も用意されており、教授の横にちょこんと座る。
国連事務総長のガレウスが代表して、国連臨時総会に来訪してくれたことに感謝の意を伝えた。会議が始まるとポーカー大統領が、
「オルタンシア艦長、太陽系の危機を救って頂き感謝します」
と述べる。すると、各国から感謝の言葉が発せられた。
本題に入り、アメリカや中国、ロシアなどがユピテル号と条約を結びたいと言い出した。それを聞いた教授は難しい顔をする。
「その必要はありません」
教授の意外な言葉に各国代表が驚いた顔をした。
「どういうことでしょう?」
日本から来た文部科学大臣の崎坂が尋ねた。
「我々が条約を結んだのは、地球を星害龍の脅威から守るためでした。ですが、その目的はほとんど達成されています」
ポーカー大統領が慌てたように口を挟んだ。
「待ってくれ。スペースホークとカグツチが完成しただけで、防衛体制が整ったとは言えない」
教授も大統領の言い分を認めたように頷いた。
「分かっています。我々は地球の防衛体制を完全なものにすべく、出撃基地ステーションを用意しました。これはマレポートと同じように中身はありません」
「それでは意味がない」
ポーカー大統領は強い口調で言い返した。
「恒星間基本法の制約を受ける我々が用意できるのは、ここまでなのです。技術的には出撃基地から出撃する小型攻撃機を開発するのは地球でも難しくないはず」
「しかし、時間がかかる」
韓国のナム大統領が甘えているとしか思えない発言をした。
「それは仕方ないでしょう。皆さんの努力を期待します」
冷淡な答えに中国のホン駐米大使が声を上げた。
「日本はマレポートのシミュレート機能を使えるが、我々は使えない。これは不公平ではないのか?」
「何をもって不公平と言われるのか、理解できません。私たちは一三ヶ国と条約を交わし援助することを約束しました。その一部がマレポートなのです。条約を結んだ国々がマレポートの機能を使うことは条約内のこと。不公平とは言えません」
「でしたら、我々もマレポートを使えるようにしてもらいたい」
食い下がるホン駐米大使に教授が苦笑した。
「条約を結んでいるから、我々も援助できるのです。その条約も星害龍の脅威がなくなったと判断された時には、失効しユピテル号は太陽系を去ることになるでしょう」
ユピテル号が太陽系を去ると聞いた崎坂大臣が慌てた。
「そ、それはいつ頃になるのでしょう?」
「三ヶ月を予定しています」
「それでは、小型攻撃機を完成させることができません」
「マレポートを使えば、基本設計・詳細設計まで終わらせることができるでしょう。それをもってユピテル号の援助を終了したいと思っています」
「しかし、前回のように宇宙クラゲの群れが地球に迫った場合は、どうすればいい?」
ホン駐米大使は納得していないようだ。
「ユピテル号は、太陽系に散らばる宇宙クラゲを数万程度にまで減らすつもりです。宇宙クラゲの群れが地球を襲うようになるまで、二年ほどの猶予ができると思います」
「一つ忘れている。地球を襲う宇宙クラゲは撃退できるようになるだろうが、宇宙クラゲが一三〇万を超えれば、今回のように強力な星害龍を呼び寄せる恐れがある」
教授は落ち着いた様子で肯定した。
「ユピテル号は、数年に一度太陽系を訪問し、宇宙クラゲの数を確認するつもりです。多いと判断した場合、駆除します。地球の皆さんが自らの手で宇宙クラゲの数を減らせるようになるまで続けます」
これは宇宙クラゲの繁殖地となっている土星や小惑星帯へ地球人が飛び、宇宙クラゲを駆除できるようになるまで、ユピテル号が定期的に太陽系を訪れることを約束したことになる。
各国政府の代表は、ひとまず安堵した。ユピテル号が完全に太陽系から手を引くのではない、と分かったらだ。
元リュリアス陣営だった人々は、マレポートを活用できないことに対して不満に思っているらしかった。
どうやら、今日にも新たな条約を結ぼうと用意していたようだ。
「最後に確認したい。出撃基地ステーションを利用できるのは、一三ヶ国だけなのかね?」
ポーカー大統領が確認した。
「当初は、そのつもりでした。ですが、リュリアス号があんなことになったので、制限は付けません」
大国の代表たちは、やっと会議に出席した成果が上がったと満足の表情を浮かべる。何もなかったということでは、故国に帰って報告できないと考えていたのだ。
「ところで、地球の海からユピテル号で使用する重水素の採取を許可して欲しいのですが、よろしいかしら?」
各国政府は承諾した。
教授は送迎車でイースト川まで送ってもらった。プラネットシャトルに戻った教授は、持っていったアタッシュケースを仕舞った。これは何か起きた場合に備えて、ソウヤが持っていけと渡してくれた簡易パワードスーツだった。
プラネットシャトルが地球を飛び立ちユピテル号へ向かおうとした時、いきなりエンジンが爆発した。コクピットにいた教授は操縦席から投げ出され気を失う。
「ううっ、ここは?」
次に気づいた時、教授は破片が散らばる宇宙空間を漂っていた。
『気づいたずら』
チェルバの声だ、と教授。ソウヤが用意した簡易パワードスーツを装着しているようだ。チェルバたちが装着してくれたのだろう。チェルバたちは簡易宇宙服に着替えている。
「なぜ、エンジンが爆発したの?」
「リュリアス号の搭載型惑星間航宙船が攻撃したずら。あいつらステルス機能を使って隠れとったずら」
「そいつらはどうしたの?」
「ソウヤが追いかけて行ったずら」
そのソウヤが屠龍機動アーマーの姿で戻ってきた。
「敵はどうしたずら?」
「抵抗したんで、反撃したら大爆発や」
ソウヤは教授たちをユピテル号まで運んだ。アリアーヌが走り寄り教授に抱きついた。
「無事で良かった」
「心配かけて悪かったわね」
これでリュリアス号の残党は全滅した。
ソウヤたちは三ヶ月ほどを太陽系を調査しながら、宇宙クラゲの数を減らすことに費やした。
一方、地球の各国はスペース機関砲を搭載した宇宙往還機を生産し、宇宙クラゲの襲来に備えた。同時に小型攻撃機の開発にも力を入れ、出撃基地ステーションの整備も始めていた。
数年すれば、出撃基地ステーションに小型攻撃機が配備され、パイロットや関係者が宇宙で生活を始めるようになるだろう。
三ヶ月が経過した頃、日本を中心とする研究チームが小型攻撃機の詳細設計を完了させた。核融合炉の開発にも目処をつけた一三ヶ国は、出撃基地ステーションに核融合炉を建設することを決定する。
教授はマレポートからシミュレート機能を取り外した。もう不要になったと判断したのだ。
ソウヤとイチ、モウやんは数日間家族と暮らした後、地球を離れる決心をした。
ソウヤたちはゆっくりと小さくなる地球の姿を眺めながら、地球に帰った後の出来事を思い返していた。星害龍から地球を守ることができたのは奇跡だと思わずにはいられなかった。
その奇跡を生んだのは、教授やアリアーヌ、チェルバたちのおかげだと感謝する。
「また、帰ってくるからな」
モウやんが地球に向かって言った。ソウヤとイチが頷く。それは固い決意となってソウヤたちの心に刻みつけられた。
今回の投稿で『第2章 太陽系航路編』は終了となります。
この物語を書き始めた当初、ソウヤたちが地球に帰り再出発した時点で、物語を終了しようと考えていました。
ところが、ここで終了するには中途半端だと思い始め、もう少しだけ続けることにしました。
とはいえ、この後の展開は何も考えていない状態なので、再投稿を始めるまで時間がかかると思います。続きを楽しみにしてもらっている方には悪いのですが、気長にお待ち下さい。




