scene:5 初めての探索
記憶領域追加処置が成功したのを確かめるためには、実際に使ってみるしかない。お互いの耳を確認すると、耳たぶにピアスホールのような穴が開き、銀色に光る接続端子が嵌っている。
医療ロボットが手を伸ばしソウヤの耳に触れる。
「あっ」
ソウヤの追加記憶領域に一つのデータが転送された。自分の脳に自在に制御可能な領域が存在するのを自覚する。そのデータは二つある追加記憶領域の内の接続端子に直結している方に転送されてる。転送されたデータに意識を集中すると、記憶領域追加処置の歴史や概要についての情報が脳内に展開。
その感覚は初めてのものだった。初めての情報なのに全て暗記しているような感覚がある。
「フロント記憶域にあるデータを、バック記憶域にコピーしてみなさい」
教授の指示を聞いたが、どうすればいいかソウヤたちには分からない。
「と言われても、どうすればいいんや?」
ソウヤが尋ねると、教授がやり方を詳しく教える。脳の中で手をイメージし、その手でデータを捻ってからバック記憶域へ放り込むとコピーされ、捻らずに放り込むと移動するようだ。
イチとモウやんもすぐにできるようになり驚く。
確認を終えたソウヤたちは、船長が待つ場所へと戻る。
「アリアーヌ、お前がお嬢様だったのは、宇宙海賊に捕まるまでの話。ここでは下級民でしかないんだ。観念して言う通りにしないと痛い目に遭わすぞ」
船長がアリアーヌと呼ばれる少女を脅している。
「私を故郷の星に帰しなさい。父が必ずお礼はします」
「ふん、馬鹿を言うな。そんな危険な賭けができるか。お前の親父は、ケビスダール星の枢密議員だろ。軍隊に影響力を持つお偉いさんなんかに、危なくて近付けるもんか」
どうやら宇宙海賊に捕まった少女を、闇シンジケート経由で船長が買い取ったらしい。
「よし、帰ってきたな。貴様らは特殊ガス雲に入って金になる知識を片っ端から取ってくるんだ」
ゲコジブが脅かすように言う。ソウヤたちはビクッと身を震わせ。
「けど、俺たち、どうやればいいかなんて分からんのやけど」
「そいつは、この女から聞け」
ゲコジブが、アリアーヌを小突いて前に出す。
「この子たちにアバター具現化装置を使わせる気ですの。正気じゃないです」
ゲコジブが腕輪型端末を見せながら。
「大人しく教えればいいんだ。こいつらのボソル感応力は、シンジケートが保証している」
ソウヤたちはアリアーヌから、特殊ガス雲内の探索方法について教わった。仮想ボディの作成自体は、ベッドに寝てアバター具現化装置を装着するだけなので問題はなく、難しいのは特殊ガス雲内で有益な知識をどうやって見付けるかのようだ。
特殊ガス雲内では潮流のようなガスの流れがあり、出発点から流れに飛び込むと本流に乗れるらしい。本流には幾つもの分岐があり、流れに逆らわずにいるとすぐに支流に押し流され淀みみたいなポイントに辿り着く。
その淀みにストレージ筐体が漂っているらしい。その装置から情報を引き出すのは簡単で、装置にタッチすれば自動で価値のある情報を吸い上げるそうだ。仮想ボディにそういう機能が組み込まれているのだと教えられる。
航宙船に搭載されていたストレージ筐体なので、航宙記録や機械の作動ログみたいな価値のない情報も記憶されており、そのような情報は自動的にフィルターで排除されると言う。
取得した知識や情報は追加記憶領域に転送される。だが、何の情報か確かめるには脳内で展開しなければ分からない。但し知識の全てが公用語であるガパン語で記録されている訳ではないのでソウヤたちに読めるかどうか。それに公用語で記録されていても内容が専門的すぎて理解できないだろうと言われた。
「初心者は、出発点に近いポイントで支流に流されるようです。その先にあるものは、すでに多くの人が手に入れ、価値が無くなっています。ですから、遠くのポイントで支流に入るほど、希少な知識を手に入れられる可能性があるようなの」
説明が終わるのを苛々して待っていたゲロール船長がカエル顔を突き出し、三人に命じた。
「最初は各々二時間だけ使用する。出発点から本流を三〇分ほど移動してから、それぞれが別の支流に入るんだ。そして見付けた知識を片っ端から頭の中に入れろ。ノルマは三〇個だ」
「選ぶ必要はないんですか?」
イチが尋ねると、船長が馬鹿にするように鼻で笑い。
「ふん、お前らに選べるのか。黙って言う通りにしろ」
三人は船内にあった医務室のような場所に連れて行かれた。白い壁に囲まれた部屋に一〇個ほどのカプセル型寝台が並んでおり、カプセルから黒いケーブルが壁を貫通している。そこで待っていたSF映画で見たようなアンドロイド型ロボットの指示でカプセル型寝台に寝かされ、変なヘルメットみたいなものを頭に被せようとする。
変なヘルメットはアバター具現化装置で、ボソル感応力を持つ知的生命体でないと機能しないらしい。
被せられた瞬間、ソウヤたちの意識は宇宙の中に投げ込まれた。
……………………
………………
…………
……
ソウヤがハッと気付くと、光り溢れる広大な空間が目の前にある。現在いるのは宇宙樹の幹の上、前方には白いガスがかなりの速度で流れているようだ。よく見ると宇宙樹の幹に絡み付くように特殊ガス雲の本流が流れ、その周囲に数多くの支流が渦巻いている。
視界の隅に数字が浮かんでいた。その数字は秒単位で変化しているようだ。
「何だここは?」
モウやんの声がした。どういう仕組みかは分からないが、仮想ボディでも声を出せるらしい。横を見るとモウやんの形をした雲がある。白い綿飴で出来ているかのような存在で、見覚えのある仕草をしている。
「ここは出発点だろ。アリアーヌが言ってたじゃないか」
イチの声がやはり人型の雲から聞こえる。
「何で俺たちが雲なんや?」
「肉体は元の部屋のベッドの上で、こいつが仮想ボディじゃないんですか」
「けったいなもんやな」
モウやんがソウヤの身体を指でツンツンする。痛くはないが変な感じだ。
「モウやん止めろ。そんな場合やあらへんやろ」
「ええーっ、ソウヤのケチ」
「そんな場合やないと言うとるんや」
少しきつい口調で言うとモウやん雲がしょぼんとする。
だが、それは一瞬だけ。気を取り直したモウやんが、
「これからどうするの?」
モウやんの質問にイチが返答する。
「取り敢えず、船長の言う通りにしようか。視界の上の方に時刻みたいなのがカウントダウンしてるだろ。時間制限があるんだ」
イチの言葉に従い、三人は本流に飛び込むために前に進んだ。前に進もうと意識しただけでスーツと飛ぶように移動する。幅四キロほどの本流の流れは速くはなさそうなので、船長の指示通り三〇分は本流に留まり、その後支流に飛び込むのも可能だろう。
ソウヤたちは一斉に飛び込んだ。飛び込んだ瞬間、流れを感じた。本流の外側へと押し出されるように感じ、真ん中へ戻ろうと意識を集中する。
船長はガス雲の本流に三〇分は留まれと簡単に言ったが、意志の力だけで、それが可能な種族は少ない。そうでなければ、宇宙樹に存在する知識や情報は探し尽くされていただろう。
「モウやん、イチ」
ソウヤは叫んでみたが返事はない。はぐれたようだ。
最初緩やかだった本流の流れが次第に速くなり、本流に留まるのに苦労するようになる。意識を集中していないと、どんどん外側へ流されていく。
カウントダウンする時刻表示を確認しながら頑張り、三〇分経過で意識を緩めた。すぐに外側へ流され、支流に入った。支流は幅一〇メートルほどの細いもので逆らわずに流されると、流れが遅くなり淀んだ場所で止まる。
その淀みには、九個のストレージ筐体が漂っていた。大きさは蜜柑が入っているダンボール箱ほどで、明らかに壊れているものが三つ。
壊れていないストレージ筐体六個の中で一番手前にあるストレージ筐体に触れる。ストレージ筐体から物凄い勢いで情報が吸い出されるのを感じた。だが、ほとんどはフィルターで弾かれたようだ。追加記憶領域にポンとコピーされた情報ブロックが出現。その後、次々に四個の情報ブロックがコピーされた。
ソウヤは好奇心に負けて中を開いて確認する。最初は一番大きな情報ブロックを開く。幸いにも公用語で記録されており読めた。中身はオポニイ製中型輸送航宙船操船システムの情報らしく、全く理解できない。
別の小さな情報ブロックを開いてみると『オポニイ製高機能宇宙服設計情報』である。オポニイ製航宙船で使用している宇宙服の情報のようだ。他に『中型輸送航宙船の構造情報』があったが、それ以外は『航宙路情報』『星間交易条約』などであり興味を惹かなかった。
次に隣りにあったストレージ筐体に触れ情報を吸い出す。中身はオポニイ星の科学情報ライブラリーのようだ。航宙船の旅は暇なので船内にこういう情報ライブラリーが搭載されている場合が多い、ただ情報ライブラリーの記憶装置はそれほど頑丈に作られていないので中身の劣化が激しく、読み出せたのは七個だけ。
開いてみると『オポニイ星陸生動物の生態』『量子光学大系』『オポニイ星の科学史』『海棲生物形態学』『惑星キレルの造山運動学』『両生類の美学』『甘美なフェロモン研究』とタイトルだけ確認。
どうやら船長が趣味で集めた科学情報ライブラリーだったようだ。
ソウヤは気になった『量子光学大系』『オポニイ製高機能宇宙服設計情報』『中型輸送航宙船の構造情報』をバック記憶領域へコピーし、ちょっとだけ中にあった映像や設計図みたいなものを覗く。どの位そうしていたのだろうか。時刻を見ると一時間半が経過している。
「やばい、ノルマ三〇個や」
ソウヤは急いで残っているストレージ筐体に触れ情報を引き出し片っ端からフロント記憶領域へ放り込んだ。情報ブロックを数えてみると合計で三一個になっている。時間は後五分を切っていた。
念のため、後から手に入れた情報ブロックをバック記憶領域へコピーする。これは教授に指示されたことだ。理由までは教えてもらっていない。
時間切れとなった。仮想ボディが霧散し、ソウヤの精神は元に肉体に戻った。
「ブハーッ」
ソウヤが半身を起こすと元の医務室のような部屋だ。横を見るとモウやんとイチも起きたようである。
「おい小僧ども、上手く回収したんだろうな」
ゲコジブが凄みを利かせているらしく低い声で言う。だがカエル顔で言われても気持ちが悪いだけで怖くはない。船長が小さな棒状の物を四本腕のロボットに渡し指示を出す。
ロボットは腹部のカバーをパカッと開け船長が渡した棒状の物をセットする。そしてモウやんに近付き二本の手で身体を固定する。
「何するんだ?」
ビビりながら、モウやんが声を上げる。
「ジッとしていろ。今からお前たちが吸い上げた情報ブロックを吸い出す」
ロボットはもう一本の手でモウやんの耳たぶを触り、何かしているようだ。
「あれっ!」
モウやんが変な声を上げた。何をされたのかは分からなかったが、モウやんは目を丸くしている。
次はソウヤだ。ロボットに身体を固定され接続端子がある耳たぶを触られる。追加記憶領域から情報が吸い出されるのが分かった。吸い出された情報ブロックは消失する。
ものの数分でフロント記憶領域が空になる。モウやんが驚いたのは吸い出された情報ブロックが消えるとは思っていなかったからだろう。
イチからの情報吸い出しが終わり、ロボットから情報ブロックをセーブした棒状メモリを受け取った船長はすぐに船に戻り、情報ブロックの解析を始めた。
一方、自分たちの部屋に戻ったソウヤたちは、教授も加えてガス雲での情況を話し合う。アリアーヌは別の部屋に連れて行かれたらしい。
モウやんは本流に乗って一〇分ほど踏ん張ったが、ちょっと気を緩めた途端、幅二メートルの支流に流され着いた先にあったのは記憶装置らしい三個のストレージ筐体で中には多くの情報ブロックがあったらしい。
「ちゃんとバック記憶領域にコピーしたんやろな」
ソウヤが言うとモウやんは頷き。
「ちゃんとしたよ。全部で四五個の情報ブロックがある」
イチも収集した情報ブロックの数を報告する。
「自分は五一個です」
ソウヤはちょっとだけ情けなくなった。モウやんより少ないなんて……。
「俺は三一個や。気になったんでちょっと中身を見ていたら時間切れになった」
イチが非難するような視線をソウヤに向ける。
「取り敢えず、ノルマの三〇個はクリアしたんやからええやろ」
「でも、気を付けてよ。二度と懲罰は嫌だからね」
ソウヤは懲罰スイッチが押された時の苦痛を思い出し、血の気が引く。
「もちろんや、気を付ける」
その後、教授も加わえて情報ブロックの中身を調査する。ケーブルでお互いの接続端子をハブにつなぎ情報ブロックを共有化。追加記憶領域の中の情報ブロックはパチンコ玉のような光の粒のように感じられ、任意に色を付けタグも付けられる。
現在、全ての情報ブロックは黄色く弱い光を放っている。ソウヤたちは教授とルールを決め、解析した結果でジャンル毎に色を変え、タグを付けることにした。
例えば、科学技術関係の情報なら青系の色、歴史や政治社会なら灰色、文学や自伝・フィクションなら赤系を付ける等である。
「教授、どうしてバック記憶領域にコピーさせたんや?」
ソウヤが調査の途中に、教授へ質問する。
「いつまでも下級民でいたくないでしょ。これは下級民から抜け出すための準備よ」
イチが真剣な顔で。
「下級民から抜け出す……どうやって?」
「サルベージなんて仕事は、危険が付きもの。いつ船長たちが死ぬかもしれないわ。そんな時に上手く立ち回って自由を手に入れるには、知識を手に入れ技術を磨いて準備しておくことが一番なのよ。それに知識はお金になるんだよ」
モウやんが目をキラキラさせる。
「そうしたら、地球に帰れる?」
教授は曖昧に笑い。
「そうね。帰れるかもしれないわね」
ソウヤたちはより真剣に調査を再開させた。
公用語でない情報ブロックは教授の端末に入っている翻訳ソフトで翻訳してから分析する。
解析の結果、モウやんが手に入れた情報ブロックの中で売れそうなのは、ジョワン星の児童用教育情報ブロック。だが、ほとんど大した価値がないそうだ。
イチの情報ブロックはタリュガ星の宇宙ステーション工学に関する研究資料で、そこそこの価値があるものが見付かる。
最後にソウヤの情報ブロックだが、中型輸送航宙船の構造情報は高く売れそうだった。こういう航宙船に関する情報は各国の造船所が欲しがる。
「船長たちはこれで満足するかな?」
モウやんが尋ねると教授が首を振る。
「ふん、ケロールの奴は欲深だから、こんなもんじゃ満足しないよ。もっと本流の先の方へ行けと命じるんじゃない」
何故か分からないが、本流に長く留まって遠くで支流に入ると貴重な情報ブロックを手に入れる確率が高くなるらしい。