scene:49 マスドライバー船
金属小惑星プシケではソウヤたちが採掘を終え、掘り出した金属を使って、いくつかのものを製造しようとしていた。一つ目は小型攻撃機の出撃基地として使用される宇宙ステーションである。
宇宙ステーションの構造は円盤型、というかどら焼き型である。大きさは直径一二〇メートル、一番厚い部分は二〇メートルほど。中央部の上下に、マレポートで開発されている宇宙往還機と連結するドッキング装置が組み込まれる予定になっている。
その宇宙ステーションには、姿勢制御用スラスターしか駆動装置を設置しない。恒星間基本法に抵触しない原始的な駆動装置だ。
宇宙ステーションの製造準備をしている時、ユピテル号の水を補給しなければならないと制御脳ディアーナが警告した。
教授はソウヤとモウやんに命じて、水を含んでいる小惑星を探させた。ソウヤたちは探査システムを使って小惑星を探す。小惑星帯を形成する小惑星の一つの中心部が氷塊だと分かり、ソウヤはバトルオウル、モウやんはリメルジャーで出発した。
モウやんのリメルジャーは、教授が設計した最新駆龍艇だ。搭載されているメイン動力炉やエンジンはバトルオウルと同型であるが、搭載武器は一六口径荷電粒子砲とスペース機関砲二門である。
メイン武器である一六口径荷電粒子砲は、駆龍艇の搭載武器としては驚異的な威力を持つ。その他の特徴として機体に組み込まれた八個のスラスターがある。
それにより圧倒的な機動力を有する機体は、どんな宇宙空間でも戦える。
『ひゃっほー』
通信機からモウやんの叫び声が聞こえてきた。久しぶりに乗る駆龍艇に気分を良くしたモウやんが奇声を上げながら操縦しているようだ。必要もないのジグザグに軌道を変えている。ソウヤは後ろから付いていきながら笑った。
「モウやん、あんまりはしゃぐんやないで。教授に怒られるぞ」
『これくらいいいじゃん。地球にいる間は、テレビか映画しか楽しみがなかったんだから』
六時間ほど飛んだ宙域で、小惑星を発見。直径一七〇〇メートルほどの小惑星である。
ソウヤは構造分析プローブを小惑星に撃ち込んだ。ソウヤたちにすれば、一〇万トンほどの水が手に入ればいいと思っていたのだが、小惑星の内部には直径五〇〇メートルほどの氷の塊があると分かった。
「うわっ、凄い量や」
これは六〇〇〇万トン以上の水がある計算だ。
『こんなに多いと、リメルジャーやバトルオウルじゃ運べないよ』
通信機からモウやんの声が聞こえた。そこが問題だった。直径五〇〇メートルの氷塊は駆龍艇程度では運べない。
「必要な分だけ切り出して運べばいいんや。けど、こんだけの水は貴重やな。教授に相談しよ」
ソウヤは通信機で教授を呼び出し巨大な氷塊について報告した。
相談の結果、一度ユピテル号に戻って準備することになった。二隻の駆龍艇はプシケに戻ってユピテル号の格納庫に入る。
ブリッジに行くと、教授とアリアーヌ、イチが議論していた。
「ユピテル号用として必要な量だけ運べばいい」
イチはソウヤと同意見のようだ。
アリアーヌが議論に口を挟んだ。
「その前に確認したいのだけど。プシケの場合は地球の各国政府による承認をもらったのに、今回は必要ないの?」
「天神族が管理する星系において、星系内に存在する資源は、その星系内で誕生した知的生命体のものになるわ。でも、単なる岩石や氷などは資源に入れてないの」
宇宙を漂う岩石や氷などは、航宙船の航行に邪魔になる場合は排除しても構わないことになっている。なので、天神族も資源には入れなかった。
「分かりました」
アリアーヌが納得したところで、議論が再開された。
「宇宙において、水は貴重だわ。確保できる時には確実に確保した方がいいと思う」
イチが腕を組んで頷き、
「分かりました。でも、どうやって運ぶんです?」
「マスドライバー船を造るのよ」
宙域同盟には、マスドライバー船という船種がある。小惑星などで採掘した資源を、カーゴキャッチ装置がある宙域まで飛ばす船である。
「マスドライバー船というと、もの凄く細長い船じゃなかったのかな。万能型製造システムでは造れないんじゃないですか?」
アリアーヌが指摘した。万能型製造システムで製造できる製造物は、全長が三〇〇メートルほどまでだ。マスドライバー船は飛ばす物を加速させる長いレール部分があり、二五〇〇メートルほどの長さが必要だった。
「それは問題ない。分割して造ればいいだけよ」
ソウヤは首を傾げた。そんな大掛かりなものが必要なのか、疑問に思ったのだ。大型のタグボート航宙船を建造すればいいだけではないのかと意見を出した。
タグボート航宙船とは大きな船や荷物を引っ張り移動させる高出力小型船である。氷を移動させるだけなら、大型タグボート航宙船を二隻ほど建造すれば、事足りる。
ソウヤの反論に、教授が落ち着いた声で、
「ええ、氷だけならそうね。でも、せっかく採掘した素材はどうするの。異層ストレージにも入りきれないわよ」
「けど、今は必要ないんやから、ここに置いとけばええんやないか」
「地球人が、ここに取りに来れるまで、何十年はかかるわよ」
モウやんが口を挟む。
「マスドライバー船を作ったとして、素材をどこに運ぶのさ。地球に送ったら、新しい宇宙ゴミになるだけだよ」
「地球へは送らないわ。地球と月のラグランジュポイントL4へ送るつもりよ」
ラグランジュポイントはスペースコロニーを建設すのに最適だと言われている宙域である。
近い将来において、地球人がスペースコロニーを建設しようと計画した時、その素材があれば大いに助かるだろう。ソウヤたちは教授の配慮に感謝し、マスドライバー船を建設することに賛成した。
教授の配慮を知った芹那は、地球人を代表して、
「教授、ありがとうございます」
教授は優しく笑いながら、軽く首を振る。
「報酬をもらいすぎたから、ちょっとしたオマケよ」
マスドライバー船の建造が始まった。スクリル星人の歴史と技術情報が詰まっているクリスタルメモリーにマスドライバー船の設計図が入っていたので、設計は分割して建造するという点だけを変更すれば良かった。
万能型製造システムを使っても、マスドライバー船の建造には五日が必要だった。マスドライバー船が完成した後、最初にマスドライバー船を使って発射されたのは、カーゴキャッチ装置である。
マスドライバー船から撃ち出された貨物を、磁気ネットを展開しキャッチする装置だ。小型の航宙船用制御脳と推進装置を備えたものなので、自動的に貨物を受け止める作業を続けることになる。
金属小惑星プシケの近くに停泊しているマスドライバー船は、姿勢制御スラスターやメインエンジンにより、位置を保持する機能を持っている。
そうでなければ、貨物を発射する度に反動でズレていくからだ。単機能ロボットが鉄塊を掴んでマスドライバー船にセットする。
マスドライバー船のレールに取り付けられた警告灯が点滅し、発射が近いことを知らせる。警告灯が激しく点滅した後、鉄塊が標準型核融合炉から出力された大電力により加速され、ラグランジュポイントL4に向かって撃ち出された。
マスドライバー船は巨大なレールガンのようなものである。但し、その発射速度は地球で開発されているレールガンの何十倍にもなる。
貨物はラグランジュポイントL4に到着する軌道を描くように角度や速度を計算され発射された。次々に発射される鉄塊、プシケから採掘された金属資源の全部を撃ち出すには一ヶ月ほどの時間がかかりそうだ。
「後は、マスドライバー船とロボットに任せればいいわ。あたしたちは宇宙ステーションを建造するよ」
宇宙ステーションと言っても、姿勢制御用スラスターだけが組み込まれた殻だけの空き缶のような建造物である。建造自体は難しくないが、運ぶのが大変だ。
「金属資源をマスドライバー船で飛ばして、地球の近くで建造したらどうや?」
ソウヤの提案は、地球を攻撃しているように見えるという理由で、教授からダメ出しを食らった。どんな星系国家も住民がいる惑星に向かってマスドライバー船で貨物を飛ばすことを禁じているという。
「ふーん、面倒なもんやな」
ソウヤがそう言った時、ユピテル号の通信機から着信音が鳴った。教授が確認すると、リュリアス号からである。教授は通信回線を繋いだ。
『ユピテル号、貴様ら何をしている?』
「採掘した金属資源を地球の近くへ送っているだけよ。それが何?」
『恒星間基本法に抵触するようなことをしているのではないのか?』
「適法判定アプリでチェック済みよ。問題ないわ」
『ふん、ならいい。それより宇宙クラゲの数が一三〇万を超えそうだぞ。この星系はダメだ。貴様らは撤退した方がいいぞ』
そう言って、リュリアス号からの通信が切れた。
ソウヤたちは首を傾げた。教授も心配そうな顔でメインモニターを睨んでいる。
「ソウヤ、トートに頼んで、情報ブロックから宇宙クラゲの詳しい生態情報を探させて」
「分かった」
トートは膨大な星害龍に関する情報の中から、宇宙クラゲについての情報を探し出した。
その情報は宇宙クラゲが発する次元振音に関するものだった。次元振音は宇宙クラゲが発する仲間を呼び寄せるエネルギー波である。
人間の耳には聞こえない高次元空間が振動する音で、星害龍が通信手段として使っている。宇宙クラゲが発する次元振音は少し変わっている。多数の宇宙クラゲが同じ波長で次元振音を発するのだ。
共振を起こした次元振音はある一定上の数が集まると次元の壁を超え遷時空スペースにまで響くようになる。
結果として、宇宙クラゲ以外の星害龍を惹き付けることになるようだ。
「リュリアス号の船長が、一三〇万とか言ってたけど、その数を超えると遷時空スペースにいる星害龍を惹き付けるということなの?」
アリアーヌが教授に確認した。
「どうやら、そうらしいわね。早めに数を減らさないとまずいわ」
とはいえ、遷時空スペースまで届いた次元振音が必ず他の星害龍を惹き付けるということではない。太陽系宙域に隣接する遷時空スペースに星害龍がいた場合、太陽系に星害龍が現れる恐れがあるというだけである。
この先何十年も、他の星害龍が現れない可能性もあるのだ。但し、数百年単位で考えた場合、他の星害龍が現れる可能性が高くなる。
宇宙クリオネ程度なら迎撃も可能だろうが、もしグラトニーワーム級の星害龍が現れた場合、大変な事態になる。それを避けるためには、宇宙クラゲの数を減らさなければならない。
探査システムが警告音を鳴らした。アリアーヌが急いで調べる。
「大変よ。火星で繁殖した九〇匹を超える宇宙クラゲの群れが、地球に向けて移動を開始したみたい」
一匹から数匹程度の移動は、頻繁にあった。だが、五〇匹を超える群れの移動は久しぶりだ。まして九〇匹を超えるなら、今の地球では対応できない。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その頃日本でも宇宙クラゲの群れを発見していた。その対策を話し合うために、航空宇宙センターに官僚と数人の大臣が集まった。会議室の席に座った全員が深刻な表情を浮かべている。
「では、会議を始めます」
袴田理事が進行役になって議事を進め始めた。
防衛省の岩木大臣が一番に確認する。
「袴田君、ユピテル号には連絡を取ったのかね?」
「もちろんです。急いで戻ってくるそうです」
「間に合うのかね?」
「ユピテル号のスピードなら、間に合うはずです」
ユピテル号のいる小惑星帯より、火星の方が地球に近い。当然、宇宙クラゲの方が地球に近い位置にいる。
「だが、現時点では宇宙クラゲの方が地球に近いのだろ」
「そうですが、ユピテル号は光の〇.二パーセントの速度を出せるようです。間違いなく間に合うでしょう」
「ならば、我々は待つだけで良いのかね?」
岩木大臣がホッとした表情を浮かべた。
「いえ、それはどうでしょう」
「どういうことだ?」
「宇宙クラゲが、一塊ではなく散らばって近付いてくるのです。ユピテル号一隻で対処できるかどうか」
「ユピテル号が撃ち漏らした宇宙クラゲが、地球を襲うということか。迎撃用の宇宙往還機はどうなんだ?」
「宇宙クラゲの第三陣が地球に到達するまで一三日。それまでに完成させることは不可能です」
「今まで通り、地対天攻撃ミサイルで迎撃するしかないか」
会議に参加していた森本外相が、
「そのことなんですが、ユピテル陣営の一二ヶ国から、地対天攻撃ミサイルを融通してくれないかという申し出がありそうです」
岩木大臣が予備としてある地対天攻撃ミサイルを回すことは可能だと説明した。
「至急、地対天攻撃ミサイルを運ぶ手配と、操作するオペレーターの人員を揃えて欲しい」
ユピテル陣営は数が少ないので、外務省としては脱落する国を出したくないようだ。
アメリカでも宇宙クラゲの第三陣が発見され、どう対応するかが問題になっていた。マクレーン米国務長官は大統領執務室で日本の対応について説明した。
「なるほど、ユピテル号が戻ってくるのだな。リュリアス号はどうだ。応答があったのか?」
「いえ、全く返事が返ってきません」
ポーカー大統領は怒気を顕にして、リュリアス号に対する罵詈雑言を口にした。
少し落ち着いた頃を見計らい、マクレーン米国務長官が対応をどうするか尋ねた。
「新型宇宙往還機の試作機は完成したのだろ。あれを飛ばす」
スペースシャトルの機体を改良したものに、ジェブジエンジンとスペース機関砲を組み込んだ宇宙往還機である。エンジンテスト用に建造されたもので、大気圏での初飛行は終えていた。
 




