scene:42 日本政府代表
地球人との交渉役は教授に任せることにした。教授はソウヤたちから日本語を学んでおり、日本語だけなら喋れる。
教授は、エルフのように神秘的な美女である。ほとんど地球人と変わらないが、細長い耳だけが地球人でないことを主張している。
「さて、問題は宇宙クラゲをどうやって退治するかだわ」
「皆で、片っ端から撃てばいいよ」
モウやんの提案に、アリアーヌが眉をひそめた。
「この星系に、どれほどの宇宙クラゲがいると思っているの?」
「一杯いるみたいだけど、一万匹いたとしても一人二〇〇〇匹倒したら、終わりだろ」
アリアーヌは、船舶用制御脳に命じた。
「ディアーナ、宇宙クラゲをカウントして報告」
「了解シマシタ」
しばらくしてディアーナが報告する。
「現在確認シタ宇宙クラゲハ、一二八万五六四七匹デス」
「一〇〇万を超えてるのぉー!」
モウやんは滅茶苦茶驚いたようだ。
教授がモウやんに鋭い視線を向ける。
「それだけじゃないわ。宇宙クラゲは卵を生んで繁殖するの。その卵がどれほどあるか」
卵はユピテル号の探査システムでは発見できないので、数さえ分からない。
航宙船の一隻や二隻で全滅させられる数ではなかった。ソウヤたちはどうしたら良いかを考える。
「万能型製造システムで、攻撃型飛行ロボットを量産する装置を製造して、何千体か攻撃型飛行ロボットを作ればいいんじゃないですか?」
イチが提案した。教授が考えてから否定した。
「恒星間基本法の例外条項には、知的生命体が住む惑星を守るだけの必要最低限の援助が可能とあるの。だから、攻撃型飛行ロボットの大量生産は、制限に引っかかる可能性が高いわ」
ソウヤが不満そうな顔をする。
「俺たちは地球人なんやぞ。それでもダメなん?」
「あんたたちは、宙域同盟の市民になったのよ。地球人としてではなく、宙域同盟市民として問題を考えなさい」
ソウヤたちが宙域同盟市民にならずに帰還した場合は、例外的に認められたかもしれないが、宙域同盟市民になった以上、恒星間基本法は絶対だということだ。
その後、ソウヤたちは全員で考えた。
いくつかアイデアが出された。モウやんが出したアイデアは、駆龍艇のような超小型戦闘艇を地球の各政府に譲渡して、地球に近づく宇宙クラゲを退治させるというものだった。
「その超小型戦闘艇は、地上から離陸するの?」
アリアーヌが、問題点を指摘する。地上と宇宙を往復する超小型戦闘艇となれば、ハイレベルな駆動システムが必要である。
例外条項には第四階梯種族に譲渡できるものの技術水準も制限されている。第三階梯種族でないと開発できないような技術を使ったものは、譲渡できないのだ。
「何で、そんな決まりなんや?」
「天神族は、知的生命体が自力で発展するべきだと考えているようなの。だから、先進種族が開発途上種族に技術を教えることを禁じている」
次にアリアーヌがアイデアを出した。月に自動制御の防衛システムを建設するというものだ。これは譲渡ではない。地球人の侵入は禁止で、地球人だけで宇宙クラゲを駆除できるようになれば撤去するというものだ。
「なんか、嫌やな」
ソウヤが告げた。
「何で?」
「だって、頭の上に自分たちを殺せる兵器が浮かんでるんやで」
その言葉を聞いた教授が考え込む。
「地球人も、ソウヤと同じように思うかもしれないわね」
アリアーヌが提案した案は、地球人によって拒否されるかもしれないと教授は考えたようだ。モウやんの顔が不機嫌なものに変わる。
「面倒臭いな。方法は地球の頭のいい人に考えてもらおうよ。それより、リュリアス号の奴らはどうするつもりかな?」
イチが首を振った。
「メルギス種族のことなんか、分からないよ」
教授がソウヤたちを見て、
「ねえ、地球に統一された政府はないのよね?」
「ないよ。ほとんどの国が加盟している国連というのがあるけど、統一政府じゃなくて宙域同盟みたいなものかな」
イチが代表して答えた。
「面倒ね。国の中で一番力があるのは?」
「軍事力ならアメリカかな。人口が多いのは中国」
「あんたたちの国はどうなの?」
「日本……経済力だけはまあまあやけど、後はぼちぼちや」
「ソウヤ、その表現だと分かり難いわ。経済は一流、後は二流ということ?」
「そんなところや」
「交渉相手には、アメリカか中国がいいかもしれないわね」
「そうやけど、アメリカと中国は言葉が違うんや。俺たちは喋れん」
「そうすると、日本を窓口にして交渉した方がいいのね」
ソウヤたちは日本語で地球に通信を送った。地球を訪問する許可をもらい、リュリアス号と一緒に地球へ向かう。
ユピテル号が地球に到着。ユピテル号は日本上空に停泊、リュリアス号はアメリカ上空で停泊した。
ソウヤたちはユピテル号の通信回線と地球のインターネットとを接続し情報の収集を始めた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
地球人の多くが、初めて見る航宙船に驚愕し恐れた。反対に、航宙船の姿に歓喜と希望を見出す人々もいた。地球人が初めて遭遇する異星人が、友好的な知的生命体であると考えているのだ。
地球の人々は、異星人がどんな姿をしているのかを想像した。
テレビでは、二隻の航宙船の特別番組を一日中放送しているような状態となった。
その日、芹那が航空宇宙センターに出勤すると、袴田理事から呼び出された。芹那が理事の執務室前へ行き、ドアをノックする。入室許可の声が聞こえ中に入る。
「何か御用でしょうか?」
「話があるのだ。まずは座ってくれ」
袴田理事がソファーを指差した。
「これは極秘事項なのだが、日本政府の代表数人が非公式にユピテル号を訪問することになった」
「えっ、どうやって?」
「ユピテル号から迎えを寄こすそうだ」
「宇宙旅行ですね。いいな」
「他人事ではないぞ。その代表の中には、私と君も入っている」
その言葉を聞いて、芹那は驚きすぎて頭が真っ白になった。
「な、なぜ……私なんです?」
「なぜかは分からんのだ。宇宙クラゲ問題に関わっている人物は、全員把握しているらしい」
「我々のサーバーがハッキングされているということですか?」
「そうだ。しかし、相手は我々より文明を発展させた異星人だ。ハッキングだと意識しているかどうかは不明だ」
芹那が首を傾げた。
「我々が施しているセキュリティーなど、異星人にとっては児戯に等しく、セキュリティーだと気づかなかったかもしれないと分析官が言っていた」
芹那は袴田理事の顔が暗くなっているのに気づいた。
「どうかしたんですか?」
「ユピテル号のクルーは、日本に交渉の窓口になって欲しいと言っているのだが、閣僚の中に辞退して、アメリカ政府に代わってもらえと主張する者がいるのだ」
「……そんな閣僚こそ代えた方がいいです。きっと、責任は取りたくないが、成果は欲しいと思っているんですよ」
袴田理事が苦笑いを浮かべた。
「まあ、そうだろう。だが、安心したまえ、小寺総理は自ら訪問すると決められた」
「でも、総理と一緒に私が行くんですか?」
「指名されたのだからね。承諾してくれると私も嬉しい」
強制することはできないので、袴田理事は困っているのだろう。芹那は勇気を振り絞って承諾した。
総理の他に文部科学省の崎坂大臣が一緒に行くことになった。外務省の官僚二人と自衛隊の猛者二人が護衛で参加する。
約束の日の午前〇時半に、芹那は羽田空港に来ていた。飛行機の最終便が出発して二時間以上が経っている。
「羽田空港を指定したのは、日本政府なんですか?」
「いや、ユピテル号だ。日本政府に選択権があれば、航空自衛隊の基地を指定しただろう」
「それが嫌だったのかもしれませんね」
芹那と袴田理事が会話を交わしていると、小寺総理一行が現れた。
小寺総理はいくぶん青褪めた顔をしている。
「袴田理事、今日はよろしく頼むよ」
「こちらこそ、総理とご一緒できて光栄です」
芹那は場違いな場所に来てしまったと後悔していた。周りにはマスコミや野次馬の姿はない。日本政府は、アメリカにさえ極秘で、今回の訪問を行うことを決めていた。
午前一時になった。上空から青白い光が降り注ぎ、羽田空港の滑走路を照らし出す。
「何か見えたぞ」
自衛官の一人が声を上げた。見えてきたのは、全長二五メートルほどの飛行体だった。隅田川の水上バスに形は似ている。
「どんな推進機関で飛んでいるのだろう?」
ジッと見詰めていた袴田理事が呟くように言う。
ユピテル号から発進し羽田空港に下りてきた乗り物は、ソウヤたちが地球を探し星と星の間を旅している間に製作したもので、『プラネットシャトル』と呼んでいる。
プラネットシャトルは、コクピットに二人、乗客一五人を乗せて惑星と宇宙空間の間を往復する性能を備えていた。
芹那の目の前で未知の飛行物体が滑走路に着陸した。固唾を呑んで見守っていると、ハッチが開き何かが降りてきた。
「ロ、ロボットだ」
芹那の隣に立っている袴田理事がうわずった声を上げた。
そのロボットは、おおよそは人間型のロボットと言えるが、頭部だけはカエルに似ていた。
自由に喋れるように改造されたカワズロボは、小寺総理の前まで来ると右腕を胸に当てお辞儀をした。
「オ迎エニ参上シマシタ。代表ノ方ハ『プラネットシャトル』ニオ乗リクダサイ」
芹那たちは、そのロボットに案内されプラネットシャトルに乗船した。乗船する時に、カメラ機能があるものはロボットが預かるというので、芹那はスマホを預けた。
船の内部はジャンボジェットなどと大差はない。ただ座席に座った感触が違った。適度な弾力があり、身体を強く押し付けると、柔らかいクッションのように身体を包み込む。
なぜか壁には禁煙マークが貼られている。それを見た愛煙家の袴田理事が情けないような顔をする。
「宇宙でも禁煙なのか」
それを聞いた芹那が、
「当たり前ですよ。空気のない宇宙へ行くんですよ」
禁煙マークを貼ったのは、タバコの臭いが嫌いなイチである。
座っていた芹那の身体に自動的にシートベルトが巻き付いた。ちょっとびっくりして目を丸くする。
プラネットシャトルが警告音を発し、機体から離れるように警告する。外で見ている者に対してのもののようだ。
機体が少し揺れ始めた。大きく揺れた次の瞬間、重低音のゴーッという音が響き、座席に身体が押し付けられる。
窓を見ると、日本の山々が小さく見える。瞬きする間に、丸い地平線が見えるようになり、かなりの高度に達しているのが分かった。
プラネットシャトルは宇宙空間へ達した。機内に響いていたエンジン音が止まり静かになる。芹那の身体がふわりと浮こうとしてシートベルトに引き止められる。
芹那は内臓が浮き上がるような感覚を味わった。
「気持ち悪い。無重力?」
小寺総理が外を見て驚きの表情を浮かべた。
「見てみろ。宇宙船だ」
地球人の認識では巨大な宇宙船に見えた。
プラネットシャトルは、ユピテル号の下部に接続されているリビングベースの格納庫にするすると入る。
カワズロボがコクピットから現れ、シートベルトが解除された。
「皆様、コチラカラオ降リクダサイ」
芹那は宇宙船内には重力があるのに気づいた。
「袴田理事、人工重力でしょうか?」
「そうらしい」
芹那たちはハッチから外に出た。格納庫には医療マシンが二台置かれており、カワズロボが医療マシンで検査を受けてもらう必要があることを伝えた。
「どういうことなのかね?」
小寺総理が袴田理事に尋ねた。
「我々が、異星人にとって有害な細菌などを持っている恐れがあるからでしょう。昔の映画で宇宙人が病原菌で絶滅したというものがあったのを思い出してください」
医療マシンは椅子型のもので、そこに座ると検査され標準抗体ナノマシンが注射された。この医療用ナノマシンは、宙域同盟で広まった細菌やウィルスなどに対応するもので、星害龍と戦う屠龍猟兵には必須となっている。
「こういう医療処置を施されてからでないと、直接異星人には会えないということか。面倒なことだな」
小寺総理が愚痴をこぼす。
「総理、我々にとっても必要な措置だと思いますよ」
ちなみにソウヤたちが拐われた時も、一番最初に検査され標準抗体ナノマシンを注射されていた。但し、その時使われたのは古い型の安物で、屠龍猟兵になった時に、もう一度注射されている。
医療処置が終わり、芹那たちは格納庫から会議室のような部屋に移動した。壁の一面が大きな窓となっており、宇宙空間の様子が見えている。
窓の向こうには、地球と月、それにメルギス種族の探検船リュリアス号の姿があった。映画のワンシーンのようで、幻想的な感じがする。




