scene:35 中古船販売会社
ソウヤたちはバルゾックの戦艦から逃げ切り、跳躍リングに飛び込むことに成功した。
「どこに向かうつもりなん?」
ソウヤが教授に尋ねた。
「スクリル星系へは、九光年離れたクラウゼス星系を経由して跳んだわ。追ってくる戦艦は一番にクラウゼス星系を探すはず。あたしたちはモルヴェット星系へ行こうと思うの」
モルヴェット星系は、スクリル星系から九七光年の位置にある。
通常、跳躍リングを使う場合、二〇光年以内の星系を目指す。二〇光年以上になると、遷時空スペースから通常空間に戻った時に、出現位置が大きくずれるからだ。
九七光年ともなると、どれほどずれるのか予想がつかない。
ソウヤたちはいつもより長い時間を遷時空スペースで過ごした。
「いい。通常空間に戻るわよ」
ソウヤたちは固唾を呑んで見守る。
モニターに映し出されるカウントダウンがゼロになった。
ユピテル号が通常空間に戻った。
「周囲に航宙船の反応なし。少なくとも待ち伏せはないようだね」
教授は待ち伏せの可能性も考えていたようだ。敵は第二階梯種族である。教授の知らない技術を持っており、先回りされる可能性もゼロではなかった。
モニターに現在位置が表示された。
アリアーヌが盛大に溜息を吐いた。
「ああっ、やっぱりね」
「やっぱりって、何や?」
ソウヤが確認した。
「現在位置を見てみなさい。恒星からかなり離れた位置に出たみたいよ」
ソウヤたちは位置が表示されているモニターを覗き込む。跳躍リングまで二〇日ほどかかりそうなポイントだ。
「九七光年を一日もかからず移動したのに、星系内の移動で二〇日もかかるなんて、何だか納得できないよ」
モウやんがぼやいた。
「さて、これからどうする?」
イチがこれからの行動について、相談を始めた。
「まずは、ユピテル号の修理をしなきゃならんやろ」
ソウヤが溜息を吐いて言った。それを聞いたモウやんが、
「そんなのすぐに終わるよ」
ブルーアイに調べさせると、カワズロボに任せれば一日で終わりそうな作業量だと分かる。モウやんの言う通りだった。
「縮退炉を使えるようにしたいわね」
教授が提案した。それには皆も賛成する。
「縮退炉のエネルギーなら、万能型製造システムを動かせるずらか?」
チェルバが教授に尋ねた。教授は頷き、
「ええ、動くと思うわ」
「だったら、おらたち専用のイルツ型砲撃艇を作って欲しいずら」
「簡単に言うけど、材料の金属や有機材料を購入しなけりゃダメなのよ」
アリアーヌは、チェルバたち専用の船を建造することには、消極的なようだ。
「ナゼル星系政府から貰った報酬で買うずら」
チェルバたちもムサカ星系へ向かう救出船の護衛依頼で、億単位の報酬を貰っている。材料を買うだけなら十分な資金だ。
チェルバたちには、危ないところを救ってもらった恩がある。教授はイルツ型砲撃艇を建造することを承諾した。
「ところで、トルメンタ星系で建造したイルツ型砲撃艇は、どうするんずら?」
「あれは脱出艇として、使うつもりよ」
「贅沢な脱出艇ずら、あの砲撃艇をおらたち用に改造することはできねえずらか?」
教授は検討してみたが、否定した。
「できないことはないけど、設計を見直して万能型製造システムで建造した方が早いわ」
チェルバは納得したようだ。
「万能型製造システムは宇宙空間でも使えるんですか?」
イチが教授に尋ねた。
「大丈夫だけど、宇宙ゴミが衝突したら大変だから、装甲鈑で囲った方がいいかもしれない」
「装甲鈑か……買うと高いんだよね」
モウやんが文句を言う。
「万能型製造システムで作ろうか。製造ノウハウはクリスタルメモリーから手に入れられるんでしょ」
イチは教授に確認した。
「製造ノウハウは問題ない。問題は材料の購入になるかもしれないわね」
ソウヤが首を傾げた。
「どういう意味や?」
「作りたいものは数多くあるのに、その材料を買う資金が足りないのよ」
「新しく作るものって、補助エンジンとイルツ型砲撃艇、それに万能型製造システムを守る装甲鈑だけやと思っとったんやけど?」
その三つだけなら資金は十分に足りるはずだ。
「実は、万能型製造システムを使って、一儲けしようと考えているのよ」
ソウヤたちは意味が分からなかった。だが、アリアーヌは理解したようだ。
「なるほど、航宙船を建造して売るんですね」
万能型製造システムで造れる物で、高額となるのは航宙船である。教授は航宙船の建造販売をしようと考えたらしい。
「でも、勝手に売っても大丈夫なんですか?」
イチが心配する通り、航宙船の建造には許可が必要である。まず設計完了の段階で、星系政府または宙域同盟の許可が必要になる。
その設計データの許可をもらっても、建造後に販売許可を取るために承認検査を申し出て、星系政府または宙域同盟の検査官による検査を受けなければならない。
「面倒やな。上手くいくんやろか?」
教授がニヤッと笑う。
「あんたたち、故郷に帰るために遷時空跳躍装置が必要なんでしょ」
「そうやけど……」
「このままじゃ、買うのに必要な資金を貯められる頃には、ヨボヨボの爺さんになっているわよ」
星害龍の討伐や護衛の依頼だけで資金を稼ごうとすれば、それだけの年数がかかるらしい。
「それは嫌だ。でも、商売の経験なんてないけど大丈夫なの?」
イチが不安そうに言った。
「任せなさい。あたしが何年サルベージ船で働いていたと思うの」
ソウヤは教授の言葉が引っかかった。
「あれっ、もしかして新造船やなくて、中古船の商売を?」
教授が頷いた。新造船の建造販売は、やはり敷居が高いらしい。よほど信用のある人物じゃないと、事業を成功させられないそうだ。
だが、中古船は売り手と買い手の自己責任で商売が成り立っているのだという。
「サルベージ屋の得意先であるボニアント星系へ飛ぼうと思っているの」
ソウヤたちの記憶にない星系だった。
「ボニアント星系は、様々な種族の中古船業者が集まった場所よ。近隣の文明社会から数百の会社が、中古の航宙船を販売しているわ」
そこでは屠龍戦闘艦も販売しているらしい。
「へえぇ、数百社か。凄いねえ」
モウやんも興味を持った。
ソウヤたちは教授の考えに賛成した。
「でも、どうやって売るの?」
アリアーヌは販売方法の心配しているらしい。
「星系ネットワークに、中古船の販売情報を乗せれば、買い手から連絡がくる仕組みになっているわ」
方針が決まったソウヤたちは、ユピテル号でボニアント星系へ向かうことにした。
ボニアント星系へ到着するまで二ヶ月。その間に、ユピテル号の改造が進んだ。
補助動力炉だった中型核融合炉二基を取り外し、その場所に縮退炉、別名ブラックホールエンジンを設置した。この後、縮退炉がメイン動力炉となり、元のメイン動力炉であった大型核融合炉は補助動力炉として使われることになる。
「イチたちは、航宙船操縦士の勉強は進んでいるの?」
ボニアント星系へもう少しという頃、教授が尋ねた。
イチとソウヤは自信あり気に返事をしたが、モウやんが渋い顔になる。
「モウやんはまだまだやけど、俺とイチは合格圏に入ったと思うで」
ソウヤが代表して答えた。
「なら、ボニアント星系で試験を受けてもらうわ」
「えっ、あの星系で受けられるんですか?」
「そうよ。あそこは宙域同盟が管理する星系で、大きな支部があるのよ」
ボニアント星系は居住可能惑星が存在しない星系だった。惑星は巨大ガス惑星が二つだけなのだ。この星系で生活する者は、巨大なスペースコロニーに住んでいるらしい。
ソウヤたちは航宙船操縦士試験の最後の仕上げとして、集中的に勉強しながら船内で過ごした。
ボニアント星系へ到着。
ユピテル号の船体は、この星系の恒星に照らされ赤く輝いていた。船内ではアリアーヌが三次元レーダーのチェックをしていた。
「な、何なのこれ……第二惑星の周りに何万という航宙船の反応が……」
アリアーヌが驚きの声を上げるのを聞き、教授が笑みを浮かべる。
「それが中古船よ。もの凄い数でしょ」
第二惑星の周りに中古船が散らばっていた。それが土星の環のようになっている。
「それで、宙域同盟のコロニーはどれなんや?」
教授が答える前に、チェルバが答えた。
「あの輪の中の最大コロニーが、宙域同盟のものずら」
第二惑星の輪の中には、いくつかのスペースコロニーが浮かんでいた。その中で最大のものは、全長三〇〇〇キロもありそうな巨大なものだ。
宙域同盟コロニーの形は、完全な球形である。内部は二つのドームを接合して球形にしたような構造になっており、個々のドームが別々の都市を形成している。
航宙船操縦士試験も宙域同盟コロニーで行われているらしい。
「デカいな。ここに何人ぐらい住んでいるんだろ?」
モウやんがモニターに映し出される宙域同盟コロニーを見て声を上げた。
その大きさは停泊している航宙船と比べるとよく分かる。全長二〇〇メートルほどの中型輸送船が、象の尻に停まったハエのようだ。
ユピテル号を宙域同盟コロニーの係留ポートに接舷し、ソウヤたちは入内手続きを取った。宙域同盟コロニーに入るには、簡単な医学的検査と身分証明、それに目的を伝えれば入れる。
ソウヤたちは航宙船操縦士試験の受験という名目で入った。
受験の申込みをすると、試験は五日後となった。その間、リビングベースで試験勉強とフライトシミュレーションを何度も行う。
フライトシミュレーションは、試験でも使われるものを購入した。
瞬く間に五日が過ぎ、試験当日。
「行きたくないな。全然自信ないんだもん」
モウやんが珍しく元気がない。小学校のテスト前も、こんな調子だったのでソウヤたちは心配していない。
「モウやん、本番前の予行練習と思って受ければいいよ」
イチが慰めるように言った。
「まぐれで受かるかもしれんで」
ソウヤが茶化すように言う。
アリアーヌがモウやんに顔を向け、
「試験が嫌なら、受けなくてもいいのよ」
「それは仲間はずれみたいで嫌だ」
ソウヤたちはユピテル号を離れ、コロニー内部に降り立つ。
そこは惑星の地上にいるような錯覚を起こしそうなほど、自然豊かな場所だった。人工の山や川、湖があったからだ。
ここの重力は重力制御装置により作り出されている。地球より少し弱い程度だ。
どんな仕掛けなのか分からないが、風も吹いている。但し、太陽はなくドーム状の天井が輝いていた。
コロニー内の移動は、スマートキャリッジが担っていた。これは全自動で動く小型バスのような存在である。特定の周波数で呼べば、コロニーのどこにでも現れ人々を運んでいく。
このスマートキャリッジは、未来的なデザインをしており究極のスカイカーと呼べるような性能を持っていた。
ソウヤたちがスマートキャリッジに乗り込むと、スーッと宙に浮き動き出した。
試験会場は、宙域同盟の支部である高層ビルの二六階だ。
試験科目は航宙法・航宙船工学・天文学である。実地試験はシミュレーションによるテストとなっている。どういう状況を設定してシミュレーションするかは、当然ながら毎回異なるらしい。
試験は一人ひとりが別の部屋に入れられて始まった。
二日かけて行われた試験が終わり、翌日に結果が発表された。
イチは航宙船操縦士1級に合格、ソウヤとアリアーヌは2級に合格。モウやんは予想通り落ちた。
「なんでぇ~。同じくらい勉強したのに」
モウやんが嘆いた。でも、それを見るイチとソウヤの目は冷たい。
「何が同じくらい勉強したや。一〇分勉強した後、三〇分は休憩してたやないか」
教授やアリアーヌ、トートが教える勉強は、何とか集中して勉強するモウやんだったが、自習時間になると集中力が続かないのをソウヤたちは知っていた。
ユピテル号のブリッジに集まったソウヤたちは、結果を教授に報告した。
「まあ、予想通りね」
「ヒドイ……僕が落ちるのを予想していたって言うの」
教授が鋭い視線でモウやんを睨んだ。
「勉強をサボっていたのを知らなかったとでも」
モウやんが項垂れて、
「ごめんなさい」
モウやんが反省したところで、今後の活動に話題が移った。
「あんたたちが試験を受けている間、中古船販売会社を調べた」
アリアーヌが腑に落ちないという顔をする。
「船を買うんですか?」
「いや、中古船販売会社を買う」
教授の発言に、皆が驚いた。
「会社を買うなんて、無理よ」
経済を知っているアリアーヌが、最も驚いたようだ。




