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天の川銀河の屠龍戦艦  作者: 月汰元
第1章 最悪のファーストコンタクト編
3/55

scene:3 航宙船での生活

「うわっ!」

 目を覚ましたソウヤが、一声叫んでから半身を起こす。

「ああ、嫌な夢を見た」

 目を擦り周りを見回したソウヤは愕然とする。夢だと思っていた豚人間が目の前にいる。部屋も先程と同じようだ。

 (これは夢や。さもなきゃ幻や)

 ソウヤは祈るように心の中で呟く。パニックを起こしそうになるが、豚人間が自分に危害を加えようとしていないと感じて少し冷静になる。


「目が覚めたようだな」

 豚人間が声をかけてきた。日本語が上手いなと考えた直後、その言葉が日本語ではなかったのに気付く。

 (何でや、エイリアン語が理解できとる)

「あなたは何者、何で言葉が分かる?」

 イチの声が左側から聞こえた。首をゆっくりと回すと、同じようにカプセル型寝台に座っているイチの姿が目に入る。幾分青褪めた顔で、目を大きく見開き豚人間を見ている。視線を右に向けるとムンクの『叫び』みたいな感じで驚いているモウやんが見えた。


「宇宙人……どうしよう、イチ、ソウヤ。僕たち、宇宙人に誘拐されちゃったよ」

 モウやんが騒ぎ始め、その様子を見たソウヤは、かえって冷静になる。これが不気味な容貌をした宇宙人だったならば強烈な恐怖を覚えパニックに陥っていただろう。

 泣き叫び両親に助けを求め、大声を上げてしまったかもしれない。だが、相手は余り可愛くはないが、豚顔の豚人間だ。見覚えのある動物に似ているという点で、恐怖より違和感を強く覚える。


「静かにしろ。おいらはオーケル星人のモフィツ。お前らの世話を任された者だ。因みに言葉が分かるのはお前らの身体に言語素子ナノマシンを注入したからだ」

 その言葉を聞いてモウやんは静かになる。言葉の意味を考えているようだ。

 イチはナノマシンという言葉に聞き覚えがあった。好きなテレビ番組で紹介しているのを見て凄いと思った覚えがある。だが、ナノマシンとは小さな機械だったはず、それが言葉と何の関係がある?

 それにナノマシンを身体に注入したと言っていた。機械を身体に入れたとは聞き捨てならない。


 イチは小学生にしては大人びた考え方をする子供で、両親からも少々呆れられている。けれども友人であるソウヤとモウやんは変に思わずに親友だと言ってくれる。

 イチは小学三年生までは友達ができず、寂しい子供時代を過ごしている。初めだけは親しくしてくれる子供もいるのだが、長くは続かない。どうも話が合わずイチを敬遠するようになるのだ。

 四年生に進級し、ソウヤとモウやんに出会って初めて信じられる友人ができた。そして、今までの寂しさを埋め合わせるように、三人で遊び回るようになったのだ。


「その何とかを身体に注入すると、言葉が分かるようになるのか。すげえな、どうなってんだ?」

 モウやんが素直に驚き質問する。

「お前らに注入したナノマシンは、脳に辿り着くと脳細胞の一部を高性能な有機記憶素子に改変し、言語データを転写するんだ」

「えっ! つまり脳を改造してしまうのですか。危険では?」

 イチが心配そうに尋ねる。

「心配は要らん。ナノマシンは、未発達の脳の部位を探し出し改変するんだ。それにちょっとくらい壊れても、お前らの脳じゃ大して変わらんだろ」

 ソウヤはムッとする。明らかに自分たちを馬鹿にしている。


「何だ、不服か。それとも脳をいじくられて怖いのか?」

 モフィツには地球人の微妙な表情は読み取れないようだ。

 怖いのかと訊かれたが、当たり前だ。未発達な部分だと言われても脳の中に変な機械ができたのだから、不安になるなという方が無理だ。ソウヤがイチの方を見ると、同じように不安げな顔で頭を撫でている。


「ところで、俺たちを誘拐して、どないするつもりや?」

 ソウヤが少し興奮した様子で尋ねる。モフィツは分かってないなというように頭を振り。

「誘拐なんかしていない。ゲロール船長は、下級民としてお前たちを買っただけだ」

「買っただって、自分たちは奴隷じゃありませんよ」

 イチが声を荒げて言う。それに応えてモフィツが面倒臭そうに説明する。


 天神族が定めた法により、上位階梯の種族は下位階梯の種族を所有可能なこと、上位階梯の種族に所有された者は下級民と呼ばれ主人に逆らえないことを三人は知る。

「そんなぁ、自分たちは戦争捕虜じゃないのに」

「そうだ、家に帰してよ」

「断固、抗議や」


 騒ぎ始めた三人を見てモフィツは溜息を吐く。この三人は自分たちがどこにいるのか分かっていないようだ。

「故郷の星になんか帰れるものか。ここは宇宙船の中で、お前らの星から何十光年、いや何百光年も離れた場所なんだからな」


 それを聞いた三人は大騒ぎを始める。

「五月蝿い、騒ぐな!」

 モフィツは三人に怒鳴る。そして、止めの一言を口にする。

「首の後に手を当ててみろ。そこに小さな物が埋められているのが分かるか――そいつは調教端子、主人のスイッチ一つで物凄い苦痛を与える機械だ」


 三人は落ち込んだ。下級民などと言っているが、奴隷と同じだ。逃げられないように身体に機械を埋め込んである分、奴隷よりもひどい。

 家に帰れないと分かり絶望した三人は、口を利く元気もない。そんな三人をモフィツは、小さな部屋に連れて行き放り込んだ。カプセル型寝台が四つあるだけの狭い部屋で六畳ほどしかない。小さなトイレが付属しており、モフィツが使い方だけ教えてくれた。

「食事の時間になったら呼びに来る」

 そう言い残すとモフィツは去って行った。


 しばらく落ち込んでいた三人だったが、立ち直りの早いモウやんが部屋の中を歩き始め声を上げる。

「どうすればいいと思う?」

 尋ねられ、ソウヤとイチは困ってしまう。大人でも思案に暮れる事態に遭遇しているのだ。モフィツの言葉が正しければ絶望的な情況である。ソウヤが諦めたように溜息を吐いて。

「せやな……取り敢えず、ここで死なんよう頑張るしかないで」

 考え込んでいたイチも顔を上げ、日本語で。

「三人だけの時は日本語で話そう。戻った時に日本語を忘れてしまうと困るから」

「いいけど、どないしたらええと思う?」

「分からない。だけど、ソウヤのいう通り頑張るしかないよ」

 相談したけど、結論なんか出ない。

 疲れた三人はカプセル型寝台に横になり眠ろうとした。静かな時が過ぎ、三人の目から涙が零れ落ち、しばらくの間すすり泣く声が部屋に響く。家族と引き離され、とんでもない場所に連れ去られた小学五年の少年たちが泣き出すのも無理もない状況なのだ。


 泣き疲れて眠った三人が起きると、豚人間のモフィツではなくカエル人間のゲコジブという正規船員が待っていた。ゲコジブはゲロール船長と同じロドレス種族でアマガエルを人間にしたような奴だ。

 ゲコジブは三人を虫でも見るような目で見て雑用を言い付ける。

 こいつは威張った感じで命令を下す。そして、ちょっとでもミスをすると懲罰スイッチを躊躇ちゅうちょなく押す。滅茶苦茶嫌な奴だ。正規船員であるゲコジブは、簡易宇宙服にもなる船員服を着ている。


 船員服はオレンジ色の高機能繊維で織られているツナギ服で、ちょっとした装置が組み込まれている。汎用型環境調整システムとエマージェンシーパックである。

 ベルト型の汎用型環境調整システムは着ている者に快適な温度や湿度と清潔な体表面の管理を提供する。

 エマージェンシーパックは船員服を簡易宇宙服に変えるマイクロマシンが詰まっているもので、異常を感知すると頭部や船員服の表面をマイクロマシンが覆い過酷な宇宙環境から使用者を保護する。

 マイクロマシンとは、超小型機械のことでマイクロメートルからミリサイズの機械だ。また、ナノマシンは、それより小さく目に見えない微生物やウイルス並みのサイズの機械を指す。

 一方、ソウヤたちに渡された服は、黄緑色に染められた工場の作業服のようなものだ。化学繊維で作られた生地は丈夫だが肌触りが悪い。


 ソウヤたちが現在作業している解体ヤードは、船内中央部にある作業区画で広さが三〇メートル四方で高さが六メートルほど。薄汚れた金属の壁で取り囲まれ、窓など一つもない。天井には太陽光に近い光が輝いているが、蛍光灯のようなものではなく四角い板が光を出していた。

 この解体ヤードには膨大な量の壊れた機械が置かれていた。小型エンジンやテルジン動力炉、小型浄水装置、汎用ロボット、小型船用制御システム………など。しかも、床には潤滑油や緩衝材が散らばり、本当の色が何なのかを隠している。ひどい環境だ。


 自分と同じ大きさもある合金の塊を持ち上げたソウヤは、覚束ない足取りで一〇メートルほどの距離を運び廃棄品置き場の中にある固定具にワイヤーで固定する。戻る時は荷物を運んでいた時より慎重に歩く。普通に歩くと跳び上がってしまうのだ。作業区画の重力は、住居区画の二割しかない。

「うわっ!」

 声のする方を見ると、モウやんが宙に浮かび手足をバタバタしている。うっかり普通に歩いて飛び上がったらしい。


 三人が悪戦苦闘している解体ヤードにゲコジブが現れ。

「小僧ども、解体ヤードを片付けろと言っといただろ。まだ終わってないのか」

 ソウヤたちは部品取りした後の残骸を片付ける作業を命じられていた。簡単な仕事だが、重労働である。本来なら作業ロボットがするような単純作業であり、事故で作業ロボットが激減していなければ命じられなかっただろう仕事だ。


「自分たちはこの重力に慣れていないんです。もう少し時間をください」

 イチが謝るとモウやんが口を尖らせ。

「そんな奴にお願いする必要ないよ。初めから無理なこと言ってるんだから」

 その反抗的口調に怒りを感じたゲコジブは、頬を膨らませ容赦なく腕輪型端末にある懲罰スイッチを押す。三人の首に焼け火箸を押し付けられたような激痛が走る。


「ヒンギャアー!」「グッギャアー!」「アダダァ……」

 三人は猛烈な痛みでのた打ち回り悲痛な叫び声を上げる。その目からは涙が溢れだす。

「分かったか、生意気な口を利くとこういう目に合うんだ。覚えとけ」

 あざけるような言葉を残しゲコジブが去る。イチがモウやんを睨み口を開く。

「不用意にゲコジブを怒らせるな。下手すればショック死するぞ」

 モウやんが床にペタリと座り頭を下げ。

「ごめん、本当にごめんよ」


 ソウヤは項垂うなだれているモウやんを見て。

「それくらいでええやろ。イチも許したり」

 イチは深い溜息を吐いてから頷く。この経験で三人は思い知った。エイリアンは子供とか関係なく容赦ないのだと。

 様々な種族が交わり生きている恒星間文明では、姿や年齢で判断しないというのが常識となっている。五歳児のような姿でも一〇〇歳を超える種族もいれば、八歳児であっても幾多の戦場を駆け回る戦士だという場合もあるのだ。


 やっと片付けが終わり、三人は食料をもらうために食料倉庫に向かう。食料倉庫の入り口でチューブに入った保存食を配っていたのは、モフィツだ。

「仕事、終わったのか?」

「やっと終わった。腹減ったよう」

 モウやんが腹を押さえて食料を要求する。モフィツが無言でチューブに入った保存食と飲料水の入ったボトルを渡す。モウやんは受け取って肩を落とした。

「また、これ。他にないの?」

 ほとんど味のないペーストが入ったチューブ保存食は、食い意地の張ったモウやんでさえ難色を示す食い物だ。モフィツや地球人にとって必要とする栄養素を全て含んでいる保存食だったが、味は最低である。

「不服を言うな。船長が与えてくれた食料だぞ。感謝して食え」

「モフィツさん。ここには調味料とかないの?」

 イチも保存食の味にはうんざりしており、念のために味を調整する調味料がないか尋ねる。モフィツが馬鹿にするように鼻を鳴らし否定する。正規船員の厨房にあるらしく、下級民には絶対に配給されないそうだ。


 一ヶ月が経過し、三人はサリュビス号での生活に慣れた。低重力区画での身体の動かし方やモフィツが使っていたタブレット端末の使い方も覚える。

 このタブレット端末は、地球に存在するものより極端に高性能で薄く軽い。しかも恐ろしく丈夫である。床に叩きつけても傷一つ付かない。だが、異星人にとっては、最低限の安物らしい。

 そんなタブレット端末に慣れた頃、サリュビス号はラモナル星系に到達。主星は赤色矮星で三つの惑星が存在する恒星系だ。この星系はアウレバス天神族が管理する星系であるが、人間が居住可能な惑星は存在しない。

 あるのは天神族が設置したリング型遷時空跳躍装置だけで、隣の星系であるミクナイル星系へ向かう中継点にしか過ぎない。


 遷時空跳躍装置を持たないサリュビス号は、星系に設置されたリング型遷時空跳躍装置により遷時空スペースに遷移する。遷時空跳躍装置は、船を遷時空スペースへ遷移させる機能を持っているだけである。

 遷時空スペースは通常空間の常識が通用しない空間で、専用の推進装置があれば光速より速く移動することが可能だ。その推進装置は『ルオンドライブ』と呼ばれる。


 遷時空スペースを航行中の船は、通常空間を観測できない。そこで航宙船用制御脳がシミュレートした航路に沿って進み、移動先星系の中継ステーション近くで通常空間に戻るのが普通である。

 中継ステーションは、遷時空スペースから戻った艦船が休憩を取るための施設である。遷時空スペースで疲れた身体を休めてから目的惑星やリング型遷時空跳躍装置へ向かうのだ。

 但し、辺境の星系では中継ステーションが存在しない所もあり、このラモナル星系も中継ステーションの存在しない星系の一つだった。


 ラモナル星系で通常空間に戻ったサリュビス号は、三日かけてリング型遷時空跳躍装置(『跳躍リング』とも呼ばれる)に接近する。遷時空スペースを通って恒星間を移動するより、通常空間で跳躍リングまで移動する方が時間がかかる。距離を考えると奇異に感じるが、光の速度さえ簡単に超えられる遷時空スペースと、光の速さに近付くのでさえ膨大なエネルギーを必要とする通常空間では、全く事情が違う。


 サリュビス号のブリッジ(操縦室)では、ゲロール船長と一等航宙士が会話を交わしていた。

「目標ポイントに到達しました」

「跳躍リングとの回線を開け」

 ゲロール船長の命令で通信士が回線をつなぎ、跳躍リングに使用許可を求める信号を送る。跳躍リングは自動的に信号を処理し、サリュビス号に使用許可と請求額の数値を返信。

 ゲロール船長はサリュビス号の星間金融口座から振り込みを完了させ、一等航宙士に跳躍リングが使用可能になったと伝える。


 サリュビス号は遷時空跳躍のために、跳躍リングに向かって加速を開始する。跳躍リングを使用する場合、突入標準速度であるパーチ1以上の速度に達する必要がある。

 光速の〇.一パーセントに近い速度であるパーチ1は、サリュビス号の高性能とは言えない推進機関でも容易に出せる速度である。

 しばらく加速を続けていたサリュビス号は、前方に見えてきた直径二キロほどの跳躍リングに飛び込んだ。一瞬、オレンジ色に輝いた船体は消え、遷時空スペースに遷移する。


 遷時空スペースに慣れない者は、意識を正常に保つのが難しい。ソウヤ、イチ、モウやんの三人はぼんやりと目を開けていたが、頭の中にはもやがかかり半分寝ているような状態になっていた。その状態が数時間ほど続いた後、いきなり意識がはっきりする。

「遷時空スペースは、メッチャ嫌いだ」

 モウやんがブツクサ言い出す。

「右に同じや、あの状態で航宙士はちゃんと操縦できてるんかな」

「できてるから、通常空間に戻れたんでしょ」

 三人は自分たちの部屋で寝台に寝ながら、遷時空スペースをやり過ごすように言われていた。


 ミクナイル星系は、白色矮星の周りに惑星がなく大小様々な小惑星が漂うアステロイドベルトとガス雲だけが存在する星系である。その広大なガス雲の中に存在する小惑星に宇宙樹が根を張り、巨大な幹を宇宙空間に伸ばしている。その幹の周りに直径二〇キロもあるリング型宇宙ステーションが存在した。

 宇宙ステーションには幾つかの係留ポートがあり、大小様々な航宙船が停泊していた。サリュビス号は宇宙ステーションに近付き、最も巨大な係留ポートに接岸する。


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