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天の川銀河の屠龍戦艦  作者: 月汰元
第1章 最悪のファーストコンタクト編
2/55

scene:2 オークのモフィツ

 モウやんは何をやっても開かないハッチに拳を打ち付けた。痛みが脳天を突き抜け目から涙が溢れる。

「痛てぇー。こいつ、開けよ」

「誰か、開けてぇー!」

「何で閉まったんや!」

 三人はパニックに陥っていた。しばらくの間、わめき右往左往する。しかし、助けに来る者の気配はない。最初に冷静になったのはイチだった。周りを見渡し確認する。

 そこはエレベータのような小さな部屋で、非常灯のような薄暗く青白い照明がある。イチはソウヤとモウやんを冷静にさせようと思い。


「ソウヤ、お手。モウやん、お座り」

 関西人の遺伝子がソウヤを突き動かし、イチの差し出した手に右手を乗せる。モウやんが泣きそうな顔で座り込んだ。

 ソウヤがイチの手を払いのけ、突っ込みを入れる。

「犬とちゃうで」

 その声を聞いてモウやんが半泣き半笑いの顔に。ソウヤとモウやんが正気に戻ったのを確認したイチは、丹念に周囲を見回した。入ってきたハッチではなく反対側も出入り口らしいのに気付く。傍に近寄り周辺を調べてみると、タッチパネルらしき物が出入り口の横に付いている。


 ソウヤとモウやんはイチの行動を目で追った。興奮していた二人も普段の状態に戻っている。

「これ何だと思う?」

 イチが二人に尋ねた。二人はタッチパネルらしき物を見て首を傾げたが、モウやんがいきなりタッチパネルに触れた。ソウヤとイチが止める暇もない。ドアの内部でロックが外れるようなガチャリという金属音が響き、両開きのドアがスーッと開く。そこから何か焦げた臭いのする空気が流れ込んだ。

 正常な状態ならセキュリティが働きロックが外れるはずがない。この時、不時着の衝撃でセキュリティが機能しなくなっていたようだ。


「ダメやないか、モウやん。もっと考えてから行動せな」

 ソウヤが小言を口にした。イチも咎めるような目でモウやんを睨む。モウやんはちょっとしょげた表情を浮かべたが、立ち直りがチーター並みに早いモウやんは開き直る。

「結果オーライじゃん。ドアの先に別の出口があるかもよ」


 三人は小部屋を出て通路を奥へと進む。ソウヤは懐中電灯をリュックから取り出しスイッチを入れた。通路の壁はセラミックのような素材で作られているようで、叩いてみるとコッコッという軽い音。

 通路の突き当りにあるドアが半開きとなっていた。中を覗くと操縦室らしい部屋があり、操縦席には奇妙な生物が頭から血を流し倒れていた。ブルドッグを人間化したような生物で、体中に毛があるようだ。突き出た鼻と口、灰色の目はブルドッグそっくりでふてぶてしい感じ。ただ身長は一四〇センチほどしかなく、光沢のあるツナギ服のようなものを着ている。


「キターーーッ!」「信じられない!」「エ、エイリアンや!」

 信じられないものを見たソウヤたちはおもいっきり騒ぐ。それは仕方のないことだろう。宇宙船らしいものの中に異星人を発見したのだから。

「こいつ死んでるの?」

 モウやんが恐恐こわごわという感じで小声で尋ねる。

 ブルドッグ人間は息をしていない。首にはゴーグルのような物をぶら下げており、顔がブルドッグなので物凄い違和感がある。


 操縦室は飛行機のコクピットを未来的に洗練したような感じで、三人には理解できない作りだ。前面に大きなモニターがあり、その脇に五つの小さ目のモニターが設置されている。

 着陸の衝撃で全ての機械装置が停止したようで、それらのモニターには光がない。


 突然、正面モニターが輝き出し知らない文字が映し出される。

「何だ!」

 モウやんが驚きの声を上げた。次の瞬間、すべての機器が生き返り様々な情報を表示し始めた。

「いったいどうしたんや!」

 狼狽したソウヤが叫んだ。


 宇宙船の床が細かく震え出し、ヴィーンという機械音が響く。誰も操縦していないにも関わらず宇宙船が動き始めた。前方から何かが崩れる音。

「まずいぞ、これ」

 イチは宇宙船が再び翔び立とうとしていると気付いた。


 ボリューズ型小型連絡艇は搭載されていた整備用ロボットの働きで最低限の機能を回復。連絡艇の制御脳が再起動し、まず母船に信号が発信され、母船は自力で戻るように指示を出した。

 本来なら搭乗員に確認してから行動を起こすのだが、搭乗員が死亡しているのはセンサーにより確認している。母船の指示通り離陸シーケンスを開始した。


 連絡艇は底部にあるスラスターから高圧の推進剤を噴き出し機首を斜め上に向ける。そして、後部メインエンジンが稼働しノズルから噴き出した炎は連絡艇を天へと駆け上がらせた。

 動き出した連絡艇の床が斜めになり、三人は背後の壁に放り出され動けない。

 地球の重力圏を脱出しようと連絡艇は加速し、壁に押し付けられた三人は無理な姿勢で巨大な加速度を体験する結果となり、あっさりと気絶してしまった。


 連絡艇は軽々と地球の重力を振り切り、重力圏を脱出すると火星がある方向へと進路を変える。母船と合流した連絡艇は、母船の内部へと引き込まれ母船とともに太陽系から消えた。



  ◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆


 ソウヤ、イチ、モウやんは寒さと痛みで覚醒した。一番最初に目を覚ましたソウヤは、身体が思うように動かないのに気付く。

 (寒い、ここはどこ? 俺はどうしたんや。――――イチとモウやんは?)

 首から上が動くようになったので周囲を見回す。未熟児が入る保育器のようなものに入れられているようだ。もちろんサイズは大きくなっているが、人工皮革のマットのような物に寝かされている。

 声を上げようとしたが喉が麻痺しているようで声が出ない。パニクって起き上がろうとするがダメだ。


 だが、ちょっとだけ安堵する。イチとモウやんが両隣に寝ていたのを発見したからだ。

 それから一時間ほど経過した後、声が出せるようになった。

「イチ、起きとるか?」

「起きてるよ。でも体が動かない」

「僕も起きてるぞ」

 ソウヤはイチとモウやんの返事にホッとした。改めて周囲を見渡すと、そこが五メートル四方の小さな部屋で壁が灰色、医療機器みたいな機械が並んでいるのを目にする。伊井岳山の近くにある病院の中じゃないかと考えた。


 次の瞬間、それが間違いだと気付く。右の方に在るドアがスーッと開き、どう見てもキグルミとは思えない豚人間が入ってきたからだ。灰色の毛並、でかい鼻の下に突き出た口があり、白目の部分がオレンジ色で大きな黒い瞳が印象的な生物だ。身長は一五〇センチほどだった。

 ソウヤは少し前に読んだファンタジー小説を思い出す。オークと呼ばれる豚人間が出てくる物語である。

 その豚人間はモフィツという名前で、四二歳のオッさん豚だった。豚顔だが十分な医療知識を持ち、仲間たちの健康管理を任されている者だ。


 ソウヤが観察していると、その豚人間が三人に近寄り、保育器みたいなカプセル型寝台に組み込まれている装置から、何らかの情報を読み取り声を上げた。


「%&∧%∃#(%#∧%∃&&!∃」


 豚人間が発した言葉は、一言も理解できなかった。短い毛に覆われた器用そうな手に拳銃のようなものが握られ、それがソウヤに向けられる。近付いてくる豚人間を見て、ソウヤは恐怖で腹の底から震え上がる。

 拳銃がソウヤの首筋に。青褪め引き攣った顔をさせたソウヤが、イヤイヤするように首を動かす。拳銃の狙いは外れない。静かに引き金が引かれ、首筋にチクリと痛みを感じたソウヤの意識がスーッと遠のく。


 …………………………


 ……………………


 ……………


 ……


 地球人三人の首に言語素子ナノマシンを注入したモフィツは、医療用生体解析マシンが弾き出した結果を主人であるゲロール船長に報告するために、タブレット端末を起動する。

 三人に注入した言語素子ナノマシンは、オリオン渦状腕を中心に活動する文明社会で公用語となっている言語を強制的に記憶させるためのものだ。ガパン語と呼ばれる言語で、遥か昔に幾つかの文明社会が協力して作り上げた言語である。


 因みにオリオン渦状腕とは、銀河の中心から渦巻状に伸びている恒星の集まりの一つで、太陽系もオリオン渦状腕の外れに位置する。


 医療用生体解析マシンから伝送された情報をタブレット端末でチェックすると、ゲロール船長がシンジケートから購入した三人の低文明人が推測していた以上に幼かったのに、モフィツは気付く。

「こいつら少年期の子供じゃないか。だからシンジケートの奴らは、安い値段で売っていたんだな」

 闇のシンジケートからホロツ星の小人族だと言われ購入したのが子供だと分かったら、ゲロール船長は不機嫌になるだろうとモフィツは暗い表情になる。

 余裕の無かった主人が念入りに調査する手間を惜しんで購入したのが悪い。だが、あの主人は自分の非を認めず周りの者に八つ当たりするに違いない。モフィツの目が悲しげに憂いを帯びる。


 モフィツが現在いるのはサルベージ船サリュビス号の船内である。サルベージ船とは宇宙空間で難破した航宙船から使える部品や積荷を回収する作業船のことだ。

 建造から八〇年が経過する老朽船だが、数カ月前までは整備の行き届いた船だった。それが今ではボロボロの状態である。

 標準時間で三ヶ月ほど前、母港のケルケロ星から三七〇光年ほど離れた恒星系で難破した貨物船をサルベージしていた時、半壊していた貨客船のメインエンジンが爆発を起こしたのだ。

 その爆発に巻き込まれたサリュビス号は、船体に大きな穴が開き搭載されていた設備にも大きな被害が出た。ただメイン動力炉である三基の高性能核融合炉とメインエンジン、それに航宙船用制御脳が無事だったので辛うじて航行は可能だった。


 貨物船のエンジン爆発は、船だけではなく乗組員や作業員にも被害をもたらし、正規船員五人とサルベージ作業員三四人の生命を奪っている。

 サリュビス号の船長であるロドレス種族のゲロールは、ソウヤたちが見たらカエル人間だというだろう外見をしている。そんな外見だが、ロドレス種族は複数の恒星系を支配下に置く第三階梯種族である。


 銀河系全域で活動する支配種族であるモール天神族とリカゲル天神族、アウレバス天神族は、大きな括りで文明種族を五つに分類した。銀河系全域で活動する自分たち第一階梯種族、超光速で恒星間を航行する船を製造可能で大規模複数恒星系文明を築く第二階梯種族、そして、ロドレス種族のような複数の恒星系を支配下に置くが、遷時空跳躍船を製造できない第三階梯種族である。


 遷時空跳躍船を製造できないのに恒星間文明を築けるのかと疑問が浮かぶが、年単位の時間をかければ恒星間旅行は可能であり、上位種族から超光速航行を可能とする遷時空跳躍装置を購入するのも可能だった。

 遷時空跳躍装置には二つのタイプが存在する。一つは航宙船に組み込むタイプのもの、もう一つは宇宙空間に設置する大きなリング状のものだ。これは巨大リングを潜る物体を遷時空スペースに放り込む装置である。

 遷時空スペースへの遷移には膨大なエネルギーが必要で、リング型遷時空跳躍装置を使用する場合、設置した星系国家から多額のクレビット(汎用電子マネー)を請求される。



 モフィツはゲロール船長についての心配を止め、見ているデータに注意を戻した。肉体的な能力は一番大きな少年が優れているようだ。モフィツの故郷であるオーケル星の主惑星ガダロより重力が大きな惑星で育ったようで、筋力はオーケル星人より強い。

 脳の方は未開発の部分が多く、効率的な使われ方はされていない。ゲロール船長はボソル感応力を持つ人材を購入したと言っていたが、船に搭載している医療用生体解析マシンでは、ボソル感応力に関して解析不可能なので船長の言葉を信じるしかなかった。

 それもシンジケートの嘘だと、ゲロール船長は怒り狂うだろう。


 ボソル感応力とは、思考波に反応するボソル粒子を感知する能力で、精神文明にとって必須となる能力である。その能力を使ってゲロール船長が何をするのかは知らない。

 兎も角、ソウヤたちは物質文明系に属するロドレス種族のゲロール船長が、初めて手に入れた種類の下級民だった。

 不思議に思ったモフィツは、サリュビス号に乗船している下級民の中で最長老であるオルタンシア、通称『教授』に訊いてみようと思い至る。

 教授は回収品保管倉庫の管理をしており、モフィツが回収品保管倉庫へ行くと管理室の端末の前で退屈そうにモニターを見ている。


「珍しいわね。あたしの仕事場に、あんたが来るとは」

 教授は身長一七〇センチほどの人間の女性だった。ただ一つだけ特徴的な部位がある。耳が細長いのだ。年齢は二〇代前半に見えるが、彼女の種族であるミ・シャル種族は長命であり、見掛け通りの年齢ではない。

 彼女はモフィツの何倍もの経験を持つ一流の技術者であるが、モフィツと同じく、ゲロール船長が所有権を持つ下級民だ。


 サリュビス号が活動するオリオン渦状腕の宙域には、地球でも少し前まで存在した奴隷と同じ身分の『下級民』という存在がある。

 オリオン渦状腕を中心に活動する文明種族は、天神族が作った恒星間基本法に基いて活動をしている。それを定めたのが超絶的技術や力を持つ天神族で、逆らう種族は消されてしまう故に絶対的強制力を持っていた。

 恒星間基本法の中には知的生命体の所有権に関する条文もあり、上位階梯の種族は下位階梯の種族を所有できるとある。


 ゲロール船長は第三階梯、教授たち下級民は第四階梯である。第四階梯の条件は宇宙に進出しているが、生まれた恒星系内でしか活動していないというもので、地球人もこれに該当する。

 但し、上位種族が見付けた下位種族を無条件で捕まえ、下級民にできる訳ではない。所有権を主張可能なのは戦争捕虜のみなのだ。そして、上位種族が下位種族に戦争を仕掛けるのには厳しい条件があり、滅多に戦争捕虜は発生しない。


 それなのに多くの下級民が存在した。闇のシンジケートにとって、下級民の売買は美味しい商売なのだ。故に、非合法に下位種族を捕まえ、下級民として売る悪党が絶えないのが現状だ。


 モフィツは教授の前にある椅子に座ると、船長がボソル感応力のある下級民を買ったのは何故か知っているかと尋ねる。

「ああ、あんたは知らなかったのね」

 モフィツは教授が知っているのに自分が知らないという状況に不機嫌となる。

「ブヒッ。教授、どうやって知ったんだ。まさか船長たちの会話を盗聴してるんじゃないだろうな。そうだったら、船長に報告しなけりゃならないぞ」

 教授は面倒臭そうにモフィツ見て。

「違うわ。船長から直接聞いたのよ。今回の目的地と関係があるから」

「目的地とはどこだ?」

 教授は目の前にある端末に宇宙空間に漂っている樹を映し出させる。暗黒の空間の中、星々が輝く宇宙を背景に広大なガス雲に根を張るように植えられた巨大な樹。よく見ると幹の周りに宇宙ステーションが建設されていた。樹自体は地球のモンキーポッドと呼ばれる樹に似ている。

 幹や枝の大半は白いガス雲によって隠れているが、ガス雲の端からはみ出ている枝葉から全体像が推測可能で、四方に伸ばした枝葉がドーム状に広がっていると分かる。枝葉の一つ一つは巨大で、葉っぱの一つが一〇メートル以上もある。

「アウレバス天神族の宇宙樹。この船はあれを目指して旅をしているのよ」


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[良い点] 『ファンタジー銀河~』を拝読中に応援コメントに本作品に触れるコメントがあり本作品を知りました。 恐らく同じような世界観のようですね。大きな括りで文明種族を五つに分類した所は違うようですが少…
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