scene:15 ミクナイル星系の宇宙海賊
「あれは……海賊船だわ!」
アリアーヌが大きな声を上げた。その顔には恐怖が浮かんでいる。教授は不審船の船型をチェックし強襲接舷艦の改造型だと確認。
「ムッ、サリュビス号を襲った海賊船ね。方向転換、宇宙ステーションへ逃げ込むわよ」
教授は操縦桿を握るイチに指示を出す。
船が急旋回を始め、横Gすなわち横方向の加速度を感じ、ソウヤたちは足を踏ん張って耐える。レ・ミナス号の座席は元々耐G機能が組み込まれた座席だったのだが、現在は耐G機能は故障し単なるバケットシートになっている。
後方モニターを確認したソウヤは、当然のように追ってくる海賊船の姿を目にする。スピードは確実に海賊船の方が速いようだ。教授が海賊船との距離を確かめる。
「戦闘準備、ソウヤは小型荷電粒子砲、モウやんはレーザーキャノンを頼む」
整備用ロボットのバウが、小型荷電粒子砲とレーザーキャノンを整備し、コクピットから操作可能なように改修していた。
モウやんが最初に発射ボタンを押す。小型レーザーキャノンからは、高エネルギーのレーザー光が発射され海賊船に命中。だが、強襲接舷艦だった海賊船は四層装甲鈑が使われており、戦闘時には表面をバリアで覆うようにできている。
レーザー光は海賊船に命中した瞬間、バリア表面で熱エネルギーへと変化する。しかも、バリアは色が僅かに変化したのみ。やはり、小型レーザーキャノン程度の威力では、本格的な戦闘艦にダメージを与えられないようだ。
「ダメだ。バリアがある」
モウやんが弱音を吐く。ソウヤは照準装置を使ってロックすると発射ボタンを押した。眩しく輝く荷電粒子が発射され海賊船へと向かう。荷電粒子はバリアに阻まれ、無駄に宇宙に散った。
「荷電粒子砲でもダメや」
教授以外の全員が落胆し肩を落とす。教授は予想していたようだ。
「きょ、教授。どうすんの?」
モウやんはあわあわしている。イチは冷静な顔で操縦しているが、額に薄っすらと汗を滲ませていた。ソウヤは苦虫を噛み潰したような顔で、後方モニターに映っている海賊船を睨んでいる。
その時、海賊船が荷電粒子砲を放った。ソウヤが放った荷電粒子砲より二倍以上大きな荷電粒子の束が、レ・ミナス号の装甲を削って彼方に消える。
船内にいるソウヤたちは、凄まじい衝撃で身体を揺さぶられた。操縦席の前にある計器の幾つかに警告ランプが点く。イチは必死で操縦し、アリアーヌは警告ランプが点いている装置を調べるようにバウに指示する。
イチは教授の指示でジェットコースターに乗っているかのような軌道で船を飛ばす。そのためだろうか。海賊船から発射された攻撃のほとんどが、狙いを外す。
だが、海賊船が距離を詰めてくると、狙いが段々と正確に。
「もうダメなのですか?」
アリアーヌが不安そうな声を出す。
「まだ手はある。グラトニー加速投射砲を使う」
ソウヤたちは唖然とする。グラトニー加速投射砲は試射を一回しただけの兵器なのだ。そんな兵器を頼ろうとするのは、勝率の悪いバクチに手を出すようなもの。
「クソッ、それしか手がないんやったら、全力でやるぞ」
ソウヤが気合を入れる。その声を聞いてイチとモウやんの目に希望が浮かんだ。
「よし、やろう」
「準備が終わるまで、何とか保たせるから」
ソウヤたちはグラトニー加速投射砲の発射準備を始めた。金属製の五〇キロ以上ありそうな投射弾を運び、グラトニー加速投射砲に装填。そして、必要な発射エネルギーを蓄えるために、エネルギー充填を開始する。
グラトニー加速投射砲は大量の天震エネルギーが必要な兵器である。現在のレ・ミナス号は、十分な天震力が蓄えられていなかった。少しずつ天震力タンクに蓄え、発射時に蓄えたものを供給するという方法を取るしかない。
その供給源は屠龍機動アーマーである。ソウヤは頑張った。
海賊の攻撃が船体を掠め、大きく揺れる。
「は、早くして!」
普段、冷静なイチが悲鳴のような声を上げる。それほど危ない状況らしい。
「充填率八〇、もう少しだ」
漸くエネルギー充填率が必要量を満たす。教授は大声を上げる。
「準備完了。イチ、反転するわよ」
教授はエンジンを切り、船の軌道制御用スラスターを使ってクルリと回転させ船首を海賊の方へ向けた。急いで海賊船に照準を合わせ、グラトニー加速投射砲の発射ボタンを押す。
投射弾は音速の何十倍という速さにまで加速され、宇宙空間に放たれた。凶悪な破壊エネルギーを持たされた投射弾は、海賊船へと向かう。
海賊船の三次元レーダーは投射弾を感知。だが、投射弾の速度は躱す時間がないほど速かった。それに海賊たちはレ・ミナス号がボロ船だと見抜き油断していた。まず、海賊船のバリアが投射弾の衝突エネルギーに耐えきれず崩壊。次に船体にぶつかり装甲を貫通する。
投射弾は船内で砕け散り、内部をボロボロに破壊。同時に海賊たちのほとんどを殺した。
「やったー!」
モウやんが跳び上がって喜ぶ。イチやソウヤ、アリアーヌも嬉しそうに歓声を上げ、教授もホッとしたように肩の力を抜き、座席の背もたれに体重を預ける。
「上手く命中したようだね。命拾いしたわ」
イチは海賊船を見て、この後どうするか悩む。それに気付いた教授は、
「戦利品を頂きに行こうじゃない」
海賊船へサルベージに行こうと言い出す。レ・ミナス号にも被害が出ている。その修理には部品が必要だ。それらの部品を海賊船で手に入れられるかもしれない。
「でも、危険じゃないのですか?」
アリアーヌが難色を示す。海賊とは関わり合いたくないようだ。
「あたしとソウヤ、モウやんで行ってくる。アリアーヌとイチは留守番をしていてくれ」
ソウヤは屠龍機動アーマーを装着したまま、他の二人は宇宙服に着替える。教授はサリュビス号から回収したプラズマライフルを担いでいる。
「教授、武器を持っていくの?」
モウやんが目を丸くして、プラズマライフルを見ながら問う。
「当たり前じゃない。海賊船に行くのよ」
「じゃあ、僕も武器を持って行っていい?」
教授は値踏みするようにモウやんを見てから。
「ダメ、撃ったことないでしょ」
モウやんはガックリする。
ソウヤたちは用意が整うと、レ・ミナス号から出て海賊船に乗り込んだ。
海賊船から放射性物質の漏れはないようである。海賊船は外観こそ被害が少なそうに見えるが、中はひどい有様だった。操縦室が一番ひどいダメージを受けたらしくグシャグシャに破壊されている。その周辺の壁や機械も破壊され、船内の空気は宇宙へ漏れ出ている。
「この様子では、生存者はいないかもしれないね」
教授は内部の様子を見て呟く。それを耳にしたソウヤとモウやんはゴクリとツバを飲み込んだ。
ソウヤたちは倉庫を見付け、修理に使える部品がないか探す。倉庫には雑多な部品が詰め込まれていた。襲った船から集めたものだろう。
修理に使えそうな部品や装置が数多く見付かる。ソウヤたちが荷造りをしていると、屠龍機動アーマーの受信機に音声が飛び込んできた。
『だ、誰か、助けてくれ』
ソウヤは誰かが助けを呼んでいると、教授とモウやんに伝える。
「海賊ね。無視しなさい」
「でも、攫われた人かもしれないじゃない」
モウやんが言い返す。
教授が少し考え、確認することにした。ソウヤが呼びかけると、船尾近くの部屋にいると知らせてきたので、船尾へ向かう通路を探す。船尾の方は空気が存在していた。元戦闘艦だった海賊船は、ダメージコントロールを考え、船体を幾つかに分割し、それぞれで気密を保つような構造になっているようだ。
ハッチを開け船尾部分に入ったソウヤたちは、人工重力と空気が存在するのを確認。空気が残っていたから、生き残った者がいたのだろう。
探し回り、動力炉近くにある部屋のドアを誰かが叩いているのを、モウやんが発見。
「やっぱり、攫われてきた人がいたんだ」
その部屋の扉はロックされていた。教授はプラズマライフルを構え、ロック機構を狙う。
「銃でロックを壊すんかいな」
「パスワードを知らないんだから、仕方ないわ」
教授をロック機構を狙って、プラズマライフルの引き金を引く。銃先から磁気で包まれた高温のプラズマが発射され扉に命中。ロック機構を焼き切る。
ソウヤたちが部屋に入る。中にいたのは海賊ではなかったが、ソウヤが海賊以上に嫌っている奴だった。
「ゲコジブ!」
「お前たちか」
ソウヤとゲコジブの声が交差する。モウやんは身体を硬直させ、教授は嫌なものを見たかのように顔をしかめる。
「ゲロ、ケロロロ……。俺はついているぜ。助けにきたのがお前たちだったとはな」
ゲコジブが笑い、威嚇するように背を伸ばす。ゲコジブはプラズマライフルを持つ教授に視線を向け。
「オルタンシア、その武器を寄越せ」
教授は眉をひそめる。
「何故、渡さねばならないの?」
「決まっているだろ。俺がお前たちの主人だからだ」
ゲコジブが腕に嵌めている腕輪型端末を突き出す。ゲコジブはソウヤたちが調教端子を身体から取り除いたことを知らない。
「分かったか。早く武器を寄越せ」
教授は冷たい視線をゲコジブに向ける。
「船長たちは死んだの?」
ゲコジブが顔を歪めた。
「ああ、生き残ったのは俺だけだ。皆、海賊どもに殺された。ふん、悔しいか。俺も死ねば、お前たちは自由になれたのにな」
ゲコジブの眼が血走っている。海賊たちに過酷な扱いを受けたのだろう。
ソウヤは懲罰スイッチが押された時の痛みを思い出す。あの時、のた打ち回るソウヤを見て、ゲコジブは笑い声を上げていた。ソウヤの心に暗い怒りが生まれる。
「お前、宇宙服を脱いで俺に寄越せ」
ゲコジブがモウやんを睨んで命令する。ゲコジブの身体に合いそうなのが、モウやんの宇宙服だったからだろう。
「やだよ」
モウやんが拒否すると、ゲコジブが邪悪な笑みを浮かべ腕輪型端末を操作してから懲罰スイッチを押す。ゲコジブの予想に反し、ソウヤたちは平然としている。
「な、何でだ?」
先程まで威圧的だった態度が、急に不安そうな態度に変わった。ゲコジブは慌てたように腕輪型端末が故障していないかチェック。そして、もう一度懲罰スイッチを押す。
「無駄よ。調教端子は取り出したわ」
「何だと、それは法に触れる行為だ」
「ふん、あんたたちは全員死んだと思っていたんだから、しょうがないでしょ」
「だ、だが、調教端子がなくとも、俺はお前たちの主人だぞ」
「そんな契約した覚えはない。あったのは調教端子だけでしょ」
教授の言葉を聞いて、ゲコジブが狂ったように突進してきた。
「黙れ、黙れ!」
プラズマライフルを持つ教授の腕に、ゲコジブがしがみ付く。それを見たソウヤが、ゲコジブに体当り。ゲコジブが吹き飛んだ。
部屋の壁にぶつかり跳ね返ったゲコジブは切れた。変な叫び声を上げながら、ソウヤに襲いかかる。切れたゲコジブは滅茶苦茶だ。透明なヘルメットの上からソウヤを殴っている。
「俺は主人だ。ご主人様なんだぞ!」
「何が主人や。貴様のようなゲス野郎が支配者面すんな」
ソウヤを手を突き出す。拳がゲコジブの頬に減り込んだ。
「ゲゴッ……何しやがる!」
ゲコジブは狂ったように拳でソウヤのヘルメットを殴る。ゲコジブの方が大きく戦い慣れているので、ゲコジブが一〇発殴る間に、ソウヤが一発殴るという状況である。
但し、ソウヤの方は少しも痛くない。練習用とは言え、屠龍機動アーマーは頑丈なのだ。
無様に無意味な攻撃を繰り返すゲコジブを見て、ソウヤは少し冷静になる。
「ソウヤに何する!」
モウやんがゲコジブに体当りした。モウやんとゲコジブがもつれたまま壁に衝突。ソウヤが駆け寄りゲコジブに飛び蹴りを放った。見事なドロップキックがゲコジブの顔面を捉える。
ゲコジブは頭に強い衝撃を受け、目を回しているようだ。
「こいつを、どうしようかね?」
教授はゲコジブを睨んで確認する。
「このまま放置や」
「助けないでいいの?」
ソウヤは放置、モウやんは迷っているようだ。教授はゲコジブを敵だと認識しているようで、止めが必要だと言う。
「だったら、放置や。助かるかどうかは、こいつの運次第や」
モウやんはまだ迷っているようだ。
「モウやん、助けるということは、レ・ミナス号に連れ帰って面倒をみるということなんやで。モウやんが面倒をみるんか?」
モウやんは激しく首を振る。
「それは嫌だ」
結局、ゲコジブは放置して、レ・ミナス号に戻ることになった。海賊船には救難カプセルなども残っているので、ゲコジブが助かる可能性は存在する。
目を回していたゲコジブが正常に戻った。
「ま、待て。俺を見捨てる気か」
「海賊に襲われた時、お前たちは俺らを見捨てて逃げたやないか。因果応報や」
ソウヤたちが去ろうとした時、ゲコジブが教授に向かって突進。飛びかかったゲコジブは、教授からプラズマライフルを奪おうとする。
「やめろ!」
モウやんがゲコジブにタックルした。モウやんと一緒に転がったゲコジブは、喧嘩慣れした様子でモウやんの上に馬乗りとなり首を絞め始めた。
「この馬鹿ガエル!」
教授は叫びながら、プラズマライフルの狙いをゲコジブに向け引き金を引いた。発射されたプラズマ弾が、ゲコジブの胸にめり込んだ。ゲコジブは血を吐きながら倒れる。
ソウヤはモウやんを助け起こし、ゲコジブから離れた。
「ありがとう」
モウやんが教授に礼を言う。教授は首を振る。
「礼を言うのはこっち。感謝するわ」
ソウヤたちはゲコジブが死んでいくのを見守り、息絶えたのを確認してから部屋を後にする。
目の前で知り合いが死んだという状況は、ソウヤたちの心を揺さぶった。だが、相手がカエル人間だったからだろうか。人が死んだという精神的衝撃は弱く、トラウマになるようなことはなかった。
それでもソウヤとモウやんは無口になっていた。
「気にするなとは、言わないけど。こういうことになったのは、あいつ自身の責任よ。ゲコジブの死を、二人が気に病む必要はないから」
教授の言葉に、モウやんが重い口調で口を開く。
「でも……僕が飛びかからなかったら……」
「そうしたら、あたしが死んでいたかもしれないのよ。モウやんは命の恩人。もう少し胸を張りなさい」
教授の言葉で救われたような気になったモウやんが元気を取り戻す。それを見たソウヤも普段の調子に戻った。
荷造りの作業に戻ったソウヤに、モウやんが、
「レ・ミナス号の修理は、どれくらいかかりそうなの?」
「一〇日くらいはかかりそうやて、バウが言うてた」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
宇宙ステーションの管理者ベルザオールは海賊船とレ・ミナス号の戦いを大型モニターで見ていた。レ・ミナス号が攻撃された時、思わず応援の声を上げる。
「あ、危ない。逃げろ!」
この映像は、宇宙ステーションのネット上にアップロードされており、宇宙ステーションで暮らす多くの住民が見ていた。
「コウベル、海賊船が宇宙ステーションに近付くようなら、木っ端微塵にしろ」
一緒にモニターを見ているコウベルが了承する。
「もちろんです」
ベルザオールとコウベルは手に汗を握りながら、戦いを見守っていた。そして、最後の瞬間、レ・ミナス号が起こした奇跡の逆転劇を見て歓声を上げる。
「うおーーっ! やりおった。あんなボロ船で海賊船に勝ちおった」
「凄い奴らです。報奨金を出してはどうでしょう」
「そうだな。あいつらはそれだけのことを成し遂げた」
その日、宇宙ステーションでは海賊船とレ・ミナス号の戦いで盛り上がった。




