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暴虐の魔王  作者: ショウゴ
3/15

1-2

耀一から茂に生まれ変わった少年は、精密検査と問診を受けて記憶喪失と判断された。ただ、脳や身体には異常が見られないと言う。そもそも、当然の結果で、手間を取らせてしまった担当医には申し訳なく感じてしまう。


今後は耀一ではなく、茂と振る舞わなければならない。しかし、中身は成人した男だ。茂という少年がどういった人間かまったく知らないため、おかしなところがあればすべて記憶喪失のせいにしようと決めた。


成り代わった少年はあてられたベッドで、ようやく一息をつく。その隣には、少女が椅子に腰をかけている。始めは胡散臭いものを見るように柳眉(りゅうび)をひそめていたが、いまは神妙な面持ちとなっていた。


「……」


先ほど自己紹介されたのだが、彼女はアーシャ・サリヴェールフ。十七歳の茂より三つ下の十四歳だ。年のわりに落ち着いており、彼女と茂は少しも似ていないどころか人種も違う。おそらくだが、茂とレイナは義兄妹なのだろう。


「なんか、心配かけてわるい。俺なら、大丈夫だからさ」


口にして笑んで見せた。少しでも安心させるために。


「安心してください。心配なんかしていませんから」


にべもなく棘のある口調が、茂にはなぜか悲哀を浮かべているように思えてしまう。


「――素直になれない年頃か」


「なにか、言いました? 茂兄さん」


ぼそ、と茂の呟きを聞き逃さなかったアーシャに怖い顔で睨まれ、頭を垂れて謝罪した。


「茂くん!」


今度は何だと自分を呼ぶ声に視線を送ると、煌びやかに映る綺麗な銀髪に柔和な目。一目に好印象を与える女性が病室の扉の前で立っていた。年は二十歳ほどだろう。彼女はテーラードジャケットとフルレイングスパッツ姿だった。


肩までかかるショートヘアーの少女は、目を見張るほど綺麗な顔立ちで、鼻筋が通って薄い唇。そして、同姓がうらやむほどの上から下までメリハリのあるプロポーション。白磁の肌も併合して、その魅力は何倍にも膨れ上がる。茂は無意識に唾を飲み込む。


目の前の女性に目を奪われていると、アーシャから睥睨(へいげい)される。身も凍る冷たい眼差しで圧せられ、昂ぶる情欲が急速に鎮静化されていくのがわかった。


「茂兄さん、こんな状況でよく鼻の下を伸ばせますね」


アーシャの一段と冷めた口調は、侮蔑が含まれていた。確かに、空気が読めない行動だったと反省し、改めて突然の訪問者を確認する。


髪も瞳の色もがアーシャにうり二つだ。


「もしかして、アーシャちゃんのお姉ちゃん?」


「ちゃんづけは止めてください――ええ、そうです。私と茂兄さんの姉のリマ姉さんです。で、その背後で身を潜めているのが、もうひとりの姉、レイナ姉さんですよ」


アーシャの言葉のとおり、リマの背後には黙然と少女が立っていた。同い年ぐらいだろうか。原因はわからないが、不満を隠そうとせずになんとも話しかけにくい雰囲気をさせていた。


茂の怪我などどうでもいいと言いたげな顔で、そっぽを向く。勝ち気そうな美少女であるが、まったく可愛げがない。


グラマラスな美女は茂のもとに駆け寄ると、手を取り両手で握り締められる。


「茂くんのこと、お医者様から事情を聞かせてもらったわ。何も心配いらないから。たとえ記憶が戻らないままでも、私が一生面倒を見るから安心して」


美女に手を握られてきょどる暇もなく、彼女の男心を蕩けさせる発言に思考を停止させてしまった。


「リマ姉さん、突然なに言いだすの!」

 

リマと名乗る女性は、少々過剰な姉弟愛を有しているようだ。反対に、レイナは不機嫌面をさせている。視線も合うこともない。どう見ても、茂と距離があるように感じた。

 

リマの爆弾発言からどうにか気を取り直した茂は、ぎこちない笑みとなりながら口を開く。


「アーシャにも言ったけど、俺なら大丈夫だからさ」


「でも……」


「担当の先生に聞いたけど、俺は一歩間違えれば死んでいたんだし、記憶をなくすていどにすんだんだから運がよかったと思うべきだろ?」


いま落ち着いていられるのは、失った記憶が茂のものだからであって、耀一の記憶だったらさすがに笑っていられるか自信がない。


「……何だか、いつも素っ気ない茂くんと違うような。それに口調も」


「いつもなら、手を握られた時点で、煩わしいと即座に振り解くだろうし」


リマとアーシャの言葉に、ドキッと心臓が高鳴る。そりゃそうだ中身は別人なのだから。


(というか、こんな美人で色っぽい姉に手を握られて振り解くなんて、正気の沙汰じゃないだろ)


精神年齢は三十歳を過ぎていても、童貞で一生を終えた耀一にとって、リマの色香にはどぎまぎしてしまう。


どうにか茂は冷静をよそい、一端咳払いしたのちはぐらかす。


「やっぱ変かな。俺は今回の怪我で記憶を失って、改めて家族の大切さに気づいたんだ。不安が少なく感じているのも、家族がいてくれたのが大きいと思う」


茂がどういう人物か知らないが、家族に素直になれない思春期だったのだろうと予想した男は、家族に感謝していると言葉を並べる。


勢いに任せて口にした言葉の割には、悪くないはずだ。それなのに、三姉妹からはなんの反応も返ってこず、まずかったかと不安を覚えてしまう。おそるおそる三人の顔を覗き見ると、アーシャは口を閉ざしたまま瞠目し、リマの方はハンカチで目元を押さえながら涙を流していた。ちなみに、レイナはなにを企んでいると言いたげに、訝しいげに見られる。


「茂くんがそんなふうに考えていたなんて……」


「お兄ちゃん……」


家族の無償の愛が大きく働き、どうやらリマとアーシャからは好感触で誤魔化せたようだ。


しかし、アーシャのお兄ちゃんとは疑問を覚えてしまうが、それを突っ込めば十中八九やぶ蛇となるのは目に見えているため、茂は好奇心にどうにか打ち勝って沈黙を選ぶ。


そのあと、面会時間が終わるまで、以前の茂のはなしや彼女たちについてなど、いろいろと聞かせてもらった。


やはり、茂という人物はお世辞でも素行のよい者ではなかったようだ。学校では校則違反はあたりまえで、街に出れば結構の割合で問題を起こし、家族を心配させていたようだ。

 

だが、家庭内暴力を起こす人間ではなかったと、リマがフォローしてくれるも、


「茂兄さんは私たちを恐れていたみたいだから、フォローになっていない気がするけど」


と、アーシャは言う。三姉妹の風貌は、格闘技をするような逞しい身体つきではない。反対に茂という少年は、若いわりになかなかの筋肉質で引き締まった身体をしているのだが、そんな彼女らに負けるとは意外と見かけ倒しのようだ。今後のことを考えると頭が痛い。


この場にいない両親が気になった。茂は共働きなのかと尋ねたところ、


「ごめんなさい。うちは母子家庭で、そのお母さんは現在海外出張でいますぐには帰国できないと連絡があって……」


「そっか。まあ、仕事ならしかたないし、俺は気にしてないから」


「でも、私がお母さんのぶんまで看病するから、安心してくれていいからね」

「ああ……その、お願いしようかな」


リマの気迫に押され、それしか答えられなかった。


「そんなわけにはいかないでしょう。リマ姉さんには仕事があるのだから」


「仕事なら、わけを話して休むわよ」


「いや、そこまでしてもらわなくても」

 

茂とリマとアーシャの会話には、レイナはまったく介入してこない。壁にもたれかかって、一言も喋らずにいる。不機嫌さを顔に滲ませ、腕を組んだ体勢。

 

このままではよくないと考え、茂は彼女に声をかけた。


「レイナ、今日はお見舞いに来てくれてありがとな」


「はぁ? リマ姉に無理矢理連れてこられただけで、来たくてきたわけじゃないから。私としては、そのまま亡くなってくれないかって思ったぐらいよ」


「レイナ、なんてこと言うの!」


心配なんて微塵もしていない、と射貫かんばかりに睨まれる。とても十代の少女の迫力ではなく、その瞳は心底蔑んでいた。


茂は言葉を詰まらせ、リマは烈火の如く激怒する。

 

リマの見咎めに、無言ながらアーシャも同感のようで細めた目にはかすかな怒りの感情が浮かべられていた。だが、注意された本人は知らん顔で鼻を鳴らす。


「レイナ姉さん、いくらなんでも言いすぎよ」


「なによ! 私が言ったことはなにも間違ってない。だいたい、私の言葉に同意する人は大勢いるわ」

 

妹の一言に憤り、レイナが言い返した。


「ふたりともおかしいわよ。今まであんなに迷惑をかけられたのに、なんでそんな態度が取れるの」


「家族なのだから、ちっとも不思議じゃないわ」


「私はリマ姉さんみたいに家族だからとそれだけで甘くはないですけど、家長のお母さんが茂兄さんを家族に迎え入れた以上、最後まで気にかけるのは当然でしょう」


「……ふたりとも何もわかっちゃいない。こいつにそんなことする価値なんてないのだから!」

 

それだけ言うと、彼女から怒気を帯びた眼光を向けられる。茂はもう一度睨まれ、レイナは部屋から飛び出していった。結局、レイナとは最後まで険悪な空気のまま別れてしまう。


「ごめんなさい。普段は優しい子なのだけど」


「俺は気にしてない」


「誤解しないであげて。レイナは私たちの中で一番家族思いなのよ」


「え、姉ちゃんよりも」


「不器用だけど、ね」と、アーシャも肯定する。あの勝ち気な少女がと、俄に信じられない話だった。


続きは明日の夜に投稿予定です。


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