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申し訳ありません。
あまりの不人気のあまり、一度は投稿をやめようとしたのですが
この章だけでも書き上げようと考えなおしました。
最後までつき合って貰えると幸いです。
ほんのわずかか茂の目が見開かれる。
どこからともなく、レイナがゼクスの背後に突然現れたのだ。
なぜ、レイナがこの場所にいるのかが、理解できなかった。
茂にはどういった経緯があってこの場所にいるかわからないが、それよりもすぐに避難するよう声を発しようとする。
ゼクスは茂の異変に反応したのか、突然の凶行に大男からは想像もできないほどの敏捷で、身をねじりながら斜め前方へと飛ぶ。そして、自分の両手を床に叩きつけ、両腕をバネに飛び跳ねた。その背を追尾するよう、血煙が渦を巻く。
ゼクスが避けるより、レイナがゼクスの背後を取って脇腹に手を触れるのが速かった。どうやったのか、まるで獣の先鋭な爪で引き裂かれたかのよう、彼の脇腹がえぐり取られていた。
「邪魔よ」
こそとも表情を動かさず、右手にはべっとりとした血糊が付着されていた。
茂はゼクスに何をしたのかと、問う体力もない。身体が傾き、前のめりに倒れかける。
それを受け止めたのは、柔らかい感触だった。
「ほんと、馬鹿ね。唯一の取り柄が使えないとうのに、無茶な戦いなんかして」
重い頭で見上げると、視界に収めたのはレイナだった。彼女の目元には清澄な滴が溢れ、頬にはそのこぼれ落ちたであろう涙痕が残されている。
「――泣いているのか」
「馬鹿、見るな」
彼女は茂を抱きしめて、自分の胸に押しこんだ。制服が茂の血で汚れてしまうというのに、レイナは歯牙にもかけなかった。そこから伝わってくるぬくもりが、茂の烈気を緩和させる。
「すまん」
茂はすぐにもどこうとするが身体に力が入らず、レイナに身を任せたままとなってしまう。
「……言っとくけど、あんたを助けるつもりで戦うつもりはないから」
淡々としているが、その口調は柔和で温かみのある声音が耳朶を触れる。
「そっか」
「ただあのデカブツが腹立つから、ぶっ潰すだけ。だから、変な勘違いしないでよ」
「ああ、わかっている」
ゼクスは幽鬼のように立ちあがったせいで、ふたりの会話は中断されてしまう。
「やってくれたな、これがレイナ・サリヴェールフの異能、氷雪の猛虎。すべてのものを凍てつき、生気のない白の大地と変えるだったか」
「人の能力をペラペラと喋るんじゃないわよ。プライバシーの侵害って知っている?」
「あいにく、俺はまっとうな道を歩んで来なかった裏の住人だ。そういったことは、対極の人間に言ってくれ」
常識云々とはご縁がなかったと切り捨て、掌に炎を拵えだす。先ほど放った火炎玉のひときわ巨大な火炎が膨れあがる。
対するレイナは抱擁を解くと、茂の盾になるように前に立つ。
すると、レイナの周囲の大気うねりだして、そして渦を巻きはじめた。その足下にある地面が、圧力に耐えかねてきしむような音を響かせる。
次は、淡い光に包まれる彼女の姿が変化していく。両耳が美しい白銀色の獣となり、スカートの下から勢いよく飛びでたのは踊るように揺らぐ尻尾。両眼は青く輝きが増している。
その姿は、獣人と呼べる存在。荒々しい猛虎というよりも、可愛らしい白猫と呼ぶのが相応しい。彼女の美しさを一片も損なわないまま、幻想的で宝石をも色褪せる美貌であった。
(――何だ……あれは)
我が目を疑い、言葉を忘れる。この世のものとは思えないその光景を呆然と注視した。
獣人など、物語でしか誕生しない生き物なはずだ。それが、いま目の前にいる。
人間が火を放ち、獣へと至り、茂は異能をただの超能力と把握していたが、その範疇を超越していた。
両者の間でうねる威圧が渦となり、見えない火花と激突音を響かせる。
レイナは腰を落とし、前傾姿勢をとりながら拳を引く。爆発の瞬間に備え呼吸を整える。互いの視線を絡み合わせたまま、今にも破裂しそうな気迫に包まれていた。
「死んどけよ、クソビッチ」
ゼクスの紅の業火がレイナ目掛けて放たれる。そのほぼ同時、レイナは烈風となって、ゼクスへと突貫していた。突風が吹いたかのように、空気が流れる。
「あんたこそ消えれば」
一息で間合いを詰め、砲弾を彷彿させる強烈の蹴りが、男の腹部に突き刺さる。その脚力は、巨漢ひとりの身体は後方へと押しやられ、壁に打ちつけた。
衝撃は凄まじく、ゼクス背後の壁のひび割れが深く広がっていく。壁の役目が維持できずに崩壊し、ゼクスの姿は壁の奥に消えさる。
(やっぱ、レイナも強いんだな。というか、この二人、断然俺より遙かにつえぇぇぇぇぇぇよ!!)
唯一の取り柄である強さが十代の女子が格上だったと知り、茂のプライドが根底から砕かれるのに等しい事態に陥る。
一方、ゼクスが放った巨大な火炎球は、逃げ遅れた者を巻きこんで呑み込まれた。
直撃した彼らの身体は爆ぜる。ばらけたその身は焼かれ、血は沸騰して気化していく。
アングラなバイトで死体には見慣れている耀一であるが、若者の亡骸は何度見ても心苦しいものだ。
「先輩、大丈夫ですか!」
亮平と戦っていた歩咲に飛びつかれる。立っているのがやっとだった茂は受け止めきれず、そのまま床に倒れた。
「いつつつ」
茂の胸に全身でぶつかってきて、彼女の豊かな乳房が押し潰される。かすかなシャンプーの匂いと、彼女自身の甘やかな匂いが茂の鼻腔をくすぐった。
目と鼻の先で、情欲させるマシュマロの谷間と、衣服越しながら至高の感触。しかし、全体重がかかったタックルを食らい、パックリと割れた胸の傷を中心に悲鳴をあげている。だらだらと血を流し続けているが、激痛をともなうも思いがけない幸運に茂は歓喜した。
「あ、歩咲のほうは大丈夫なのか」
「私のほうは、まったく問題ないすよ。けど、須賀の異能に思ったより手こずっちゃって」
うわー酷い怪我をしているし、と歩咲は申し訳なさそうな顔をする。
「あーそっか。まあなんだ、無事でよかった。ところで悪いけどさ、そろそろどいてくれると助かる」
「あっ、そうでした!?」
謝罪の弁を述べつつも、しかし歩咲は身体を起こすも、茂から退く様子が見られない。茂の腹部に少女の柔らかいお尻を密着させたまま、ポケットからハンカチを取り出して傷口を押さえた。愛らしいデザインのした白のハンカチが、たちまち真っ赤に染めあげていく。
「あの、歩咲さん。どいてくれない? じゃないと、お兄さんいろいろと大変なことになっちゃうかも」
「え、なんですか! アユ、先輩の傷口を押さえるのに忙しいんですよっ」
少年はたまらず、戸惑いと呻きを漏らす。
少女がちょっと動くたびに、下半身に密着するやわらかな尻肉の圧迫感に変化を与え、茂の理性が利かなくなってしまう。
「おっ、おい」
「うぅぅぅ、こんなのじゃ応急処置にもなるわけがないし」
「大丈夫だって。ほうっておけば勝手に治るから」
「もう、冗談いっている場合ですかっ」
呆れる歩咲は、それでもどうにか止血しようとした。そんな姿を前にして、強引に引き離すのは至難の技だ。むしろ、こんな美少女に気遣われて感謝したいぐらいである。
(というか、なんで茂のような甲斐性なしが、こんな小悪魔系美少女に好かれているんだよ! やっぱり顔かっ、顔なのか!)
心の瞳が限界以上に見開いて、茂は血の涙を流す。
歩咲だけではなく、リマからも。異様に茂の好感が高いことが不思議でしかたがない。
――と、そんなことを茂が思っていると、首筋にピリつく。刃物を首に突きつけられたような、悪い感覚にとらわれたその瞬間、歩咲を抱えた茂は敏捷に上半身を起こす。
どっと汗が吹き出る茂をよそに、妙に色っぽい後輩の吐息と瞳が熱っぽく潤みだしていた。
「先輩、大胆すぎですよ。でも、アユ的にはちょっと、外はレベル高すぎっていうか、できるなら初めては部屋の中が理想なんですけどぉ。でもでも、どうしてもっていうなら、先輩に操を立てている可愛い後輩としてそれに応えなくも……」
歩咲は白昼夢でもみているとしか思えない戯言を垂れ流している間、背後では死神が大鎌を振るったような足蹴が、風を引き裂きながら通過する。
勘ともいえる危機察知のおかげで、ひとまず無事に難を免れられたわけだが。
「ひとが助けてあげたというのに、恩知らずのふたりはなにやっているのよ」
こちらを見下ろすレイナの双眸が、烈火のごとく赫怒を燃えあがらせ、不気味な光を輝かせている。
全身からは稲妻にも似た殺気が青い火花を散らし、バチバチと凄まじい勢いで大放出していた。ぞわり、と彼女の美しい尻尾の毛並みが波打つ。
目の錯覚か、無風な室内でツインテールが得体のしれない風を受け、ふんわりと気ままに踊っていた。
これはまずいと思った茂は、直ちに後輩を引き離そうとするも、背中にまわされた両手に阻まれた。地力は違っても、総合的に彼の膂力を上回る歩咲を振りほどくのは、不可能と言っていい。
困った後輩はそれだけでは終わらず、レイナを挑発してしまう。
「はぁ、空気読んでもらいます? お邪魔虫なレイナ先輩」
「ふざけんじゃないわよっ、あんたこそが空気読むべきでしょうがっ! ここは敵地のどまんなかよっ」
歩咲の心底煩わしそうな声音に、レイナから恐ろしい剣幕で応じる。二人の間に、凍てつくような戦慄をはらんだ。
ピリついたな空気に、さすがの茂も焦りを感じたてしまう。
「アユは先輩を止血しようとしていただけで、別におかしいことしていないと思いますけど」
「どこがよ! 跨がる必要なんてないじゃないっ」
ただならぬ怒気を発するレイナを前にしても、歩咲は恐れることもなく、それどころか余裕すらみせて笑みを浮かべる。
「やっぱり来てくれましたね」
「急になによ」
「レイナ先輩と妹さんは、私たちのファミレスのやり取りを監視していた話ですよ」
レイナだけではなく、ここにいないアーシャまでも監視だと、と茂は訝しげな視線でレイナを見る。すると、激怒していたツインテールの少女は一変して、焦った表情を浮かべた。
「はぁ!? あり得ないし、それになんの証拠があって言っているのよ!」
「実は、ファミレスの向かいの店の喫茶店って、父の知り合いがやっている店なんすよねぇ」
ふたりがやって来ることを事前に予想していた歩咲は、あらかじめに喫茶店のマスターに本条学園の制服を着た銀髪の少女が来たら、自分に連絡をくれるようにお願いしていたという。
「はじめは、アユと先輩が仲睦まじい関係を見せつけて、悔しがるのを楽しむのが目的だったんすけど、偶然にも出くわした須賀の兵隊に連れていかれる先輩の姿を一目見れば、家族には大甘なレイナ先輩たちが後をつけて来ないわけがないと考えてたんすよ」
「なるほど、だから妙に落ち着いていたのか」
「いえいえ、あれは演技ですよ、演技。自信はあったんですけど、先輩たちは確執がありましたから。それに先輩も万全でなかったですし、正直あのゼクスという男が現れたときは肝が冷えましたよ」
確かに、あれ以上殴られれば立っていられず、意識が完全に飛び、茂は殺されていたかもしれない。無事でいられたのは、僥倖といえる。
歩咲の説明を受け、レイナがここへ訪れた理由に納得した。
「おい、どうする? 須賀さんが倒されただけじゃなく、幹部たちもやられちまったぞ」
「俺は、逃げるぞ!」
「俺も!」
生き残りの兵隊全員に、さざ波のような恐怖が広がり混乱がおさまらない。この場から逃走を図りだすものが出始めた。
「ま、待て、お前たち!」
幹部の生き残りのひとりである斎藤が声をあらげ、仲間の兵隊たちを呼び止めるが、誰も耳を貸そうとしなかった。
そのときだ。灼熱の弾丸が、出口に向かって駆け出した者たちを撃ち抜いた。




