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暴虐の魔王  作者: ショウゴ
12/15

1-11

前方の少女を見据える。暴虐の魔王の右腕。今回の優先するべき目的は、邪魔となる暴虐の魔王の抹殺。撲滅の鬼女は二の次となっている。暴虐の魔王がいなくなれば何もできないはず。

 

そのはずが――


「こんなはずがない」

 

歩咲は凄腕の幹部たちを、脚力から繰り出される一撃必殺により次々と沈めていた。残るは亮平のみ。予想を遥かに上回る彼女の戦闘能力は、暴虐の魔王に決して劣らない力を秘めていた。


「お前が、こんなに強者(つわもの)だったとは驚きだ」

 

これまで、雑兵を相手しているところしか確認したことがない亮平としては、彼女の実力を完全に見誤っていた。


「アユは先輩の右腕なのに、弱いと考えられていたほうが不思議でしょうがないんすけど」

 

だとしても、この強さは常軌を逸している。

 

舌打ちする亮平は、異能を使用することにした。黒々とした己の影がゆらめく。水面に広がる波紋のように、次第に存在を濃くしていった。深淵から、ずるりと這いあがって屈強な騎士を象っていく。

 

これが闘気の純粋な能力との引き替えに、手にした力だ。

 

それ以降、異能頼みとなってしまうが、それでもブラッドエンジェルを発足するのに彼の異能が大いに貢献しているのは確かであった。

 

影で象られた漆黒の騎士は、常時おのれの主を守護して不意討ちは通用しない。さらに騎士を構成しているのが影なだけあって、物理攻撃無効と闘気による攻撃も効果もない。これほど、やりにくい相手はいないだろう。

 

アユは風を巻き込んで疾走し、影に迫って槍を思わせる苛烈な一打を腹部に痛打する。腰の回転が乗った一打は確実に敵手へと決まったはずが、ぬるりと霧状のように蹴った実感がなく、突き抜けてしまう。

 

騎士には、掴むどころか触れることができない。それが、アユは気にした様子はなく、蹴りのラッシュは止む気配がなかった。騎士の原型が維持できないほど揺らめかせる。

 

アユは余裕を湛えているかのように、微笑している。


「なにを笑っていやがる」


「アユ知っているんすよねぇ。この黒い騎士の弱点」

 

運よく、ぎりぎり動揺を顔に出さなかった。


「ちょっと調べればわかると思うんですよ。ブラッドエンジェルの頭が異能を使っているところって、思ったより少ないんすよねぇ。考えられる理由は、具現化するには驚くほど燃費がかかるか――致命的な弱点を晒したくなかった、か」


「……」


「もしかして、両方だったりして?」

 

己の異能の弱点を公言するような、亮平は愚かではない。誰にも喋っていないというに、すべてが筒抜けだと言いたげな顔であった。

 

異能は偏った能力な分、必ず弱点がある。それが発見しづらいとしても。亮平の異能も例外ではない。

 

騎士には、幾つかの縛りがある。それは闘気の使用量と、場所を選ぶことだ。影属性は、影が差さない場所での使用は負担が多く、使用時間が削られる。

 

亮平の闘気の総量は、本条学園のような幼い頃から鍛練を重ねたものとは違い、一般より多いぐらいでしかない。だが、短時間だが、その力は絶大だ。不良どもを圧倒するには充分なのは間違いない。


「ふざけるなよ……俺は絶対に負けるわけにはいかない」

 

時間がつきるまでに、決着をつけなければならない。この場は建物の中で照明はなく、薄暗い。この有利な環境は、もちろん亮平が考えて用意したものだ。まだ、彼が有利なのは揺るがない。

 

騎士の姿が流線となり、引き伸ばされた影のように歩咲に襲いかかる。右手には漆黒のランスを握り、驟雨(しゅうう)の如く鋭く突き立てた。間断なくいくつもの穂先を視界いっぱいに広げられて、壁を形成する。避ける隙間を敵に与えない。

 

しかしながら、歩咲に動じた様子がなかった。逃げ場がないなら上空へ飛べばよいと、重力の捕縛から抜け出す。滞空時間が長いそれは、鳥が羽ばたいているようでもあった。


軽々と跳躍した歩咲は、連撃を避けきる。その瞬間、飛んだ状態で回し蹴りを放つ。鞭のようにしなるそれは、騎士の側頭部をえぐりとって通過した。


「何度やっても、無駄だ。影に物理攻撃も、闘気による攻撃も効果がない」


「なら、どうして先輩に負けたんですか。先輩は影の有効属性でもないのに」


「……」


「先輩はあんたを遥かに凌ぐ闘気の総量で力ずくに圧搾(あっさく)した、違う?」

 

苦い顔を浮かべる亮平に、おかまいなしに言葉を続ける歩咲。


「ようするに、闘気は効果がないわけじゃなくて、効きにくいだけ。その証拠に、この騎士の再生も鈍くなってきた」 

 

彼女が述べたとおり、再生が間に合っておらず、このままなら守護騎士は形成できずに消されてしまう。        

亮平が打開策を考えている最中も、歩咲の蹴り技は暴風のように騎士を襲いかかっていた。もちろん、守護騎士もランスで応戦するが、歩咲は硬化する攻撃時に併せランスを弾き返す。

 

格が違う。もはや勝ち目がないと、亮平は無意識に悟ってしまう。


「時間がないし、これで終わらせるから」

 

ぞわり、と噴き出した闘気が、歩咲の周囲を蜃気楼のように揺らめかせた。それが、急速的に彼女の脚へと練りあげられていく。はっきり視認できほど膨大な闘気は白光となって、粒子たちが虚空できらびやかに撒き散らされる。

 

あんなものを食らえば、守護騎士といえども屠られてしまう。


「なめるなよ!」

 

騎士の動きはより速く、より力強いものとなる。それに反して、亮平は今にも意識が飛びそうとなっていた。枯渇覚悟ですべての闘気をそそぎ込み、短時間限定の能力向上をおこなったのだ。

 

歩咲は最後まで笑みを浮かべる。瞬間、身体の残像を残して猛然とダッシュした。地を這うような走りは、あっという間に騎士に肉薄し、トップスピードに乗った足を突きだして漆黒の体躯を刺突する。


「クイーンビーショット」


ほどなくして、騎士を黒の粒子とかえて霧散させた。

 

少女は止まらず、さらに猛進する。そのまま亮平のふところに疾風が飛び込む。目先にいる歩咲から、まとう雰囲気が別物となっていた。


「常闇な世界をぶっ壊してくれたあいつ(・・・)に、危害を加える奴は誰だろうが許さねぇ」

 

彼女の相手を射抜く鋭い眼光からは、並々ならぬ決意に満ちていた。

 

発せられた声色を低く、悪鬼羅刹(あっきらせつ)を思わす嗜虐的な笑み。それを直視し、身震いするような悪寒を感じてしまう。

 

鬼気迫る亮平は、それでも最後まで諦めなかった。切迫する中、いまだ意識がはっきりしない。わずかな勝機を見出だすため、意志を込められた拳を力強く握りしめると、迎えうつ相手へと殴りかかった。

 

肉薄する拳を目の前にして、歩咲は足を止めるどころか顔色ひとつ変えない。スピードを落とすことなく、あざやかにするりと避けた。

 

直進の勢いを脚に乗せ、亮平の下顎を確実に捕らえて爪先が突き刺さる。脳幹を串刺しされたような衝撃が走り抜けて宙に突きあげた。


まさに必殺の一撃の威力。背後の壁にぶつかり、息を詰まらせる。その後、壁から放り出されるように、亮平は俯せに倒れた。

 

胃液を吐き出すように咳きこみ、喉奥が酷く苦くて焼けるように痛い。


虚ろ目は宙をさまよわせ、次第に視界が暗く狭まっていく。


普通ならそのまま完全に意識を失うところだが、彼は普通でいてはいけない。


悪魔に魂を差し出したあの日、ひとりの家族を救うために、何を犠牲にしようと顧みないと決心したのだ。自身が普通でいていいはずがない。

 

目的が達成するためなら、どんない業を背負おうが、下衆(げす)に成り下がろうが構わない。

顔をゆがめて必死に呼吸を繰り返し、酸素を身体に供給する。切れそうな意識を繫ぎとめ、かき消えそうだった双眸が燐光した。


身体が痺れ、そして重い。腕を動かすのも、ひどくつらい。

 

立ちあがるための時間を稼ぐため、(きびす)を返そうとしていた少女へ、かすれた声で呼びとめる。


「おい、止めは刺さないのかよ」


「はっ、必要か? あいつは後ろ暗い行為に賛成しないだろうし、それにてめえぐらいの雑魚、いつだって片付けられる」


「あまいな。俺は、目的の障害となる奴は、見逃すつもりはない。あいつも含めて」

 

尊大な回答に対してそう言うと、歩を止めて背中越しに少女は振り返る。その目がぎらついていた。


柴江歩咲の表の顔でも、裏の不良たちを恐れさせる撲滅の鬼女よりも、もっと暴力的な空気を漂わせている。混沌な世界で、生き残れる生粋の猛獣としての牙を持つ少女がそこにいた。これが、歩咲の本性なのかと亮平に戦慄が襲う。


顔に動揺が出さぬよう、亮平はぐっと感情を押しやって耐えぬく。


「聞こえなかったかよ? 格下は大人しく縮こまっていろ、って言っているんだ」 


少女の恫喝を浴びせられるも、それでも亮平は切れた口腔(こうくう)から血を垂らし、会話を長引かせた。


両者には明確な力量の差がある。隙を見出すためなら反吐がでる小細工だろうが、目的のためなら手段など選んでいる余裕はない。


絶望の状況下、口元に笑みを浮かべた。


もともと、自分がやろうとしていることは、(わら)にもすがるような思いで宮本の話に乗っている。手段を選ぶボーダーラインは、とっくに通過しているのだ。


いまさら、迷う必要はない。


息も絶え絶えにして、徐に起きあがる。


「また、あの情けない姿を再現するのかよ」


「ああ?」

 

怒気が顔に満ちあふれた歩咲は、憤りをたたえた瞳で亮平を睨みつけた。


(怒りで冷静を失え。その時が、お前の最後だ)

 

どうにか両足に力をこめて立ちあがり、ポケットにしのばせていたナイフを握る。それでも、亮平は疲労と痛みの蓄積で、一歩分動くこともできなかった。

 

ならば、彼女に近づいてもらえばいい。


「とんだ笑い話だよな。あいつの右腕が瀕死で血塗れなあの男のよこで、泣き叫ぶしかできなかったのだからな」

 

信じられない早業で伸ばされた手が、亮平の首をがっちりと掴んで絞めつけた。


「くっ」

 

苦悶する亮平だが、彼女との距離は充分にナイフがとどく圏内に入る。


「てめえに言われなくとも自分の無様っぷりは、()()()()()()()()()()()()、悔やんで怒りをはらんでいるんだよ」


「……それでも、足らない。覚悟も、自分の両手を薄汚れる意志がっ!」

 

ポケットから取り出したナイフが、すくいあげるように歩咲の喉もとを一閃する。しかし、眼前の少女は亮平の意表をつくことを、予期していたように上体を反らし、かすり傷ひとつ与えられなかった。


「バァァァカ。あたしの両手は、とっくに汚れているんだよ」

 

少女の瞳の奥から、絶望という哀しみと怒りをちらつかせた。

 

そして、歩咲は床を強く踏みしめると、大気を裂く音が鳴る。そう思った直後には、彼女の足の(こう)が真横に迫っていた。

 

激突が起こる間際、亮平はもはやその一撃を逃れるどころか、勝機が完全に失ったのを理解する。

己の非力さを呪いながら、そのまま人形のように動かなくなった。


*    *


レイナが茂の連れこまれた場所にたどり着いときには、死の香りが漂っていた。幾多の暴力が支配し、殺伐と慄然が空間に広がっている。不良たちの激闘の場に、異彩を放つ得体の知れない男を発見した。

 

まとっている雰囲気は獰猛で残忍さがかけ合わさり、暴力の塊とよべるそれからレイナに嫌な感じをさせる。


「つまらんな、記憶を失う前のお前との戦闘は楽しかったのだが、興醒めだ――仕方がない、あの茶髪の女を壊すか。少なくともお前よりは楽しめそうだ」

 

発した内容もさることながら、あまりに悪意と嘲弄(ちょうろう)に満ちた口調だった。


「……止めろ」


「そうそう、確かお前は高名なサリヴェールフ姉妹と、縁者だったよな。あの姉妹を標的にするのもいいか。男の肉を焼くより、女の肉を焼いたほうが香りは好みだ」


「させるかよっ!!」

 

憤然と血を噴きあげんばかりに茂は叫び、対峙するゼクスはそれを冷ややかな微笑みを口元にひらめかす。


「何を焦っている。前は、茶髪の女を犠牲にしても、俺を殺そうとした奴が。いまさら改心でもして贖罪(しょくざい)する気か? やめとけやめとけ、クズはどこまでいってもクズで、善人ぶるなど無理な話だ。お前だってそうなのだろ。俺たちは善人や弱者をなぶり、髪の毛先から足の爪先まで利用する真性なクズ野郎だってな」


「お前と同じにするな、気分が悪い。俺が戦う理由は、いつだって私利私欲に自分のためと決めている」

 

それはいまも変わらない。博愛主義に誰かのためじゃなく、自分の野望を果たすためにと。


「俺がクズなのは認める。だがな、こんなどうしようもない男を見捨てずに、あの姉妹は家族と呼ぶんだよ。たくさん悩ませ、迷惑をかけているっというのに」

 

諦めたくない、と強い思いが身体の奥底から湧きだして熱を発した。それは体内を駆け巡り、若者の感情を昂らせる


「……っ!!」

 

痛いほど歯を噛みしめる。

 

千切れた血管が鮮血を押し流し、足元に血だるまを作りながらどうにか立ちあがった。それがやっとで、激痛に打ちのめされていますぐにも倒れそうだ。

 

しかし、眼光の鋭さがまし、黒瞳に殺意が踊っている。

 

口にたまった血を吐き出し、


「――お前は、ここで止める」


「そんな様で何ができる」

 

残虐性の高いゼクスは、さも楽しげに拳打をみぞおちへと沈ませる。茂の身体が地面と切り離された。すかさず、怪力から織り成す券打が顔面に叩きこむ。

 

仰け反る茂は床を滑るように退くが、倒れることはなかった。それどころか、苦鳴ひとつ上げることもない。

 

彼の双眸は、いやがうにも爛々と眩いほど光っている。


「いいな。死に体だが、怯懦(きょうだ)することも戦意も失っていない」


「――あいつらに、泣き言をさらす姿なんかみせられるかよ」

 

ゼクスはなんのことだと顔をさせた。だが、茂の言葉をさらに重ねる。


「たとえ相手が神だろうが、俺の身内に手をだす奴らは許さん」

 

もう反撃する体力は残っておらず、茂は立っているのがやっとだった。

 

ところが、虫の息の男は、もしも隙をちらりと見せればあっという間に喉笛を噛み切ってやろうと、威嚇するように眼光を巨漢の男に叩きつけた。

 

ゼクスは悦に入り、莞爾(かんじ)として笑う。


(こんなの嘘よ)

 

記憶喪失になる前は、あれだけレイナたち姉妹を嫌悪して避けていたというに。

 

脆弱となった身体はぼろぼろで、その身は死に浸しつつあろうとも、彼は自分たちを守ろうしている。

 

今も勝負は見えているというのに、透徹(とうてつ)の黒瞳に強い意志を秘めた男は、一ミリたりとも諦めの色を浮かべていない。

 

限界を迎えても抗う拳は、空を裂き続けた。顔は腫れ上がり、全身の(おびただ)しい傷から流れた血を撒き散らし、その後に赤い尾を引いている。

 

これではまるで別人だ。


(もう……いい……)


対峙する巨漢の男は筋力というより、普通の異能者とは根本的に違う。

 

遠巻きにもわかるのだ、戦っている茂は実感しているはず。


(なんで、そんな顔ができるのよ)

 

自問の答えは、当人に確かめるまでもない。自分たちのために、歴然の差があろうと敵手へと立ち向かっているのだ。

 

あれだけ恨んでいたというのに、傷つく茂を目に映すたび惨憺(さんたん)たる思いをする。

 

リマやアーシャのように、茂を家族の一員として数えたくはないし、なおもレイナが彼を嫌う気持ちに変化は見られない。

 

それなのに、ほんの僅ばかり嬉しいと思ってしまう己がいる。

 

最後の一打を加えようとする冷徹なゼクスは、炎をまとった(いわお)の拳を振りあげようとした。


「けど、見捨てられない」

 

次の瞬間、いたたまれない彼女は動いていた。

 

その姿は虚空に軌跡を残し、ゼクスの背後にレイナの姿があった。


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